http://hijiri.tamajiri.com 「日知り事典」 page357.html(未定稿) ![]() 日知り事典 ヤチ〜槍 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★ やち● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ や● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ▲野鳥・・・・・・日本で見られる野鳥の3/4は渡り鳥であると言われる。ラムサール条約を参照。 ★やつ・・・・・・ ■八・・・・・・ ▲ヤテ・・・・・・ ▲ヤト・・・・・・ ▲宿・・・・・・ ■簗(やな)・・・・・・ ★ヤヌス神・・・・・・ローマ神話で戸口の守護神、両面神。前後(両面)に顔を持つ神で、過去と未来を予見する英知の 象徴。日・月・年の初めや 門口、出産など、全ての事の始めを支配する神。因みに、岐阜高山にも古来、両面宿禰(ス クナ)がある。 ▲屋根・・・・・・日本には天児屋根命と言う神がおられて中臣・藤原氏の祖神とされているが、神名に屋根が付いてい ても屋根の神であったかどうかは不明。 但し同時代の日本最古の古典「ホツマツタヘ」には、屋根の棟持ち柱について、大国主命が「木は逆しまに頭下、かれ 棟をもて屋根となす」と し、また「神は根ぞ」と教え、神は枝や幹ではなくて、根にある事を教えています。其処から軒桁 から棟に至る所に材を斜めに立てる事を 「合掌」と言い、人も其の根に対して下から合掌する仕組みとした訳です。 だから漢字でも、家の上に「根を上げ」るから屋根と書きました。其の点、今は、利用し易い幹だけを切り取って枝や葉 は残り物として捨てる。特に根っこなどは手間が掛かるだけで何の値打ちもないとして放置しますが、其れで良いので しょうか。 次は「ヤフー知恵袋」に回答した中から転載する。回答日時: 2008/3/13 13:34:09 回答番号: 47,267,634 ----神代の 建築について「ホツマツタヘ」には「葺くは屋根北(ネ)ぞ」とか、「神は根ぞ」とし、また「軒より棟に手を合わす」と有りま す。此処から今も白河地方の藁屋根を「合掌造り」としているのでしょうね。 「神は根ぞ」について補足すれば、例えば神は木の枝葉に宿るのではなくて、「根にあり」と言うのです。其の根を北に 向けて建てること。次に柱も根を上にする事。庇は南に向けること。そうして根を天に向けて、人が其れを合掌するよう に教えています(以上は「言霊-ホツマ」鳥居 礼著より引用)。 ▲屋根神・・・・・・屋根を守る神として名古屋では明治に町内で作られて今も古い町並みの屋根または軒先に祭られて いる。かつて名古屋市で140ほど見られた。この神は高い位置から町内を見下ろして火事や災いから家を守る存在と して祭り上げられて来た。 明治以来、毎月1日と15日に近所で仲良く神事が行われるなど盛んだったが屋根の上の屋根神は年々減って今では 20程と言う(05/12/16のNHK総合TV)。 ★ヤノマミ族・・・・・・アマゾン最深部で文明との接触を嫌って今も5000年前の暮らしを守っている種族。家を造り替え るのは屋根にシラミやノミが棲み付き、ゴキブリが発生した時と言われる。 ■八柱の神・・・・・・トホカミエヒタメ八神の事で、実は人の曽祖父母の事であるが、方位では四方と四隅に位置する神 であり、暦では四季と四立を含む時期に位置する(「守護霊」を参照)。 そしてこの神は反時計回りに働くが、其の周りに時計回りに働くアイフヘモホスシと呼ぶ八神(実は16神)が働き、其の 周りを更に32神が存在し、其れをミソフ神と言う。此処から更に上はより高次元の世界になる。 ■野卑・・・・・・ ●やぶいり(薮入り)・・・・・・・1月と7月の16日に奉公人が主家から暇を貰って実家に戻る事。旧暦のこの頃は西暦 の盆と正月に当たる。閻魔様の縁日(大斎日)でも有ったから「地獄の獄卒も仕事を休む」と言い、だから今も1/16 か其の対極の7/16、または正月三ヶ日か8/15日には帰省ラッシュとなります。 大阪では「薮入り」を「六入り」とも呼び、嫁も婿も里帰りに同道した。この日は先祖、仏を祀る日で、そのための帰郷で あったのが慰労と休暇の行事に変化した。だがもっと前の由来は、盆過ぎに藪刈りや藪焼きをした焼き畑農業である と言う説も有るが、寧ろ下記の流鏑馬と同様、「八方治め」の事ではなかったか。 ★流鏑馬(やぶさめ)・・・・・・「八方治め」の事。つまり祭りの前に壇の四方、八方を清める神事だった。それに対して 馬駆けによって騎射で撃つ神事を流鏑馬と言う。1096年、白河上皇が鳥羽離宮に武者を集めて楽しんだ。この由来 を持つ京都・城南宮では05年5月28日に800年ぶりに復活させた。 其れを支えるのは全国の流鏑馬愛好家(倭式弓馬会=東京都)たちと言われる。臨時の馬場は約180m。約800人 の観衆で人気は上々とか。良かったですなー。 ●ヤヘ(八重)・・・・・単なる二重ではなくて八が重なるので16の事。 ●ヤホ・・・・・・ ●八百万の神々・・・・・・800万の神ではなくて寧ろ八百(やほ)、つまり八方の万神の事。 ▲山・・・・・・外国の山は裸山ですが、日本の山は緑が当たり前。特に春は緑、木々の緑が萌えます。ただ広葉樹は 新芽が出て金色・黄緑に萌えるが、杉檜の木々は黒いから対照的になる。此の色分けが凡そ縦長に頂上に向う。これ が地主別の支配関係を明示する。地主の個性が山の色に明示される訳です。山は村人にとって共通の聖域でした。 よって古来、幾つもの尾根や谷筋に沿って登山道があった。其れにしても日本の山の木々は誰が水や肥料をやりに行 く訳でもないのに何時もピッカピカ元気です。此れが自然と言うものであって、其処に人が無闇に無用な手を掛ければ 禿山にするか人口植林で輝けない暗い林にします。 山は山の外に山冠として峰・峯・嶺・岳・嶽・・・・等に変化するが、山の字は象形文字として見れば理解に苦しむ字で す。だが此れは、頂上に水平面を作って主柱を立て、其の周りに支柱を立てて、言わば日時計として祭りをした場を示 す文字だった、と見れば納得出来よう(下記も参照)。 このため山に関する上のような漢字には何れも山の字が添えられた。つまり山の意味は、何れも先祖神の墳墓の地で あり、祭祀・信仰の場だった訳です。従って関係者以外が濫りに立ち入る事はなかった。ただ時として例祭がある場合 は誰でも何処からでも自由に登れる参道があった。其れが先の谷筋と尾根道です。 今のように個人が一筆毎に土地を線引きし、分断する所有権と言う制度が山に関してはなく、言わば公の存在として、 誰もが自由に登れる場とするため、全ての登山道が頂上に集まる形が今も残されているのは其の事を裏付けている。 所が明治になると西洋人がスポーツとして登りだした。 以来、日本人もスポーツ登山が当たり前となり、主流を占め始めた。そうしてレジャーや観光地化した結果、エベレスト も富士山もゴミ溜めと垂れ流しの醜い姿になっているようだ。人の集まる所は都市化し、俗化して当然とは言え、3000 〜8000mもの高い山に人が集まる事は無い。ないにも関わらず汚れてしまった原因は一つである。 神聖な山にスポーツ登山する輩のマナーが欠落し、心無い行為を繰り返している事をゴミが示しているのである。従っ て遭難事故が増えた。此れも山の神(下記参照)からの警告として受け止めるべきであろう。 ▲山姥(ヤマウバ)・・・・・・・山奥に住むと言う女性の妖怪。例えば日光の奥、栗山村川俣は標高1000mの村落。其処 に伝わる民話として三枚のお札と味噌に化けた熊ん沢ババ。其れにカツオ彦四郎が長者になった話がある。豪族や寺 社にとっては山は聖地であり、また農家にとっては山は稲田を潤す水神であった。 その山はマタギや狩人など山の民の生活の場であり、或いは薬草や鉱山があった。山伏は藩の砦を守り、猟師やキコ リなど山の民は山の神(別項参照)を恐れて祭っていた。従って山には色々なタブーがあり山横目(役人)も守ってい た。 特に日本の山々は谷が入り組んでいて迷えば里へ戻る事も出来なくなるので村人たちが何時でも自由に立ち入るに は危険があった。祭りの時だけ、集団で山に入ったものである。よって山姥のような話を作って普段は立ち入らないよ うに山への畏敬の念を伝えて来たものと思われる。 ▲山火事・・・・・・・s58(1983)4/27〜29日(旧3/16)、東北7県と北陸地方で37ヶ所同時に山火事となり1084万uが消 失し死者6人の犠牲を出した。この被害は前代未聞の規模になった。新月ではなく満月に近い時期だったが、長い間、 雨が降らなかった事に加えて焚き火かタバコの吸殻の不始末が出火の原因と考えられた。 火事と共に突風が出て、火が山から山へ次々と飛び火して点々と広がった。山火事の場合も見つけた人が先ず初期 消火する事が大事だが、煙に巻かれるので上に行ってはならない。低いほうへ逃げる。或いは濡れタオルでマスクして 低い姿勢になる事。 ▲山金・・・・・・金の素性は川金か山金である。昔は砂金から採ったが、武田信玄などは甲州金を山から採った。此れ を山金と言う。山金は先ず鉱石を細かく磨り潰す。ソバを挽く時の石臼である。其れを水に流して下の板に残った物が 金鉱石である。だが此れは黒い。銅が少し混ざっているからです。 其処で動物の骨や松葉からとった灰に此れを載せる。其の周りに鉛を置いて坩堝に入れて焼く。昔はフイゴで此れをし た。1000度以上で合金になります。灰床のカルシウムに鉛と銅が吸収されて金だけになります。こうして武田信玄は甲 州金で金貨を造った。各地の大名たちも戦国期には金山を持っていた。後に秀吉が其れを独り占めした。 足利義満は金で宋銭を買った。鯛でエビを買うように、金と引き換えにシナで不要な屑となった銅銭を大量輸入して日 本の経済を牛耳ったのですから愚かです。其れに対して秀吉は人の心を買ったと言う。当時、他人を動かすのは人質 か贈り物か金でした(06/9/21NHK教育TVより引用)。とすれば秀吉は買収の大先輩と言う事ですか。 実は戦国大名は信長以下、南蛮人に50万人の日本娘を奴隷貿易に差し出し、更に金銀を差し出して火薬の原料であ る硝石を買っていた。自分の権力の為に銃砲を揃え、南蛮人から火薬を買うため進んでキリシタンとなって奴隷を差し 出し、しかも人殺しをして来たのです(巻末掲載の「天皇のロザリオ」から引用)。「金」を参照。 ▲山の神・・・・・・・猟師やキコリが祭った神。山の上よりも山麓に祭られ、春と秋の山入りと戸締めの時に祭った。山 入りは仕事始めとして正月初めに祭るケースも多い。山の神は女なので女が山に入ってはならないと言うタブーも多い が、逆に女性たちが祭って来た所も有る。稲作民にとっては水田に水を恵む水神として田植えを始める頃に祭った。 或いは男子が青年に達すれば山入りと言う儀式をする風習が各地にあり、また特定の人が一定期間「山籠り」をする 事もある。山は聖地であり墳墓であった。祭りの前の天文観測の場でもあった。また逆に「山止め」と言う日もあり、こ の日は誰も山入りしなかった(山姥を参照)。 ▲山の字義・・・・・・山はサンとも読む。山には神が宿り、従って「様」や「サン」とも呼ばれた。だが文字では何故ヤマ を「山」と書くのか説明出来ない。此れを「三本の木」や「三つの山が重なった形」を描いたとするには無理があるからで す。其処で異説を言えば、山は見晴らしが良く、よって観測の場としての「モヒトリ」の場となっていたからだ。 「モヒトリ」では真ん中に柱を立て、周囲を箱で囲む。其れをリアルに図示したのが「山」の字である(「モヒトリ」を参照)。 山の字は実は「亠」(鍋蓋)の字と同類(「鍋蓋」を参照)である。古来、観測が小高い山で行われたからと言うよりも、垣 で仕切った中に見柱を立てた「モヒトリ」(水取り)祭りを象ったのが山の字でした。 其処から「山」の冠を載せ、或いは山の字を付けて祭りの場を示した文字が、今使われているものでは仙、岩、岬、 岡、島、峰、崎、崑崙、祟、嵐、嵩、嶺、巌、巖・・・等ではないか。 ▲山の植生・・・・・・・・山の植生は、俗に「尾マツ、谷スギ、中ヒノキ」の諺のように、普通谷部にはスギ、尾根部にはア カマツが生育し、中間はヒノキに適しています。これは地形的要因だけでなく、地形に伴う地表含水状況の違い(谷部は 最も湿潤で、尾根部は最も乾いている)や表層の厚さが関係しているのです。 アカマツが生えていれば、地下水位は低い。一方タケは比較的知られていますが、広葉樹やドロノキでも意外に地下 水位は浅所にあるのです。以上は★ 『いさぼう技術ニュース』 http://isabou.net/ から転載。 でも其れは東日本や日本海の事であり、西日本の山は雑木が主でした。雑木とは建築材に不向きな広葉樹・落葉樹で あり、今後は寧ろ本来の日本の自然林でり、保水能力も大きなこうした雑木の方が重要と再認識されて来ました(花粉 症を参照)。 ▲山の恵み・・・・・・・・農家やメーカーを世間は生産者(製造元)と言うが、此れは用語として正しいのだろうか。用語と して仮に正しいとしても事実とは違う。違うのに其のように決めて掛かっているとすれば傲慢である。 例えば農家は立体的な森林を破壊して平べったい耕地にして大地を削って人肥金肥と農薬を混ぜ、商品作物を植えて 大地から機械的に収奪を繰り返しているに過ぎない。メーカーもまた完全な優れた自然素材を機械的に中途半端に加 工して残りをゴミにして来た。或いは直ぐにごみ化する商品に化けさせて利益を取っている。 実際の生産は要するに彼らではなくて日月と大地が行っている。具体的には山(別項参照)が雲を止めて雨に変えて 恵みを齎しています。或いは海をウミと言うように万物をウミ、海水から真水の雲を作って陸地に飛ばし、或いは台風 を作って空気を洗い、更に魚介類を育てて蛋白源を作ったり海草を育てて来た。 人はただ其れらを当たり前のように横取りしているに過ぎない。或いは加工業者の端くれであって無から有とする生産 とは全く違う。大多数の人間も生産者ではなくて消費してゴミに変えているだけである。だから感謝すべきは同じ消費地 の人間やゴミ製造元にではなくて大自然の山にすべきです。 山は水源地であり、同時に都会の空気を綺麗にクリーニングしてくれる。山は立体的な森林を作って諸生物を賑やか に繁盛させ、人の使う材木を与え、海には魚介類を育てる大量のプランクトンを送り続け、鹿やイノシシなどの蛋白源 まで提供している。海が母なら山は正に父のような存在であり何れも真の生産者であり恵みの主です。 しかも山には多くの歴史を刻んでいます。此の事実を知って感謝するように心が変わった人は、其の時から恵みの「横 取り」ではなくなるのです。 ▲山の役割・・・・・・・・山は山ノ神やミクマリの神がオワス所です。ミクマリとは分水嶺で「水分け」をする。山は天気を 変える境界ですから「気分け」をもしています。山で風を止めて、山にかかった雲から雨を降らす。四季を通じて天気は 変わるし風向きも変わるが、特に山の有る場合は其の季節には山から変わる。 春は東から、夏は南から、秋は西から、冬は北から風が吹くので、風が運んで来た雲の雨水は谷を通じて風の吹いて 来た側に流すのが水分です。 其の点で、山のない平野部は「かかあデンカと空っ風」が名物の関東北部のように吹きっ晒しになり、また逆に、山に 囲まれた京都盆地は山と水の恩恵を受けると共に風が吹き溜まるので湿気が多く、夏は蒸し暑く冬は底冷えする。 ▲邪馬台国・・・・・・・日本の正史である記紀にはないが魏志・倭人伝に登場する国の事。だから日本史としては無視 して良いものだが、歴史ロマンを語る好事家たちが江戸時代から300年も論争して来た幻の国。 其れに戦後は考古学者やマスコミも加わってロマンを掻き立てて来たが、結果として九州説と大和説とに分かれたもの の未だに結論が出ないどころか何も分からない。だから文学とか文献史学と言った所で、学問としては「不毛の論議」 であり、ニュース性としても無価値と自ら暴露した事になる。 嘘の情報に与して餌にありついて来たのであるから、マスコミが繰り返し「倭人伝・邪馬台国・卑弥呼」などをやればや るだけシラケる者も増える。弁解を繰り返すか嘘を糊塗するための繰り返しに過ぎないからだ。凡そ日本人が外国の 偽書や外げ典を有り難がる渡来史観に立って、日本の記紀を其れよりも一段低く見る態度が間違っている。 日本人で有るなら、偽書や外げ典に比べて記紀の暦日の正確さや地名との整合性をもっと注目し、驚くべきであり、詳 しくは知らない者でも一応は他国の古証文よりも我が国の文献を信頼して先ずは尊重すべきであろう。所がねじけた 人は日本よりシナを高く評価するので敢えて言わねばならない。「そんなにシナが好きならシナへ帰れ」と。 シナは現在「中国」と言っているが、本の表紙を替えても中身は一緒である。寛容な国民性から偽物にも寛大であり、 従って今もコピー天国、偽物大国で「世界の工場」になったのである。其処から逆に見ても推測出来る通り、「邪馬台 国」などは虚構である。 「教科書問題」で日本から援助を引き出して来た通り、弱体な政府は国内向けのプロパガンダ(一方的な宣伝工作)を 行って来た。シナは新政府が出来れば常に、倭の上に立ったような偽装工作を採って来た。ホントに大国となって上に 立ったならば、大量の難民が日本に密入国する筈が無いではないか。要するに哀れな政府が偽書を濫造する。 要するに偽書には「邪馬台国」が存在しても日本には実在しませんでした。 ★八岐大蛇(ヤマタノオロチ)・・・・・・素佐乃男命が戦って草薙の剣を手に入れたと言う話が神話とされているが、極東 シベリアには古来オロチョン族がいて江戸時代はロシアをオロシャと呼び、今はシベリアの凡そ100部族のウデヘ、ナ ナイ、ヤクート等の中で自らをオロチ族と言う部族がある。 また05/12/23の言霊社新報の解説によれば、天地の邪気が凝って形成された濁言霊の事を神格化した言葉で あると言う。 ▲大和川の付け替え・・・・・・・奈良県から大阪に流れ出す川であり、今は堺市に出ているが昔は淀川に合流してい た。今の柏原市から、だらだらと信貴山・生駒山の西を北上したため、毎年のように洪水となっていた。其処で北河内 の庄屋の中甚兵衛が嘆願書を提出したが、其れに反対する「迷惑訴状」も有った。 其れに対して幕府は五度に及ぶ「検分」と、将軍・綱吉の決断によって1704年に堺市に向けた長さ15km弱の付け 替え工事となった。工期は約8ヶ月で姫路など近在の6藩が「御手伝い普請」で工事を担った。工費は現在の金額にし てざっと143億円と言われる。幕府がこの内半分を負担したが、後の新田開発地の代金で相殺できた。 旧川筋は砂利が多く、このため木綿の産地になった。これが「河内木綿」である。また18c半ばの薩摩藩による濃尾三 川普請はこの大和川普請の先駆けがあったからと言われる。 ▲大和三山・・・・・・・別紙の「日暦」へ。 ▲大和撫子・・・・・・・ナデシコは花として現存し、山野に自生するものが秋の七草の一つです。また昔は日本女性を そう呼んだが、良妻賢母や「大和撫子(ナデシコ)」の言葉はあっても現実にはいない。つまり死語となった。今は悪妻 愚母が多いし、海外に飛んで遊ぶイエローキャブ、或いはウーマンリブやセクハラを騒ぎ立てる女性が目立つ。 「大和撫子」は単に目鼻立ちが舞妓のような日本美人を形容する美称ではなくて、日本の女性全体が諸外国の女性と は違う点を褒めた形容詞でした。例えば日本の女性は言葉遣いが丁寧で常に控えめな所が賞賛された。また物腰が 柔らかく、立ち居振る舞いが美しかった。 更に外人女性が猛々しく騒々しいのに対して、大和撫子は自己主張をしない。昔は学歴よりも知性や情操が豊かにな るように、或いは物静かでおしとやかで優美に育てられた。素養と品性は両親から学ばなければ手遅れです。慎みの ある丁寧な言葉や態度が教養や作法として家庭で仕込まれていました。 立ち居振る舞いは、美しいと同時に実は運動力学の観点からも実に合理的な、無駄や無理のない動き方だと言われ る。だが戦後社会は西洋式の無粋な競技やスポーツをするようになってすっかり変わり、日本人への評価も最悪となっ た。此れは世界の目が狂ったのではなくて、日本人家庭の力が崩壊したからである。 また日本の男性が精鋭な軍人から売春ツアーと援助交際の男に一変し、そして女性も「大和撫子(ナデシコ)」からスポ ーツに励んで競争(他人と争う)事を恥としないように仕込まれた。そして仕事のために学歴主義のウーマンリブとなり、 其の側面がイエローキャブに「進化」したからである(「少子化」を参照)。 ▲コメント・・・今の日本では女の子がチヤホヤされている為か、少子化の中でも女児の出産が多い。ただ男子が少な ければ適齢期となった時に女性側が高度成長期の「トラック一杯」の時代の再来を見るようで心配です。そして幾ら男 女平等と言って見ても、国防の主力を女軍にする訳にも行かない。 とすれば日本は少なくとも20年後も不戦・平和な国家であるように此れからも目指して行かなくてはならない。ならば甘 やかさずに今すぐからでも琴三味線や歌舞を仕込むのが良かろう。そうすれば世界中から日本の女性に憧れる男た ちがワンサカやって来るだろう。日本の政治家も男たちも駄目だが、日本女性は世界一の定評があった。 要するに過去も此れからも、倭撫子が日本を観光立国の平和国家の道で支え発展させるに違いない。 ▲大和本草・・・・・・・日本の薬草学。古事記には医学の件に関して大国主命と因幡の白兎の話があり、また少彦名命 以来、大神神社では今も4/18に花鎮祭をしている。飛鳥時代の処方箋を記した木簡、そして平城天皇の勅命で医 薬処方集「大同類聚方」がある外、最古の本草辞典「本草和名」など、多くの古典籍がある。 そして今も役行者の陀羅尼助や後醍醐天皇時代の三光丸が伝わり、市販されている。 ◆病(やまひ)@心因・・・・・・古来、「やまいは気から」と言われて来た。近代の医療部門の中にも漸く古来の優れた 医学を見直す医師が現れて、病の殆どは心因であり、その心因とは「煩い」である、と見るようになった。不安やストレ スが人を病気にする訳です。 例えば第二次世界大戦で米軍人は20万人が犠牲となったが、その家族が心配の余り取り越し苦労して、そのストレス から心臓麻痺となって100万人が死去した。直接参戦しない家族が五倍も死去したのは実に心因に有った訳です。次 は過食である。 食欲は健康のバロメーターであるけれども、日本では「腹八分目に医者要らず」として過食を戒めて来た。所が戦後は カロリー摂取の必要性を説く栄養学の行き過ぎや先のストレスにより、殆どの人が過食傾向になり、其れにつれて成人 病が広がった。 病気は遺伝によっても発生するが、其れより多いのは飽食・グルメ・過食による発病である(「食欲」を参照)。 ◆病(やまひ)のA浄化・・・・・・人の心が綺麗ならば心がけも良くなり、病気になっても肉体を清める力が大きいので 回復が早い。それに対して、心が邪で濁っていれば肉体も濁って来ます。ですから其の場合は心掛けによって心を綺 麗にして血から体を清める必要がある。けれども普通は薬を飲んで更に身体を汚すと言う無理な方向に進む。 なまじ医学的な心得がある場合は必ず其の方向に走って自分の体を苛めるのです。このように人の心が濁った場合 は、如何に健康に心がけて薬を飲んでも、或いは早期診断や治療に務めようとも必ず病気にかかるし中々治らない。 其れは体に清潔さがなくなったため、血が汚れて自己治癒力を低下させるからです。 こうなると感染症に罹ると回復しない(「病気=悪人」を参照)。 さて、元気は、巻頭に定義した「浄化の理」により回復できます。従ってその逆理により病気が発生し、其れが済めば 消滅する、と言うのが正しい病理学である。 例えば血液は霊的結晶体です。しかし此れを単なる物質と見るなら最新の医学によっても製造出来ないものです。つ まり血は心因を作る大切な存在です。この血液が常に正常(清浄)であれば元気である。所が人が生きて活動すれ ば、新陳代謝の結果に老廃物が残留する。血液はドロドロになって来ます。 其処で風邪を引いて清浄化しようとします(「風邪」を参照)。其れが生き物の自然の生理作用です。 風邪は微熱や咳きやだるさを伴うものの、其れによって溜まった老廃物や体毒を溶かそうとする働きですから、医学と 言う生兵法の対症療法の解熱剤で散らしてはその貴い働きを邪魔し、拗らす事にしかならない。咳は体内に大地震を 与えて腸管にこびり付いた毒素や不要物を排除する働きなのですから、「咳止め」を飲んでは「元の木阿弥」となる。 咳でもウン子でも、出るものは全て良いのであって、便秘とか熱もない人となる方がもっと心配すべき事なのだ。出るも のを抑えれば、毒素が体内に溜まる結果、当然にして諸病を併発する事となる。とすれば、風邪は毒素を祓って万病 を予防する有り難い現象であり、風邪は万病の薬であるとも言えます。 だから感謝すべきであって、勘違いして医学に頼れば身を滅ぼす事となる。人間も自然にも元々悪い所などはないの です。体に病気の症状が出れば「病気」と思って良い。其処までは良いのですが、人は大概「あっちが悪い、こっちも悪 い」と言い立てます。此れが誤解です。 正常に機能しているから悪い症状を出してご本人に見せているだけなのですから、其処が腐って悪化している訳では ないのです。悪くもないのに医者は患者に普通は「此処が悪いから早期治療で取ってしまおう」と言います。此処からが 医者の医療ビジネスになるものの、患者ご本人にとっては転落の始まりです。 悪くもないのに切除したのでは病気は何も解決しない。ただ患者にとっては医者から脅されては怖気づいて従うしか有 りません。病気と聞けば其れを深刻に受け止めて「死に一歩近づくもの」と心配して当然です。だが、逆理による余計な 処置をするのは真の医学的処置とは言えない。 この点に関しては「医方」、「天人相関の理」、及び「霊主体従の理」を参照。 ◆病(やまひ)のB治療・・・・・・つまり「病」は祓い(払い)であり、汚れを祓う作用であって多少の苦しみが伴う場合が あっても其れも先祖神からの愛(プレゼント)であるから、死去に一歩近づくと心配し、悲観しては駄目だ。寧ろ病と言う 理由で体を休めるなら、其れを楽しみながら、或いは苦しみもじっくり味わうくらいの心を持つ事が快癒を早めよう。 とすれば例えば、近代医学を頼る真面目腐った医者よりも、歌で治すとか、肩を揉んで治してしまうようなお医者さんが 増えると嬉しい。この点に関して ▲「病気は自分で治すものであって、他人が銭を取って其れを引き受けるものではない」と言う東洋医学・正体波動法 で治療指導をして下さる先生を紹介する・・・・・・・但し、 ▲「治療にならない時代」・・・・・・現代の病理と病巣の問題点としては、病の根(病巣)が深くなった事です。だから医学 でも薬学によっても、或いは針灸によっても治癒し難い所に来てしまった。病はその人の心の問題であるが、人は表面 を取り繕っているものの、一体、何を求めて生きているのか本人にも分らない。 其の内面は複雑怪奇に捻れており、しかも其の心因を深く押し込めていたり、奥深く「心棒」を入れてしまっています。 その心の内面に他人が踏み込むのは中々無理であり、従って他人がその患者に深い感銘を与えるか共感を得ない限 り、患者の心因を正したり病因を除く事が困難であり、治療にならない、と言われる。 だから他人が他人を治療するより、本人がするべきなのです。 ▲ヤマメ・・・・・・・・・清流に棲む淡水魚の一種。因みに東京海洋大学の吉崎さんはヤマメから虹鱒を誕生させた。魚 の代理母の研究で注目されている(07/1/16朝日)。 ▲山姥(ヤマンバ)・・・・・・・ヤマウバを参照。 ★病み・・・・・・・前項を参照。 ★闇・・・・・・・ ★闇金・・・・・・・サラ金を参照。 ★ ▲弥生・・・・・・・ ▲弥生時代・・・・・・・従来は、西暦紀元±200年の時代の3〜400年の期間と言われて来た。だが佐倉市の国立 歴史民族博物館が測定したデータによれば、紀元前10cからの可能性が強まった。此れはAMS(加速器質量分析) 法によって669個体を測定したものである(06/2/15朝日新聞)。 ★槍・・・・・・ ▲ヤワシ・・・・・・・ ゆ● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 以下、次ページへ◆ 次は
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