http://hijiri.tamajiri.com 「日知り事典」 page328.html (未定稿) 日知り事典 ノ の● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ の● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・・ ●■▲◆ ★●■▲ ●の・・・・・・・「の」は「野」であり、時計回りの「のし」の「の」であり、「後、飲、のり」の「の」である。 ▲ノアの箱舟・・・・・・19c中頃、イラク北部のニネベ遺跡で楔形文字の刻まれた粘土板が発掘された。其処に書かれ ていたのは「ギルガメシュ叙事詩」で、大洪水に見舞われ、箱舟を造って避難した人間と動物の物語も出て来る。此れ は旧約聖書「創世記」のノアの箱舟の話そっくりだ。 この船が造られたのは、ユーフラテス川のシュルッパクで、サマワ南東のウルにも大洪水の跡が残っている。ノアの箱 舟の大きさは、長さ、幅、高さ各150m、25m、15mの長方形で、船内は三層に分かれ、全ての鳥、家畜が収容され たと言う。 豪雨は40日40夜降り続き、洪水は150日間大地を覆った、と言うものだが、此れを今もキリスト教は、人類に対する 神の警告と洗礼と戒めて来た。こうした水神による水の洗礼は、実は過去に何度もあったのである。 ▲のい・・・・・・ ▲のう・・・・・・ ▲能・・・・・・神楽から田楽、そして観阿弥・世阿弥により能楽が完成した。何れも秦氏が深く関わって来た分野である。 因みに奈良・田原本町の秦の荘に秦(じん)楽寺がある。能の動きは基本的にとぐろを巻いた所から鎌首を上げて上 下左右に伸縮する。その所作は蛇の動きである(浅井亮一氏の談話)。 ▲農家・・・・・・・・日本は天照大神の時代から瑞穂の国として栄え、以後も江戸時代までは殆どが農家だったと言わ れ、全国各地に先祖から定住して一所懸命働いて来たとも言われる。有りそうな話だが眉唾である。確かに国土の 90%は農地か山林だった。其れを実効支配していたのが農家である。 日本には貴族や武士や僧、漁師(猟師)、医師、町人(商人、大工、職工、芸人・・・)もいたが、土地を実効支配してい たのは人口の大部分を占めた農家でした。農家以外の人たちは自分の家くらいの土地しかなかった。だから本来の日 本人は慎ましく潔かった。清貧の中、質実剛健で義理人情に生きた。 其れに対して農家は異質な人種、渡来人である。但し此れは他の百姓ではなく、稲作農家だけの話である。月の精で ある稲作の性(さが)を持つ農家は実に貪欲である。しかも無知でヅルクて厚かましくて邪(よこしま)で並みの者は手に 負えない。だから全国には水争いの歴史が多い。同時に境界争いも絶えなかった。 此れは勝手に誰かが堰を動かしたり他人の土地を侵奪したからである。彼らはこっそり、或いは平気で他人の所へ食 い込む。此れを悪いとは思わないのが習い性になって体に浸み付いているから注意しても罰しても掻い潜る。そうなる 動機は欲望である。例えば月の精である米一粒は、たった半年で2000粒に増える化け物である。 此れは年間30%の高利貸しも脱帽の高利である。其の欲に吊られて計算高く働くのが農家である。コストは一粒の米 と人糞や牛糞と言う只のモノである。元手は土地だけした。だから油断なく他所を犯して侵奪する為に有史以来の日本 の農業史を水争いと境界争いの歴史とした。 大陸農法である稲作を日本に受け入れて徴税の手段とした律令制(別項を参照)は大きな禍根を今に残したのです。 ●農業・・・・・・・自然のサイクルに合わせて農作物を作る業種。土地が基盤となる。だが殆どの農家は、GHQの農地 解放で棚ボタ式の恩恵を受けた。その後も農家は農地への固定資産税が軽微な事や様々な農業振興策の恩恵を受 け、更に助成や援助、其れに食管制度で守られて来た。けれども常に泣き暮らしているのはどうしてなのか。 其れは今までの国策も、農民の観念も、何れも金肥人肥と機械化農法が進歩とする誤解をしていた為だ。よって失敗 の連続でした。何れも不自然であり、間違っていたからだ。けれども其れとは別の自然の農法をしようとしても出来ない 閉鎖的な仕組みがある。仮に誰かが農業をしようとしても簡単には行かない。先ず農地が手に入らないからです。 宅地で宅地並み課税を払ってするなら可能だが、其れでは此れまでの農家に太刀打ち出来ない(対等に競争出来な い)からだ。また農家は、言わば「貰ったような土地を何時でも売買できる」のに対して、非農家は貰った事もなく、買う 事も出来ない。つまり差別がある。 とすれば、士農工商の身分制度は明治維新でなくなったのではなくて、どっこい此処には生きていた訳だ。士は言うま でもなくお役人であり、今も貴族社会である。次は農家だ。此処へ工商が踏み込もうとしても無理なのである。気がつい てみたら、自由主義国家と思った日本には職業選択の自由の農業をする自由さえないのである。 そして今は誰もが効率的な農業を「善」と決めて大規模化を言う。農政の失敗続きで遂に自給率40%となったからでも ある。其処で当面40ヘクタール規模の農業でスケールメリットを図ろうとする。でも其れは日本の地理や風土に無知 な、お役人による都会人のデスクワーク式発想である。 そんな観念で農業経済政策を進めて来たのですから日本の農業を毎度ミスリードして当然です。大陸性の一律な気候 と違って日本には四季があり、しかも山間部が多いので、大陸的な大規模化は元々無理がある。確かに日本の土地 は大字・小字で多岐に分筆されていて使い勝手が悪い。しかし地名は地色・特色を表しているものです。 農地や山地には其処に固有の水利や日照・風雨が有り、決して一律ではない。従って自然に任せて置けば、其の地に は四季に応じて多様で豊かな物産がなるものです。しかし其の固有の特質や四季の変化に無知な都会のお役人が打 算と渡来思想で無理な機械的な農法を指導した。 彼らに此れ以上日本の農業をミスリードさせ、破壊を早めては農業を絶滅させるだろう。 ▲脳死(のうし)・・・・・・・脳の機能停止を待って死亡診断をする事。此れは医学(別項参照)と言う狭い観点から、専門 家だけが勝手な判定基準を作って人の死を臓器移植と言うモルモットビジネスに活用しようとするもの。だから脳死に ついて疑問を持つ人は多い(「死去」を参照)。 ▲直衣(のうし)・・・・・・・平安時代の衣冠束帯・十二単などは公式な装束として「有職故実」などに煩い「衣紋」専門家 があったが、其れを剛とすれば三位以上の貴族にとっては規定外の柔らかい普段着が直垂(のうし、ひたたれ)であ り、今では神職や相撲の行司の装束に残る。 ▲農政・・・・・・・日本の農政は此れまで猫の目のようにクルクル変わったが、成功例は少なく殆ど失敗の歴史でした。 今に限らず日本は大陸の稲作を導入以来、米作偏重で国民を泣かせて来た。戦後は特に洋式の機械化・薬物農業の 拡大によって環境破壊をした結果責任もとれないが、今や自然食品を求める消費者ニーズの高まりを無視できない。 更に自給率40%と言う現実、そして東南アジアの工業化による安価な農産物の輸入の限界と言う状況を見れば農政 の転換に異論の余地はない。つまり日本の風土に合った自然農法への回帰がやっと見直されようとしてしている。 そんな中、稲作中心から大豆への全面転換を12年間で果たした大分県・宇佐市近くのイモリ谷地区が天皇杯を受賞 したのは久方ぶりの農水省による農政のヒットである。 05/7/23のNHKラジオ深夜便によれば、山間の寒村だったこの地区が三村氏などの努力で大豆を加工した美味 い豆腐など、村人たちの農業への明るい話題で意識改革も進み、賑わっているとの事。其処から今後の農業は、従来 の大量の肥料投与→大量農薬投与→大量生産と収穫→と言った図式の失敗を認識して反省し改める必要がある。 其処から転換して循環型農業を目差す事であり、例えば牛馬の糞尿を堆肥に変える。其れと共に大事な点は、原産地 重視の国産品志向である。渡来の文物を作らずに、其の地に自然に馴染んでいるものを栽培する事で「持続可能な農 業」を目差して「伝統との調和」を図り、併せて一般の「地産地消」の要望に合致させる事だろう。 ▲納税義務?・・・・・・・国民は納税義務を負う。此れは何処の世界でも当たり前です。ただ義務の前提には保証や 権利がなければならない。其れは憲法で謳っているものの、条文に謳っていても、其れは理念、つまり目標であって現 実には何も働いていない。特に戦後の課税が罰金的な性格で行使されるので納税が楽しくなくなった。 しかも国民や県民が完全に納税しているのに、政府が不完全な政策しかしていないのは公務員の怠慢のためであり、 しかも彼らは失敗したり不正をしても一切責任を回避し、謝った事もないから不思議。今の日本は連日、公共工事の談 合や公務員の汚職、不正、カラ出張など不祥事続きです。 此れが亡国の前兆現象であるとは思うが、何れにせよ、こうした所に納税する国民は悪事に加担した事になり、或い は共犯関係となる。とすれば納税意欲が減退する。いや責任を持つことを前提に公務員は雇われているのに国民側 に責任転嫁してしまうのである。だから処罰されるのは決まって国民側である。 とすればこうした不公正で変則的な社会契約は成り立たない。契約とは普通は双務契約である。片手落ちで一方だけ を利する契約は片務契約と言う特殊な場合であり、そのような例外規定では社会の道理も公平性も公序良俗も成り立 たない。 当事者の内で何れか一方が義務を果たさず、責任を回避しているなら契約不成立を理由に契約破棄が当然である。 或いは納税者は「同時履行の抗弁権」で政府に納税を拒否し、不払いを徹底すると言う対処の仕方を採る権利があ る。此れまでの政策に対する選挙権の行使だけが国民の権利と言うのでは弱い。 納税拒否権の明文化こそ「法の前の平等」の前提に必要な要件である。其れが無理と言うガタが来た政府ならば、一 度解体し、出直しする事が必要な時ではないか(お上を参照)。 ★ノートルダム・・・・・北のマダム、または北のマリア(聖母)の意味。12〜13cに高まった聖母崇拝を反映してフランス 各地に建てられた聖母聖堂(北の方を参照)。 ●農法・・・・・・・日本は豊葦原の瑞穂の国であるとして、農法の基本が稲作とされて来た。しかし其れは主として弥生 時代に渡来した帰化人たちの耕作方法であって、日本本来の農法とは言えない。本来の和式農法は単種一律の商品 作物を植付け耕作する事はなかった。言わば自然栽培によって旬のものを上手に入手し、戴く事でした。 そのため画一的な労働者ではなくて、マルチ人間的な「百姓」として何でも出来る必要があった。例えば漢字の「農」の 字にしても、此れは「曲」の下に「辰」であり、此れは即ち曲がって進む太陽や月の軌道を示し、次の「辰」の意味は、方 位では東南東、時刻では朝日が昇る頃、月なら陰暦三月、星では北極星やアンタレスなどである。 つまり天の角度を見計る事で作物の耕作過程と賞味の時期を知った。とすれば此の字は天文的であって、耕作とか稲 作と言う意味はカケラもないのです。其れに対して近代農法を言う輩は、頻りに焼畑農法をCO2問題に絡めて批難し、 他方で機械化や工場生産方式を近代的・先進式と言うので有るが、其れこそ自然界を無視した無知農法である。 焼畑は雑菌を殺すが土地の表面だけしか焼かず、土壌に養分を与えるが害を及ぼす事はない。特に灰はカリ成分が あり、炭は酸素と微生物を地中に供給する。植物が燃えても五行の循環の中で、浄化されてまた自然界に戻されるか らである。 その点、今のゴミは産廃にせよ家庭ゴミにせよ石油化学物質であるから、此れは五行循環の圏外にあり、従って危機 的問題を呈しているのである。他方、稲作に仮に利点があるとすれば唯一、湿原状態を提供するくらいである。だが此 れだって「農薬漬け」にする以上、最早汚染源や公害でしかない。 近代化と言う商品作物の画一的なこうした生産方式を自然界に施す事は人為的な自然破壊行為であり、農業とは言え ない。此れはまた其れを食する人畜にも大いなる問題を残すだけである(山間部」「自然農法」を参照)。 ▲世界の農法・・・・・・・日本の山(森林)は100年掛けて1cmの腐葉土を積み上げる。森の中では水と土とが自然に循 環する。よって山には肥料がいらない。此の事から日本では昔から「作物作りには土作り」と言う常識があった。また飛 騨高山と佐渡には車田と言うのがある。円形の田に対して、同心円状に苗を植える。 他方、ケルト族は1200年前の聖書の写本を伝えて来た。其れには渦巻きと組紐紋様が描かれていた。此の紋様は生 命の無限循環を表している。またフランスのセーヌ川の源にはケルトの神が祭られていて、セクアナ女神と呼ばれてい る。またイギリスのニューグレンジ古墳は、5000年前の古墳と見られているが、此処にも渦巻き紋が描かれている。 此れは生と死と再生を祈るものである。ケルとはかつてヨーロッパ全域に広がっていて2500年間、森で暮らして来た。 金細工や青銅器文化を残し、鉄を広めたとも言われる。オークはドングリの木であり、此れに「神々が宿る」として守っ て、自然と共生していた。しかしBc.1cにローマが侵攻してゲルマンから追われた。 やがてキリスト教と共存するようになり、アイルランドのアラン諸島に追い詰められた。其処は岩ばかりで、ジャガイモし か作れない痩せた土地だった。土が少ないので永い間かかって海からワカメなどの海草を採って、土に混ぜて土を増 やしながら栽培して来た。農業には土が大切でした。だが土が有っても水がなければ困る。 例えば、米国の農業は砂漠や草原で水利のない所にスプリンクラー・センターピボット潅漑システムを広げて成功して 来た。直径800mのサークル農場である。全米の65%が此の方式となった。8州に跨って45万平方kmの土地の地下に オガララ帯水層があり、砂漠の下に琵琶湖の150杯分の貯水量が有って1900-2000年の農業を支えて来た。 所がテキサス州では近年水位の低下が深刻化して来た。其れまでトウモロコシは大量の水を使って生産して来た。肉 牛など畜産は此のトウモロコシがあって成り立っていた。所が水位低下による耕作放棄が増えて世界最大の穀倉地帯 が砂漠に戻り始めた。日本の小麦も其の殆どが米国からの輸入である。 小麦1kg作るためには2000リットルの水を要し、牛肉1kgを作るためには14400リットルの水を要する(以上、07/1/2の MBSTVより引用)。 ★農薬規制・・・・・農業規制には色々あるが、例えば食品から農薬が検出されても食品衛生法の規制対象になるの は其の内の一部である。つまり残留基準値が一律0.01ppmと規定されている農薬が従来、国内では246種類だっ たが、厚労省は06年から800種以上に急増させる。 この暫定基準は同時に規制項目も10万種に強化する方針である。だが、誰がどのように検査をするのかの課題が未 定のため、其の実効性に疑問がある(05/6/20毎日新聞より)。例えば水質基準では50品目が対象となるが、その 中で農薬は1項目だけ。其れで何が分かるのだろう。 ★ノーモン・・・・・杖。因みに原始キリスト教の時代にグノーシス派が有った。彼らはグノーモンを使ったと云われる。 「グ」とはGOD、つまり「神の杖」を意味する。神とは天神とグランド(大地・グラウンド)であろうし、「ノーは北」を意味す る。つまり彼らは、太陽の下の大地(G)に杖を立て、北から日影を観測して暦を作った聖たちだったろう。 其れが物事の原点であり、其処からノーマルと言う、「正規の、正常な、標準的」と言う意味となったものと推定出来る。 此れから杖が「礎」の文字にもなる。昔は建物を建てる前に土台として石を据えた。其処から物事の基本・基底となるも のを礎と言うようになったのです。つまり、「イシヅエ」は石杖とする意味もある。 物事の基本や建物を建てる場合は先ず杖を立てて方位を見た。其の上でまた其の杖で長さを計った事から物事の始 めを石杖と言う。其の杖が腐った後には石を立てて目印として来たからである(「御柱」を参照)。 ▲のお・・・・・・ ▲のか・・・・・・・ ▲のき・・・・・・ ▲のく・・・・・・ ▲のけ・・・・・・ ▲のこ・・・・・・ ▲のさ・・・・・・ ▲野沢菜・・・・・・天王寺蕪(カブラ)が信州に行って野沢菜となった。カブラにならず葉っぱだけの葉物野菜に変化した のである。変化させたのは種や肥料ではなくて気候風土の違いであり、人は此れを国津(産土)神の働きと言う。此処 にも進化論はないのである。 ●のし・・・・・・・平仮名の「のし」を縦書きにすれば非対称の渦巻き紋となる。其れは「陰陽一対」、即ち「完成」を意味 する。よって「のし」は吉事の贈り物に付ける印となった。昔は門松なども半紙で巻いて紅白の水引きを付けた。また、 「のし」と言う字を平仮名で縦に書けば其れで通じた。 だが、正式には四角の色紙を六角形に折って、其の中に芯として熨斗アワビを小さく切って入れた。昔は火熨斗(ひの し)と言う器具も有った。今のアイロンの事である。アイロンで「のし紙」を伸して平べったくすれば他方はせり上がる。其 処から「のし上がる」と言う様な熟語になったものか。なお、其の図柄を今は紙に印刷し、「のし」として市販している。 類例として「水引」を参照。 ▲のた・・・・・・ ▲のな・・・・・・ ▲のは・・・・・・ ▲のま・・・・・・ ▲のや・・・・・・ ▲のら・・・・・・ ▲のりと(祝詞)・・・・・・観光地を訪ねても見て回るだけでは詰まらない。犬が出歩くのではないのだから神仏にご挨 拶するほうが良いと思うならば、神前では祝詞、仏前では般若心経を上げられれば何かと重宝する。祝詞を簡略した 祓え言葉の「祓い給え、清め給え、幸生え給え」と言う言葉だけでも是非覚えて置きたい。 祝詞は全ての神社で通用し、心経もまた一部の例外を除けば各宗派共通である。祝詞は幾つもの種類が有るが、最 も古い祝詞としては天津祝詞があるので、此れだけでも覚えて神前で唱えれば神々に喜ばれる事が有る。例えばスピ リチュアルhttp://milam.blog18.fc2.com/blog-entry-8.htmlから天津祝詞を引用させて頂けば、 ・・・ 禊ぎ祓いの言葉(みそぎはらいのことば) ・・・ 高天原(たかまのはら)に 神留(かむづま)り 坐(ま)す 神室漏岐神漏美之命以(かむろぎかむろみのみことも)ちて 皇御祖神伊邪那岐之命(すめみおやかむいざなぎのみこと) 筑紫日向(つくしひむか)の 橘(たちばな)の 小門之阿波岐原(おどのあはぎはら)に 禊(みそぎ)ぎ 祓(はら)ひ 給(たま)ふ 時(とき)に 生坐(あれませ)る 祓戸之大神等(はらへどのおほかみたち) 諸々禍事罪穢(もろもろまがことすみけがれ)を 祓(はら)ひ 給(たま)へ 清(きよ)め 給(たま)へと 白(まを)す 事(こと)の 由(よし)を 天津神地津神(あまつかみくにつかみ)八百万之神等共(やほよろずのかみたちとも)に 天(あま)の 斑駒(ふちこま)の 耳振立(みみふりたて)て所聞食(きこしめせ)と 畏(かしこ)み 畏(かしこ)み 白(まを)す ・・・ ・・・ と唱える。また此の後に続けて「○×神、守り賜え、幸栄(映)え賜え」と御神名を申し上げるのが普通です。 祝詞には大別して天津、太祝詞、ヨゴト(寿詞)があるが、意味は指し当たって深く考える事はない。 最早誰にも分からないのです。多くの祝詞が恐らく仏教のお経に対するものとして生まれた。例えば続日本紀などには 大仏建立の際や国事・祭事の都度作られたものが色々羅列されている。以来神道の祭式は祝詞主義になった。祝詞 の中身があればそれでも良いが、此れは仏教の紋切り型の長いお経に対抗して作った短い作文のようなものである。 だから此れが祭式の主体であるとは考えにくい。日本は古来こうした「作文」ではなくて和歌を奉ったので有る。外にも 延喜式以来、各種の祝詞集が有って、定期15編、伊勢9編、その他3編などの別が有る。ただこれ等を唱えれば神々 の心を何時でも喜ばせるかと言えば疑問である。 年に1〜2度なら喜んで聞き届けられるかも知れないが、神社や宗教団体の神前では息をつく間もないほど次々と祝 詞が奏上される。此れでは神々にとっては煩いだけでウンザリであろう。挨拶は短いほうが良い。祝詞やお経を色々覚 えるよりも手短に名乗る事が先ず大切であり、其れは例えばやくざが「仁義を切る」ようにするのも良い。 先ず自分の出身地、先祖の名と姓名を告げて、参拝の趣旨を申し上げれば良い。 ▲序に言えば、祝詞には古来何種類も有る外、今出来の臨時のものもあるので此処では述べられない。大祓い祝詞 (中臣祓い)などは特に長いので此処で紹介する事は無理だが、一般にも出回っているので一読をお勧めする。 格調高く名調子の響きの良い文学的にも価値ある詞である。 ▲呪い・・・・・・古来、「のろい」や「とこひ」は呪術の一つとして極めて重視され日常的にも行われて来た。其れは武器 を使わなくても手軽に出来る戦術や仕返し方法であり、しかも効果的だったからだ。此れについては例えば奈良・平安 時代の遺跡から出土する人形(ひとがた)木簡があり、其処には人名や呪文が記されていた。 またそうした呪術から身を守る方法としては「呪い返し」や祓いがあり、祓いでは例えば、夏と年末とに神社で行う大祓 いが有ります。大祓いでは紙の人(ひと)形に自分の名前と年齢を書いて、身体を摩り、息を吹きかけてケガレを人形 に移して、其れを神前で祓って貰うと言う方法です。 或いは雛祭りや七夕のように、事後に人形や短冊を作って置いて水に流すと言う祓いの方法も有りました。其の点、現 代日本のように物質主義の社会では証拠主義ですからこうした精神活動の行為の結果が直ぐに現れたとしても罪に問 われる事はない。 だから弱者にとって至って重宝な復讐方法であるけれども、古来、「人を呪わば穴二つ」と言われ、戒められて来た。他 人(家族であっても)を呪えば、相手も自分も、共倒れの心中行為となるのが霊界の掟(きまり)であるからだ。 先ず念波を送ればその風の風上となるが、其れを受ける側は風下となるので風ならば噴出し口と出口の関係のように なり、此れは釣り合った所で成り立つ。だから不成立とするには受け手にならなければ良い(其れが呪いの排除とな る)。ラジオ(電波)の場合の「同調」や「検波」と同じです。 発信する側と受信側とが同調する状態が「穴二つ」であり、其の結果として両者が共に死ぬケースが多いので、「墓穴 も二つになるよ」、と戒めて来たのです。其れが霊界の公平性です。従って呪いを掛けたり祟ろうとする場合は自分も 死ぬ覚悟が必要です。 亡者の場合はその魂が霊界からも永遠に消滅する苦しみを味わう(此れは肉体の死より苦しいらしい)。またその様な 呪いを防ぐために前記の祓いがあり、或いは、「呪い返し」の護摩法やその他多くの防御方法もあるが、其れよりも常 に恨みや妬みを持たずに明るく感謝の日々を送る事です。 そうすれば例え生霊となって強い念波が放射されて来ても跳ね返してしまうでしょう。其れを担ってプラナ(別項を参照) と言うバリアとなっているのが多数の先祖たちです。ただ其れでも難を逃れられない凶悪な場合や因縁による同調も有 るので、出産の前の妊婦は古来、「岩田帯」を戴いて来て腹帯とした(「日立帯」を参照)。 ▲ノロウイルス・・・・・・05年に政府は「鳥インフルエンザが猛威を振るう」と警戒して大量の予防薬(タミフルを参照)を 買い占めた。だが裏目に出て何も無かった。あの責任者と積み上げた在庫を厚労省はどうするつもりだろう。06年はイ ンフルエンザではなくて此のノロウイルスで12/10〜12/25日の間に全国に広がって300万人が感染した。 しかも厚労省は原因食品として其のHPで「生カキ等の二枚貝」と表示した。生牡蠣の写真入りで公表したので、マスコ ミも「貝類が感染源である」と報道したので、其の煽りで業界が痛手を蒙っているだろう。厚労省は風評被害まで広げ た事になる。カキが原因でノロウイルス感染の食中毒は今年は1件と言う(06/12/27朝日)。 厚労省がデマを飛ばしたり世を惑わしては困る。夏なら兎も角、冬に魚介類で感染するとは思えない。冷たい水で手洗 いするのを億劫がる人が感染源であろう。 ▲野分け(野ワキ)・・・・・・嵐、台風の事。例えば旧暦989/8/13の大風は平安時代最大のノワケだった。其れを 「永祚その風」と呼んで永く教訓として来た。「日本人らしさ」の美風は、こうした自然の教訓に根気良く耐えて学ぶ謙虚さ から培われたものと言われる。また元寇の時に吹いた神風も寺社の呪詛の賜物でした。 其の点、平和ボケとモノカネ数値科学に慢心した現代、台風の度に各地で大きな犠牲を出しているのは縦割り行政の 怠慢による人災に加えて、教訓に学ぶ謙虚さが住民にもなくなった事を意味している(「台風」を参照)。 ◆ ★のろし・・・・・・・・昔からの通信手段としてノロシを上げた。ノロシを狼煙・烽火と書くようにシナの万里の長城では狼 の糞を燃やした。狼の糞は真っ直ぐな煙となって天に伸びるからでした。ですから中継点としては低い場所よりも小高 い丘や峰を選び、何本ものルートで繋ぐようにして焚いた。よって烽火とも書いた。 ▲・・・・・・ ▲のん・・・・・・ は● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ は●以下は次ページへ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ◆★●■▲◆★● 次は または パテント・著作権は本会に属します。 「鬼の会」 |