http://hijiri.tamajiri.com 「日知り事典」 page239.html(未定稿) ![]() 日知り事典 チタ〜中流 ちた● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●■▲◆★ ■ちた ■ちち ●父・・・・・・父は血血または知知である。この場合の知は知識や学歴の知ではなくて、「あっちコッチ」と言うような道理 や目的や方位を示す立場であり、よって古来、父は南に、母は北に位置付けられて来た。それにしても現代の父親は 悲しい。戦前の男尊女卑から一転して女尊男卑の時代に一変したのは我慢できるものの居場所もない。 スペインの諺にも「一人の父は10人の子を養い、10人の子は一人の父を養わず」と言うのですから身につまされます。 父は子供を各々愛して来たが、老いては其の子供たちに愛される事もない。天の太陽が地を毎日照らしても其れは当 たり前であって、人は殆ど愛も感謝もしないのと似ています。子供にとって父親がいるのは当たり前なのです。 いなければ困るが、何時も目の前にいれば邪魔。「親ばか」になり、サービス過剰になったり、「愛されたい」と誤解すれ ばやがて邪魔にされますよ。 ■地鎮祭・・・・・・・・鎮魂法の一つ。時代性や宗派により各種あるが、密教系の鎮宅法により「地鎮祭」を行う場合は、 鎮壇具として二枚貝、もし くは石櫃、陶器(かわらけ、陶筒)に多宝塔、勾玉、数珠、独鈷などの宝具や法具、或いは経 筒に経巻を入れて埋納し、四周に注連縄を張って地の神に対して許しを請う祈願を行う。 ■ちつ ■ちて ■治定・・・・・・史学や考古学では天皇陵の被葬者が「落ち着き定まる」意味で治定と言うが、一般に言う治定の意味は 「世の中が良く治まる事」 ■治天下・・・・・・・・治天は天子・天皇の職掌。つまり暦法の制定など。其れに対して天下の治山・治水、即ち地神の祭 りや人民管理が諸侯の役目(天円地方の理を参照)。 ■地点・・・・・・・・ ■ちと ▲ちな・・・・・・ ▲ちに・・・・・・ ▲ちぬ・・・・・・ ■ちね ▲『地熱バイナリー発電』・・・・・・地熱バイナリー発電の実証試験運転がスタートしました。九州電力では、阿蘇 山の麓の八丁原発電所(大分県)で実証試験運転を開始し、国内初の実用化を目指しています。 従来の地熱発電では、200℃以上の高温の「蒸気」でタービンを回して発電、同時に噴出する多量の「熱水」は、未利用 のまま地下に還元されます。地熱バイナリー発電では、沸点36℃の炭化水素系物質「ペンタン」を、蒸気と熱水で加 熱。気化した高圧のペンタンで、タービンを回して発電します。 水より沸点が低い物質をタービンの「作動媒体」にするため、従来利用できなかった、80〜150℃の低温の蒸気と熱水 で高い圧力が得られ、発電効率が高くなります。「バイナリー」は「2つの」といった意味があります。 蒸気を汲み上げるサイクルと、蒸気と熱交換して気化した作動流体でタービンを回すサイクルの2つで構成されている ことを意味しています。フィリピンなどで既に実用化されていおり、国内でもフロン・代替フロンを使った試験施設はあり ましたが、ペンタンを使うのは初めてです。定格出力は二千キロワット。 実証試験では、温度と圧力が下がった既存の地熱井を使って二十四時間運転し、耐腐食性や発電コストなどを調べま す。「新エネルギー等の利用に関する特別措置法(RPS法)」により、新エネルギーの利用促進への取り組みが進めら れる中で、風力・太陽光の他に地熱発電に対する期待も高まっています。 <参考資料>http://www.oita-press.co.jp/read/read.cgi?2004=02=19=493945=1 等・・・・・以上はメルマガ「30秒で読 む環境情報」 登録解除 :http://www.mag2.com/m/0000125755.htmより転載。 ■ちの ▲ちは・・・・・・ ▲ちひ・・・・・・ ▲ちふ・・・・・・ ▲ちへ・・・・・・ ▲ちほ・・・・・・ ▲痴呆・・・・・・ ▲地方・・・・・・ ▲地方公務員・・・・・・痴呆公務員とは書かずに地方公務員と言うが、やっている事は痴呆である。全国の就業者6437 万人がいる中で地方公務員数は12万人。因みに大阪は1/988人、島根県は1/266人(数字は06/12/13の読売テレビよ り引用)。 公務員数を世界的な数字で比べれば決して過大ではないかも知れないが、其の仕事や責任能力と対比するなら行政 コストが住民にとっては明らかに過大であろう。彼らの能力がもし世界的な水準より飛びぬけて高いならば、高給を取 っても問題はないだろうが、彼らは仕事に対して能力が高くも無く結果に対しても無責任です。 とすればコストに対して公平でも相応でもない。低質な公共サービスに対して住民は過大なコスト負担をしている。特に 日本は巨費を投じてアイティ化を進めたので、実際の仕事は電算機が行なっている。なので多くの人員は無用である。 にも関わらず日本では12万人もいる。 とすれば彼らと国家公務員の人件費が日本政府の1000兆円の赤字の大半の原因である。最近は国策として合併が進 められているが、市町村数が減っても彼ら職員の人数は何も減っていない。だから制度弄りを繰り返しても巨額赤字が 累積するばかりで公共サービスは質の低下が進み、社会問題を益々山積させて行く。 ▲ちまき・・・・・・端午の節句のちまきの起源は、紀元前の中国,楚国に遡ります。楚国の屈原(くつげん)は、王の乱 行を諫めますが逆鱗にふれてしまい流刑となってしまいます。屈原は嘆き5月5日に川に身を投げてしまいます。人々 は屈原を弔い、命日に竹筒に米を入れて川に投じるようになりました。 その竹筒が竜に食べられないよう、苦手としている「せんだん」の葉で包んだものがちまきの始まりとされています。こ れが日本へ端午の節句とともに伝わり、今日に至るそうです。 尚、柏の葉(注)は、新しい芽が出てこないと古い葉が落ちないことから、「家系が絶えない」という縁起を担いで,柏も ちを子どもの成長を祝う日に食べるようになったと言われているようです。注:関西では柏ではなくてユズリハを言う。 何れにせよ、粽、柏もちともに端午の節句の祝い餅であることには変わりはないようです。▼以上はURL: http://www. koho.pref.ibaraki.jpの「メルマガいばらき」を参考にした。 ■ちみ ■ちむ ■ちめ ■ちも ■ちや ■茶・・・・・・・・・茶は国津神の働きから出来るので世界各地で固有の茶があった。遊牧民族は家畜の乳から加工し、 畑作民族は麦茶を飲んだ。 また稲作民族には緑茶があり、中でもウーロン茶は緑茶と同じ原料で加工法だけ異なる 茶です。日本では緑茶から一部を抹茶にした。 だが 山岳が多い日本では古来、柿の葉や山野草の茶があったし、中でも石楠花が最古である。また日吉大社では最 澄が唐から持って来た茶を植えたと言う伝承を元に5/29日に献茶祭を行っている。 ■チャート・・・・・・・海岸部に見られる普通の岩石。1億年前の放散虫の化石が石ころの中に数万個当たり入っている ので地質学では年代測定に使う。「火打石」を参照。 ■茶室・・・・・・・・・茶室は御堂の格式・方式の基に設計された天文観測と其のための座禅の場であり、そのため方 丈、つまり内陣が四畳半の様式になっており、床の間には掛け軸を掛けるのも其処が本来、ご本尊に若水や茶を献じ る場であったからだ。また茶釜は、湯立て神事の釜であり、もしくは護摩木を焚く護摩壇でした。 また、千里金襴大学・生方貴生教授によれば、「茶は茶室ではなくて昔は茶室の隣の部屋で点てたもの」と言う。何れ にせよ、宮や寺院から茶室が広まったのであって、従って茶室は宗教や呪術の場、或いは五行思想の相生・相剋関係 を学ぶ修行の場でもあった。 所が日本に茶を伝えた中国には茶の木はあっても、こうした一貫した茶の文化は見られない。つまり茶は元々日本に も柿の葉や石楠花やドクダミなど色々あった。シナから来たのは今の茶に過ぎない。いや、先の生方貴生教授によれ ば、「茶は天台宗で始まって貞観6(864)年頃、唐の宮廷生活に憧れた日本では固形の団茶を切って使った」と言う。 ただ其れは日本に根付かなかった。コーヒーをヨーロッパに伝えた中東にもコーヒー文化と言えるものはないが、我が 国の茶室は宗教の特に禅の場であり、単にコーヒーを飲むように茶を楽しむ場ではなかった。其れが日本文化であり、 従って「茶の心」を云々する場合は、コーヒーやウーロン茶と同列に論じても余り意味はないのである。 ただ日本文化の代表とか茶道400年の伝統と言うとすれば少し違う。利休が堺の南宗寺に参禅して以来、禅宗が茶 道を発展させたため色濃く禅風に染まっているから「其れが日本的だ」とは断言できない。 其の上、派閥により他派との違いを競ってどうでも良い事に重点を置いてビジネスにしている内に益々本質から離れて いるように見える(下記も参照)。 ■茶の字数・・・・・・・・・百足封じの呪いは「茶」と書いた紙を部屋に逆さ張りする事。茶の字が20+8+10+8=108 を意味するので数の上では百足の100に勝つ。よって百足が退散するだろうと期待する遊び心でもあるので、効果の ホドは請け合えない(05/8/18毎日新聞より一部借用)。 ■茶人・・・・・・・・・千里金襴大学・生方貴生教授によれば、茶道の祖は「心の村田珠光」、紹鴎の詫び茶とする。また 茶人に三分類があって「茶数寄・茶飲み・茶くらい」(1450年頃の「正徹物語」)と言う。「茶数寄」とは茶の具足を嗜み揃 える人。次の「茶飲み」とは言わば「利き酒」や闘茶のチャンピオン。最後の「茶くらい」は茶を楽しむ人である。 紹鴎(ジョウオウ)は堺の人。当時の堺は東洋のベニスと言われた。戦国時代、大内氏が瀬戸内海を関所で止めたの で神戸よりも堺が栄えた。堺は火薬と鉄砲で栄えた。彼は財力をもって三条西実隆(貧乏公家)の門人になった。そし て「心は新しく、言葉は古きを貴べ」とした。 他にも茶人は倭寇の時の唐物趣味(日明貿易)の足利義満、そして先の正徹、反権威の一休宗純、村田珠光、銀閣 寺を建てた足利義政、千利休などが有名。茶は「寄り合い」の場で嗜まれ、其処では、飯、香、和歌、連歌などが混然 と行われ、決して形ぐるしいものではなかったようだ。 ■茶の湯(茶道)・・・・・・・・・「茶道」(チャドウ)とも言う。茶を介して心を通わせる場が茶室であり、もてなしの心で亭主 として客を敬い接待する行為の作法。茶道は日本文化、つまり和風の伝統文化の筆頭として言われているが果たして どうだろうか。此れはどう見ても唐風文化であり、禅と言う仏教文化の礼式である。 日本文化は和歌や和食があるように若々しさや新鮮さが基本でした。其処へ禅は侘び寂びを茶の湯に伝えた。「詫び さびとは侘しい、寂しい意味であり、寒い事であり、或いは盛りが過ぎて金属なら衰えて錆が回る頃」の事(千里金襴大 学・生方貴生教授)です。 そうすると日本文化が枯山水や侘び寂びではなくて新鮮さや生き生きとした文化を重んじて来たのとは少し違う。とす れば茶道を、花嫁修業の一環とするのさえ問題です。茶の湯は、実は陰陽五行の理を戦法に応用するものでした(上 の「茶室」を参照)。 例えば茶道具のうち、木製品や抹茶は木を表す。火は木炭と言う木から出る炭火であり、其れに対して風炉の灰や陶 器の茶碗は土を表し、茶釜や火箸は金であり、其れに水差しや茶釜の湯水が水であり、此れで木、火、土、金、水の 五行が揃う。この水は寅の刻に汲み置いた若水を使う。 寅とは虎ではなく、夜明け前の時刻、即ち方角では東、つまり子、丑の「水」から「木」に移る時刻、または陽の気のスタ ートのエネルギーを意味する。 他方、茶の湯としてはシナから伝来の茶の成分に薬効があるとも信じられたが、寧ろ冷気を含んだこうした若水が健康 に良いのであって、お茶の効能に惑わされて茶を好んだ訳ではなく、こうした五行の巡りの、相生と相剋(「五行」を参 照)を学ぶ場が茶室・茶の湯であった。 戦国武将が挙って茶の湯を学んだのは、この五行の理によって「天の時、地の利」を戦法に反映させようとしたからで あろう。同時に茶の湯は、禅僧があの世を極楽浄土と賛美し、其れに対するこの世を穢れた所と教え戒める場でもあ った(「茶室」、「御堂」、「坊主」を参照)。 ■ちゆ ■治癒・・・・・・ ▲中陰・・・・・・・「満中陰」を参照。 ★中間子・・・・・・中間子は素粒子の一つで原子核を繋ぐ役割。素粒子と言っても粒子であるとは言えず、振動波であ る。Bs中間子の場合、毎秒3兆回振動している事を筑波大の国際チームが捉えた(06/4/14朝日新聞)。これでやっと 般若心経の説いた意味(色即是空)が世間に理解されるかも知れない。 ▲忠犬ハチ公・・・・・・・斉藤家が秋田県・大館市に転勤となった。秋田犬を飼っていたのを上野英三郎博士が引き取 って可愛がった。しかしその後に博士は亡くなった。ハチ公は其れでも毎日渋谷駅に博士を迎えに通った。此れに気づ いた人たちが哀れに思って忠犬・ハチ公と呼ぶようになった。 駅には全国からハチ公のために励ましの手紙が届いた。70年以上前の話である。亡き主人を慕い続けたハチ公のた めに今も駅前には銅像が建っている。当初は彫刻家の安藤照氏が作った。当時のハチ公は人間なら70歳以上の高齢 となっていたのでモデルとしては元気がなかった。 このため心配して尋ねて来た上野夫人の足音を聞いて喜んで跳ね回ったと言う。当時の日本犬愛好会が178万円の 寄付金を集めてs9/4/21に除幕式となった。ハチ公は映画にもなったが、s10/3/8にフィラリアで死去して青山霊園に 埋められた。s19年には其の銅像も供出になった。よってs23年に二代目の銅像が安藤タケシ作で再建された。 今も渋谷駅で見られるのが此れである(読売テレビ「今日は何の日」より引用)。 ▲中華・・・・・・・・・中央の華やかな国。 ▲中華料理・・・・・・・・・中国は広い。民族も50以上の多民族の多様な国である。よって古来、支那(別項参照)と称し た。なので一言で中華料理と言ってもシナそば(ラーメン)だけではない。国を南・北、東・西の四方に分けて例えば北 は北京料理、南は広東料理、東は上海料理、西は四川料理と言う。 北京は寒いので油、肉料理となり、餃子や麺類に特徴がある。其れに対して広東は山海の豊かな素材を使った蒸しも ので例えばシュウマイなどの料理が美味、よって、「食は広州にあり」と言われる。そして上海は沿海部なので長江河口 部で採れる長江蟹など魚介類を使う。此処は稲作地帯でもあるため米が主食。 西は四川料理。此処は亜熱帯なので夏が暑い。よって多くの香辛料を使う。此処はまた麻婆(マーボー)豆腐の故郷で す。そして漬物、塩漬け、魚の保存食が特徴(07/3/13日のNHK教育TVより引用、「大陸の食性」を参照)。 ▲中国・・・・・・・・・此処は多民族の国であり、よって古来自ら支那(別項参照)と呼んで来た。今は中華(中央の華や かな国)と自称する。確かに世界一の人口を抱える。以下、「マネーの未来」(松藤民輔著)より引用する。---此の国は 何でも世界一が好きな国である。 万里の長城に代表される中国は、「世界一」や「世界初」が大好きなお国柄だ。世界一の時価総額、世界一の経済成 長率、世界一の外貨準備高、世界最大の三峡ダム、世界最大の北京首都国際空港、世界最大の洋山港、世界最長 の海上橋(杭州湾)、世界最大の地下鉄網(北京)、世界初の商業用リニアモーターカー・・・・など。 胡錦タオ首相は、全力でバブル崩壊を阻止しようとするだろう。<中略>空気汚染だけではなくて砂漠化が進んで水ま で足りないのだ。オリンピックが終わったら首都移転の計画まであると言う。この経済成長が止まったら、体制が持た ない事を中国共産党指導部はハッキリ認識している。 IEA(国際エネルギー機関)は、中国がの原油輸入が2030年までに三倍になると予測している。中国では、2030年まで に原発を現在の15-20倍に増強する目標を立てている。実現すれば世界最大の原発大国となる。「オランダ環境影響 評価機関」によれば、中国は2006年には既に二酸化炭素排出量で世界一になっている。 海洋汚染度は、海にさざ波が立たず、コールタールのようにねっとりとしている、という具合である。中国政府にとって、 この「不都合な真実」にどう向き合うのだろうか?これから始まる「中国パッシング」「中国バッシング」そして「中国ナッ シング」によって、中国は自ら崩壊するしかない。 従って、これ等の栄華は、「宴」(バブル景気とオリンピック)の後、歴史に残る記念碑となるだろう(引用以上)。 話を前に戻す。中国人口の92%が漢民族であり、残りの8%が50以上の少数民族である。今の国体は1927年に「ソヴ ェート」を建設した中国共産党が政権をとったものであり、面積と人数で多数を占めても歴史は浅い。 新しい事がこの国では古さよりも大切である。1945年に日本の敗戦により、毛沢東が国民党を追い出して49/10月に中 華人民共和国として成立した歴史の浅い国である。因みに1917年の二月革命から生まれたソ連邦が1991年に崩壊し た。中国も変わり身が早いのでこの先何時まで続くだろうか。 確かにオリンピックを目差した今は元気に見えるがこの先は危ないと言うのが世界の常識的な観測である。中華人民 共和国は共産党独裁政権であり、ソ連と同盟して日本を仮想敵国として来た。共産圏から脱した後は経済発展を遂げ ており、04年度のGDPは9.5%と発表後の05/4/9日以後、各地で反日暴動を起こした。 05/6/4日にはオーストラリアの中国領事が中国の抑圧体制を批判して亡命申請した。豪州には中国の秘密情報員が 何千人もいると言う(「つき」、及び「シナ」、または「日中関係」を参照)。現中国は確かに経済発展した。インドに先駆け て「世界の工場」として中級品の輸出攻勢を掛けて来た。 だが巨額貿易(対米)黒字を溜めて米国の反発を受ける事となった。シナは軍拡を推し進めているが石油不足と水不 足であり、農家の崩壊が広がって所得格差も広がる一方である。だから食糧危機も近い。更に今後も7.5億の農民の 為にどうしても労働集約型の経済を更に維持発展させる外は無い。 此れで従来の薄利多売の輸出志向から逆に、内需拡大に転換する計画と言う(06/10/3のNHKTVインタビューで薄商 務相)。だが果たして上手く行くだろうか。経済発展の夢と惰性が更に加速して政府の力ではブレーキが効かなくなるの ではないか。中国は既に有人宇宙飛行に成功している。 また07/1/19朝日によれば、ホワイトハウスの報道官が中国の弾道ミサイル実験を伝えた。此れは自国の衛星をミサ イルで破壊する実験、つまり衛星攻撃兵器の実験だった。CIAによれば1/11日の夕方、99年に打ち上げて高度約860 kmにあった古い気象衛星を標的に、四川省の発射基地から弾道ミサイルを打ち上げて高速で衝突、破壊した。 無論、米国は懸念を伝えたと言う。宇宙空間を巡り、両国間の緊張が高まる可能性があり、衛星への依存度が高い米 国にとっては大打撃となる。08年に四川省では大地震となった。此処には原発が多いしミサイル基地もあった。だから 政府は被害の状況をマスコミに明らかにせず、違反する記者たちを次々と拉致した。 新疆ウイグルとチベットでは中国の弾圧と差別に反抗して各地で暴動が起きている。四川省にもチベット族が多い。 ■中支・・・・・・・・ ■中小企業数・・・・・・・・05年の日本の中小企業の数は469万と言う。此れが経済の基盤であり活力を意味する。大企 業だけの経済が経済力の強さや安定ではないのである。 ■中東・・・・・・・・ベドウィンが遊牧で暮らすオアシスにはカラートと呼ばれる地下水路がある。中東には紛争が絶えな いがバザールは今も和やかである。この地域は民族も宗教も越えて1000年間共存して来た。例えば砂漠のオアシス に咲くチュウリップ、シクラメン、アネモネなどが中東からキャラバンで世界に広がった花である。 ユダヤ、キリスト教など一神教が中東から生まれてその後イスラム教が1400年前発生した。コーランの言語はペルシャ (イラン)語(文字)であるが、昔は葦(パピルス)、今は竹を削ったペンに墨汁を着けて書く。中東には外にもトルコ語、 アラビア語があり、アラビア数字は日本でも使っている。 此処は乾燥地帯である。砂漠の中から近代になって石油が出て来て人々の暮らしが大きく変わった。中東と言う言葉 はイギリスから見た呼称である。19cイギリスから近いバルカンを近東、次にアラブ(当時はオスマン)を中東(ミドルイ ースト)、そして日本など東アジアを極東(リアイースト)と呼んだ。 またアラビア語でも歴史的用語であるとして「アル・アウサト」など「中東」を意味する言葉で使っている。19cに英仏が 中東の領土を勝手に分割した歴史を忘れないためである。イギリスはバルフォア宣言でエルサレムにユダヤ民族が住 み着くのを許した(勝手に売り渡した)。 此処はイギリスとフランスが支配するためサイクス・ピコ協定を結んだ。石油を支配する者が世界を支配すると睨んだ からである。彼等が人為的に国境を分断したため今の紛争が続く。イギリスの二枚舌外交が今の中東戦争の原因で ある。パレスチナでも同じ。60年前にナチスの虐殺によりイスラエルが戦後独立した。 それが今のユダヤとアラブの紛争となった。パレスチナとは元々、今のイスラエルの全域の事だった。イギリスのバル フォア宣言と支持を得てイスラエルが此処を占拠してパレスチナを追い出した。イスラエルはオスロ合意でパレスチナ の自治を認めていた。 しかしエルサレムを国際管理する案が出たがイスラエルが反発してアラブと第一次中東戦争となり、イスラエルが勝っ た。続いて第二次、第三次でイスラエルが次々勝って、ヨルダン川西岸から今は全域支配に出て来た。国連はイスラエ ルに撤退を求めたが応じなかった。パレスチナ解放を掲げてパレスチナが反抗し、其れをイスラエルは力で抑えた。 今は新たな壁を作っている。国際社会が反発し中止を求めたがイスラエルは応じず全長690kmの予定でパレスチナ 側に深く食い込んむ形で建設している。其れに対してハマスはイスラム抵抗運動で戦う。対話の余地はない(05/5/18、 及び06/5/17のNHK教育TVより引用)。 ●柱頭(キャピタル)・・・・・・・ギリシャ建築などの石木製の柱の頭部の彫刻部分である。西洋建築の柱の様式には年 代別に英語でドリヤ式、イオニア式、コリント式の分類をしている。 ただ何れも屋根の軒の部分からコルニス、フリーズと呼び、その下の柱の頭をキャピタル、柱本体をシャフトとし、底部 (柱座)をベース、そして基礎部分をペデスタルと呼んでいる(以上は「広辞苑」)。 キャピタルとベースの彫刻部分の多くはハスの花のような等間隔のデザインをあしらっている(ヤタを参照)。 ▲中流階級・・・・・・・・・貧乏詩人、一茶の「中くらいなりおらが春」の一句にもあるように、日本人は文化文政の200年 前から中産階級・中流意識が強い。こうした中産階級を基盤としたほうが国の政策も確かに安定する。 所が最近は、日本も欧米化により星の国の仲間となったために弱肉強食の生存競争が激しい世となり、何時の間にか 所得格差が二極化し、年収2000万円以上か、200万円以下かに分かれてしまった。個人の意識は兎も角、実際の 中流も中産階級もなくなっている。 ■地揺るぎ・・・・・・・・・以下、次ページへ。 ● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●■▲◆★ 次は または パテント・著作権は本会に属します。 「鬼の会」 |