http://hijiri.tamajiri.com       「日知り事典」 page193.html (未定稿)


日知り事典  ケ〜ケイ

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 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★
け●● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●■▲◆★▲◆★


・・・・・・・ケとは「気」である。「気」にも色々あるが、具体的には日常生活のような、普通の私的な状態(私的日常)
を言う。所が其れが枯れてくると問題が発生して心配したり、争いや忌むべき事が発生する。こうして疲れたり、気分が
落ち込んだ状態をケガレと言う。此れも祓いによって回復する。其れをハレと言い、公的非日常を言った。

つまりハレは祭りである。其れによって人はケやケガレから元気になる。だから古来、日本では時節毎に先祖祭りを続
けたり、「清め祓い」をして来ました。だが其れは他人に払える場合と払えない場合とが有るのです(「ケガレ」、「気配」
を参照)。

ケア・・・・・・・
◆景気・・・・・・・

景気の波・・・・・・・渚に打ち寄せる波のように、この世はマクロからミクロまで波動性で成り立っている。物質と見
えても其れは波動の結晶であり、此れを般若心経では「色即是空」と言った。太陽の運行も周期性であり、月の満ち欠
けの周期も人体も気の流れもバイオリズムで説明できる。或いは経済も「景気の波」と見る人が多い。

此れが種々の景気循環説である。それに対してアカデミックな経済学には「市場原理」と言うのが有る。今では寧ろ此
の方が正義でもあるかのように吹聴されている。しかし嘘である。市場介入が至る所で日常的に行われて来た事実か
ら言っても其れこそ幻想だ。現実は市場原理ではなくて、何処でも日常的に毎回繰り返されるのが「市場操作」でした。

しかし日銀が介入しても政府が小細工で操作しても此れは不自然な事ですから長続きせず失敗して来た。自然界は波
動性でバランスが取られる。よって昔から各種の説が入れ替わり立ち代り出て来て、景気の12年とか60年、或いは1
00年周期説が飛び交うが、其れもエトによる占いの類ですから本気で信じる必要はない。

個人がどう思おうと勝手だが他人を説得する力にはならないのです。しかし11年と言う周期で繰り返す太陽の黒点数
の波に日本の景気が左右されるとしたらどうだろう。経済学者は「太陽と経済とは直接何の脈絡もない」と一蹴するだ
ろうが、歴史的にも波が重なっている事を否定は出来ないだろう。

太陽の周期は略11年であり、其れが日本の景気の波を作る(日の暦の「太陽の黒点数」を参照)。其れに景気は地震
噴火にも影響される。90年には雲仙普賢岳が噴火したし、91年にはバブルが弾けた。にも拘わらず経済企画庁はず
っと「景気は引き続き拡大している」と御託宣し続け、95年には阪神大震災となった。

以来日本は零落の一途でした。04年には政府(小泉首相と竹中氏)が「改革の成果により景気が回復した」と胸を張っ
たが、リストラした大企業と中国関連企業が瞬間風速的に潤っただけだった。そして中越とスマトラ沖地震となったので
05年は景気が下降するだろう。この点は太陽の黒点数からも言える事だ。

しかし日本社会では正月から「酉年は鳥が飛ぶ」と誤解し、縁起担ぎで酔っていた。それが05/2/16日には10-12月のG
DPがマイナスだったと政府が発表した。此れで三期連続のマイナスであり、H13年以来3年ぶりのマイナスである。そ
の後、内閣府は「実質GDP年率5.3%増」と発表した。だが世間は「実感がない」と冷ややかに見ている。

数字と言うのはどのようにも拾い出せるから一方的なデータは信じるに値しない。景況感は実感で決まる。格差が拡大
するだけで地方が落ち込み、銀座通りがシャッター通りになる事が好況とは言えない。災害やデフレが続き、企業収益
も外需も減少したのです。05年末から06年初には株価と先物が高騰して一部企業は好況となった。

だが其れは偽物か騙しであり、原油やファンドマネーによる外資の誘導と米国寄りと中国寄りの一部勝ち組のバブル
であって全体としては鍋底である(「周期性」、「太陽黒点数」を参照)。例えばメガバンクは「史上最高益」と発表した
が、無税で公的資金のオンブに抱っこの丸抱えではねー。

東証株価が一時1.75万円になったので政府も「4年連続の好景気」と胸を張って発表したが直後の5/31日に株価大幅
ダウン。その後もジリ貧で06/6/9には東証が1.4万円台に下がった。まぁ原油高に吊られて外資が引き上げたため株
価が世界的値崩れとなっているので日本だけのダウンではないが、「好景気」の実態はなかったと言える。

其れでも政府は「バブル景気を超えた」と発表した(06/6/26の朝日新聞)。バブル景気は86/12〜91/2月の4年3ヶ月を
言う。更にもし06/10月まで続けば4年9ヶ月で「いざなぎ景気」と並ぶ。「いざなぎ景気」はs40(1965)/11〜s45(1970)/7
月までの景気である。

其の前は58/7月から3年6ヶ月の「岩戸景気」、其の前は「神武景気」が54/12〜2年7ヶ月続いた。其れらに対して今回
は「平成景気」とも呼ばれる(06/6/26の朝日新聞)。此れは実態のないものに数字のマジックで拵えた景気であるよう
に思われる。だが06/10/12日には先の「いざなぎ景気」を越えたと言うニュースになった。

「いざなぎ景気」と比べて平成景気は株価が0.9万から1.6万になった。成長率が11.5%から2.4%になった。企業収益が
2.7倍から1.8倍になった。所得が2.1倍から略横這い・・・と言う。しかし実感なし。格差社会になり、地方が没落しただけ
である。此処でPISCから引用すれば、意味不明の平成景気を「最長景気」とも言う。

此れは経済成長率で、いざなぎ景気11.5%、バブル景気5.4%、最長景気2.4%であり、企業収益の伸びにして各々30.
2%、12.1%、10.8%である。5年間の物価は0.4%、地価は30%下がった。給与は1.2%のマイナス(いざなぎ景気の5年
間は79%アップした)。企業だけが利益を生み出したのはリストラ、スリム化、人減らし、給与カットでした。

此のため格差を大きくした。よって米国、アイルランドに次いで日本は先進国の中では第3位の貧困国となった(月刊PI
SC-07/1)。また07/1/19朝日によれば、帝国データバンクの「06年の近畿の企業倒産は2年連続増」。1881〜2359件
で例年よりも27〜31%増だった。

例外的に大企業だけ好調と言う点を私見で見れば、国が税収アップの目的からの経理操作であり、其れに応じた企業
のリストラによる効果ではないのか。景気が良いならガソリンの消費量が増加する。しかし値上げや暖冬のせいもある
が06年の石油製品販売量は4%減。ガソリンは1%減だが、前年割れは32年ぶりである(07/2/1朝日)。

07/12/14のNHK総合TVは「10月までの企業倒産が14ヶ月連続1万件」と言う。特に公共事業のダウンにより、建設業
の倒産が多かった。其れに此れからは円高と原油高による倒産が増えるだろう。此れも太陽黒点数の最小期にある
からだ。

中国は五輪を前に好景気だが米国では低所得者向け(サプライム)ローンの問題で金融不安とドル安となった。日本も
当然ながら経済産業省が景況を下方修正した。12月28日現在のドルは113円台、株価は1.5万円台を低迷。


景教・・・・・・・キリスト教の一派で異端とされた為に東洋に伝播した。以下http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/
archeology/1084901130/「2ちゃんねる」から引用する。404 :出土地不明 :2006/10/22(日) 23:41:51 ID:7IE8i8F5>>401
またムー民の妄想共か。

キリスト教が記録上、中国に伝来したのは唐の時代、大秦景教(ローマ帝国のネストリウス派キリスト教)である。唐帝
国は、当時、ローマ帝国と通行があった為、別段不思議な話でもない。431年のエフェソスの宗教会議にてローマ教会
(カソリック)で異端とされたネストリウス派は布教の地を失い、東洋へ進出を余儀なくされたのである。

陝西省西安(当時の唐の都、長安)から「大秦景教流行中國碑」が発掘されているが、そこには唐の太宗の時、景教の
伝道師、阿羅本がネストリウス派キリスト教を伝えたこと、太宗が大秦寺を造営させ、長安で大流行した事、多くの伝道
師達が西洋僧として高官に取り立てられたことが記されている。
 
 参照:桑原隲藏⇒ttp://www.aozora.gr.jp/cards/000372/files/4707_9678.html

後の武宗の時、道教以外の諸外国宗教の大弾圧が行われたが、その際に大秦寺は廃され、修道士等2〜3千人が国
外追放または還俗させられた。日本の遣唐使は、630年(舒明天皇2年)に始まった。留学僧達はそこで大流行のキリス
ト教を目にした事だろうね。日本の国史はそれから書かれる。

和銅五年(712年)太朝臣安萬侶が献上した古事記や、舎人親王等の撰で養老4年(720年)に完成した日本書記に馬
屋で生まれた皇子の話がでてくるのは何の不思議もないのである。唐で流行していた景教が日本にも伝来しなかった
方が不思議だ。

それは中国で漢字という記録媒体を学んできたエリートテクノクラート達の先端知識として入ってきていたんだから。
「秦」は大秦景教教徒の事を指す言葉として唐では普通に使われていた。では秦氏何か。帰国した遣唐使の一部がハ
イカラぶって「秦」と自称したか、武宗の大弾圧の際に国外追放された中国人の末裔か。

答えは前者だ。なぜなら彼らは陰陽師として朝廷に雇われていたが、これは中国製の占術であり西洋に起源を持たな
い。また彼等はネストリウス派の教義をキチンと理解していない。以上から秦氏は付け焼刃の遣唐使の一部帰国者の
成れの果てである。最澄や空海になりそこねたんだろね(引用以上)。秦氏については別項を参照。

敬語・・・・・・・敬語は相手も自分も共に上品にする言葉です。其処から「敬語は無料の化粧品(アクセサリー)」とも
言う。でも厚化粧はゾッとするでしょう。

警察・・・・・・・国民の生命財産を守る目的で設けられ、税金によって賄う存在。具体的には組織や警察権などを警
察法で規定している。だが昔は岡っ引きだった。つまり本質的には星を追う星(ヤクザ者)の社会であるから其の星形
を階級章にも付けている。本質的には夜警国家のガードマンである。

つまり夜行性の泥棒や獣を追うには警察も獣と同類化し夜行性になる。また警官が譬え体を張って住民の生命財産を
守ろうと思ってした事であっても、人を見たら泥棒と思う職業病から人を疑ってかかる習性を持つので常に人の反感と
恨みを買う気の毒な職種である。

そして致命的な宿命として、社会の中では警察が発展するよりも寧ろゼロになるのがより明るい理想社会であると言う
「必要悪」の存在である事です。

警察の欺瞞性・・・・・・・国家の存在価値はつまる所は「神を祭る」か、其れとも「人を守るか」の何れかである。現
政府が「人命尊重」を標榜したのは、後者を採った事になる。本来、政府の使命などはポリス国家、つまり夜警だけして
いれば良い(「夜警国家」を参照)訳だから、それが一番安上がりであるし、其れでも良い。

だが、問題は其れが実行されていない事だ。憲法にも明記の通り、国民の生命財産を守る使命から警察が存在する
訳だが、今の政府が巨大化してコスト高となったものの、警察力は低下した。税金を使いながら何一つ満足に出来ない
無能体質になった政府と共に、警察も駄目になった。

実際問題として此れまで事件や事故があっても民事か刑事か一々文句を付けるだけで警察は中々動かない。まるで
自己否定するように威張って「出来ない」と言い訳を言う所になった為に使命を果たさず、給料だけをチャッカリ取って
来た。パトカーで勇ましくやって来るのは、実は決まって、もう事が終わった頃にノコノコ来る。

ですから、「後の祭り」の葬儀屋と大差ない。如何に憲法には高らかに謳っていても、何も機能していないのです。其の
点、消防と組んで警察は「防災・防犯訓練」などをシバシバ演じて国民に見せびらかして安心させる。でも演習だけなら
演技と同じですから必ず旨く行って当たり前だ(サルでも可能)。それと現実とは余りにも違うから問題なのです。

ハッピーエンドの筋書き通り演じるなら警官ではなくても芸人でも出来るのです。だが国民は芸人を雇ったのではなく、
警官を雇った事をすり替えては困る。戦後の一時期、日本の警察は世界に誇る存在だったが、戦前と同様に、今も上
には犬として仕えて弱いモノ・国民苛めしか出来ない駄目な機関となった。

戦前は拷問で悪名高き「特高」が有ったらしいが、今は「国民を守る」と言う金看板の裏はドブである。守る必要のない
暴力団には張り付くが、一般市民が幾ら困って訴えても取り合わず、告訴状さえ受け付けない。守るべき主権者・市民
には張り付かずに、逆に暴力団をかばい、市民を犠牲にすると言う逆さ事を重ねて来た。

政官財の巨悪を見逃して売春婦やコソドロしか捕まえないのです。時として彼らの根城に大勢で警官が踏み込む所を
テレビを使って「やってます」とのゼスチュアで見せるが無論、其れも「猿芝居」としか市民には写らない訳です。更に警
察はたった一人を集団で囲んで「ネズミ捕り」で点数を稼ぐ所となり、売春婦やコソドロを捕まえる。

此れでやっと検挙率が19%と言うのです。この様に正義も使命も貫けない日本の警察は、有名無実の金看板で飯に
するだけの恥ずべき無能集団と化した。例えば拉致被害者の実数は380人に上るが、此れについて警察は未だに消
極的でモタモタしている。だからテレビドラマで活躍するような刑事や警察官はフィクションの中にしか存在しない。

現実にいないからドラマだけに人気があると言う歪んだ存在になった。だが色々あってもまだ警察は国民から期待され
ている以上、これからの警察は前科を悔い改めて常に、国民の生命・財産の一体何をどうしたと言う初心に帰って精進
努力願いたい。

其の点、今回やっと巨悪同和のドン・ハンナングループの浅田満被告を逮捕したのは少しは「お手柄」である。実刑12
年に漕ぎ着けたのは立派でした。けれども羽曳野市長や農水省のお役人の罪は不問にしたのは何故だ。民間なら両
方同罪(両成敗)が当たり前であろう。いや寧ろ、官と民では「官が切腹」と言うのが古来不文律である。

なのに、税金垂れ流しの責任を問わなくては「巨悪と身内に甘過ぎる」のではないか(一部05/3/17のabcテレビか
ら引用)。序に無能な刑事を全員首にして超能力者を採用してはどうか(超能力を参照)。科学捜査などに頼りだしてか
ら検挙率の低落が止まらなくなった。

此の世は科学よりも因果律で成り立っている。其の因果関係をモノカネ主義の物証主義(別項参照)に頼った結果であ
る。06/6月から駐車監視員制度がスタートする。運転者のマナーが落ちて、無断駐車と青空駐車が増加の一途である
から義務違反の取り締まりの徹底は当然である。

だが5/27の朝日テレビは「此れで600億円の増収を見込んでいる」と言う。しかも国庫ではなくて外郭団体から警察に
逆流する仕組みであると言うから驚く。従って警察の裏金作りと天下り先の増加となる見込みとか。

珪酸カルシウム・・・・・・土は神秘的です。土の中に微生物も多いし、土自体、珪酸カルシウムもかなり含んでいて其
れが今、注目されている(06/12/31西埜先生の話)。因みに珪灰石とかばら輝石の化学式はCaSiO3となる。そう言え
ば窯業の主体となるガラスや陶磁器、セメント、耐火物などは、全てケイ酸塩の特殊性を利用したものである。

芸術・・・・・・芸術は、事実をありのままに写す写真とは異質の術(アート)です。現実には見られない存在を具象化
する素晴らしい存在です。例えば神仏や人の心の動きを創造して他の人にも見える形に創作し、人々に感動と感銘と
を与える素晴らしい能力です。其の点、昔の作品には素晴らしいものが多い。其れは信仰心が強かったからです。

その上、神に捧げると言う貴い精神があったからだ。所が現代は無数の芸術家がいて道具も進歩しているのに作品は
陳腐です。其れは銭金主義になっているからだ。機械文明は芸術には到底及ばない点がある。所が最近の作品は流
行性の画一的なものが多くなったので、折角の利点がなくなっている。

絵画や彫刻なら確かに美術と言えようし、能や歌舞伎も芸術であろう。だが信仰の対象である仏像を美術品として見る
のは何か変です。その点、シナやフランスは元来ウソが持て囃されるお国柄であり、日本のテレビドラマもフィクション、
つまりウソの塊です。ウソは楽しい面も有り、第一感動的です。

つまらない真実よりも嘘のほうが人の心を動かします。ただ信仰対象を嘘で騙っては台無しにします。ただ仏教そのも
のが真如の教え、つまり真実らしいウソの教えなので、芸術作品についても結局は「芸術の力は結局、ウソの力と思い
ます」(「ウソの鍛え方」絹谷 幸二著・日本経済新聞社)と断言した本があるから立派だ。

系図・・・・・・・人生の位置付けは先祖と言う縦の流れと親族と言う横並びの要にある。従って系図も円形のものと縦
と横との三種がある。円系図は古の日本の祭り事の原点に有る王族系図であるが、今は文献として残っていない(「円
系図」を参照)。

一般に古くから残されて来たのは各氏の名族系図であり、其れは古い先祖から子孫へと、川上から川下へ流れ下る形
式の縦系図と呼ばれるものである。また横系図の場合は今も使われる親族横並びの系図を言う。


ケイタイ社会・・・・・・・古代を語る本書が現代に触れるのは余談となるが敢えて若者たちの「個」の世相について考
えたい。個室・個性化の時代と言われる現代社会だが、其れでは孤立感を味わうので、其の裏返しとして連帯感と共
感性を求めて仲間を探すと言う現象だ。

例えば、プライベート意識が強い筈の現代、その裏面では、インターネットとケイタイ加入率の鰻登りの上昇となった、と
言う事実は、疎外感から不安になり、次は仲間を求めると言う矛盾した心理である。

よって次は、自ら好んで実に暗い管理社会であるネット組織に向かい、ウィルスや個人情報の漏洩と言う危険を承知
の上で飛び込み、多少の仲間と危険なコミュニケーションで繋がっている時にだけ「生きている」実感と共感を得て安心
出来る、と言う屈折した心理でいる。

でもこれでは連鎖反応的に危険が広がる、終わりのない中毒性のゲームや「出会い系サイト」に嵌って、「生きていても
仕方ない」と言う心理になり、自殺願望に共鳴する事態にもなって行く(NHK教育TV、2003/8/19より)。

誰もが特定の先祖と繋がっている事を円系図で認識出来れば孤立感はなくなるのですが・・・・・実際、災害時・緊急時
には携帯は毎回役立たなかった。とすればどうでも良い社会と人の玩具だ。

慶弔・礼服・・・・・・昔から喪服は素衣・白衣だった。または墨染め、中世以来も男が麻上下(かみしも)、女が白無
垢と決まっていた。今でも遺体を白衣・白装束に包み「死に装束」と言います。其れに対して祝い・祭り・晴れ着が黒衣
でした。所が今の喪服は黒いモーニングが常識です。喪服は白か黒か。

その由来は、白を黒とし、黒を白とするペテンがあった。ハッキリ白黒に決着を着けたのが明治31/1月、英照皇太
后の葬儀に明治天皇が一転、黒衣とした事による。彼女は第121代孝明天皇・夫人(九条夙あさ子)だった(新人物往来
社「歴史読本」05/12月号で小田部雄次教授)。

旧幕時代の終焉に際し、其れを祝ったかのように国際化とか外圧利用で示した事になる。でも何故イブニング・ドレス
(夜会服)ではなくてモーニングにしたのか。モーニングとは朝であり、寝巻きであり、其れを礼服としたものである。
因みに慶弔の内、祝い事や契約は吉日を選び、しかも午前中にするものである。


芸人・・・・・・芸は元々神に奉納するものであり、神の顕現を予祝し、寿ぐ格調高いものでした。例えば神事の前後に
はアトラクションとしての猿楽や田楽があり、其れが能になったし、囃子が歌舞・音曲になり、催馬楽(馬子唄)や千歳、
漫才、三番叟・・・・などになった。町家を廻る太神楽でも神道の流れです。

役者にしても昔の芸人は粋で品があったし、練磨・洗練された芸をチャンと披露した。芝居小屋でも河原芝居でも大勢
の客に直に接していたからであろう。所が今は堕落した。其れはテレビが出来たせいかも知れない。テレビに雇われた
芸人は客の前ではなくてカメラだけを相手にするので局にヘイコラしていれば飯になる。

下手な芸でもお客が我慢していて座布団や石ツブテが飛んで来る事もない。だから今のテレビの特に民放の芸能のお
笑い番組は粗悪すぎる。譬え文部行政がこんな低度の芸でも芸能文化や無形文化財として認めて助成しているとは言
え、今のドツキ・どたばた漫才では低俗すぎて日本の芸ではなくて恥である。

そう言われて悔しかったら海外に出て少しでも木戸銭を稼いだなら本項は訂正する。お猿さんでも芸があれば稼いで
来るが、テレビに出てドタバタやっている芸人の中で、猿以上に稼げる芸人がどれだけいるのか疑わしい。テレビだけ
ではなくて神を無視した分業化の弊害もある。

テレビのディレクターや新聞記者は自分の下手なシナリオや文筆を一方的に垂れ流す前に、お客の所に2〜3年、配達
や販売、集金業務の年季奉公を義務付けたら少しはマシになるかも知れないが・・・・


刑罰・・・・・・・日本では古来、罪人の刑は「苔・杖じょう・徒・流・死」の5種類だった。苔は鞭打ち。杖じょうは杖打
ち。徒は懲役。流は島流し。死は打ち首か磔(はりつけ)。初めは皆牢屋に入れられる。江戸時代は美濃から東で掴
まったら江戸・小伝馬町の牢屋に、近江より西なら大坂の牢屋に集められた。

流罪の判決が下りたら江戸からは八丈島や三宅島、大坂からは隠岐や壱岐、五島列島や天草などに流された。江戸
の島流しは毎年、春と秋の二回、万年橋と永大橋のどっちかから出た。江戸中期からは佐渡へ流される人が増えた。
金の採掘の水替え人足として使った。辛い重労働なので「佐渡は三年」と言って、三年勤めたら許された。

「ドサ回り」のドサは、佐渡をひっくり返した隠語。仙台小僧・政五郎が磔になる時に残した辞世の歌というのが「今まで
に盗みし金は身につかず、身につく金は今日の一ひと槍」。以上は06/3/14の朝日新聞「米朝口まかせ」より引用。

ゲーム・・・・・・・最初は暇潰しの遊びと思っていても、やがて他人と競技して感動的な瞬間を味わうもの。しかもカ
ネを掛けるように仕向け、更に「一番面白い刺激的なゲームは人殺しだ」と言う所まで必ずエスカレートさせる遊びであ
り、極道へのワン・ステップである。

人が内面的な深みや充実感に気づく事が実は最高の感動なのであるが、普通は其の前にゲームに手を染める。内面
の光を見たり体験した者は「ゲームは詰まらない」と気づくものである。だが別項の「星族」タイプの人種は「内なる自
分」よりも目の前の「他人を支配したい」と欲する。

このためゲームやスポーツを通じて攻撃的になり、一時の勝利、刹那の快楽を求める。要するにゲームは末世的な娯
楽である。日本各地には不夜城のようなパチンコ屋が各地に乱立して来た。ゲームセンターとして有名な所は例えばア
メリカのラスベガスであろうか。

そうした所を理想とし、或いは地域の活性化のために競輪競馬場を作ろうとする頭のない政財官界が多いのが問題で
ある。パチンコなどは、敵(日本社会)の腐敗化を進めて自分の利とする間接侵略である。


◆ケイン・・・・・・・
◆けえ・・・・・・・

◆けお・・・・・・・
◆・・・・・・・



ケガレ・・・ ・・・ ・・・ 以下は次ページへ●■▲◆★   




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怪我〜獣
怪我〜獣
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