http://hijiri.tamajiri.com 「日知り事典」 page057.html(未定稿) ![]() 日知り事典 ODA〜オナ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★ ★ODA(政府開発援助)・・・・・・と言う様な外国語の、しかも略号で呼ばれていると日本人は良く分から無関心のまま か、もしくは少しは国際貢献しているように勘違いしたり有難がって深く追及しない。其れを良い事に外務省は此れまで 海外に巨費をバラ撒いて来たが、国民に対してその結果を報告しない。 「官報でやってます」と言うかも知れないが、其の内容や成果を被支援国が公表したとか、また其れをマスコミが詳しく 報道した事があるのだろうか。有ったとしても北朝鮮や中国政府からの感謝報告はなくて、大概、中国の「教科書問 題」など、恩知らずの誤解と偏見による反日感情しか返って来なかった。 露骨に反日の牙を向けた日本糾弾なのですから納税者や国民としては堪らない。とすれば情報公開も説明責任も果 たさない外務省、其れに意味不明の「ODA」と言う援助方式も直ぐにも潰すべきだろう。中国では05/4/9〜10反日 デモが暴徒化した。所が政府は口先介入程度で済ました。 ODAとして此れまで日本は32兆6000億円を出した。例えば人口が5754万人のコンゴでは1998年の内戦で300万人が 死亡した。其処へ日本はODAで5.6億円の医療援助をした。其れにマタディには吊り橋を掛けたが前者は高価な医療 機器の大半が故障して放置されている。ホントに必要なのは医薬品や学用品であると言う。 無用の吊り橋も放置されている(06/4/15のabcTVより引用)。 更にスーダンには新たに108億円ものODA支援を表明した。こうなると自民党の裏金作りとしか見えなくなる。アフリカ はかつて欧州列強が分断して搾取し山分けした地域であり、今も多くの利権を欧米が握っている地域だ。であれば日 本政府が今頃、国民の犠牲で支援する義務はないのです。 ないにも拘わらず国連はOECD(経済協力開発機構)を通じて「常任理事国になりたいならもっと増やせ」とODAの増 額を要求している。特にアフリカと中東が重点地域だと、何故か日本にだけ増額要請している。だがアフリカのみなら ずイラクもアフガンも米国が9.11の仕返しで破壊したのであって日本には責任がないのである。 政府は外国よりも日本国民の特に戦没者に対して義務不履行の責任を今こそ果たすべきだろう。 ●王道・・・・・・王の道、即ち日本では祭り事のための斎場への参道、つまり神道の事だった。例えば本書の基本は 一本の柱と二つの円である。柱は神であり自分です。円暦は天理であり、それに対する円系図は地(血)の理である。 天地を柱で結ぶ者、其れが王の字である。王は方形の祭壇を設えて方位で時空を見た。 このため本書は方位の指南書としても機能する。要するに本書は天地人の王道の理を説いたつもりだ。王道とは天上 天下唯我独尊を示したお釈迦様の教えでもあり、王権による人民支配ではなくて、他力本願でも自力本願でもなく、自 然界、または天地の先祖との一体関係に気づいて自主自立する道である。 この様に対処すべき先祖に無関心のまま、親や夫に頼り、金に頼り、会社に頼り、国に頼ると言う意識の悪循環に気 づかなければ実際、何も出来ず解決もしない。だから此処から離脱する意識転換の方法が王道である。其れを此のよ うに真理を説いて実証した極意、此れが聖王・帝王学の真髄である。 ●大祓い・・・・・・年末に各地の神社で行う神事である。昔は朝廷で行ったが、今は各地の神社が行う。此の為、秋に は氏子・信徒の所へ此の神事の申し込み受付の案内が配られたり郵送されてくる。封筒の中には紙製の人形(ひとが た)が入っているので、申込者は其れに氏名・年齢を書き、体を擦って息を吹きかけて返送する。 神社は其れを纏めて歳末に大祓いと言う神事をするのである。ただ昔は宮中行事として冬と夏に、旧暦の「歳末の大 祓い」と六月晦の「夏越しの祓い」として太祝詞(のりとを参照)を奏上して行って来た。一般民衆には無関係のものでし た。一般では節分や七夕に川、即ち水神に対して、自分の人形(ヒトガタ)を流す行為が祓いになるとされて来た。 雛祭りも同根から出た伝統行事であるが、「大祓い」は祭りではなくて今も「式」または「神事」と言う。つまり普通の祭り とは一線を画している。要するに寒い冬には火で祓い、暑い夏には水で禊ぎ祓った。寒い冬には若草山の山焼きをし たり節分には東大寺の二月堂では「だったんの松明」を翳して鬼が走った。 或いはトンドや左義長を囲み、もしくは不動護摩や初釜を焚いたりオケラ火を分けた。其れに対して夏は七夕流しと盆 の送り火もあるが、梅雨の頃では火が消える。だから梅雨時の豊富な水で祓った。所で今は伝統行事を守るべき市町 村が、税金をとっていながら清掃処理を怠る為、川に人形や笹竹を流すのを禁止するから矛盾である。 各地では今も「茅の輪潜り」をしている所がある。此れは丸い太陽を暗示するものとも推定できる。ただ今は歳末に大 祓いを行うが、其の時期は本来は冬至の前日だったと思われる。其れが飛鳥時代から節分の時期と重なるようにな り、それを今は冬至から9日後の12/31としている。また其の対極にあるのが「夏越しの祓い」である。 本来これも夏至の宵宮にあり、其の後に半夏生(04/7/1)となった。つまり一日を午前、 正午、午後と分けるように、一 年は昔から陰極の冬至に始まり、夏至点を陽のピークと見て来た。よって夏の神事は端午、つまり旧暦の5月中(中 気)、五月雨の梅雨の合間の夏至の宵宮に行ったものと思われる。 だがその後、此れを旧暦6月、即ち「水無月の晦日の祓い」として行い、其れを今は西暦の6/30日に行う。だが、中に は、改暦の行政力の産物として、此れを七月末に行う所も有る。此れ(水無月の晦日の祓い)を七月末に行うのでは、 旧暦6月の水無月とは合うものの晦(ツゴモリ)ではなくて31になってしまうので言行不一致となる。 しかも七月末では夏至との開きが一ヵ月以上もズレて季節感も合わない(「夏越しの祓い」を参照)。 また7/31日では旧暦の七夕祭りや旧盆が其の後に前後してやって来る。と言う風に、此処でも改暦が混乱と弊害を見 せるのです。 ただ、遅れてする所は神仏習合時代の神宮寺の影響から旧暦の七夕祭りや旧盆を前に敢えて行っている所もある(シ ナツ彦を参照)。 例えば、御所市の高鴨神社ではお盆に先祖の御霊を迎える前夜祭として行い、また近くには風の森が有る。また京都 市の八坂神社の「夏越祭」の場合は、祇園祭のフィナー レとしての意味も有り、鳥居に大茅輪を設け厄気を祓う。要す るに旧暦で盆正月をするか、それとも西暦でするかによってこの「祓い」の神事も対極関係で行われるものと分かる。 さて、逆の時期の歳末・初春の西暦の1/31が八朔の裏正面に当たる。つまり旧暦の師走の大祓いの日であるが、 毎月29か晦日で終わる旧暦行事を改暦に際してそのまま数字だけスライドしたため何処の寺社でもこの日は何もしな い。 大祓いは既に歳末に済ませているか、もしくは2/3の節分を兼ねて行い、此れに前後する旧正月に繋げているようで ある(別紙の「月読み」のハッサクを参照)。 ▲大比叡・・・・・おうひえ。 ▲おうふ ▲大船・・・・・ ▲近江 ▲淡海・・・・・琵琶湖。 ▲おうみ・・・・・・大忌み。軽い潔斎。アライミに対する小忌み。大嘗祭に関連。 ▲近江商人・・・・・・江戸時代、天秤棒を担いで全国を行商して歩いた商人たち。信長、秀吉、三成が活躍して以来、 徳川の世となっても近江は地理的には日本の中心に位置していた。上方と江戸とを結ぶ要衝にあり、琵琶湖の船便も 有利に働いたため全国の情報と物産が彼らの元に集散した。 全国各地に関所がある中で、彼らだけが伊吹の百草を薬草として売り歩き、地方にまで足を伸ばせたのは京と叡山の 権威の元で働き、或いは徳川の世となっても幕閣の手先としても動いたからである。以下テレビから一般論を引用すれ ば、近江商人は「三方よし」を心掛けた。売り手と買い手、そして世間が満足するようにと願った。 見習い奉公や丁稚にはやがてノレンワケをして独立させる努力をした。数字に明るくソロバン高いだけではなくて、世 間に対する心構え・信念があった。例えば「慌てず、休まず、退しりぞかず」と言った。或いは不景気で無職となった人々 を臨時に雇って大きな屋敷を建てた。此れを「お助け普請」と言った。言わば今の公共事業のようなものです。 或いは飢饉や不作の時にも彼らは多額の寄進をしている。世の中に尽くす徳を積む事が結局アキナイの繁盛になると 信じた。一時の俄か成金ではなく、善人が家業を継いで永続する事を願った。次の世代にバトンタッチするのが主人の 役目と心得た。 だが中には主人が道楽者で財産を食い潰し、使い果たす様な場合は「押込め隠居」と言う強制手段に出て閉じ込める 方法も採った(06/9/8のNHK総合TV-藤本義一の「お金で買えない商人道」より引用)。「商売の秘訣」を参照。 ▲大ミコト持ち・・・・・勅命を奉じて任地に赴いた例えば官吏。例えば太宰のソツ、大宰府。 ▲大晦日・・・・・12/31。因みに昔は師走(旧12月)はあっても晦日(ミソカ)までしかなかった。年中29または30日までで あり、旧12月の師走であっても30日までだった。 ▲大御葬・・・・・おうミハフリ。天皇の大葬に奏した上代の歌謡にウタ(雅楽)寮の大歌の1つ「大御葬」の歌がある。 ▲大峰・・・・・・奈良・吉野の標高1700m余りの山上ヶ岳を軸とした山岳宗教・修験道の根本道場で今も女人禁制。 ▲大宮・・・・・・若宮に対する母宮。古い皇居や神宮の敬称。昔は内裏に大宮所、大宮司があったが、関東で大宮と言 えば皇居(アソコは江戸城跡)ではなくて氷川神社の事。大宮暦も氷川暦の事。また神社建築様式に大宮造りがある。 ▲大宮売神・・・・・・皇居八神殿(昔は平安京、今は江戸城の西の丸跡)に祭られる女神。太玉命の御子で天照大神に 仕え、丹後の国大宮(スキ)村・大宮神社に祭られた。 ▲大宮人・・・・・・公卿。 ▲おーむ・・・・・・阿吽を参照。下記も参照。 ▲オーム・・・・・・電気抵抗、Ωの記号で示される。ドイツの物理学者Ohmの法則による。因みに上記の「おーむ」は梵 字ではΩを逆様にした形、つまり壷の影を象ったものであるが、偶然の一致か。 ▲オーム貝・・・・・・等比数列で螺旋状に成長する貝。 ▲オオ紫・・・・・・・・日本の国蝶。天然記念物。何故か榎(別項参照)で育つ。 ▲大水・・・・・・・・昔は洪水を大水と言った。「洪水」を参照。 ▲大峰山・・・・・・・・奈良県天川村の山上ヶ岳を中心とした山々であり、七世紀末、文武天皇の時代に役小角が開い た山岳仏教で修験道の根本道場となった。以来凡そ1300年間、「女人禁制」の霊場としての伝統を守ってきた。 大峰山寺では毎年5/3には戸開け式、9月の戸締め式まで約10万人の修験者たちが訪れるが、関西では此処に上 らなければ一人前とは認めない風習が続いた。大峰の山麓近くには竜泉寺や天河弁天が有って各々賑わっている。 熊野・吉野・葛城と連関する此の地の修験道は天台宗と真言宗とで本山派と当山派があり、京都の聖護院と醍醐寺、 其れに吉野の金峰山寺が協力している。大峰山から熊野本宮へのコースを「奥駆け」と言う。外に七十五靡(なび)きと 多くの宿所とがあり、信仰の山への厳しい錬行が続いて来た。 其れに対して今はスポーツとして、マナーさえ心得ない登山家たちが富士山の上までゴミの山としているが、明治政府 は修験道を外道と誤解して明治5/9月に禁止とした。其れが今回漸く、「紀伊山地の霊場と参詣道」(別項を参照)が 世界遺産に推薦され、04年7月に登録決定となった。 其処で約130年ぶりに「山伏問答」も復活した(2004/4/26)。また此処に対して「元山上」と言う所が泉佐野の七宝滝 寺である。 ▲大雪(豪雪)・・・・・・・・日本海側と滋賀など各地では平成17=2005年12/24のイブに12月としては過去最大の大 雪記録となった。気象庁は10月に3ケ月予報で、「12月は暖冬」とご託宣していたので、大雪になってから「寒冬」と言 い換えた。だが無責任ではないか。そんな言葉を新造していいのかな。予報は訂正して済む問題か? 1国民が納税を間違ったらどれだけ酷い目に遭うか、彼らは分かってないなー。ともあれ05年のこの日は例年になく日 本海側や滋賀が大雪のためホワイトクリスマスとなった。またニューヨークでも06/2/12(日)には1869年以来の観測史 上初の68cmの積雪となった。 06/2末には新潟を中心とする06豪雪による死者が140人に達した。此れは231人の死者・不明を出した38(63)豪雪や 同152人の被害を出した59豪雪に次ぐ被害である。 ●大神(大三輪)神社・・・・・・奈良・桜井市の大神(大三輪)神社や四国の琴平宮で祭られて来た神(クンピラ大王)。 三輪明神のご祭神は倭大物主櫛ミカ玉命、俗に大物主神とも言う。 此処には大神系図と三輪高宮系図があり、前者は大己貴命ー大国魂(其の弟が大物主)とあり、後者では、素佐乃男 命ー大国主命ー味すきー八重事代主ー籤入彦ー天日方ー(2妹が五十鈴媛と五十鈴依媛)ー飯肩巣見ー建ミカ尻ー 豊御気主ー大御気主ー阿田賀田須ー大田田根子・・・・となっている。 此の三輪の場合は境内に生卵を供えて廻る信徒が絶えず、しかも神社関係者まで此の神を「蛇」としているが実に無 礼な誤解である。神になる前はこの世に生きた人間(神王)であり、従って末裔を全国に残し、此の神国を造った主でし た。所が繰り返し創作神話が語られて刷り込みされている。 例えば里神楽の「三輪の神杉」、そして謡曲・能の「三輪」、また文楽でも同じネタを脚色して演じた。其の内容は素晴ら しい男性が活玉依姫の館に夜な夜な現れて彼女と契りを結ぶ。従者・オカメが苧環(おだまき)の糸を手繰って行った ら大三輪に辿り着いた。 其処には巳の神杉が有って今も蛇が居る。三輪明神の神紋は古来、杉紋であり、蛇は三輪の化身(眷属)であると言 う話になる。後段では此の神が姫の館を祝福すると言う話になるが、矢張り芝居と真実とは別である。出雲の神の祖 神であるスサノオノミコトはヤマタノオロチを退治したのであって、其れが此処では蛇になると言うのも矛盾です。 つい近代の明治前にも、幕末の官軍(正規軍)が賊軍である薩長の「勝てば官軍」によって官軍から賊軍に一転したよ うな事も有った。すり替えは良くない。蛇は此の神ではなくて寧ろ朝廷なのだ。 ●大物主神・・・・・・前項を参照。 ▲黄燐・・・・・・・・燐酸カルシウム。猛毒かつ、ニンニクのような臭みを発していて空気に触れれば自然発火するので危 険。 ▲大わだ・・・・・・・・入り江、大和田、大曲。ワダを参照。 ▲お金・・・・・今の世間は「現金」なゼニカネ主義の社会になっているので本書では其れを特に批判的に論じて見る が、誰もが「お金こそ命の次に大事なもの」と思っている以上、此の拝金教に抗するのは無理があります。つまり誰も が其の価値を認めて現金主義となっている以上、此処で反抗しても如何ともし難い。 ただ現金・現ナマと言っても、現実にゴールドのインゴットをやり取りする訳ではないので、山吹色の金の魔力にとり憑 かれる訳ではなくて、一万円札の枚数とか預金通帳の金額の多少に人は左右されています。つまり本書の言う星の世 界に入っている。星空や闇夜は暗いですから不安な世界です。よって人も小魚群や羊の群れと同じ習性に嵌る。 当然、人は臆病になり、小心者となって原油ダラーやファンドマネーの尻を追う。分かり易い数字の動きだけを信じて株 価に踊らされたり預金や国債の金利に敏感になって他人の尻を追う。結果として泣き笑いがあります。例えばバブルが 弾けて第二の敗戦と言われた。 また06/1/18にはライブドア・ショックがあって東京市場は大混乱し、株価も大幅ダウンした。此れでもう株は駄目かと思 ったが、意外にも反発した。不信感があっても個人金融資産の行き場がないので惰性で走るために別の口に乗り換え るしかないのでしょう。今回のバブルは怪しい分割券でしたが、其の点で昔は寺社のお札に価値観があった。 何れにせよ人々のこうした価値観・期待感は一面的であり危険性が有る。 ◆此れは、「人がどのようにお金を使うかを神様から試されているのです。使い方次第で其の働きが違って来ます。良 いことに使えば生きて働くが、エゴで使えば動物的になり、穢れて逆に働いて滅ぼされる」(◆以下の大要はソロン・ア サミ氏の著書から引用)。 連日のスキャンダラスな不祥事や事件、事故のニュースは、人々がお互いに競争してお金を奪い合い、或いはお金に 纏わるものが殆どであり、お金が社会全体の福祉ではなくて、罪穢れの根源になっている。 つまり副作用・反作用の事例が多い通り、お金で助けられたり幸福になると期待して集めれば結局逆に身を滅ぼして いる事を正視する必要が有る。お金は単に幸福を手にする手段であった。其れが今は人の欲望の王座に置いてしま い、人の上に君臨させているのが、これは良い事ではない。こうしたのは人々の勘違いであった。 元々「吹けば飛ぶような」存在であるオカネ(紙幣)に重きを置いたからです。此の勘違いが穢れとなり、其の穢れを集 めれば当然の結果として身を滅ぼす。本来のお金は穢れではなくて、穢れを祓うお札(おふだ)の役割があった。其の 「おふだ」とは別の役割を持たせたのがお金でした。 此れは社会の活動、経済発展に伴い、交換性と流通、決済手段の利便性と言う片面だけが歪に発展したものであり、 結果として今の紙幣制度の歪を齎した。こうしたのは神の裁きである。本来のお札は神が保証すると言う裏付けがあっ た(牛王を参照)。だが現代人は神仏を信じない。その結果はどうなるかは、火(日)を見るより明らかです。 神仏を排除したモノカネ主義の行く付く所は何の裏付けもない「吹けば飛ぶ」紙切れとなる。例えばドルにせよ、円にせ よ、其の裏付けとなる国の財政が破綻し、保証能力も穢れを祓う能力もなくなった。其れがまだあると勘違いして過大 な期待を持ち、重きを置いて集めてみても幸福は幻想のまま、其の想念も裏切られて不幸な結果となるでしょう。 でも昔から「地獄の沙汰も金次第」と言うではないか・・・・ですか?(「おふだ」「銀行」「払い」を参照)。 ▲お上・・・・・・お役所。昔のお上は祭り事を基本として祭政一致で事を運んだ。無論、勧善懲悪を道理(ご常法)とし た。其れに対して今の政府は祭政分離や民主化を言う憲法を掲げているものの、例えば「法の前の平等」はなく、先ず 憲法を無視して官主主義になっていて、官善民悪を前提に規則を濫造した。 国の機関であるならば何があろうと彼らは責任がある。けれども規則を守り責任を取るべき彼等が規則の裏側に隠れ てしまって、決まって厳罰を受けるのは毎度納税義務者の民間だけである。国民は納税義務を負う。此れは何処の世 界(サウジは例外)でも当たり前です。ただ義務の前提には保証や権利がなければならない。 政府の責任と国民の権利を憲法で謳い、条文に謳っていても、其れは理念、つまり目標であって現実には何も働いて いない。特に戦後の課税が罰金的な性格で行使されるので納税が楽しくなくなった。 しかも国民や県民が完全に納税しているのに、政府が不完全な政策と行政しかしていない。此れは公務員の怠慢のた めであり、しかも彼らは失敗したり不正をしても一切責任を回避し、謝った事もないから不思議です。今の日本は連 日、公共工事の官製談合や公務員の汚職、不正、カラ出張など不祥事続きです。 此れが亡国の前兆現象であるとは思うが、何れにせよ、こうした所に納税する国民は悪事に加担した事になり、或い は共犯関係となる。とすれば納税意欲が減退する。いや責任を持つことを前提に公務員は雇われているのに国民側 に責任転嫁してしまうのである。だから処罰されるのは決まって国民側である。 とすればこうした不公正で変則的な契約は成り立たない。契約とは普通は双務契約である。片手落ちで一方だけを利 する契約は片務契約と言う特殊な場合であり、そのような例外規定では社会の道理も公平性も公序良俗も成り立たな い。 当事者の内で何れか一方が義務を果たさず、責任を回避しているなら契約不成立、または契約破棄が当然である。或 いは納税者は「同時履行の抗弁権」で政府に納税を拒否し、不払いを徹底すると言う対処の仕方を採る権利がある。 此れまでの政策に対する選挙権の行使だけが国民の権利と言うのでは弱い。 納税拒否権の明文化(同時履行の抗弁権)こそ「法の前の平等」の前提に必要な要件である。其れが無理と言うガタ が来た「お上」ならば、一度解体し、出直しする事が必要な時ではないか。 ▲オカメ・・・・・・・・京都の西陣に有る千本釈迦堂。此処は用明天皇の建立と言う。本堂は鎌倉時代の建築で国宝。 応仁の乱の時に西陣となった。今は真言宗で大報恩寺と言い、六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)を救う(六 道を参照)と言われる白木造りの六観音(別項参照)があり、運慶の弟子・快慶の作と言う。 此の本堂に纏わる噺がオカメである。彼女は大工の長井氏の夫人・お亀。ある時、長井高次が本堂を建てようとして柱 を設計よりも短く伐ってしまった。其れに対して彼女は組み木の飾りで埋める事を提案した。だが彼女は無事落慶を祈 願して落慶前に自害したと言う。以来此処には建築関係者と夫婦円満の福を求めて参詣者が絶えない。 其処から「招福おかめ」の面が並ぶようになった。オカメさん特有の下がり目は愛嬌、ぺちゃ鼻は両親を立てる人相、 おちょぼ口は余計な事を言わない慎みを表す。とすれば女性がオカメと言われたら怒らず喜んで良い(以上06/9/9-10 /14のNHK総合TVより引用)。此処の縁日(行事)も「おかめ節分」である。 ★オカルト・・・・・・カルト。かつてのオウム真理教のような偽宗教。但しオカルトの元の意味は「隠されたもの、見えなく したもの」と言うラテン語である。何れにせよ精神的な働きであるから今の物質科学では解明出来ないものの、病気治 療などに西洋医学よりも優れた成果を見せている(気功を参照)。 ★沖縄・・・・・・・琉球を創世したとされるアマミキヨ、シネリキヨの神が各地に聖地・ウタキ(御嶽)を造り、森や国を造 ったとされている。グスクは奄美大島から宮古、八重山諸島に至る間に数百存在したと言う。按司(アジ)と呼ばれた地 方豪族たちが勢力維持や覇権を競って城塞を築いた。 首里城は二層三階建てで琉球王国最大の木造建造物であり、其の御庭はウナーと呼び、行事の配置のために敷石 (タイル)が縞模様に組まれている。世界遺産に登録された9ヶ所の関連遺跡群の中でグスクは今帰仁(なきじん)、座 喜味(ざきみ)、勝連(カツレン)、中城(ナカグスク)である。 グスクの外に園比屋武ウタキ石門、斎場御嶽(せーふぁーうたき)、玉陵(たまうどうん)、識名園がある(ジャフメイト05/ 5より借用)。因みに識名園は池の中に御堂があり、此処は暦日の観測点であったと思われる。グスクの中にも同様の 役割の所が見られる。 ★沖縄の歴史・・・・・・・江戸時代までの沖縄は琉球王国としてシナとの交易で栄えた。江戸時代には薩摩の島津氏に 支配されて日中間の交易を続けた。沖縄にとっては迷惑でも鎖国を建前とする日本にとっては都合の良い立場でし た。よって明治には日清間で争いとなり、結果として日本が強引に日本領とした。県民の選択ではなかった。 ★沖縄戦・・・・・・・日本軍は本土決戦を避けるために沖縄を「捨て石」とした。少しでも長く沖縄に釘付けにしようと言 う作戦だった(06/6/24朝日新聞)。沖縄には守備軍として現地徴集者、学徒隊を含めて約12万人だったが、米軍は 約54.8万人を投入して1945/4/1には沖縄本島に上陸して6月下旬に日本軍を壊滅させた。 米軍は6月だけで砲弾や銃弾680万発を撃ったとされる。此れが「鉄の暴風」と言われ、「ありったけの地獄」を見た戦い だった。死者は日米双方合わせて20万人を越えたが、其の内一般住民が約9.4万人を占めた(日本軍は183000人、 米軍は12520人)。 「鉄血勤皇隊」や「ひめゆり学徒隊」など、学徒や朝鮮人軍夫なども多数犠牲となったほか、住民の「集団自決」事件も 起きた。6/23日は「沖縄慰霊の日」として休日にし、最後の激戦地だった糸満市の摩文仁の平和祈念公園で毎年追悼 式を行っている。 だが戦後に天皇は沖縄を放棄し、また先のような歴史を知る筈の中曽根総理はその後、米国へ行って「浮沈空母」を 自慢した。戦後もずっと沖縄を米軍基地に提供し、島民に犠牲を強いていながらこの放言とは呆れて「馬鹿総理」と批 難したい気持ちは分かる。 だが、そんな手合いしか総理に出来ない日本人が果たして民主的で、政治的判断能力があるのか、賢明であるのかど うかも問うべきだろう。 ★沖縄の戦後・・・・・・・沖縄は大戦によって55万の米軍が上陸して国内では唯一地上戦を展開して戦場となった 地域である。国民が直接米軍と戦い、10万人以上が戦死すると言う大きな犠牲を払った地域である。沖縄の戦後は 水道管が破壊されて川の水を飲む生活となり、マラリアや結核が広がり、16万人が感染してバタバタと倒れた。 そんな中で100人の女性が保健婦として離島に住み込んで活躍した。一般県民は米軍基地と捕虜収容所からのスタ ートでした。天皇から捨てられ、本土から切り離されて以来、基地相手の生活となり、米兵から被害を受けても人間以 下の扱いであり、海外に出ても無国籍者の扱いでした。 其処で本土復帰を悲願として運動を開始し、やっと戦後20年目に佐藤栄作首相が訪れた。首相は「復帰なくして日本 の戦後なし」と演説した。やっと1972(S47)年5/15に復帰できたものの今も基地との同居が続く(8/19の読売TVの 「今日は何の日」より一部借用)。 <米軍再編問題>米国の中東支配と、其れに続くハルマゲドンに全面協力するための準備となる。だから危険視しな ければならない。06年には米軍の都合で海兵隊8000人が沖縄からグアムに移動する事になった。其の費用として1.2 兆円掛かり、其の内80%を日本に負担させようと親分が強要した。 国民は全く納得できないが自民党の次期首相の手土産として承諾する事になるらしい。06/4/26額賀防衛庁長官がロ ーレス国防副次官に対して米軍再編計画(グアム移転)に何と3兆円のプレゼントの約束をした。国民の要求には赤字 と言って逃げ廻る政府が、親分のドンブリ勘定の要求には金のなる木があるとでも言う風にヘイコラOKする。 此のザマでは常任理事国として手を上げたって諸外国から笑いものだ。米軍高官は「3兆円の負担は当たり前」と思っ ている。のみならず「負担額に応じて今までの連携を維持できる」と言う(06/6/10のNHK総合TVより引用)。負担した 分だけ守りましょう。とハッキリ、ヤンキーらしくドライな言い方をした。北朝鮮のテポドンに対して日本は無力だった。 だから、第一軍団司令部を日本に移転すると言うのが米国からの要望であり、其れ以外は日本から要求したものと言 うが、沖縄を盥回しである。沖縄は大東亜戦争で日本で唯一、戦場となった所であり、大変悲惨な目に遭った。のみな らず米国に占領され、信託統治下に置かれ、やっと本土復帰したものの、本土から盥回しで基地が増え続けた。 今や75%が基地に使われている。60年も騒音被害と治外法権の外に置かれて犠牲を強いられている。とうとう本土と の所得格差が1/4になった。日本がホントに民主主義なら、どうして此処まで差別するのか。60年間背負わせて政府は 皆、今も「負担軽減に善処します」と言うが、辺野古に盥回しした。県民はもう即時閉鎖を求めている。 60年間被害者であるのみならず、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガンとイラク侵略の発進基地となり、空爆 で爆弾の雨を降らせる加害者側になってしまった。日本政府は「日本の平和外交」と言っているが、沖縄は米軍の世界 侵略の発進基地であり、外国から見たら「悪魔の島」となっている。 沖縄ではなくて日本で最も大事な経済の中心地でり、皇居のある東京を守るために、基地を東京に移転すべきだと沖 縄県民は言った。司令部の統合とは藪の中であり、実際は自衛隊が米軍の一部として一体化するのだろう。嘉手納基 地からグアムに8000名の海兵隊を移転させると言うのは額賀防衛長官のCMである。 政府は「国民を守る為に安保がある」と胸を張るが、9.11NY同時テロの後に横須賀基地では基地の周りに土嚢を積ん で基地から横須賀市街に向けて銃架を据えたのです。こんな所で暮らせると思いますか(横須賀市民)。此れが安保の 実態だ。日ソ条約を一方的に破棄してソ連は攻めて来た。其れに比べて安保がどれだけ安全と言えるのか。 もし今後、日米で利害の対立する事があれば、喉元にドスを突きつけられているのは安全ではなくて危険である。脅威 に対する抑止力も連携もそんなものは要らない。米軍基地があるから脅威になる(以上の大要は06/6/10のNHK総合 TVで沖縄県民の声より引用)。中曽根は「不沈空母」と言ったが、ならば安保は即刻破棄すべきだ。 日本の司令部が真っ先に叩かれれば米国本土は安全である。とすればどっか変ではないか(西埜説)。そうした大方 の声に反して06/7/20に地対空誘導弾パトリオット(ミサイルを参照)の沖縄配置が決まった。しかも年内と言う。米軍 の嘉手納基地は此のため600人増強される。此れでアメリカや東京ではなくて沖縄が標的にされるだろう。 であればこの際、沖縄は独立すべきである。そうした運動もスタートしている。 ★お清め・・・・・・・「お清め」には普通、塩が使われる。或いは火や水でもOKです。お塩は別項を参照頂くとして、火に ついては正式には火きりによるきり火が使われた。或いは携帯器具として火打石があった。火打石(別項参照)と鉄片 とを打ち合わせて火花を散らす事も「切り火」と言い、其れで祓う事を「お清め」とした。 水による清めは「すすぎ」があり、また人の漱ぎ祓いは滝行があり、其れを禊(みそぎ)祓いと言う。また人を祓う場合は 霊の話を聞いてやる事である。他人には無理でも友人とか身内や先祖の血をひく子孫ならば其れが有る程度は可能 である。或いはシャーマンや霊媒(巫女や超能力者など)なら比較的容易い。 そうすれば霊は思いを遂げて心が晴れて清まり、昇天出来る。或いは昔から神楽や囃子で神霊の心を和ませると言う 祭りの方法を採った。そのほか浄霊などが有る(浄霊を参照)。 だが霊の多くは人間の言葉が分からない。 其処で動物霊には火を、植物霊には水を、その他全般には塩を使って消霊(祓い)して清める(祓いを参照)。 ★小栗判官伝説・・・・・・「湯の峰温泉」を参照。 ●桶(おけ)・・・・・今は桶の字を使う機会がないので読めない方も有ると思ってカナをふった。木の桶は優れた生活必 需品でした。樹木は丸太であり、其れを今の様に製材して切って方形に整えれば四隅の部材を屑として捨てる事にな り、ゴミを増やすので歩留まりを悪くします。 其処で和式木工はもっと自然的・合理的に、原木を方形ではなくて円形のまま使うか、扇形に加工する工夫をして来 た。其れが例えば丸柱や「桶」でした。桶の場合は、先ず尺寸単位で輪切りした丸太を縦に割って、次に台形の形に整 え、其れを半球面に削り、しかも二面を一定の角度で削っただろう。 その扇形の板を何枚か繋いで一つの容器に仕立てたのが桶職人でした。此れは、ノッペラボーの、まっ平らな板を作 るよりも手間暇が掛かる。けれども、一つの丸太から「入れ子」状態に、幾つかの大中小の桶を、大量のゴミを出さず に製作できたのです。従ってこれ等は、風呂なら風呂桶として、或いは棺おけにも使われた。 桶の外にも、寸胴(飼馬桶)、半切り(寿司桶)、樽、太鼓、太鼓橋、ホカイ(弁当入れ)、マゲワッパ等、何れも曲線的な 技術であり、近代的西洋的な直線的な低質な技術とは違って、高度な加工法だったと思うのですが、今では残念なが ら益々寂れてしまい、鋳物などの金型製作技術などにしか応用されなくなったと推定する。 だがもし、これ等の製品の需要が復活すれば、伝統工芸を復活させられようし、また木竹材料が再生可能な資源です から、常に新しいものを人の暮らしに提供する事となり、従って清潔で衛生的であり、しかもこれ等の活用によって環境 にも好影響を及ぼすと思うのですが・・・・ ◆おく・・・・・・・・・ ◆贈り名・・・・・・・・・送り名。昔は一人の人が色んな名前を持っていた。先ず幼名、元服すれば元服名を名乗った。 例えば源九郎義経と言う場合に九郎は幼名、義経は元服名である。また九郎判官義経と言う場合の判官(ホウガン) は朝廷から貰った官職名である。其の他にも文人墨客は今でも雅号を使う。 そして生前からもしくは死去により院号・戒名(法号)を付ける。此れが送り名である。死者を労い、徳を讃えてあの世 に送ると言う美風である。此れを忌み名(別項参照)とも諡号(シゴウ)とも言う。例えば神武天皇と言う天皇はいなかっ た。当時はカンヤマトイワレヒコと言った。其れを奈良時代に近江御船辺りが神武と言う漢風諡号にしたのである。 或は孝徳天皇も難波長柄豊崎のスメラミコトと言われ、死後に孝徳天皇と諡号された。以後中世・近世まで天皇名は 存在しなかった。平安中期の村上天皇を最後に殆どが僧籍に入って門跡として○○院を名乗った。後白河院などであ る。其の院を明治に○○天皇と改めたに過ぎない。 06/9/18朝日には、幕末の光格天皇の時に「○○院では庶民の戒名と違いがない」と嘆く人もいて天皇号を復活した。 「歴代全て天皇と称す」と国が決めたのは1925年になってからであると言う。 ●おこ・・・・・ ◆おこさ・・・・・・・・・ ◆おこす・・・・・・・・・ ◆お骨・・・・・・各自治体は現在、死者の土葬を禁止しているので、いったん火葬とする(「葬法」を参照)。其の「お骨」 をどうするか、と言う場合、大抵は死を予定していない訳ですから墓地がない。無信仰の人も、新興宗教の信者も、何 れも寺とは縁を切っているのでこうした場合はもっと困る。 其処で普通は一番手軽な方法としてマンション式の永大供養塔に納骨する。だが間違っても練り仏などの宣伝文句に 釣られて納骨してはならない。何故なら其処は霊地でも聖地でもなく、霊界の仕組みなど分かっていない輩の、ビジネ スの所産地であるからだ。従って其処に納骨された先祖は、後に子孫に色々な危難・災難を見せる事になるのです。 霊界は境界重視の世界であり、自己と他人の霊とは立て分けがなくてはならない。其れなのに、その他大勢の他人の お骨と団子に丸められたお骨は、混乱する。団子のお骨が進化してやがて仏になる事はなく、霊的に混乱し、苦しむ事 になる。よって子孫の精神状態や健康まで混乱に陥れ、様々な障害を起こす元となる訳です。 所が千鳥が淵の施設(国営墓地ではない)では国の犠牲者の遺骨を圧縮して狭い部屋に押し込めている。無宗教で政 治がらみの厚労省のどうしようもない事実が此処にも有る。 ●御事始・御事納め・・・・・「事始」を参照。 ●おさ・・・・・ ▲お札・・・・・・「おさつ」は紙幣の事であり、其の素性は「おふだ」と同じである(「おふだ」を参照)。 ●おし・・・・・ ●御師・・・・・伊勢講の先達。 ▲オジ・オバ・・・・・・オジには叔父と伯父との二つがある。伯父は親の兄、叔父は親の弟の事。伯母・叔母も同じ。 ◆忍海・・・・・・・おしみ。御所市の地名の1つ。此の辺りは昔は大和湖だった。忍海一族は開化天皇の皇子・建豊波豆 羅和気王の末裔として、また忍海部の飯豊青尊・女王(別項参照)の名代(なしろ)の民として栄えた。忍海部造、忍海 造(おしみのみやっこ)、忍海氏がある。 忍海氏は伊勢や播磨、近江でも活躍する。忍海漢人は聖徳太子の時代、来目王子の新羅征伐の時に筑紫で兵器を 作った。また701年には三田首五瀬が対馬で黄金を治成した。また忍海造小龍の娘が天智天皇との間に川嶋皇子をも うけた。彼は記紀編纂の元となった帝紀などの編纂者の一人。 また忍海氏は壬申の乱では武器調達などで功績をおさめた(以上は大和高田市文化財を考える会/06/7月例会資料 から引用)。 ▲オシラ様・・・・・・佐々木鏡石と柳田國男の遠野物語に登場する実話を基にした土俗的人形信仰。約400年前の昔、 貧しい農夫がいて娘と暮していた。馬がいたが娘が夜になると馬屋で寝るようになり、其の内に馬と交合してしまった。 なので父が怒って馬を殺した。 娘は其の首に縋って離れず、遂に天に飛び立ってしまったと言う(06/3/28NHK総合TV)。以来子供や女性、其れに家 の守り神として広がり信仰されて来た。馬や娘の形をした雛人形のような形で各家に祀られ、例年1/16日には岩手で 「オシラ遊ばせ」の祭りをする(06/12/12のNHK総合TVより引用)。 因みに此の話を書いた柳田國男は後にフォークロア(民俗学)とした。 ●おす・・・・・ ●おせ・・・・・ ●おそ・・・・・ ★オゾンホール・・・・・・「温暖化」と別紙の「星のカレンダー」で後述するが、原因はフロンガスだけではなく、塩素ガス を乱用しているからである。因みに、水道で塩素ガスを使わない天水利用について、此処では別紙の「V屋根」を提唱し ている。 ●おた・・・・・ ◆小田原評定・・・・・・・豊臣秀吉が小田原城を攻めた時、城中では北条氏直の腹心達が和戦の評定で長引いて決し なかった事。以来、此れを評して「小田原評定」(小田原談合)と笑うが、今の国会でも其れは変わらない。民主主義は 対話の重視である。だが対話で何が解決したろうか。 対話では利害の対立だけが生まれて、其れに時間を掛けても解決する事が何もない。つまり無益である。かつてハン チントンが「文明の衝突」を書いた。そして今キリスト教とイスラム教とが対立している。其処から毎回誰もが「戦争より 対話」と叫ぶ。だが対話は無理なのだ。城内でさえ衆議一決はなかった。 お互いが離れていれば「机上の論理」でも通用しないのである。利害の対立は対話で其の都度一部解決出来たとして も、お互いが相手の立場に立つ事、つまり現地に行くべきである。そして相手と同じ位置から天空を見て、同時に其の 地の風土に有った食べものを食べてみなければ理解し合える事はない(「三族」、「対話」を参照)。 ●おち・・・・・ ●おつ・・・・・ ●おて・・・・・ ●お天気・・・・・「天気」または別紙の「日読み」を参照。 ▲お寺・・・・・・・・「寺院」、「聖職者」を参照。 ●おと・・・・・ ▲音・・・・・・音は「ね」とも読むが「音波」とも言う通り、波動の一種である。物理的には振動する縦波として常温では3 00m/秒の速さで伝わる。波動は反射・屈折作用があり、音波は共鳴・回折・干渉もする。其処から合成波や消音作 用を見る事も出来る(「消音」を参照)。 ◆男・・・・・「女は愛嬌、男は度胸」。とは言っても度胸だけでは生きられません。男は腕力より精神性が第一。此れが なければ譬え金で女に擦り寄って見ても駄目だ。女性よりも精神力が強いとか、知恵が光るような事がなければ直ぐに 破局となる。男に理屈が多いのは其のためだが其れは女にも分かる。 ただ女にはオトコの行動原理が分からない。例えば「どうして私を愛したの?」と言う点が分からない。どうして会えない の?と悩んでしまう。だから代弁すれば、オトコは常に「こうすべきだ・・・ねばならない」等と「ベキロン、ネバロン」を固 持したり、詰まらぬ殻を作って喜んでいる内に、やがて其の殻に閉じ込められてしまう。 つまりデンデンムシのような弱い面が有るのでしょう。 ▲男と女・・・・・・・・「男女」で述べる。 ▲男なんか・・・・・・・・「男」よりも、其の後に続く言葉に深い意味があるもの。「男なんかいらない」、または「・・・・ウン ザリ」、または「・・・・懲り懲り」、または「男なんかどうです」、または其れを言う年齢によっても意味の深さが違って響く 言葉。 ●お年玉・・・・・・・正月を祝いにやって来た孫子たちに応えて、大人の親族が与える物。其の由来は不明だが、先ずト シとは二つの意味が有り、「歳神」と穀物とされている(暦なのだが)。次にタマについては、此れは「魂」であるから精神 であって物ではない。だから矛盾するのであるが、此れを「落とし玉」とすれば餅や金銭に通じる(「おひねり」を参照)。 古来、日本人はお正月には其の方角に門松を立てて新年の歳神を迎えてお餅を供えて来た。其の神事の後で家族揃 って鏡餅を切って分けたり雑煮にして直食(ナオライ)とした。神饌を切って分けたのを「お下がり」と言うが、特に歳の 初めのお下がりを「歳神」の魂が入った物種として「歳魂」、歳の初めの「歳賜り」と考えた。 理屈はともあれ日本では、新年の親神に対する子孫の挨拶と其れに応えて親が予祝する美風として、古来広く一般に 行われて来た。特に関西では戦後、お年玉をポチ袋と言う和紙製品に入れて渡す。ポチとはブッシュの手下となった小 泉総理の事ではなくて「これっぽっち」の寸志の意味がある(05/12/29の毎日新聞記事から一部引用)。 ◆おとな ◆大人・・・・・・ ◆大人文化・・・・・・此れまでの日本は「若者天国」でした。でも此れからは「大人文化」があっていい。若者文化は底が 浅くて軽薄だった。其れに例えば団塊世代が07年春には1000万人も退職して大量に社会に飛び出して来る。 こうなれば失った「若さ」を無理に追い駆けるよりも、「今日より明日は一寸良くなって見たい」の繰り返しで、「人生、今 が最高」と言える「大人文化」を目差す方が楽しいのではないか(06/5月の吉田拓郎氏の談話から大半を引用)。 ▲オトメ・・・・・・・・万葉の時代までは少女、即ち未婚の女を指し、其れを乙女とも書いたが、子供の名前で例えば「登 米」と有れば実は「お止め」であり、男子ならば「留吉」とか「留五郎」と名付けた。「オトメ」、「お止め」は他に「門外不 出」の意味でも使われた。つまり秘密事項である。また「お止め」は「落とす」とか「オトリ」にも通じる。 無論オトメの名は単に「可愛い乙女」や豊かになれと願う「お富め」の意味であったのかも知れない。だが何割かは、子 宝と言う時期を過ぎて、更に、子沢山(別項を参照)になるのを「止めたい」と思った時、親はあの世へ「オトメ」と言う言 霊の言挙げによる意思表示を送った。それにより不思議と次の子供が生まれる事はなかった。 とすれば、其れに比べて今はどうか。医学の進歩だか何だか分らないが、ゴムサックを使う現代人が出産も避妊も思う に任せないのは其の辺りの認識が余りに幼稚だと思える。 ▲おとり囮・・・・・・・・ ▲踊り・・・・・・・・日舞や洋舞がある。日本には盆踊りがあるが、洋舞では社交ダンスやバレーなどがあります。何れも 素朴なものもあるが洗練された優美さもある。見ていても楽しいが実際に踊ったほうが楽しめる。楽しければ夜中から 朝まで踊り続けても疲れないものです。其の点で直ぐに疲れる体操やスポーツとは異質です。 今はエアロビクスが日本女性に人気だがアレ何ですか。オイッチニーサンシ・・・・ドタンバタンとやるのですから見てい るだけでも疲れるし第一、品がない。其れに比べると日本の踊りは体の動きに無理がないから健康にも良いし楽しく疲 れない。 疲れるどころか「三つ子の魂百まで」とか、「雀百まで踊り忘れず」と言われる通り、好きな踊りなら疲れ知らずで若さが 蘇り、元気回復効果となります。其れがホンモノです。7月下旬の三日間、青森・五所川原市では日本三大踊りと言わ れる「ジョンガラ踊り」がある。 此れは亡くなった子供を供養するため、お地蔵様を祀って踊るもので、昔は朝まで踊り明かしたと言われる。また千葉 の白浜音頭も何とも言えない優雅な調べの盆踊り(別項参照)です。 ●おな・・・・・ ●女子・・・・・ ●おに・・・・・以下、次ページへ。 ・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★ パテント・著作権は本会に属します。 「鬼の会」 |