http://hijiri.tamajiri.com 「日知り事典」 page052.html(未定稿) ![]() 日知り事典・古義 イハ〜因果 いは●●・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・●■▲◆★ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・ ●■▲◆★ ●いはい・・・・・・・ ▲遺灰・・・・・・・ ▲位牌・・・・・・・ ●いひ・・・・・・・ ●いふ・・・・・・・ ●息吹き・・・・・・・滋賀と岐阜の間に息吹山があり、ヤマトタケルを悩ました神がいた。また其処は神功皇后(息長足 姫)の実家である息長(おきなが)氏がいた。両者の関係は不明だが、息と言う点では共通点がある。また古神道には 秘伝として息吹永世(ながよ)法があり、此処に長息法と鎮魂神法がある。 其れは物部氏に所縁の石上の玉振りの祝詞にも有る「ヒフミの祓え詞」であり、「ヒフミヨイムナヤコト、モチロラネ、シキ ルユヱツ、ワヌソヲタハクメカ、ウオヱニサリヘテ、ノマスアセエホレケ、・・・・フルベユラユラトフルベ」と唱える。そうす ればマカル玉(死霊)も反る、つまり生き返るとする呪術である。 ▲息吹戸主神・・・・・・・風には「五風十雨」と言う格言がある通り、四季に応じて各々東西南北から吹き付ける。シナツ の風は東シナ海から日本列島を駆け巡る台風であるから夏越しの大祓い(別項参照)に祭られる。また息吹戸主は其 の逆方位から京・大和を通過して押し返す東北からの言わば寒波や春風である。 ■衣服起源説・・・・・・・人は古来、魂が衣類にうつると知っていた。だから故人の衣類を形見分けとして親族で分け た。故人の財産と言うより、思い出を忍ぶ物ざねとしたのです。人が手を振り、乙女が袖を振り、別れを惜しむ歌が万 葉集にも歌われて来た。袖や袂にも人の思いがうつり、憑依すると考えたが、今は違う。 例えば今風の解釈を引用すれば---衣服の機能は@自然環境とA社会環境への適応、それにB動作への適応が求 められた。先ず@の自然への適応では快適性、体温調節、汚れを防ぐ意味があり、例えば帽子などは雨よけ、日よ け、それに落下物から頭を保護するクッションの役割。次に Aの社会性では階級性・差別性・装飾本能説。男女の別の識別。(B)古代部族やアフリカの酋長などが色んな装飾品 を身につけているのは人間の装飾本能からであると言う説。また個性・自己表現の意味、及びユニホームのように特 定の所属・習慣・職業など帰属性を現した。冠婚葬祭などでも一定の服装が要求された(喪服・礼服を参照)。 B動作への適応では例えばスポーツウエアなども運動性能が求められる(06/1/5のNHK教育TVより引用)。以上が 一般論と言うものであろう。考古学なども遺跡から玉類が出れば必ず先のB説で説明するが余りにも幼稚な解釈では ないか。 次は冗談だが、もしセーラー服を発掘したら、其れは女子高生の制服ではなくて本来は海兵のユニホームですね。 ●いへ・・・・・・・ ●いほ・・・・・・・ ▲医方・・・・・・医学は方位学を基本として派生した。だから昔は医学を医方と言い、今の薬品にも「日本薬局方」と記 している。日本の「和方」に対するシナの医学を「漢方」と言った。何れも和漢の別より方位に因む事を示していた。 生体は深遠微妙な存在であり、方位を無視した近代的な西洋医学で分析・分類しても個々の人について正しい判断が 出来るようなものではない。だから今の医学では病名と病人と医療費を増やすだけで病気を減らす能力はなく、水虫や 風邪さえ治せないのです。 つまり本来の医学には方位を基本とした上に医方(和方)、漢方、西法蘭学の別があったと認識出来ます。日本の「和 方」は体の中心点から全体を見て方位で診断・治療したのに対して、シナの「漢方」は経絡秘孔の壷に針を当てるとか 薬物に頼る。それに対して今の医学は西洋物理の医学であり、此れは物質主義で物として見る軍医の治療術です。 ですから例えば人体をバラバラにして分類・分析して細胞まで見て、内臓をパーツとして壊したり取り替えるような事ま でするが科学的に見えても野蛮で非科学的ですから治せないのです。前述の「医心方」を参照。 また方位に関しては別紙の「円暦」の上に「円系図」を重ねて見れば、ご本人の体の全体を方位により関係相、つまり 患いの原因が判明するので其の日、またはその方位に祓えば解決する。また真の医学に関しては「病」、「天人相関の 理」、及び「霊主体従の理」を参照。 もしくはご希望なら・・・ ・・・▲東洋医学・正体波動法で治療指導をして下さる先生を鬼の会から紹介する。 ▲いみ ●忌み・・・・・・・忌み。齋。喪に居つき弔う事。不浄を祓うための鎮魂の行、忌み篭りなど。この間は他人と余り接触せ ず口を利かない。鳥居を潜らない。 ●意味・・・・・・・言葉によって伝えられ、解釈(事解き・事分け)されるもの。カトリック司祭・井上洋治氏は、「野辺の野 草が花を咲かせるのも神の愛を秘めた神秘なものがある。其処には人間の知性を超えた意味がある。無意味に苦し いのは耐え難いが、意味のある苦しさは苦しさではなくなる」と言われた(06/4/30のNHK教育TVより引用)。 物が豊かであっても、貧しい洋式知識では野辺の一輪などを見過ごして一生を終わるかも知れないが、一輪の花にも 神秘な意味があると分かれば感動が得られ、より豊かな人生を味わえるでしょう。 ▲忌み名・・・・・・死後に言う故人の生前の実名の事。諱(イミナ)。其れに対して諡号(シゴウ)・送り名(別項参照)があ る。 ▲移民・・・・・・・倭王朝以来、日本は稲作に失敗し続けて飢饉や水争い、そして無数の一揆など、多くの悲劇を残し た。しかしながら幕末までは何とか全てを100%自給して来たのです。所が明治以降の新政府は農業政策に失敗して 自給出来なくなり、其の理由を人口増として移民を奨励した。しかし其れは移民と言うより「棄民」でした。 日本が永い間に掛けて失敗した稲作を海外に広げようとしたのです。西欧社会では今でもイスラエルがパレスチナを 不当占拠しているように世界各地を武力やキリスト教化で侵略・占領して「入植地」を作った上で植民して植民地を広げ て来た。日本も出遅れたが其れを急いで見習ったのか。動機はどうであれ実態は逆だった。 現地人を奴隷として支配したのではなくて、自ら進んで奴隷になりに行ったのだ。大日本帝国はハワイ、ブラジル、満蒙 と移民団や開拓団と言う名の「棄民」を次々送り出した。政府が国策としてポスターや映画で宣伝して笛や太鼓で送り 出したのだが、移民たちはそんな政府に煽動されて大きな夢を持って出て行った。 例えばブラジルには26万人もが移民したが現地での話は違っていた。ブラジルは奴隷制を廃止して20年後だった。 ブラジルは荒れた農地の開発に必要な奴隷の代わりに日本人を求めたに過ぎなかった。今から70年前の事実であ る。従って国を出た移民たちは何処でも辛酸を舐める事になった。しかし日本政府は其の責任を負わなかった。 04/5/31国会の参院では、ドミニカに入植した移民たちについて、外務省の失敗責任を問う質疑があった。彼らは 広い土地を宛がわれたが、其処は石ころだらけで土がなかった。或いは塩の砂漠を宛がわれたが農業には無理であ り、石の山を築くだけの悲惨な生活になった。 外務省は一部、生活資金を貸付けたがドル建てのため、其の後のドミニカの通貨の変動で返済額が実に500倍にな り、サラ金への返済よりも彼らを苦しめる事となったのです(「稲の神はない」、「ドミニカ」を参照)。 次に満蒙開拓団も終戦間際の8/9にソ連軍に突然襲われた。 帝国陸軍も満州国軍も先に逃亡してしまった。無抵抗の移民たちは各地でソ連軍に殆ど虐殺されたと言う。此れでは 奴隷以下である。 ▲いむ・・・・・・忌む。 ▲いめ ▲いも ■いもじ(鋳物師)・・・・・・日本は火山国であり、しかも砂鉄がふんだんに採れたので、古来、世界一の冶金(タタラ) と産鉄(カンナ)、精錬と鋳物師(湯ながし)・鍛造(焼き伸ばし)・可鍛(焼きナマシ)・・・などの技術王国でした。しかし日 本は古来、湿気が多く酸性土壌のために製鉄の跡や金属器具は殆ど残っていない。 此のため考古学は冶金・製鉄などは全て渡来したものと即断・誤解して来た。タタラは蹈鞴と書くがフイゴの事であり、 フイゴを使って火口から溶鉱炉へ風を送り込む装置でした。 其の名残の一つが「ただれ」と言う言葉であり、此れは湯(溶けた鉄)が流れる様を言ったものと思われ、また各地に 多々良やカンナ、カンナベの地名を残している。そして北伊勢には多度があり、多度大社にはタタラの神として天一目 神が祭られている外、岐阜や各地には金山彦神などが祭られていて南宮大社では鞴(フイゴ)祭りが続けられている。 西洋技術文明は巨大な機械設備を要するが、イモジなど日本のハイテク生産の場は余り設備を要しなかった。イモジ の作業場は今でも土に穴を開けた程度のもので足りる。原材料も近くに有るもので事足りた。 こうした技術が有ったため、精緻な銅鏡や銅鐸文化を残しました。奈良の大仏の鋳造も含めて、何れも後の世の梵鐘 や今のハイテクを凌ぐ高度な技術でした。因みに先のカンナについては大工道具の「鉋」があるが、其れは鉄の文化を 刃物で代弁した言葉である。 今も各地には金(かな)山と呼ばれた山が散在し、或いは甘南備山があり、鉄輪・鉄穴(かんなわ)とか佐備、多々良と 言うような地名が残るのは、何れもこのカンナに由来するものと思われる。但し、鉄の事を日本ではクロガネとか悪金 とも言った(「青銅器」を参照)。その外、先の多度の地元には桑名・四日市が今も鋳物工業を発展させている。 また大阪でも南河内は「イモジの里」として丹比や美原町がある。鋳物師は奈良時代、鋳銭司として丹治比氏があり、 その丹治比の里の一つが丹比だった事による。ただ鋳物は朝廷の管轄となるに及び、以後は貴族の間継家の世襲す る所となって独占的な鑑札制を採っていた。 ▲いや ▲いゆ ★EU・・・・・・・欧州連合。1993年に12ヶ国からスタートした。04/5月にに25ヶ国に拡大し、EUの円滑な運営を図るた めに本部と加盟国の権限分担を明記し、欧州大統領と外相に当たるポストを新設、域内で自由な経済活動を促進しよ うと欧州憲法を作った。 10月にはスペイン、ドイツなど9ヶ国が欧州憲法を批准したが、05/5月にフランスでは国民投票が此れを否決した。 続いてオランダも国民投票で否決した。オランダの場合は世論が「トルコ加盟」に反発したものであるが、否決の流れ は此れで止まらず、各国で反対派が急増した。 次はデンマーク、ルクセンブルク、そして10月には投票が有るポルトガルへ・・・・・と、ドミノのように崩れるとも予想さ れている。他方、06/12月末にはルーマニアとブルガリアも加盟して27ヶ国になり、コンスタント市のある黒海にまで拡 大する。ただ前者はチャウシスク大統領が最後の演説の後に武力衝突となり、17年前に処刑された国である。 後者は加盟国の中でドイツのGDPの1/10と言う最貧国である。其処までして数年先の対パレスチナ戦争に備えようと するのだろうか(別紙「星読み」の同項を参照)。他方、トルコ(別項参照)に対しては結婚を前提に政教分離で付き合 いを始めて8年たった。 だが厳しい要求を次々突きつけて変革させたが、今尚ゴネて加盟を認めない。なのでトルコなどイスラム圏からEUは、 「所詮キリストクラブ」と反発されるようになった(06/12/21NHK総合テレビ「クローズアップ」より)。 ▲伊予 ▲いら ★イラク戦・・・・・・06/9/25の朝日記事は「米兵死者数、同時テロ越す」と報じた。イラク戦争で2696人、アフガン戦争 で278人、合わせて2974人になったと言う。因みに同時多発テロの米国の犠牲者数は2973人だった。他方、イラクの民 間人の死者数は7-8月だけで6599人に上った。 03年3月のイラク戦から06年6月までのイラク人の死者数は、約65.5万人に達した。此の数字は、米国とイラクの公衆衛 生学研究グループが06/11/11、人口統計による推定値を英有力医学誌ランセットで発表したものである。しかしブッシ ュは記者会見で「信頼性のあるリポートだとは思わない」とした。 ★イラク戦・批判・・・・・・イラクのフセインは大量破壊兵器を持っていると言う理由で米国が攻撃してフセインを捕ま えた。所が後に「大量破壊兵器がなかった」と判明した。そうすると米国は世界を騙してイラク国民を不当に侵略・攻 撃・殺戮した事になるし、日本もまた嘘吐きブッシュに騙されて共犯者となり、盟友関係の強化を図った事になる。 米国とイラク大学の共同研究チームは、「米国が03/3月にイラク開戦以来、イラク側の死者は10万人を超えた」、と の推計を発表した(04/10/30の毎日新聞)。此れまで凡そ1万人と報道して来たが、NHK総合TVのニュースでも04/10 /28現在、凡そ10万人の死者と推定している。 犠牲者の多くは此処の場合も武装へりなどによる空爆で女性と子供であった。であれば関係28ヶ国は早々に撤退し、 イラク国民へ謝罪と損害賠償を行うべきである。しかし仮にも「民主化・平和回復」と言うなら先ず米軍が支配せず、撤 退して損害賠償するべきだろう。 所が米国は壊しただけで復興については何一つせず、撤退も謝罪も賠償もせず、居座って利権の場としている。こん な事を日本が容認し、協力したのは「失敗だった」と気づいて自衛隊派遣を止めなければ共犯と見られて当然である。 米国は攻撃・占領の正当性として、次に「イラクの民主化」を唱えて選挙を目標にして尚も居座った。 イラク人がこの選挙に参加する事は平和回復に直結するのではなくて、寧ろ選挙反対勢力の妨害活動によるテロや銃 撃に遭う危険性が大きいとして大多数が投票を恐れた。そう心配した通りテロが拡大した中で05/1月末に投票・開票 が行われて見ると、「60%が投票した」としてブッシュが喜んだ。 けれども其れはシーア派など20%が選挙登録した中での数字である。スンニ派(旧フセイン側)は選挙をボイコットして いたので何にもならなかった。これでシーア派はクルド族と連立政権を発足させるだろうが、妥協か分裂かの新たな局 面を迎えるだけで何も解決していない(石油を武器として支配する米国の戦に嵌った)。 イラクは世界有数の石油産出国である。だが石油によって彼らが幸福になっただろうか。不幸になっただけだ。それに 気付いた結果、彼らは自ら油田を破壊し始め、遂に壊滅させた。此処にカミカゼ(自爆テロ)と同じ強い意思表示が見 られる。また、此れまでは選挙ボイコットを狙ったテロが続発した。 選挙後も例えば05/2/19日のアシュラ行事のシーア派に対してヨルダン系スンニ派過激派からと思われるテロで91人 の犠牲者を出し、続いて2/28には125人の死者を出した。06/1/5日にはカルバラとラバティで自爆テロにより114 〜200人が死亡した。愚かなのは彼らではなく、その様に仕向けた日米英である。 06/3月にはイスラム寺院を狙ったカミカゼ(爆弾テロ)により300人が死んだ。こうなると内戦状態である。米国は民主 化を狙ったが何も成果はなく、此処まで犠牲を広げた。彼らは国家意識が薄く、其れよりも民族とか宗派への帰属意 識が強い。民主化は米国の「絵に描いた餅」であり、現実はシーア派とスンニ派とクルド族の三つ巴の内戦化である。 其処で米軍とイラク新政府は政府軍を強化し、各派は対抗上、民兵を強化し、特にシーア派のマハディ軍が強大にな っている。日米英は此の責任をどうとるつもりなのか。06/4/24の朝日新聞は「米軍退役将軍数人がラムズフェルド米 国防長官を批判した」と報じた。 現場で此の戦争を支えた軍人が公然と「間違った戦争計画を実行」と辞任要求の批判をするとはベトナム戦争でもな かった異例の事である。小泉政府は批判をかわすため陸自を撤退したが空自は残し、強化した。此れが次のハルマ ゲドンへの火種・布石(米国と心中)となる。つまり国を傾ける愚策である。 06/12/14のNHK総合TV「クローズアップ」はイラクが内戦状態にある事を報じた。シーア派(現政権)、スンニ派(旧フ セイン系)、クルド族(別項参照)の三つ巴の争いになった。米軍に対するだけではなくて、宗教、民俗、石油利権の対 立が激化して手が付けられない状態にしている。こうしたのは日本を含めて米国の責任である。 06/12/30日、フセイン元大統領がイラク戦争犯罪人として処刑された立会人がフセインに「地獄に落ちろ!」と叫び、 其れに対してフセインは「此れは処刑ではなくて報復だ」と返したと言う。真犯人は米国であるのに、シーア派が急いで 彼を葬った事により、今後スンニ派からの反発が激化して内乱状態が長引くだろう。 米国では07/1月、イラク戦争を支持する国民は2割になった。よってブッシュは「イラク戦争は失敗した。失敗の責任は 私にある」と演説した。しかし更に07/1/10日にはイラクへの2万人の増員を発表してイラクの反発を強めている。 ★イラン・イラク問題・・・・・・イラクにはかつてイマーム・アリ師がいたが、フセイン政権の下で虐殺され、其処から 今のシーア派となった。だがフセインたちは油田と全ての冨まで独占してしまった。続いてフセインはシーア派の6万人 を虐殺した。 シーア派は今、全イスラム教徒15億人の一割しかいないが、イラクではその後をシスターニ師が率いている。他方、イ ランはかつて親米のパーレビ国王がいたが、その後にホメイニ師が出て祭政一致の大切さを説いた。今もホメイニ学 校に其れが受け継がれてイラク人の指導者を養成している。 今のイランはシーア派を国教とする世界で唯一の国であり、反米国家である。イランとイラクはかつて戦争によって10 0万人を死なせた。だがフセイン政権下の時には、イラクからの亡命者をイランが救って来た為、今は親密である。ま た、世界的に今注目されているのが大油田を持つバーレーン王国であるが、此処のシーア派は人口の七割を占める。 だが此の国は親米派のスンニ派に支配されていて、シーア派は多数にも拘わらず油田の恩恵を殆ど受けずに貧しい 暮らしを強いられている(06/2/12NHKTVより引用)。 ★イラン情勢・・・・・・欧米化により貧困が広がった。ホメイニ氏が出て欧米の圧力に対するイスラム復興を唱えるイス ラム原理主義の台頭となった。今、イランのアフマディネジャド大統領は06/4/12「核燃料サイクルに必要なレベルの濃 縮ウラン製造に成功した」と宣言した。 米欧は此れに反発を強めており、経済制裁を含めた安保理の論議が加速しそうだ(同日の朝日新聞)。 ▲いり ★医療・・・・・・医術で病気を治すこと。法的には医師法と薬事法があり、組織や施設については医療法があり、医療 組合が保険事務を行う。問題は巨費を掛けても治せない独占的な金権体質にある。例えば医師会は病気を治せない にも拘わらず、医師会でなければ病気を治してはならないシステムを作った。 色んな病気には色んな治し方がある(病気を参照)にも拘わらず、西洋医学による医師法と薬事法しか認めない独占 体制を確立して利権にした。其れを許したのは日本人にも一神教(別項参照)的誤解の観念が染み込んでいるためで あろう。「医学」で述べたように、西洋医学による医療は元々軍医医術であるから切ったり貼ったりが主となる。 だから人が如何に病院に「病気治し」を期待しても無理であり、其処は「健康」とも無縁な所なのです。実際、医療現場 では費用を払っている患者を人体実験の材料として扱う例が多いから恐ろしい(薬を参照)。 そんな中で「僕は客だ」と患者の多くが思っていても、そんな客は保険制度の下では幾らでも集まってくるので「客」とし て医者は見ない。前近代的な体質の学会や権力者が君臨する医局制度などに医者は支配されているのであって、患 者に支配されてはいないのです。 其の上、医療の現場は医局も薬局も手術室も会議も全て密室で行うため、多発する医療ミスが此処で隠蔽される。医 薬の副作用も大きな社会問題となっているにも拘わらず、患者自身が其の投薬内容を知る事も少ないし、従って其れ らが表立って問題になる事もなかった。更に、医師・看護士など関係者のレベルの低下によるミス多発です。 従って此処に期待しても救いを求めても治療ではなくて人間がモルモット並みの扱いとなって行く。増大する病人に対し て医者の数が反比例的に少ないと言う物理的な問題も有るが、患者側にも問題があるから医師は傲慢になる。実際、 密室で行う医療では事故が慢性的に多発しているが、殆ど隠蔽されて事故・事件とはならない。 ★実際、何も手術する必要がないのに手術されるケースが増えて来た。病院の儲けの為である。其の上、未熟な外科 医が多く、医療ミスも死亡事故も多発・増加している。だが精々禁固1年であり、免許更新も剥奪される事もない(★か らは06/4/4のabcTVから引用)。 ★従来から医者たちは患者が死んでも人殺しとは認めず「手遅れ」で済ませて来た。例えば★癌死の2倍が医療事故 死であるが、其れを事故として自己申告する病院はない。表面化するのは内部告発のケースだけである。だから裁判 になるが、庇い合いの内部隠蔽体質のため有耶無耶になる。 医術のない駄目医者が算術で暮す(★以下は06/5/16のabcTV)。 こうした所では事故が減る筈はなく、もうどうにもならない所に来ているが、例外的に大阪の富永病院では手術室の現 場をビデオで公開し始め、信頼回復に努めているとか。因みに社会保障給付費は100年後には506兆円になると言 う(04/10/15毎日)。 この様に他の業界と比べて医療業界は「高齢化と一億総半病人」の中、不況知らずである。しかし関係者は何かと言う と平気で医者の数が38万人が必要なのに今は26万人であるとか、経営難を理由にするから呆れる。問題は銭金し か頭にない彼らの中に有るのだ。 中には立派な医師も看護師も実在するに違いない。けれども此の業界全体が金権体質にあるので共犯関係になって いる。06/3のNHKTVでは半年間の医療ミスが90990件と言う。此れは表面化しただけの件数である。患者は客ではな くてモルモットなのだ。医師は学科だけで実技試験がない。 其れでも医師制度でいったん合格すれば免許更新もない特殊社会です。医師法と薬事法によって彼らは保護されてい る。にも拘わらず政府や医師は、無資格者が病気を治せば表彰するのではなくて、常に処罰する権力側に立つ。 本来の医学とは自分で自分の健康を守る知恵であって、其れを奪う職業として制度的に独占するコトが当たり前と言う ものではない。所が今の医療業界は無理に正当性や資格を手にした。であるのに病人を治せない。譬え人を殺しても 正当性によって罰せられないという治外法権の聖域(特権)を作ったからだ。 責任能力がありながら責任を取らないと言うシステムの聖域と、金権だけは守ろうと言うのが医師法と薬事法であり、 其の上に保険制度と言う制度的金づるによって医療行為がガッチリ守られている以上、何れは大きな責め苦を味わう だろう(救急医療を参照)。 例えば06/12/8のNHK総合TV「クローズアップ」では徳洲会の経営合理化を取り上げていた。医療費の削減に対応す る生き残りを賭けた姿を放映した。患者の為と言いながら、彼らの「生き残り」の為の合理化・経費削減であると言う(A LSを参照)。 ★医療サイボーグ・・・・・・近代医学は蘭学、つまり西洋医学である。此れは戦場で死傷者を処理する救急医術であっ て健康回復の医学ではない。だが大多数の日本人が此処に期待して患者として押し寄せるので対応に追われてしま う。怪我や病気、或いは高齢化で障害を持つ要介護者も無論集まる。 其処でリハビリをするが当然ながら料金を取るだけで回復が旨く行かない。よって最近はもっとソロバンの良いサイボ ーグ化を推し進める。高額なロボット器具を患者の肉体に取り付ける医療技術である。此れにより医療と福祉の独占 的な地位と保険制度の活用がより一層強化できるだろう(サイボーグを参照)。 男性は機械好きであるから玩具で一時だけ癒され満足できるかも知れない。また近い将来、人間の脳を騙して病気を 苦しみではなく快感にしてしまうサイボーグ化が進められるだろう。でも此れは不自然な事であり、医学的な解決ではな くて人工麻痺による歪みとか騙しの技法である。 ですから西洋医学やモノに頼る前に事故や障害に遭うまでの心の有り方に気付いて先ず自分の心を治し、自力回復を 目差すのが全うな方法ではないか。 ★医療の限界・・・・・・アフガンのカブールで医療活動を続ける医師の中村哲さんは水不足に悩んでいた。豊かな田 園地帯で水不足が続き、旱魃の為に人々が水争いを続け、病人が急増して困っていた。水がなければ喩え病気を治し ても生きて行けないので、彼は病院の周りだけでもと井戸を掘った。 其れにつれて井戸掘りの嘆願が増えた。清潔な水が有れば病気にならないが豊かな田園地帯に水がなくなった事で、 旱魃が続き病人が急増して、水を争う人たちが増えた。井戸があれば良いが井戸掘りは簡単ではなかった。現地は石 が多く発破する外なかった。戦車の部品から鏨(タガネ)を作り、ゲリラ出身の男が地雷から取り出した火薬を使った。 此処では50m以上90mまで掘り進めなければ水が出ない。こうして掘った井戸が1年で600本を越えた。清潔な水が病 気を減らす。田畑に水が有れば緑が蘇り、住民が此の土地を離れなくても良い。だが2000年、ビンラディンとタリバン が国際手配された。2001/3追い詰められたタリバンがバーミヤンの遺跡を破壊し、国際援助団体が次々と撤退した。 其れにつれて旱魃避難民が増えた。苛めにも似た宗教政策が打ち出され、国際救援が減った。しかも2001/9/1にはN Y同時多発テロとなった(06/8/18NHK総合TVより引用)。 ▲いる ★イルミナティ・・・・・・・ユダヤの秘密結社「フリーメーソン」(同項を参照)の下部組織・実行部隊であり、要するに国際 マフィアである。 ▲いれ ▲入歯・・・・・・・歯(別項参照)はミソフ神の頂点に位置する。よって原則として病気にはならないし虫歯にもならない が、加齢と共に歯の数が減って行く。イヌイットは昔から虫歯にならなかった。生肉を食べていたからだとも言われる。 虫歯で歯がなくなれば其れは食べられなくなり、死に直結した。だから何らかの入歯は昔からあった。 日本にも昔から入歯の技術があり、特に木製で精巧なものが作られて来た。木匠(こだくみ)たちが仏師になり、仏師 から歯医者にもなった。作り方は先ず蜜蝋を歯に付けて型を採り、其の型に合わせて模型を作り、其の模型に合わせ て柘植(つげ)の木を加工して入歯を作った。1539年に和歌山の尼さんが其の柘植の入れ歯を付けていた。 此れは密着式でした。其れに対して米国初代大統領のジョージ・ワシントン(1732-1799)はまだバネ式入歯だった。よ って人に会う時は口が勝手に開かないように、始終しっかりと歯を食い縛っていなければならなかった。だから肖像画 も気難しい顔をしている。演説が上手かったが入歯になって難しくなった。よって二期で辞任して前例を作った。 日本では忍者の親玉だった柳生飛騨守が密着型だった。塙保己一(1746-1821)や滝沢馬琴(1767-1848)も入歯だっ た。馬琴の場合は其の字から判断して木製ではなくて馬の歯を転用したのかも知れない。西洋では19cになって漸く密 着式になったが麻酔はなかった。紀州の華岡青洲(1760-1835)が飲み薬の全身麻酔を開発したが、門外不出だった。 西洋では19cに麻酔が出来たが、此れは秘密にせず公開したので利用が広がった。何れにせよ日本の入れ歯技術は 少なくとも1539年から1799年まで世界の最先端だった(06/10/19のNHKラジオ深夜便より引用)。今も人々は次々と最 新の物に入れ替えて行く。従って不要になった入れ歯がゴミとして捨てられる。 06/12/15のabcTVによれば、JIS規格で金12%、パラジウム20%、銀・銅50%、その他18%と決まっているのが金属 製の入歯であると言う。材料の原価にして凡そ2800円である。このためリサイクルしてインゴットにするNPO法人が出 来たと言う。年間に1500万個の入歯が作られ、其のうち358万個が金銀製であると言う。 其れがゴミとして、或は火葬場の灰として捨てられているのだろうか。 ▲いろ ▲色・・・・・・この世で物質として見えるものは全て色であって物としての実体はない。微視的に見れば分子・原子・素粒 子と無限に小さくなって波動の領域に入る。つまり実体が見えなくなる。波動が人の目には固有の色として、色が物の 形に見えるに過ぎない(色即是空)。 ●いろは歌・・・・・一年12ヶ月は24節気で構成されているが、その倍数がイロハ48の数になる。其れに絡めたものと 言えるかどうかは断定できないが、いろは歌も別項の「一二三」(日文)歌と同様、四十八文字で構成されている。 古いものは万葉仮名で仏教的な人生観を四十八音の言霊で「い」から始まり「ん」で終わる形の歌として綴ったものだ が、今では多くが弘法大師作と信じている。 ▲いわ ●祝う・・・・・祝うとは神や魂を結わえ付ける事である(ムスビ、及び日立=岩田帯を参照)。岩田も岩だらけの田圃を 言った物ではなくて「祝田」を意味した。吉日には吉方に向ってお水取りをしたり花木を手折って来て床の間に飾るのも 神霊を祝う(結わう)事であり、其れが活け花の由来であろう。 それに対して「祝い」をハフルと読む場合は逆に「放る」の意味(ハライを参照)となる。祝う言葉に「寿(ことほ)ぐ」もある が、此れも「結わい付け」たものを解き放つ意味(ホトケを参照)がある。 結わえ付けとは魂が離れるのを惜しんで呼び戻す事であり、「結わえ付ける」物を依り代とか神器とか御神体とも言う が、一般的には岩倉である。また人が死に瀕したとき、近親者は其の魂の行方を追って其の日の方位にある日輪の 影を木や石に印そうとした。そうした場を漢字が渡来以後に渡来僧が無知により岩井とか岩田と書いてしまった。 よって今は誰でも混同するが、「岩の井垣」とか「岩石の田んぼ」と理解しては謎としてしまう。岩舟の場合も岩石の船で はなくて岩井の場(井を参照)でした。因みに「船」とは水に浮かべる船ではなくて、水鉢に水を満たす船(同項を参照) も有った。そうして設えられた場が御神木や岩倉であり、或いは墓標でした。 もしくは本殿から一定の角度に位置する鳥居や参道である。従ってそれらの方位を見れば、今も一定の暦日(吉方吉 日)を示している。古代にどのような暦法が有ったのかが問題ではない。 改暦が何度なされても、一定不変の太陽の位置を岩倉や鳥居で示してあれば、其の神社のご祭神と祭礼日(吉方吉 日)とが自動的に分かるシステムとして残されていたのです(下記の「岩倉」を参照)。 ●伊和大神・・・・・・・・播磨国風土記の揖保郡に5、宍粟郡に3ヶ所記載され、今も其の地に伊和神社として祭られてい るが記紀には登場しない神である。いや記紀の石・岩・磐の付く神々と何処かで繋がっているかも知れない。 ●岩倉・・・・・・・・岩倉信仰と言う古くからの信仰がある。また地名や苗字にも岩倉の名がある。ただ今は野蛮なアニ ミズムとか自然崇拝と誤解されているので述べて置く。誤解によっても守るべきものが守られるとすれば其れも結構で はあるが、誤解による信仰では迷信となるからです。 例えば岩倉と岩場、祝場、祝座と言う字には上記の事項に通底する意味がある。また村外れの「歳の神」とか「お地蔵 さん」、或いは山の上に組んである巨岩や菊座、其れに人工的な立石や平坦な場では馬頭観音とかストーンサークル があるが、何れも岩倉類の名残りと見られる例が多い。 力石とか陰陽石、或いは民家の庭石に化けているものもある。岩坂(境)とか岩舟、或いは塞の神など、色んな呼び名 や漢字にも変化しているが、無論、神社の境内に岩倉として鎮座している岩石も岩倉の代表格である。この場合は注 連縄を巻いてシデを挟んでいる。 つまり「触るな」、「動かすな」と黙示している訳ですが、ただ、何れもご神体ではなくて一つの目印(座標)であった。寺 社には今は庭石とか石垣の一部になっているものや陰陽石とか力石と成り果てて残されている場合もある。 何れも本来は魂を呼び戻して祝い(結び)付ける「祝い(結わえ、岩井)」の意味の石であるとか、方位の目印として設え られたものでした。日本語には深い意味が有ったのです。このためその場は例祭の暦日を方位で印した目印(道標)と なり、従って注連縄が懸けられていてもいなくても普段は其れに特別なパワーなどがある訳ではない。 なので此れを信仰してお賽銭を投げたり、例祭日(吉方吉日)と違う日に礼拝しても格別功徳となるものでもない。 けれども一定の日時方位(吉方吉日)のときに意味が出るし、パワーが出るものと期待できる。現代では死者の命日を カレンダーの月日で記録する。 だが曖昧な数字を羅列したカレンダーでは天文方位とはズレがあるから問題を残してしまうし、そんなニセ暦は短期間 で消滅する。無基準のカレンダー方式と抽象的で不確かな数字主義で月日や時間を数える現代文明の痕跡を見た場 合、将来は「空白の20〜21世紀」とされるに違いない。 其の点で古代は最も確かな太陽の方位に岩倉を設えて記した。無論、冬至との接点も印されていたので、此れを現代 人は「古代太陽観測の場だった」と解釈する人もある。其れも間違いではないが、冬至や夏至だけではなくて、特定の 日時を記す(方向付ける)場でした。従って更に、鳥居や参道で多重に方向付けを重ねて置いた。 無論その場限りの石ではなくて、近くの寺社や遺跡や古墳と一連のものと見て良い。こうして特定の神の来臨する方位 を暦(記念日・命日)のメモリアルとして不文律の黙示録に位置付けて置いた。古代にどんな暦法が有ったのかどうか が問題ではない。 天文地理と結び付けた岩倉として縁日をしっかり岩や木に結び付けて固定(前項の「祝う」を参照)して置けば、譬え改 暦がどんなに繰り返されても不変の方位暦として残ると期待したからです。こうして置けば何時か誰かが読み解いてく れるだろうし、読み解いた時点で神々は其の岩倉に「祝い(結い)付く」事が可能となる。 其処で今、それらを円暦に当て嵌めて見れば、別紙の「神々の歳時記」に列記したように多数の古墳や祭事が繋が り、殆どが謎解きが出来て来るのです(歳の神を参照)。 ▲いわな(岩魚)・・・・・・清流に棲むと言われる幻の川魚。魚体が岩のように硬いのではなくて寧ろ蛇のように柔軟で ある。警戒心が強いために人の影が水面に映ってもすぐさま隠れてしまうので釣りでは釣れず、素はしこいので網にも 掛からず手づかみも無理。従って養殖も普通は無理だった。 ただ06/7/19の読売テレビでは手づかみ名人が当日は手袋をして捕まえた。岩魚は岩場の石の下に隠れる習性があ るので1尾に20分ほどの時間を費やして見事に獲まえた。また06/8/6の大阪放送「田舎に泊まろう」では津軽で既に養 殖している処が有った。 ▲いん ▲印 ▲因 ▲殷・・・・・イン。さかん。音の轟く様子。または古代シナの国名。黄河流域の夏王朝の後に長江流域に出来た国で王 は初代(成湯)の前1760年から28代の紂辛(前1121年)まで。最後は周の武王に滅ぼされた。殷墟からは甲骨文字を 印した亀版やの青銅器が出土する。因みに殷の字は「戸+方+ハ+ヌ」を組み合わせた形である。 直訳すれば「ハヌヘホ」または「ハヌカイヘ」ともなるかも。 ●インカ・・・・・「王子」を意味する。南米ペルー高原を中心として栄えたインディオ文明。村落共同体を軸とした高い文 化・芸術を持ち、太陽信仰をした。1240年頃にはインカ帝国があったが1533年にスペインの探検家(と言うより略奪 者)・ピサロにより征服された(アンデス・モホスを参照)。 ●因果・・・・・原因が結果となる事。此れが古今東西、現界(この世)にも霊界(あの世)にも通じる普遍の理です。今 の日本は進化論が科学であり、科学万能信仰が蔓延しているが、進化論や科学は因果の法則に照らせば例外であっ て存在さえ出来ないと見るべきです。自然界も宇宙も因果の法則に基づいて因果によって成り立っています。 科学などは数百年の実績しかない。進化論もダーウィンの死後124年たって未だ殆ど証明されてもいない食わせ物で す。其れに対して大自然は少なくとも数十億年掛けて此の安定した秩序と調和の世界を創り上げ、間違いなく立派に 運営している。此れが何よりの証明であり、実績のある因果の科学です。 だが今の日本では其れを否定した上で、全く逆の論理の進化論や科学に嵌って支配され、政府に支配され、言葉や法 律によって、或はお金に左右され、支配されているように思っています。其れも一部の事実ですが、大きな流れは此の 因果関係です。例えば科学的な手法でナイフやレンズを使い、細部を見比べて分類分析すれば何かの答えが出ます。 でも其れは物心両面の中の物質的側面であり、しかも其れは一部抽出した中の人の目の届く範囲の観測で得た答え に過ぎません。ですから専門化するほど視界が狭まって穴に嵌る。従って極く限定的な答えでしかない。特に人々の暮 らしや経済などは生き物ですから物質的側面から分析しても手に負えるものではない。 複雑な人間関係や個別の精神状態が幾重にも重なってバラバラに作用して動いているのですから、心理学や経済学 者の説よりも占いの方が当るに違いない。ただナマジ頭を使おうとする人たちがいる。占いよりも論理的なプロセスで 理解しようとする訳です。無論其れも大切ですが、単純化して理解しようとすれば機械的な論理に進む。 機械や仕組みはエネルギーによって動く。しかし例えば其のエネルギーについて今の科学では良く分からないのです から此の前提は使えない。エネルギーは歴史である。一瞬で消える水爆のようなエネルギーで理解できるものではなく て、此の宇宙を継続して動かして来た実績あるものです。 また確かに人は言葉によって他人を支配し、また他人からも支配される事が有ります。大自然は定期的に機械的に動 いているようにも見えるが、其の作用(源泉)は火力や水力でも馬力でもなくて因果律で支えられている。 進化論では植物も生物も人類も子孫を残す為にセックスして其の為に食って寝ると見ているが、こうして死ぬ為に呼吸 を繰り返して生きているのではない。人間はセックスや食事のために生きているとか商売の為に一生を働いて暮す存 在ではない。 とすれば機械的に進化論で判断したりゼニカネ市場価値説を前提として他の現象まで割り切ったりしてはならない。 確かに一時的、部分的には其れらに支配される事もあるが全部ではない。お金も法律も部分的な事に過ぎません。一 生を通じて支配されるのは矢張り因果律です。因果は心であり、次が物質である。 他の例ではカトリックの場合も、「普遍的な」と言う意味ですが、其れは異端に対して聖書を基本とする「正統性」を標榜 しただけの事ですから、カトリック教徒以外は認めない限定的な観念です。従って此処で言う因果とは別になる。 ●■▲◆★● ・・・ ・・・ 以下「因果応報」に進む パテント・著作権は本会に属します。 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