http://hijiri.tamajiri.com       「日知り事典」  page373.html  (未定稿)


     日知り事典    論説 1

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        論説 1   ・・・・・・・・・・・・ 円相学会 (未定稿)   間接侵略

                    ■1.西風害
                    ■2.マルキシズム、進化論
                    ■3.イデオロギーとは「異教性」
                    ■4.アインシュタインのエネルギー理論はインチキ 

                    ■5.数値化は「奴隷化」の始まり
                    ■6.洋式科学の実体は「無用の長物」
                    ■7.モノマネが間違いだった・・・・・日本は「伴天連」に宗旨替えしたのか
                    

此処は「論説1〜5」のページです。・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★

●概要・・・・・・・此の「日知り事典」では、日本が太陽を中心に神々を祭って来た幾千年もの世界観について述べ、ま
た其処から分化した他の民族も対比して論じた。そして次は、日本古来の文化に対して大陸から渡来した文化が起こ
した諸問題について論じる。

例えば明治以後の政治や学問、其れに科学や数字のインチキ性と其の物真似をした弊害を束にして指弾して見る。


■1.西風害

a.詰まらない歴史を語り継ぐな

古来日本は輝かしい歴史文化を築いていた。其れが記紀などに記されています。自然遺産は自然が作ったのに対し
て、人の遺産は歴史文化ですから歴史を語り継ぐ事も確かに貴い。よって昔の人は歴史を尊んで其処から多くを学ん
で来た。だが明治期を境に其れが皇国史観と言う歪んだ精神主義に利用されたのは失敗でした。

戦前は皇国史観によって皆が軍国少年になっていた。少女たちもそうした男子を見て瞳を輝かせた事だろう。所が其
れが敗戦により一転して戦後は皆、反日反戦主義者、即ち平和主義者に変わり、自虐史観に変わった。このため今は
古くから尊ばれて来た日本の歴史を戦勝国・連合国の色眼鏡を借りて見下すようになった。

日本の古代は歴史ではなくて「神話」と決めつけた形に歪めた。其れに代わって外国の大国崇拝の渡来史観が主流に
なっている。日本人に反省すべき点があるのを認める事も大切ですが、問題は其れが行き過ぎて、しかも其の代わり
にモノカネ主義者になり、今や一億総商売人化して恥じない。

其れもやがて間違いだったと将来また反転した時に日本人はまた反省とお詫びを繰り返すのだろうか。人の遺産は歴
史文化ですから歴史を語り継ぐのは貴い。だが今語り継がれている歴史の殆どは反日的か自虐的です。しかし其れで
は余りに面白くない。だから青少年は歴史にはもう関心を示さなくなった。

こう仕向けたのはGHQの占領政策であり、彼らは大化の改新以前の歴史(特に記紀など)を歴史ではない「神話」とし
て抹殺した。だが其の元を辿れば明治維新で自ら日本がキリスト教圏の仲間入りをしたからでした。でもその後の日本
はどうだったか。失敗体験ばかりでうんざりです。此れでは歴史が面白くないし先人たちを尊敬さえ出来ません。

確かに戦争体験や被爆体験を語り継ぐのも大切でしょう。またシナや朝鮮に対して侵略行為をした事実もあったのでし
ょう。でも被害妄想や誇張された歴史だけを刷り込まれては歴史から眼を背けたくなります。

日本の真の歴史はそうした死んだ歴史ではなくてもっと生き生きとしたものでした。其れを本書では「神々の歳時記」と
して一部紹介している。でも明治維新で「殖産興業」に一丸で邁進し、欧米に追いつき追い越せと追い立てられ、その
後は「鬼畜米英」を合言葉にして一丸となって戦った。

其の同じ体験を持つ人たちが戦後は一転して記紀を完全に否定した上で、しかも自虐史観で固まり、同時にモノカネ
主義になり、市場価値がない話には一切耳を傾けなくなった。戦後60年経った今でも国が一丸となって歴史を封鎖し
ているから日本がおかしくなっています。此れでは一丸のために犠牲となった方々が浮かばれない。

此れを硬直化と言う。

生き生きとした生気をなくし、たおやかな心を失い、他人の話に一切耳を傾けなくなった日本人に明日はない。だが彼
らは同時に「前向き論」と進化論を語り、「古いものは駄目だ」と言う。しかし歴史は古いものである。其の古いものは間
違いとして歴史や古物を捨て去り、其れに代わる「進化の法則」と言う信心一色に染まって来たのですから情けない。

日本の歴史は他国に押し付けられた歴史観で語ってはならない。日本の伝統文化はもっと生き生きと輝いていた。其
の素晴らしいものが足元に残されている。其の面白さに気づかない中で、折込チラシやゴミメールのように大量に提供
される学校やテレビの渡来史観を刷り込まれていては再び後悔する事になるだろう。

だから渡来史観の大政翼賛会の中にいてはいけない。詰まらない歴史を語り続けるのは良くない。そう思って此処で
は過去にあった素晴らしい物語や「神話」と言うよりも歴史に裏打ちされた事実を語り、しかも其の事実を「神々の歳時
記」で実証して行きます。ただ其の本論に入る前に以下に渡来史観の弊害を論じて置く。


b.西風害

「西風害」・・・・・渡来文化の問題点とか、渡来文明の弊害と言うのは一々煩わしいので此処では纏めて「西風害」と
定義する。と言うのは、古来、日本からは大陸に優れた文化が伝播していて此れを東風と言った。だがやがてシルクロ
ードからは蛮風が西風と共に唐風となって日本に吹き付けてすっかり和風を席巻した。

其の上、数百年前から南蛮人が我国に欧風を持ち込んだ。それ以前にも日本には稲作が伝わり、やがて仏教と律令
制・陰陽暦が伝来した。室町時代には種子島に鉄砲が伝来した。此の銃の場合は信長の時代の「長篠の戦い」の時に
3000丁使われ、家康の関ヶ原の時には5万丁使われた。

此れによって日本人の価値観が大いに揺らぎ大転換した。弓矢よりも鉄砲のほうが遥かに威力が強いと分かったから
です。其れまでは東西の文化が伯仲していた。其の日本人の価値観が種子島銃を転機に、先進文明は西から東へ来
るものと言う信仰と流れが一変し、南蛮渡来の舶来品礼賛へと急傾斜してしまうのです。

更に明治以後になると日本をすっかり洋風化してしまった。何れも色々問題が多く弊害が大きい。他方、ヨーロッパ人
もシナ風や日本の発展を忌み嫌う人々があって此れを黄風・黄禍・黄害と言って来ました。よって此処では渡来の文物
を「西風害」と呼ぶ。

日本人は総じて舶来品に弱いが、シルクロードから譬え色々渡来したとしても、渡来の文物にろくなものは有りませ
んでした。大陸で失敗し、或いは戦争で敗れた人達が避難民として大挙して日本に押し寄せ、稲作と戦乱を持ち込んだ
に過ぎない。稲作は以後も日本で更に失敗し、二千年間も日本人を苦しめたのです。

日本が今やモノカネ主義に陥って失敗を繰り返しているが、其れは明治や戦後から始まった事ではなくて既に2000年
前から続いて来た。例えば稲作は広い平野がある大陸性の農法であり、しかも温かい時期が長く続き、水利が良いか
雨天が保証されると言う前提がなければ成り立たない。

其れに対して日本は山国だから平野部が少なく、従って平面的な水利が良くない。雨が降っても直ぐ滝のように海に流
れ落ちてしまう地形だから稲作適地ではないのです。山の南と北側とでは植生も違うし、気候にも四季があって冬は厳
しく豪雪もある。そのような日本にも各時代、大量の難民が大陸から押し寄せた。

難民たちは稲モミを持って来て、日本で平野を見つけてこの稲作で再び暮らしを立てようとした。大和朝廷は、此れを
利用したつもりでいた。旧住民はマツロワなくても、こうした新参難民からなら容易く税を取り立てる事が出来たから一
時は旨く行ったのです。其の代わりに元からいた和人・旧住民たちを倭から無理やり追い出す事になった。

其れが出雲族となって各地に散ったのである。それに代って難民たちが優遇されたので、以来渡来人が日本に広がっ
て稲作も律令制も広げた。だが日本では、日照りや冷夏、台風や洪水で度々不作・飢饉が続き、水利事業に巨費をか
けても水争いとなり、農民は借財を重ねて子供を間引くか娘の身売りを続けた。

日本の歴史はこうした稲作民の苦しみの歴史でした。このため山の民や海の民がいたのに稲作の歴史しかないのだ。
しかも正史以外の文献資料の殆どが借用証か水争いの訴訟文だから日本史は悲しい。こうして日本の風土に合わな
い稲作を進めた結果、日本は貧困と塗炭の苦しみを繰り返しました。

各時代を通じて「もっと収量を上げよう」と山野を切り開いて稲田を広げた。だがそれでも足りず、天にも届くような山の
上まで続く棚田に変えた。其れでも一粒の米を輸出する事もなく、人口増加を養えないとして輸出したのはハワイやブ
ラジル、そして満蒙に向けた開拓団と言う人間の輸出、移民団でした。

其の一連の永い失敗に無反省のまま今もなお政府は「米だけ、稲作農家だけは別の聖域」として稲作を保護している
が、稲作は日本に何も貢献して来なかったのだ。昔の農本主義が今の日本にはなくなり、代わって産業形態も変化し
「科学が進歩した」とは言え、矢張り農業の失敗に足を引っ張られている。

今のような渡来の農法を続ける限り、農民のみならず国民全体が苦しむだけでコストに見合う収量は到底見込めず、
遂に食料自給率40%を割った。結局稲作は二千年間も国民を苦しめた愚策であり、初めから失敗だったと気づかな
ければならない。其れに加えて日本には儒教や仏教、其れに漢字や大陸の暦法も渡来した。

仏教教理は確かに素晴らしい面がある。でも其れはインドや中国では優れたものとして機能し通用しても地理風土の
違う日本では矛盾に満ちた教理とな った面がある。失敗は稲作だけではない。儒教は機能せず仏教は日本人の心を
惑わせた。そして漢字の渡来も古い地名や大切な言霊をすっかり滅ぼした。

また仏教建築として渡来した礎石と瓦屋根様式も、今では日本建築を代表する宮大工の領域として誤解されている
が、地震多発国の日本では阪神淡路大地震で見せられた通り、建物全体を瓦の自重で押し潰して全壊させた。建物
が犠牲者の八割も出した通り、日本では決して優れた工法ではなかったと分かった筈です。

日本では掘っ立て柱に藁葺きが良く、或いは其れに代わるプレハブの方が適しているのだ。そして更に、明治政府が
実に如何わしい西暦と言う魔の暦法を採り入れた事は、別に述べる通り、日本人をすっかりキリシタンに仕上げてしま
った。更に日本は歴史的に見ても多くの渡来品を買い捲った。

海岸に椰子の実が流れ着くように色んなものが日本には渡来したが、只で渡来するのは黄砂やゴミであって、それ以
外は大量の金銀、銅・丹生などをばら撒いて必死で買い込んだものである。日本からは其のために彼らの求める日本
刀、屏風、扇子、硫黄などを輸出し、その見返りとして例えば、唐・宋の偽金、ガラス、生糸、陶磁器(唐物)を買った。

或いは経本、漢方薬、香料、禅宗、鉄砲、木綿、月星(旧暦と今のカトリック)暦を手に入れた。しかし其の過程で梅毒、
スポーツ、英語と牛肉、チューインガム、靴、パーマ、キリスト教・・・まで採り入れた。或いは松くい虫(北米マツノザイセ
ンチュウ)、農薬、殺虫剤、プラスチッ クなどもついて来た。

そして戦後は原子炉、西洋民主主義、自由主義、個人主義、共産主義エイズ、麻薬・・・・・、更にはアスベスト(石
綿)、或いは愚者が持ち込んで日本の淡水植生を食い尽くすアメリカザリガニ、ブラックバス、ブルーギルや巨大な魚ア
リゲーター、背赤ゴケグモなども入って来た。

仏教、漢字汚染、贋金、鉄砲、梅毒、麻薬、工業商品、原爆、英語汚染(公害)、そしてキリスト教と進化論とマルクス主
義などのイデオロギーも悪影響が大きかった。イデオロギーとは思想や哲理だと誤解されているが、そうではなくて、
「異教性」の事であり、「異教徒ならば殺し尽くせ」と言う激しい敵対観念の論理である。

とすれば、古くから日本人をその様に毒して働かせ、苦しめて来た渡来系の支配階層には警戒すべきである。或いは
「アメリカはこうだ」と主張する彼ら蛮族の手先となって働く売国奴的、もしくはコスモポリタン(無国籍者)の輩の顔色を
伺っている間に意気地なしにされ、これ以上苦しむ結果とするのはもう終わりにしなければならない。

其の外、池を占拠し始めた大カナダ藻やオニバス。或いは朝鮮からアサリと共に入って来た先黒タマツメタと言う巻貝
(此れがアサリを食い荒らしている)。そして狂牛病、ゲーム、韓国人スリグループ、中国系盗賊・強盗団・・・・・・等、と
色々渡来したが、凡そ渡来したものにロクなものはなかった。

日本の国民性は自分では腐りかけた屑のようなものを食べながら、神や他人には極上のものを選んで「つまらないも
のですが」と差し出す美風と言うか謙虚さがあったが、大陸人はそうではない。彼らは逆に、良いものは自分が先に取
って、要らないものだけを他人に見せびらかして高く売りつける悪弊が染み付いている。

永い間に日本人は其れに耐えたし、寧ろ尊敬するシナには金銀を差し出して贋金を買い込んで来た。或いは和人は唐
風の瓦屋根の家に住んで呉服を来て中華料理を食べ、漢字を書いて唐風に染まったが、シナ人にはなれなかった。
今、沖縄と長崎・対馬に流れ着く韓国や中国などからの漂着ゴミは7年で10倍に増えて年間11万トンである。

其れを拾い集めて来たのが日本人だが決してシナ人にはなれなかったように、今のように洋服を着て洋食を食べ、ジ
ャズを楽しみながら英語を話しても白人になれる訳でもないだろう。



c.アイデンティティー

更に言えば、日本では「日本人は何処から来たのか」と言うような陳腐な愚論が何時の時代もメディアなどで繰り返さ
れる。自分の素性に関心を持つ事は大切であり、また確かに売国奴的な輩が支配する今の日本を見れば、「彼らは何
処から来た馬の骨か」と誰もが疑問に思って当然であるけれども、和人は元から日本に住み続けて来ました。

世界最古の文化や文献が日本には現存しているし、外にも最近の発掘から見ても縄文時代の遺跡からは、世界最古
の文物がどんどん出土している訳です。日本から朝日が昇って西に沈むように、世界は日本から始まり、また年の初
めも日本の冬至や正月からスタートして次はシナで「春節」として祝われた。

そして最後に西欧で春分後にイースター(復活祭)として祝って来ました。このように、暦もまた日本の太陽暦から始ま
り、次にシナやインドの陰陽暦の国に移り、最後に中東からヨーロッパに至り、太陰暦となった。つまり西欧で恒星カレ
ンダーが使われているのも、其れは全てが日本から真似て西に進んで行ってまた戻って来たものと推定できる。

其れがシルクロード以来、或いはつい近代になって逆の流れになっている事から、昔から何でも渡来して来たような錯
覚と誤解を生んでいるに過ぎません。何れにせよ日本人が何処からか流れ着いた訳ではない。

しかし今は、日本の海岸に、まるで椰子の実が漂着するように人でも何でも流れ着き渡来して来た、と言うような倒錯し
た観念やイデオロギーを持つ学問が主流になっている。昔の日本が彼らが言うような所だったとすれば、日本は其れ
まで何もない無人島だった事になる(でも実際は逆でした)。

このように西から渡来した文物は、要らなくなったもの、余ったもの、邪魔なもの・・・・しか来ませんでした。ですから
「西風害」でした。日本からは其れとは逆に優れたもの、世界が常に必要とするものを各時代にわたって提供して来た
のです。そうした純朴な日本人を培ったのは日本の風土や先祖でした。或いは言葉でした。

日本語は古代の精神文化の深い意味を見事に伝える大和言葉のような言辞を基本として整備されて来た。特に世界
的に見ても例外的に素晴らしいのは、五十音をハッキリ音声として表している人間らしい言語文化と断言できる事で
す。

此れは一朝一夕に培う事も真似する事も出来ない文化であるにも拘わらず、其れを当たり前のように使いながら其の
素晴らしさに日本人は中々気づかない。しかも政府が先頭に立って日本語を汚すような動物的で貧しい英米語を習わ
せたり、第二公用語として採用した愚かさには呆れる。

謎を深めたのも渡来史観・・・・・・・歴史と言うのは全てそうだが特に日本史は古いので謎の部分が多い。中でも古
墳時代以前や古の大和や天皇については謎が多いとしている。でもそうしたのは学問の発展の結果ではなくて、実は
明治政府と戦後のGHQで有る。明治政府は国家神道を作ってそれ以外を弾圧した。

またGHQは逆に神社を切り離して政教分離とし、また大化の改新以前の歴史を抹殺したからである。其の上更に全く
出鱈目なキリスト教の西洋史を世界史として刷り込み、それ以外の歴史を排除したからであり、其の使い走りがアカデ
ミック(官学)でした。従って其処から輩出した資料や学問は汚染された。更に各専門分野の怠慢である。

日本文化を渡来史観で切り刻んで謎とし、或いは学者が不勉強のまま、自分流の勝手なイデオロギーや憶測を加えて
色付けした珍説を振りまけば大衆の目を煙に巻いて飯にする事が出来た。歴史的事実を良く調べれば次々と謎が明
らかになって行くものであるが、其れを地味にこなすのは手間が掛かる。

だからそんな割の合わない事は避けて、勝手な解釈をした方が手っ取り早い。其処で分らない事は調べもせずに全て
ブラックボックスへ投げ入れ、分かっている事だけ並べて適当に解釈し、序に憶測や「下司の勘ぐり」で味付けをして来
た。従ってインチキな考古学や渡来史学説でも飯には出来た。

けれども勝手なロマンを創作して謎を大きくして来たのです。事実はそうした下司たちの言うような観点から遷宮や国
の大事が決定された事は一度もなく、殆どは「日知り」の心や目で事が進められ、以後も一貫性の哲理で続けられて来
た。でも其れを宗教排除の観点から彼らが否定した結果、歴史の謎としたり、ある筈も無い夢を膨らませた。

それもまた大衆ロマンを掻き立てる事にもなったのだろう。けれども其の結果として日本の歴史や伝統について多くの
不信感を植えつけたし、更には進化論的に「過去を否定する時代」にしてしまったとは言えないだろうか。つまり政府や
学徒は歴史を明らかにすべき使命と言う本分を忘れた怠慢により、飯にはした。

けれども其れより大事な自己の存在も国の伝統も否定する状況を自ら作り上げたのです。

この様に日本の歴史は海外との交渉では負け続けた。或いは大陸から追われたり食み出した負け犬たち(アウトロ
ー、渡来人)との馴れ合いで政治経済を行って来た。其れを「日本人は包容力があるから全て吸収して使いこなし同化
して来た」と楽観的に自画自賛して来たのが為政者と御用学者である。だがそれが本当である訳がない。

例えば大和政権は外圧によって旧勢力を滅ぼして成立したものであるし、平清盛は福原に遷都して大陸貿易で巨利を
得た。例えば近年、朝鮮沖では沈没船が引き上げられた。それには宋銭が多量に積み込まれていた事から、この船
は当時、宋から日本に向かう船だったと判明した。

其の船は自ら積み込んだボロゼニ・宋銭の自重に耐えかねて沈没したのである。広島の厳島神社は当時、清盛が造
営した社殿を残す所であるが、其処には、清盛が平家一門のために祈願した豪華な「平家納経」が伝えられている。そ
の後の後白河法皇も日宋貿易で巨利を得た。沈没船は何れもこの時代のものが多い。

足利氏も純金を放出して、其の代わりに宋銭のボロ贋金(スクラップ)を大量に輸入して巨利を得たと言う。その後は大
内氏も同じ轍を踏んだ。例えば朝鮮半島の西南部の道徳島沖で見つかった「新安沈没船」は14c初に元から出て博多
に向う船だった。其の船からはシナ陶磁器2万点と高麗青磁器もあった。

其れに銅銭が何と28トン(8000万枚以上)も積まれており、其の重みに堪えかねて沈没したのだろう。荷札には東福寺
(京都)が41点、其れに博多の筥崎宮3点もあった。彼らは何れ劣らず国の支配者や宗教的特権階級であるにも拘わ
らず、交易と言う名の国賊的な行為で私腹を肥やし巨利を得て船を沈め国を傾けたのである。

其の点、維新を支えた薩摩も同類である。今の小泉政権が大量ドル買いと言う浅ましい行為をしているのも同列であ
る。とすればどうして日本のリーダーたちはこうも愚者が多いのか。其れは文化の力を知らないからだ。日本は江戸時
代まで稲作の本家としてのシナ風文明を崇拝し、積極的に採り入れて来た。

だが、其れでもまだ菅原道真の精神が残っていて精々「和魂漢才」程度で済んでいた。所が幕末には一転してペリー
来航と言う砲艦外交の外圧を借りて西洋化を図り、彼らに習って明治維新と文明開化を推し進めた。やがて日本は軍
事化し、殖産興業によって武力でシナやロシアに辛くも勝った。

ために今度は其れまで師と仰いで来たシナを軽蔑し出した。だがその後の大東亜戦争の結果、我が国は徹底的に惨
敗する事となったが、其れは自分の本質を知らず、もしくは過去を悪とし、捨て去り、渡来の蛮族に肩を並べようとした
からだ。


d.間接侵略

★よって戦後は米国(GHQ)により、日本が国教として来た神道、つまり神社を一転して解体し、天皇が神ではない事
を徹底教育した。此れは国家的な宗旨替えであるが、同時にGHQは農地解放をした事から、其れまで「鬼畜米英」と
蔑んで来た事も忘れて農民は米国を神様のように錯覚して追従する事となった。

特に小作人から棚ボタ式に自作農へと出世した農民たちにとっては米軍が解放軍であり、天皇よりも偉い神様と変わ
った。多くの事が今までとは逆転し、排日的・反動的な動きも手伝って日本人の大多数の目が国内ではなくて外に向か
った。ソ連か米国の何れかに急接近した。

国内が東西の二極に分化しながらどうにか戦後復興を遂げたものの、日本は概ね敗戦国としての立場のまま安保・米
国一辺倒で進んだ。やがて一方の雄、ソ連の解体と共に、米国に言われるままに従うイエスマンの姿勢を恥じる事なく
日和見で来た面が強い。

▲「保守」とは・・・・・農民たちは自民党支持者が多い。地方はだから今でも「保守」と言われる。だが其れは偽物の保
守である。本物の保守は「和守・和党」でなければならない。しかし日本には右翼と左翼しかなく、「和守・和党」はなかっ
た。

「保守」とする看板の中身は農地解放軍としての「アメリカさんが神」と誤信した農民と其れに乗っかる自民党だった。
此れでは日本が良くなる筈もない。農民は「米党」、自民も保守ではなくて米国の手先としての「米党」だったのだ。言っ
て置くが、日本の戦後復興は「アメリカさん」のお陰で成ったのではない。

殆どの人たちが真面目に我武者羅に働いて、何もない所から工夫して、品質の良い物を作り続けて、海外の信用を得
たからである。だが食管法に乗っかった「米党」の党首となった田中角栄は米穀・農民に見切りをつけてブルドーザー
に乗り換えた。

米穀党から一転して公共工事の土木建築・箱物行政で日本列島改造を企てる「土木党」に変身したのだ。そして高度
成長とはなったもののバブルが弾けた。国民も経済破綻で「ノーなし」となり、前より増して意気地がなくなった。其の後
には惰性的な贅沢な暮らしが残っただけでした。例えば、不況と言うのが嘘かと思うほど海外旅行ラッシュが続く。

此れは、舶来崇拝から海外の有名ブランドを求めて買い漁ったり、無宗教で銭金主義からジャップとか、黄色いサル、
或いはエコノミックアニマルと蔑まれても売春ツアーに出かけるオジサン、オバサンたちが無反省に出回り、其れにつ
られて子供も真似て海外に遊びに出る時代としただけで進歩発展とは別である。

其の結果、例えばフランスの子供からは、日本は「世界に存在しなくて良い国」の一番目に上げられてしまった(2003/7
月のアンケート)が、相変わらずフランスに憬れるのだから惨めであるしお笑いだ。しかもイエローキャブと侮られても
海外で遊ぶ尻軽ギャルたちが多い。何をするのも個人の自由とは言え、恥ずべきなのは、無知無反省な点である。

★大体、議員や官僚なんかも「先生」とか「お役人」と呼ばれる資格はなく、一般国民以下の、実に恥ずかしい存在で
す。何故なら、前科者がかなりいる。そんな輩が「民主化」を言い、市民の「代表」と言いながら選挙のときに頼みに来
るだけで個々の市民の意見や希望を聞きに来る事は先ずない。

自分たちで勝手に決めた歳費・予算と称する収入さえ弁えずに山分けし、足らなくなったら直ぐ増税を図る始末が悪い
存在に過ぎない。そんな与党の自民は「土木党」では立てなくなって学会党に寄りかかる代党となり、遂に自分の足で
は立てなくなった。小泉政権で一時盛り返したが何時まで持つのか。

お役所も、やりくり出来ないのなら無能を恥じて辞め、もっと有能者に席を譲るのが筋と言うものだろうが、不況の中で
も逆に闇手当てを増やし続けた奴らだった。当たり前の道理さえ分からず民の声を無視できるのは、天を恐れず祭
事、つまり政の本質たる神を外して余計な外来信仰に汚染されて外圧に従順となり寄りかかったからである。

故に「民主主義は官主主義」と曲解して、他の諸般の事も「正事」を「洋事」で「逆さ事」にしてしまった。そうした欺瞞にも
気づかぬフリをして馬耳東風を装う官庁には英語(和製英語)や変なカタカナ(外来)語が氾濫している。政治・行政・教
育・医療・ビジネス、全て其の対象は外人ではなくて日本人であるのに、どうしてカタカナ外来語を濫用するのか。

為政者やリーダーの立場は、そんな無用な混乱をなくするよう、寧ろ禁止すべき側にあるのではないか。特に最近はイ
ンターネットの普及で利用圏がたった8%の英語が国際語となりつつある。グローバル化の押し付けによってこの先は日
本語やその他の言語はやがてローカル語として消されて行くだろう。

日本は特に、売国奴のリーダーたちによって何事も逆様にされるので闇夜となり、国民は「病み」、巷には暗い「シャッ
ター通り」が増え、其れに代わって外国ブランドの華々しい大型店やビルが増えた。彼らの餌食となるのは無論外人で
はなくて日本人の客だけだ。

そうした間接侵略を「活性化とか国際化」と錯覚している「目出度い」お役人と国民ばかりでは「万事窮す」である。



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