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http://hijiri.tamajiri.com       「日知り事典」  page243.html (未定稿)


   日知り事典        丁〜鎮宅



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・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★


・・・・・・・チョウ、ヒノト。丁はまたT定規を意味した(ヨボロを参照)。丁半博打の鉄火場では丁が奇数なのか偶数
なのかを良く確認して置く事。

▲朝・・・・・・・・

・・・・・・・・キザシ、シルシ、数が多い事。億の10倍。因みに日本では「ひふみ」の数え歌で12345678910まて゜をヒフ
ミヨイムナヤコトと一気に数えた。モチロラネは百千万億兆を意味した。此の「ひふみ」が無ければ掛け算九九も割り算
九九も出来ない。

出来るとしても英語でやって見れば分かる通り、日本語のほうが世界一優れた言霊であり、数詞としても世界一と判明
する。ネは方位の北、物事の始まり、「根本」、つまり元の位置に戻る事をも意味した。其れを漢字で書いたから分から
なくしました。

・・・・・・・町(チョウ)は田に丁を付けた文字であり、丁によって区画した「マチ」(別項を参照)場でした。度量衡(尺
貫法)の1町の単位は長さにして60間(約109m)、また1町は面積にして3000坪の事。

チョウ(蝶)・・・・・・・蝶やハチは蜜の匂いを嗅ぎ付けて朝一番に何処からともなく集まって来て夕暮れまで花から花
へと飛び回り、植物たちの花粉を媒介して受精を助ける。

蜜の匂いに誘われて人の道ではなくて特定の飛行コースを選んで一定の光の光度のある所を辿ってヒラヒラとやって
来て、モンシロチョウはキャベツに卵を産み落とし、波アゲハは木の上を選び、アゲハは柑橘類に産み付ける。此処に
樹木や野菜との共生関係が見られるし、其れを人が見れば豊かな心、穏やかな気持ちになるでしょう。

でも柑橘類を植える農家にとって、揚羽蝶は害虫である(「アゲハ」「蜂」を参照)。だが他の人にはこうした共生関係が
見えない。自然界の繋がりは多様であり、人の目には中々分かり難い。だから人が自然界を人の都合だけで弄っては
ならない。

植物は人の都合ではなくて蝶やハチが飛び交う頃に開花し、彼女たちが手伝ってくれる事で生育している。人が四季
折々多様な果物や蜂蜜を食べられるのも肥料や農薬ではなく、寧ろ彼女たちの働きのお陰です。ですから蝶を害虫と
誤解したりハチを殊更嫌うのではなく、「働き蜂」たちにも、もっと感謝し優しく見守って行きましょう。

▲潮位・・・・・・・・・潮位は、気圧が1hPa上下する毎に1cm上下する。台風は中心付近が低気圧となるので、海面が
上がる。其れに大潮が重なると高潮となるので危険である。また04年は、太平洋岸では黒潮の蛇行により、潮位の上
昇が警戒されている。

04/7月現在、10cm高くなっているので満潮や地震の際には要注意であり、高い所に避難の準備をするように気象
庁では呼びかけた。

超音波・・・・・・・・・人間の耳で捕える音は周波数20〜2万Hzの「音波」ですが、「超音波」の場合は周波数が約2万
Hz以上の「人間の耳では聞こえない音」の事。此れは音波にはない以下のような特徴を持っているため、色んな分野で
利用される。

特徴(1)光に近い点。1.光と同じ特性の、直進性、屈折性、散乱性、反射性。2.光と同様の振動波であり、つまり振動エ
ネルギーを持っている。 また、気体中の超音波の速度は周波数にはあまり影響されず気温によって変化する。 (3) 液
体や気体中は縦波だけが伝わるのに対し、固体中は縦波の他に横波や表面波. が存在する。

 (4)超音波は小さい変動異と強力なパワー密度を持つ。 音(超音波)の速度は、空気中や水中など、音を伝える媒体
によって異なります。また、空気中の音速は約340m/sですが、厳密には温度、湿度によって変化します。

例えば超音波診断装置に使われる超音波の周波数は2.5MHz〜10MHz(1MHz=100万Hz)ですが、整形外科領域では
5MHz〜10MHzの高い周波数が使われる。以上の殆どは、http://www.us-diver.net/basic/02.htmlから引用。

▲チョーク・・・・・・・・・黒板に書く筆記具。今は石膏を水で練って作るが、本来は白亜紀の石灰層の岩盤の事。白亜紀
とは恐竜時代である(08/1/19のMBSTV「世界不思議発見」より引用)。

▲丁子・・・・・・・・・チョウジ。南蛮船が東南アジアを回って序に仕入れて長崎に持ち込んだ香辛料。オランダハムにビ
ッシリと貼り付ける。日本では其れから油を絞って丁子油とし、香辛料とし、或いは丁子茶に、或いは丁子湯とし、また
は丁子染めに使った。

▲長寿・・・・・・・長生きする事。世の中が楽しければ長寿も良いが、今のような世間とか病気や貧困で苦しいなら無意
味である。
▲長寿企業・・・・・・・金剛組を参照。

▲長寿国・日本・・・・・・・年寄りが永生きして中々死なないので少し困っている国。戦乱と戦後復興、特に高度成長に
頑張ってくれた世代が今は長寿国を支えている。粗食・窮乏に耐え、戦火の中で戦った気力と体力で健康管理をして
来たので、今はグルメを楽しみ、病気には病院と薬と福祉に頼って生き永らえている世代の国。

過疎地では農林漁業を支え、他方では保険年金・福祉に支えられている。生まれて以来、今日まで競争に明け暮れた
時代に生きて、長寿国・日本にしたのである。

長寿社会・・・・・・・古来、不老長寿は誰もが理想とする事であり、日本はやっと高齢化社会から遂に超高齢社会を
達成しました。此れは全世界の理想の姿です。ですから成功したのであって弊害ではない。だが現実には問題もある。
統計の採り方に対する疑問の外に、保険年金問題や老齢化による老々介護などです。

超高齢社会と少子化が問題となって、先ず「長寿国・日本」と信じられているけれども、其の実態は別である。其の統計
は世界一出鱈目な基準によって作成されたデータであるから信用してはならない。出世時の未熟児や障害児の問題が
増大の一途であるが、此れは闇から闇に葬られる。其れを助長するように出生届を2週間としている。

つまりその間の数字は黙認期間としてデータの「足切り」で偽装している事になるので、他国に比べて同水準で比較し
ても意味がない(比較に値しない)のである。

長寿の是非・・・・・・・長生きを始めると惰性で走る車のように止まるのが面倒臭くなります。ですからそんなお年寄
りたちは一様に「長寿だけが生き甲斐」と言います。でも何かに付けて時代に合わなくなって来ますし、特に家電製品の
進歩には付いて行くのも馴染む事にも億劫になります。

人の生き方は自由ですから長生きも自由なのですが、他人の世話になるなら考え物です。ふと気が付いて見ると、友
達もどんどん少なくなって一人ぼっちの日々が多くなりますから暮らしに張りが出ない。顔も張りではなくて皺が増える
だけです。それに対して西埜先生は「ご機嫌の良い時を見計らって諭すのですが・・・・理解されない」と言われた。

其れを聞いて筆者の場合、何はなくとも高齢者には不足しない状況になっているので、以後親しい年寄りを見たら「早く
死んだほうが得だよ」とか、「早く死んじまえ」と言う事に決めた。母親が元気なので先ず手始めにそう言って見たので
すが、以後不機嫌になり、口も聞いてくれなくなった。

息子の言う事を一通り聞く耳はあるものの、「決して納得したくもない」と思うのでしょう。たいていは「何クソ !」、「親不
孝モノメ !」と反発し、「死んでなるもんか!」とバタンッ!とドアに八つ当たりして怒って見せますので、此れは馬齢を重
ねても人間の修養がまだまだ出来ていないのだと思います。

兎も角、コチラから進んで「憎まれっ子」になっただけで何の効果もなかった。いや益々空威張りの元気を出して、何時
までも達者でピンピンして100にもう手が届こうとしている。ですから言わば長寿に手を貸したのかとさえ思ってしまう。こ
うなると誰が孝行息子で何が親不孝か分からなくなります。

ですから逆効果としない為にはもっと違う角度で囁いたほうが効くかも知れません。例え話としては、鮭の例を上手に話
して上げれば抵抗感を持たれないでしょう。シャケは産卵する為に故郷の川に戻り、其の大役を果たした後は死んで
其の骸を川に残す。実に見上げた生き方(最後)ではないか。

人類は愛のピークでシャケのように果てるとか、人類としてもっと立派な最後を飾っているかをジックリ考えさせれば良
いと思います。其の点で昔の人は偉かった。「親がなくても子は育つ」と言う諺がある通り、日本人は早死にも意味が有
る事を諭していました。要するに「長生き」に最たる意味はないと知っていたのです。無論、例外は有ります。

其れは蟻通明神(別項を参照。小説「楢山節孝」となった)のように老いても知恵を授ける事です。そう言う訳で日本は
世界の中でも古来、長寿国・知恵の国として知られていた。従って外国は其れを恐れて攻めて来なかった。また国内で
はお年寄りを大切にする「長幼の序」が貴とばれた。

だが戦後の日本は一転して見かけや体力だけの若さを強調する社会になりました。長寿は、健康で、他人に貢献する
何かがあった場合にのみ値打ちがあるが、そうでなければ財産でもない限り無価値と見下して邪魔にされます。合理
化と言うアレである。此れはまた「進化論」により「古いものは駄目」と言う教育の成果でもある。

其処で誰もが若く見られたい、「粗大ゴミ」とは思われたくないと努力しています。年齢と言う機械的な数字でだけ差別
し、他人と無用な競争を迫る事も当たり前となった。此れは賢い事と言えるでしょうか。或いは単に次の年齢を目標に
生きるような生き方になったが、此れは無意味ではないか。

世の習い(通念)として、若死にした場合は惜しまれ、それに対して老人は、何時も「楢山節孝」や姥捨て山の観念で見
られる社会になります。此れより更に助長する社会が進歩した社会と言えるのだろうか。「長寿者は貴い」として尊敬す
る社会にしたいものですが、現実の世間の風は冷たく、其の多くが「汚い」と見下す風潮は寂しい限りです。

其れはしかし「若さ」を誇張し強調する余り、其の逆にある古いものや年寄りを排斥して来た此れまでの自分たちの世
代の責任でもあるでしょう。ですから現実に「長寿」となった場合は、当然、友達も親族も先立つ悲しみを見る事になる。
そうすると若い世代とは話が合わなくなる。

だから中年以降の人々は若者から軽蔑されるが、其れを批難する事もせず寧ろ同調するように「まだまだ若いものに
は負けない」とか、「まだ若い」と言う負け惜しみの意識が強くなるが、体力気力共に衰えているのに事実を認めなれば
相手にされないのではないか。

若さで背伸びするよりも自ら体験した歴史を見つめ、故事を大切にし、道理を弁えて「長幼の序」の模範を示す事だろ
う。そうして敬神祟祖の心を取り戻すならば、自ずから「敬老」の社会が具現出来るかも知れない。そうでなければ長生
きは「憎まれっ子、世にはばかる」と冷たい目で見られ、何時の間にか忘れられる。

長寿した者の、長生きした人生の結果の良し悪しを別とすれば、この世に長く滞在した分、長く貢献した面もある筈で
す。ですから、お葬式には先ずこの点を褒め称えて「ご苦労様、お疲れ様」と何れの方にも感謝申し上げたいもので
す。

老死よりも若死にした人が惜しまれるのは、貢献する事が期待されていても果たせず、評価したくても貢献度が殆ど見
られないから「惜しい」と言う以外、慰める言葉が見つからないからとも言える。とすれば長寿も良いが、其れだけに執
着したり、更なる「老後」を目指してシブトク生きようとするよりは、寧ろ使い古した肉体を捨てるほうが良い。

いい加減の所で手を打ってオサラバした方が良い。如何に頑丈でも馬齢を重ねれば白髪も抜け落ちて頭が弱り、目は
腐り、歯は抜けて、皺だけ増えて耳は遠くなり、声までシワガレて悪くなり、気も衰えてボケとなり、足腰も立たなくなって
は「生き甲斐」どころか何も楽しいと言えないだろう。

「若さ」を装うのは実は死を恐れて逃げている「意気地なし」かも知れない。しかし逃げても必ず個別に死期はやって来
るものです。そう覚悟を決めた時に、其の方は麗しい思い出を作り、或いは生涯の最後の締め括りとしての光を残し、
或いは何かの実を結べるのではないか。

ならば適当な所で手を打って出来れば都合の良い日を選んで潔く?脱ぎ、「捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ五月花」で
は?・・・・と言うような話をご当人の機嫌の良い時を見計らって親しい人が諭して上げてはどうでしょうか(「医療」、「日族
は考える国」、または「生涯現役」、「老成文化」を参照)。

以下、「ヤフー知恵袋」への回答(回答日時: 2008/4/7 17:05:37)から-----環境破壊の今は、もう生産性は無用です。
マスプロ経済の類似商品にも、もうウンザリします。病気を治さず高額医療費を取るだけの医療の更なる巨大化も無
用です。年金は自分が積み立てた分を利息を付けて返してくれればいいのです。

無用なのは老人ではなくて、寧ろ税金を取るだけで、国民の必要な事を何も出来ない今の政府や行政です。人は因果
律によって生死します。魂は不滅でも毒を食らい罪を重ね、体を弱らせた結果として、肉体は最後の決算時期に死ん
で精算します。頂いたものを天地に帰してハライを済ませる為に時期が至れば自然に死にます。

其の場合の死の必要性も第三者には判断出来ない。ただ幸か不幸か、長寿に達すれば、友達が次々と先に死ぬ訳で
すから寂しくなるし、家族にも相手にされなくなるから何も楽しくない。弱った体では物を食べても美味しくないし、好きな
所へ自由に遊びにも行けない。

なので無理に頑張って長寿になるよりも早く死んで、まっさらな赤子として生まれ代わったほうが幸せと言うものです。
其れを、お年寄りを見たらアドバイスしましょう。ただ其れは上手に言わなければ、物を投げつけられるかも知れないか
ら一寸離れた所から注意して言いましょうね?(以上)。

▲長寿番付・・・・・・・・・天照大神は万年歳(竹之内文書で)、ノア950歳、アダム930歳(各々旧約・太陰暦で)、以
下、記紀では竹之内宿禰300歳、崇神天皇168歳、垂仁天皇153歳、神武、孝安、景行天皇各137歳、応神130
歳、・・・・そしてモーゼ(ロミュラス)は120歳まで記録があるが、その後は来日している。

だから・・・・貴方はまだまだ、若い。

朝鮮・・・・・今は朝鮮半島が南北に分かれているが、此処では独断と偏見で日本との関係を拾い出せば、先ず神
代にスサノヲの子孫が檀君として降臨した国であり、元々は日本の一部だった。其れは後に新羅の王子としての天日
槍が日本に帰化した事でも分かる。

此処は古来「静かな朝の国」である。朝鮮王族には卵生神話が多いが、其れは日神信仰からである。彼(ひぼこ)にと
っても日本は父祖の故郷だったからだ。其れとは別に、周の王族の箕(キ)子一族が西から来て住み付いた。弥生時
代は大陸の戦乱から逃れて日本にボートピープルとして大量難民が朝鮮から押し寄せた。

だが、日本人は拒否せず受忍した。ただ彼らは稲作を伝えました。また天日槍の子孫から神功皇后が出て、三韓征伐
を行った。だが此れは朝鮮の歴史では抹殺している。また応神の時に百済の王仁博士が来朝して千字文を伝えた。漢
字ではなく魏・梁字である。その後に高句麗は儒教を受け入れ、新羅は仏教国となった。

新羅は大乗仏教を採り入れて護国仏教として外敵と内乱に備えた。つまり戦う仏教にしたのだ。また高麗は、今も昔の
大蔵経の版木8万枚を海印寺に伝えている。11c初期に遼が攻めて来た時に、大蔵経の力で撃退したと言われる。そ
の後の事は皆さんご存知の通り、百済が仏教を日本に伝え、其の百済に与して日本は失敗した。

斎明・天智天皇のときに白村江で大敗した事です。以来、日本史は彼らの都合で書き換えられた。一時、秀吉の朝鮮
出兵が有ったが、飛鳥時代から江戸時代は蜜月時代(北朝鮮を参照)でした。また戦前までは日朝併合時代があっ
た。為に戦後は日本に対する反感・反日感情が露わになり、日本も反朝鮮・反韓意識となりました。

でも清の属国から下関条約で朝鮮を開放し独立させたのは日本でした。日本がなければ今もシナやロシアの植民地で
あったろう。黄文雄氏も其の著「韓国は日本人がつくった」(ワック出版)で、「日帝36」年がなければ今の韓国はなかっ
たと述べている。

韓国人は素直に感謝すべきだ、として安易に謝罪や反省を繰り返す日本政府を批判した。例えば「創氏改名」は韓国
人が申し出た事。そしてハングルと近代教育の普及は日本のお陰、近代化のインフラ整備に注がれた日本の血
税・・・・を指摘している。今は韓流ブームになり、また更に日本をヨン様ブームが席巻している。

北朝鮮(別項参照)とは拉致問題、韓国とは竹島問題はあるものの、「お人よし日本人」を敵に回して損するのは彼らで
ある事に早く気づいて徐々に関係改善をするのが望ましかろう。因みに05年の韓国の出生率は1.08%と世界最低とな
った。高学歴による晩婚化によるらしい(出生率については06/5/9朝日新聞)。


朝鮮寺・・・・・大阪生駒の西麓には幾つかの朝鮮寺(韓寺とも言う)がある。仏教と言うより太古から続く多神教の一
つ。僧は霊的能力を持つとされるシャーマン(呪術師・みこ)。日本のシャーマンでは青森県のイタコ、沖縄のユタなどが
有名。

朝鮮から日本に伝わったシャーマニズム(巫俗)は、霊能力者とされるポサル(菩薩)、シンバン(神房)が死者霊と対話
する慰霊の儀式「クッ」を行い、厄払いや商売繁盛などの現世利益を祈る。

寺はハン(恨)に縛られた死者の霊をこの世に招いて供養し、再びあの世へ送り出す場であり、或いは神霊等と対話し
交流する場である。信徒の多くはハルモニ(お婆さん)たち(06/4/22朝日記事から一部引用)。

▲鳥葬・・・・・「鳥葬」はチベットの「奇習」として有名である。 中国人はこれを"天葬"とよんでいる。以下、引用する。
「チベットの葬礼」・・・チベットには五種類の葬法がある。どの葬法をとるかは、故人とその家族の経済力や個人の社
会的地位、あるいはその死に方によって異なっている。「鳥葬」はチベットの「奇習」として有名である。

中国人はこれを"天葬"とよんでいる。なんでも鳥が魂を天に運ぶからだそうだ。しかし、実は魂はすでに葬式の段階で
抜かれている。だから死者の肉体は単なる肉の塊。つまり鳥葬というのは、その肉の塊となった肉体を鳥に布施して自
然に返してやるということなのだ。さて、その方法である。

鳥葬の前日の葬式では遺体を白い布に包んで部屋の一隅に安置し、僧侶の読経によって肉体から魂を解き放す。そ
の魂を抜いた肉体を夜明けと共に鳥葬場に運ぶ。いくつもの深いくぼみのある、大きな平たい岩の上に遺体をのせ、
遺体の処理人が衣服を剥ぎ取る。

そしてハゲタカが食べやすいように遺体を分解し、骨を砕くと、笛を吹いて鳥たちを呼ぶ。集まったら鳥たちはものすご
い勢いで肉をついばむ。肉片がたまに残るが、それは焼かれて終わる。すべてが天に環るのである。この鳥葬は釈迦
が生きていた時代のインドにもあった。一般のチベット人が亡くなるとこの方法で葬られる。

伝染病で死んだ人の遺体は鳥に食べさせず、土に埋葬する(「土葬」)。罪人の遺体も同様だ。古代チベットでは、王の
殉死者が土葬されていた。また四川省や甘粛省など、昔から漢族と接触が多い地域では土葬が一般的。罪人と貧しい
人々、乞食、未亡人、幼児などは「水葬」(遺体をばらばらにして川に流す)にされる。

高貴な人や名僧は「火葬」にされ、灰は風にまくか、川にまいて流される。森林に恵まれた東チベットでは、一般の人々
でも火葬にされる。大ラマの遺体は、塩漬けにしてミイラにし、金箔を押して、霊塔の中に祀られる(「塔葬」)。その塩は
薬として珍重されるという。以上はhttp://taweb.aichi-u.ac.jp/leesemi/ronsyu1/inoue.htm - より引用。

超能力・・・・・・・・・超能力は誰にも有りますが、強弱のレベルが月とスッポンほど違うので、普通の人と区別するた
め「超能力者」と呼ぶのでしょう。此れには先天性と後天性が有るようです。

モノカネに執着が強い人はやっても無駄ですが、此処の読者は皆さん可能性があるようですから述べますと、練習する
にはスプーンなどより何かの役に立つ事をして見て下さい。例えば誰かが幸せになるように祈るとか、或いは天空の雲
を少し動かして見ようと訓練すれば動いてくれます。一分ほど気を集中すると良いでしょう。

自分の気持ちが天に届くなんて実に素晴らしいものです。旨く行ったら是非、雲にお礼の言葉を送って下さい。オニア
ニ 06/01/20 21:46 3O5CrG9qMm

さて米国やポーランドでは超能力を正式採用して捜査に効果を挙げている。超能力を科学的かどうか、とか信用するし
ないの問題ではない。問題解決するのが警察の役目なのだとポーランド警察は自覚している。第一人者のヤスコフス
キー氏に依頼して解決した(06/5/15のabcTV)。

日本の地震予知連や天気予報も今のメンバーを入れ替えてはどうか。警察も無能な刑事を全員首にして超能力者に
入れ替えて見てはどうか(警察を参照)。電算機とか科学捜査などに頼り出してから的中率や検挙率の低落が止まらな
くなった。今はたったの19%である。此の世は科学よりも因果律で成り立っている。

其の因果関係をモノカネ主義の物証主義(別項参照)に頼った結果である。

超法規的措置・・・・・・・1975s50/8/4日本赤軍がマレーシア(クアラルンプール)のアメリカ領事館を占拠し、結局リ
ビアに投降したが、事の序に浅間山荘事件の犯人たち26人の全員釈放とアラブへの特別機を要求した。

ロッキード事件で田中内閣の後に立った三木首相はアメリカの意向を恐れて人命尊重を理由に超法規的措置で其の
要求を呑んだ。国民や赤軍の人命尊重ではなくて「アメリカ人が殺されたら日本はどうなるのか」と考えたのだ。アメリカ
人人質の変わりに日航特別機を用意して其の乗員を身代わりとした。

赤軍はアラブへの逃亡を望んだもののアラブでは受け入れ国が中々決まらなかった。最終的にリビアと決まり、赤軍は
リビアに投降して以後潜伏した。同年8/10、日航特別機が無事戻った。だが坂東國男ら7人は今も逃亡し国際手配中
(読売テレビ06/8/10「今日は何の日」より引用)。


長幼の序・・・・・・・・・儒教圏では若者がお年寄りを敬うと言う美風があり、韓非子の故事にも「老馬、道を知る」が有
った。此れは斉の桓公と名臣・管仲の時代の逸話から採ったものでした。其のためか日本でも長く「年功序列」と言う仕
組みが残っていました。

所が戦後は逆転して、「若さ」だけをチヤホヤして、其の逆の「年寄りは古い、汚い、臭い・・・」と蔑視する風潮が強くな
った。「年功序列」などは弊害と見られるようになった。しかも「長幼」ではなく「幼長の序」となって来ました。熟練者より
も未熟者をチヤホヤすると言うのではマトモな仕事が出来ません。

電車に乗っても、多くの年寄りが「元気だまだ若い」と頑張って立っている。其れに対して、日ごろ「若さ」を誇るオバサ
ンたちが我先に空席を探して滑り込み、またもっと若い母親たちも我が子のために隙間を探して我が子を其処に押し
込めようとする。子供が座席に靴のままで立とうと歩こうと見て見ぬ振りで居眠る。

そうして育った中高生もダラーッと大股を開いて座席を占拠したままお年寄りが前に立っても譲ろうともしない。彼らもし
かし必ず年寄りになる。「明日は我が身」なのである。長幼の序は社会人の基本である。そんな事も教育できない親た
ちや学校や教師は余りにもお粗末であり、この先、何も期待できそうにない。


●調和・・・・・・・・・神々は宇宙万物を創世して、多様な生き物が大調和するような仕組みを創った。此れが大調和(マ
クロ)とすれば、其の中には幾つかのミクロの小調和がある。だが人類は自分たちの便利さや都合に合わせてあらゆ
る物を利用し、開発・改造し、収奪の限りを尽くした。更に利害得失で戦争を起こして多くのものを破壊した。

大調和を崩して人の心も不調和にしたのです。例えば綺麗な山河を公害とゴミの山とした。多くの諸生物を絶滅種にし
ました。一部の者たちが自己本位のエゴで大多数のものを支配し、苦しめる社会としています。こうした事実は神々の
目的とは違い、神に背いた行為です。従って天変地変が起こります(ソロン・アサミ氏の著述より一部引用)。

「最後の審判」及び「ちゆるぎ」を参照。

▲ちょく
▲ちょさ
▲著作・・・・・・

著作権・・・・・・著作権とは音楽CDや著作品(書籍)を創作した作品を通じて著作者を保護しようとする制度を言う。
但し特許権(工業所有権)と違って特に登録制度は無い。一時、文部省時代に登録を試みた事も有ったが、今は無
い。

ただ時代の流れと共に新たな利用法が拡大した為、其れに応じて様々な対応として例えばコピーの複製権、映画等の
上演権、そしてインターネットによる公衆送信権、更にロイヤリティーによる貸与権などとして増えて来て今や100種に達
する。また期間についても日本では死後50年であるが、世界の流れとしては70年を主張している時代である。

▲ちょし
▲ちょすい
▲ちょせい

▲ちょそ
▲千代田
▲貯蓄

▲チヨツ・・・・・・
▲チヨテ・・・・・・
▲チヨト・・・・・・

▲チヨナ・・・・・・
▲チヨハ・・・・・・
▲チヨマ・・・・・・

▲チヨヤ・・・・・・
▲チヨラ・・・・・・
▲チョン・・・・・・

■ちら・・・・・・

チリ・・・・・・・・・南米大陸の西南に長く伸びる国。Chile共和国。首都サンチャゴ。15c後半はインカ帝国領、のちス
ペインの植民地となる。1818年に独立、銅、チリ硝石(爆薬の原料)を産出して有名となった。公用語はスペイン語。
通貨はエスクード。

中でもナバリノ島は1万年以上昔の氷河時代にベーリング海峡を歩いて渡って来たモンゴロイドたちがヤーガンと言う
先住民族として暮して来たが今は混血。ただ東南アジア特有の文化である「綾取り」が此処にも伝わっていた。此の島
には19cに英国の探検船がやって来た。


■地理・・・・・・・・・

■ちる・・・・・・・・・
■ちれ・・・・・・・・・

■地霊・・・・・・・・・霊は肉体だけではなくて土地にも存在する。土地には人の歴史以上に古い固有の歴史があり、また
太古から人の血と汗と骨とが浸み込み埋まっている。ですから今、誰かがまた其の地で人生の舞台として暮らしている
事実もまたその土地に固有の縁を持つからです。

日本人は日本を舞台とした場合に平和な心を浸み込ませてくれた先人のお陰でまた清く平和な人生の花を咲かせられ
る。だが、例えばエルサレムは「聖地」と呼ばれていようとも、争いと悲しみとが渦巻くイワクつきの土地となっている。

■ちろ・・・・・・・・・
■ちわ・・・・・・・・・

鎮魂法・・・・・・・・・人、特に死者を何によってどのように弔うか、の方法であり、此れは時期(暦法)・儀礼・葬式・宗
教など色々あるから一律ではない。先ず故人が日月星の何れを神としたかであり、其れによって葬法が異なり、其れ
に準じて各宗教・宗派が異なり、其れに従って各々の葬式に分かれるからだ。

日本の鎮魂祭は代々物部氏が宮中で十種神器(別項を参照)を使って行った。其れが石上神宮に伝えられたと言わ
れるが、宮中でも毎年11月の中の寅の日、つまり新嘗祭の前日に行われる。一説に、「この日はニギハヤヒの命日で
はないか」と言われるものの、西暦にすれば冬至の祭りの頃(05年は12/20)になる。

つまり太陽の力が一番衰える時期にあるため、其の前に人々が忌み籠りをして来た。

鎮魂帰神法・・・・・・・・・ニギハヤヒ、其の皇子のウマシマジ、其の末裔の物部氏に十種(とくさ)神器(別項を参照)と
共に伝えた呪術とされているが、そうではない。ウマシマジは神武皇后、物部氏は雄略天皇の病気を治した。当時の医
学は方位学だった。

物部氏はその後も宮中で神器を祭り、また石上神宮の武器を管理して部門の本家と言われたが、蘇我氏に敗れて以
後多くが分からなくなった。

鎮魂帰神法と言うのも謎めいた「ふるべ、ゆらゆらとふるべ」と唱える呪文(「十種の祓い」を参照)や呪術ではなくて古く
からの日本の祭りに黙示された対極への行法・道法であり、其の具体例は「神々の歳時記」に記した通りである。

鎮守の森・・・・・・・・・神様が鎮まり守る所と言う解釈である。ただこの熟語は、「村の鎮守の神様・・・」と言う小学唱
歌から全国に広がったもので和風のものではない。鎮守と言うのは日本的な用語ではなくて、軍隊の駐屯地を唐風に
「鎮台」などと指す言葉でした。

鎮宅法・・・・・・・・・「地鎮祭」を参照。






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