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   日知り事典          刻〜五大

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・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★
こく● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●■▲◆★▲◆★●■▲◆★▲

・・・・・今の約30分。刻の字は「亥を捌く」事、つまり時間。古くから一日を2(昼夜)の別、四方、八方、または六方
位とした場合は1日を12エトで12区分して12時(トキ)とし、其れを更に3分して上刻・中刻・下刻として都合48通りに刻ん
で目安とした。普通、一時は今の約2時間。1刻は其の1/4としたので凡そ30分に当る。

但し昔の1日は四季により伸縮する自然時間(トキを参照)だったので、この「30分」と言うのは彼岸の頃の時間の長さ
である。

五苦・・・・・・生老病死獄。または生老病死、愛別離苦、怨憎愛苦、求不得苦、五陰盛苦。或いは迷界の五道は諸天
苦、人道苦、畜生苦、餓鬼苦、地獄苦など苦が多くて楽ではない事。

国営事業・・・・・・儲かる仕事を見つけると強制的に接収(民間から取り上げ)し、国の独占企業とする事。古い物で
は例えば明治の煙草産業、米穀、鉄道、郵便等。そして当然ながら「士族の商法」で貴族化して行き詰ったら今の第三
セクター方式で税金で賄い、それでも破綻すると「民営化」を唱えて切り捨てる事。

国学・・・・・・・シナにも国学はあったが、日本の場合は仏教・儒教・漢字が渡来する以前の、本来の日本文化(別項
参照)が古風・和風であり、そうした古学がいわゆる和学・国学でした。奈良・平安時代には国の郡司の子弟には経学
を、庶人出の医生には医学を教授した学校が有った。

古くから賀茂家が天文暦道を伝え、また藤原定家が和歌を伝えた。また神道として各地で各派が伝えた。平安には菅
原道真、南北朝時代は北畠親房が神王正統記を著した。江戸初期には群書類従635冊を著した検校・塙保己一や和
泉の国で「万葉代匠記」54冊を著した僧・契沖があった。

両者は水戸学に影響して、皇学の研究となり、江戸時代には古事記伝を著した本居宣長などの外に国学の四大人(平
田篤胤、本居宣長、賀茂真淵、荷田春満)らを輩出して後の皇国史観となり、歪められた精神主義から戦前の軍国主
義の規範となった。

江戸時代から南蛮渡来の蘭学に対抗して国学が発展したものの、其れがやや精神主義に走った点で戦後は特にGH
Qにより排除されたまま今も誤解されている。

▲コクカン・・・・・・
▲こくき・・・・・・
▲こくく・・・・・・

▲こくけ・・・・・・
▲こくこ・・・・・・
▲国語・・・・・・

▲こくさ・・・・・・

▲国際・・・・・・

国際化・・・・・・グローバル化と欧米化の同義語。自民党政権の協力によって大都市の表通りが英語名の企業で占
められて行く事。日本の大企業がユダヤキリスト教の外資に買い叩かれて乗っ取られる事。其の外資の中身の殆どは
日本国民の資金であり、巧妙なカラクリで彼らが支配するシステムになる事(下記を参照)。


国際金融市場・・・・・・世界の金貸しと回収の場。世界を股に駆けて君臨する大親分はロスチャイルドとモルガン
である。前者の三男・ネイサンは「シティの支配者」と呼ばれて1836年に亡くなったが、其の翌年に生まれたモルガンは
ネイサンの生まれ変わりと言われた。

彼はロンドンで活躍したが、息子のJPモルガンは1870年代にウォール街に進出した。鉄道会社を支配下に収め、1901
年には鉄鋼王カーネギーを買収してUSスチールとして巨大トラストを形成し、20世紀初頭の米国実業界でJPモルガン
が「最高の実力者」となった。

モルガン財閥の起源は1838年、ロンドンに設立した「ピーポディ商会」をJSモルガンが継いで「モルガン商会」と改名
し、1870年の普仏戦争(プロシァ=プロイセンとフランス間で行なわれた戦争)ではフランスを支援して大量のフランス
国債を購入した。1871年に息子のJPモルガンがウォール街に進出した。

次々と鉄道会社を支配下に置いて1895年にはJPモルガン銀行の前身・JPモルガン商会として米国で15の鉄道会社を
傘下に収めた。1925年当時の総資産は85億ドル。1998年時価換算で約7300億ドル(約85兆円)。因みに同時期のマイ
クロソフト社の時価総額が約2700億ドル(32兆円)だった。

1913年にJPモルガンが没して息子のJrモルガンが引継ぎ、好況、大恐慌、二度の世界大戦と言う激動の30年間に英
仏の金融顧問を務め、連合国を支援した。次に彼の息子のハリー・モルガンが独立してモルガン・スタンレーを設立。
世界30ヶ国で証券・投資顧問・アセットマネジメントを展開している。

1943年にJrモルガンが没してトーマス・ラモンが会長(実は番頭)になった。1959年に4倍の資金量を持つギャランティ・
トラストと合併してアレキサンダー会長となった。次の会長になったプレストンは1960-70年代にユーロ市場の成長を見
て世銀総裁として活躍した。

1975の米メーデー、86の英ビッグバーン、96年の日本のビッグバン、更に97-98のアジア金融危機で金融再編が加速
した。子会社のGEキャピタルはバブル崩壊後の長銀系ノンバンクや保険会社を買収した。JPモルガンは石油財閥ロ
ックフェラーの銀行・チェース・マンハッタンに吸収合併された。

それが2000年末、JPモルガン・チェースと言うスーパーバンク誕生となった(以上PISC06/10より引用)。自民党のみな
らず公明党も近年ロスチャイルドに挨拶に行き膝を折った。

国際金融マフィア・・・・・・以下、「ヤフー知恵袋」の「最大にヤバい陰謀はなんですか?? 」に回答した中から転載
する。----回答日時: 2008-03-19 15:19:53----イスラエルの覇権主義である。彼等は2013年に第三次世界大戦を起
こす。彼らによる世界制覇のシナリオは100年かけて作っていて、今や秒読みの段階にある。

と言っても表面には出ないから特に日本人は気付かない。だが特に自作自演の9.11以後の世界情勢に注視!彼らのシ
ナリオで世界は動いて来たし、今後も動いて行く。彼等の利権である東南アジアを日本は奪った。だから許せない。そ
こで戦後日本のGHQ政策による日本の腑抜け教育を徹底した。

自民党や自衛隊も彼等の意思で成立したし、最近ではアフガンとイラク派兵もあった。巨額援助も無償の給油活動も、
防衛省昇格も彼等のために日本首脳部が売国奴として協力しているからである。次は憲法改正と18歳以上を成人とす
る事。其の目的は徴兵と徴税に参加させるためだ。今までは米国の保有する金がドルの裏付けだった。

だがベトナム戦争で貧乏して、其の後は日本の資金を高金利で釣って巻き上げてドルの権威を維持した。米国は戦争
経済を国策としている。其のため例えば中東の油田を攻撃して石油危機を煽ること。同時に日本の資金を吸い上げて
其れを実体のない金相場や石油に回して相場を釣り上げた。

或いは環境問題を叫んで穀物危機や鉱物危機を煽ってインフレを造り出した。こうして日本の褌(資金と労働)を利用し
て日本の首を絞め上げた。だが其れも最早暴露して米国は危うくなった。其れが今度のサブプライム問題として火がつ
いた。ともかく米国の金庫は最早空っぽだ。ドルの印刷機はあるものの最早その裏付けはない。

金はスイスに隠匿された。イスラエルの覇権のための軍資金として(転載分は以上)。

▲こくし・・・・・・
▲国司・・・・・・
▲こくす・・・・・・

▲こくせ・・・・・・
▲国政・・・・・・

▲国勢・・・・・・
▲告訴・・・・・・

▲こくた・・・・・・
▲国体・・・・・・
▲黒檀・・・・・・

▲告知・・・・・・
▲国鳥・・・・・・日本では(きじ)。
▲国蝶・・・・・・日本ではオオムラサキ(別項参照)。

▲こくと・・・・・・

▲極道・・・・・歌舞伎の「女殺しアブラ地獄」以来、半端者で他人に迷惑を及ぼす者の無道・放蕩人生を言う。

▲こくな・・・・・・
▲こくに・・・・・・
▲こくぬ・・・・・・

▲こくね・・・・・・
▲こくの・・・・・・
▲こくは・・・・・・

▲こくひ・・・・・・
▲こくふ・・・・・・

▲国富論・・・・・アダムスミスが1776年に書いた古典経済学で、自由放任主義による1仮説。

国分寺・国分尼寺・・・・・・聖武天皇は奈良の東大寺に大仏を建立し、其処を金光明四天王護国寺・総国分寺とし、
また光明皇后も藤原不比等の館跡に法華寺(法華滅罪寺)を建てて十一面観音像を祀って総国分尼寺とした。そして
全国に国分寺・国分尼寺を置いて、この世を仏の力を借りて治めようとしたもの。実務は道鏡が行った。

よって、以後、消された所もある。

▲こくへ・・・・・
▲こくほ・・・・・
▲こくま・・・・・

▲こくみ・・・・・

国民・・・・・国家に属し、国籍を持って其の支配を受ける土民。国権に服する立場としては国民、国政からの見方と
しては公民・市民と呼び、納税すれば納税者と呼ぶ。昔は国民一般が百姓だったので此れを一応「おおみたから」と呼
んだ。中世には国人・百姓・衆徒とし、近世では年貢を米穀として作り出す民草として土下座させる立場とした。

或いは明治維新でアイヌは土人としたが、その他大勢は赤紙一枚で徴兵出来る存在とした。今でも支配者にとっては
票田に生える「草」としての存在に変わりはない。新憲法で保障した基本的人権は理念であって要するにインチキであ
る(草を参照)。

国民年金・・・・・社会保険庁は国民から集めた基金をレジャー施設などに湯水の如く浪費し、07/5月には5000万件
の行方不明が発覚した。続いて6/6日には1430万件の記録漏れも発覚した。お役所は強制的に徴収するが、記録する
のも杜撰であり、支払う段になると消極的で不徹底、しかも自己申告を言い出すのだから卑劣である。

本人からの請求で支給がタテマエと言う。此れによって支払いを受けられない人が大勢いるし、受取額が少ない人も多
いが、40年前の領収書を求められても当然無理である。政府機関として集めた側がシッカリ記録して置く責任がある。
しかしお役所は、記録をせず、記録した場合もデータを捨て去り、其れを逆に年金の支払い者に要求した。

支払ったならば、証明を自分でセヨと言うのですから其の身勝手さに呆れる。お役所側は「5年で時効だから処分した」
と言うのですからサカ様であり、泣き寝入りするしかない。何も知らない内にもう既に死んでしまった人もあろう(07/6/7
NHKTVクローズアップ)。

そう言う訳で社会保険庁に問い合わせが殺到した。特に6/7日以降、社会保険庁は24時間受け付けを始めたが、急増
する問い合わせに対応できそうもない。日本政府は戦後、金融・農政・外交・教育・厚生・・・など凡てにおいて失敗を重
ねてきた。

年金についてだけ例外的に成功する筈もないので、表紙を張替えてまた生き返えさせずに即刻手を引かせるべきであ
ろう。

▲こくむ・・・・・
▲こくめ・・・・・
▲こくも・・・・・

▲こくや・・・・・
▲こくゆ・・・・・
▲こくよ・・・・・

▲こくら・・・・・

極楽浄土・・・・・・西方の浄土に有ると言う仏教の世界観。仏壇は仏の住むと言う其の極楽浄土をこの世の人に見
せるために具体化した寺院と言う創造物を真似たミニチュアである。

▲こくり・・・・・
▲こくる・・・・・

▲こくれ・・・・・

国連・・・・・・・United Nations国際連合。第二次大戦で日独伊と戦って勝った国が中心となって1945/10/2
4に平和とか社会の経済発展などを標榜して憲章とし、連合国関係51ヶ国の組織で発足したもの。

さて世界には月を信奉する国が過半数のため月形の国旗が多く、また太陽信仰の日本もある外に、星を基準とした今
のカトリック暦だけを標準とする国も有る。だが国連旗は国家ではないので例外。設立当初は北半球の国々が多かっ
たので北極を中心とした旗(図説3を参照)になった。其れが後に南北問題となる。

ともあれ2005年で60年目を迎えたので言わば還暦になる。この間、米ソの冷戦があり、1991年にはソ連が崩壊し
た。さて米国では2001/9/11に同時多発テロとなった。国連に平和を期待しても無能・無理であると分かったから
各地にテロが広まったのだ。

此処は総会の議決よりも、米、英、ロシア、中、仏の五ヶ国の常任理事国の拒否権が左右する世界である。国連は現
在191ヶ国が加盟して其の分担金で運営される建前とは言え、其の額は平等ではなくて国力に応じて負担していて、0
4年現在でも日米独の3ヶ国で全体の半分を負担していて、特に日本がダントツである。

常任理事国に権力が集中して拒否権と言う横暴を振るうだけで、米国以外の負担額は小さいのである。つまり国連は
本質的には強者の論理で発し、実質的にも「多数決の原理」ではなくて利権の論理が支配する機関であると分かる。0
5/4/5のニュースでは国連アナン事務総長が国連に打ち続く不祥事を認めた。

例えば05/6/15日、アナン事務総長に疑惑。彼の長男がイラク人道支援に絡んだ不正疑惑にまた新疑惑となっ
た。イラク人道支援が、職員の汚職に使われていたのである。国連はそもそも当初からサロン化していて無能でした。
其の中で日本は発言権も無いのに米国に次ぐ過分の分担金を強いられて何時も馬鹿を見ている。

米国は最近まで分担金の未払いが続いた。しかも日本は現実には「米国追従」で動きながら、国民の前では「国連主
導」と言う有りもしない幻想を国民に示して外交があるかのように装っているが、此れは情けない矛盾である。「国連主
導」は国連の中では米国に対する一種の米国批判勢力でも有るが「主導」するほどの力は無いからだ。

其処で今回は日本などG4と称する仲間が国連改革、即ち安保理改革を唱えて常任理事国5に追加6、非常任10+4
追加して合わせて25ヶ国とする法案を出そうと運動して来た。日本、ドイツ、インド、ブラジルの4ヶ国グループ(G4)の
提案である。AA諸国に対する日本の援助額の急増もこの運動のためである。

だが韓国とイタリアなど反対勢力も略同数出て来た。彼らはパキスタンなど十数カ国によるコンセンサスグループを作
って5/27日に「非常任理事国のみ倍増して安保理を25ヶ国とする」対案を出した。しかも中国が既得権益の擁護を
画策して強烈に日本を批判した。

05/4の反日デモの扇動に続く6/2のアナン事務総長への「G4案の採決強行なら国連分裂」との脅しである。と言う
訳で改革は無理である。であれば偽物に期待したこんな無駄をせずに別の真正の国連を日本が造れば良い。例えば
平和国連でも環境国連でも良かろう。

日本は偽物国連へ出して来た分担金をそっくり新国連へ拠出すればもっと有効利用出来よう。06/7/12以来、イスラエ
ルがベイルートのヒズボラ空爆で1000人を殺したが国連は無力だった。紛争解決を期待しても其の能力のないと分か
った国連は「なくても良い所」だ。

★米国とイスラエルはシリアとイランをテロ支援国家のレッテルを貼り、自分たちは例えばイスラエル軍は2週間のレバ
ノン空爆で400人を殺し、更に国連の10施設を146回攻撃し、7/27現在もシラをきっている。此れは狂気である。

其れを抑えるべき国連は無力無能である。06/8/11にやっと安保理で「レバノン停戦」決議を採択した。既に1100人を
無差別虐殺した後である。しかし尚も反抗するようにイスラエルは更に作戦を拡大してレバノンを北上し爆撃した。

★8/11、英国から米国行きの航空機テロ未遂犯が24人英国で捕まった。パキスタン系英国人であり、パキスタン外務
省も8/12に「彼らはアルカイーダに関与」と発表した。イラクの失敗から目を反らす為のヤラセではないか。つまり日米
英で更に警戒体勢を強めれば再びブッシュとブレアの支配権を強める事が出来る。

戦勝国の作った国連なんかこの辺で脱退すべきだろう。


国連案「別の国連を作れ」・・・・・・・以下引用。★吉野 様、有り難う御座います。ただ「パワーの論理」は事実です
が、パワーにも色々有ります。核、石油、戦力、人口数、国土の広さ、海洋開発力、農業生産力、経済力、物量(資源
国)、工業力、権力(拒否権など)・・・此れは確かに無視できない。

無視できないがもう核や武力には多くがうんざりし始めています。「堀敬人27才男」様のご指摘のように「搾取した」国よ
りも「搾取された」国の方が多いのですから、非西洋諸国は身勝手なヨーロッパや拙速なアメリカンスタンダード(グロー
バル化)に不信感を持っています。ですから武力よりも「知恵の力」や情報を欲しがっているのではないか。

米国やイギリスを腹の底から信頼する人よりも、白人支配のアジアの植民地を日本が大きな犠牲を払って取り戻してく
れた恩義に感謝している国のほうが多いでしょうし、今も日本の工業力や経済力に憧れている国も多いでしょう。

其の点で、「ケーキ屋」様の『国王』の称号に賛成!今の国連拠出金をストップして、各国『国王』のために援助するなら
納税者も喜んで払えるでしょう。威圧的な武力よりも、知恵が支配する平和の国を多くが切望していると思うのです。
2005-05---------------

★世界に支持される力は貢献度かも知れない。其の点でも日本は大きな力が有る。其れに比べてヨーロッパは、世界
に対して一体どんな貢献をしただろうか。「堀敬人27才男」様のご指摘通りでした。他国の収奪しかしなかった彼ら白人
たちを貴い日本人の犠牲に於いて、日本はアジアから追い出した。

其れに比べたらシナは周りに対してどれだけ貢献をしたか。覇権主義でチベットを侵略し、同時に台湾でも琉球でも中
国領だと思っているだけ。或いは米国は今、其の武力でイラクに何を貢献していると言うのだろうか。今後の世界は拒
否権行使や武力よりも信用度と貢献度ではないだろうか。

・・・以下、チャンネル「桜」 http://www.ch-sakura.jp/bbs_thread.php?ID=161047&GENRE=sougouを参照。

国連新設・・・・・・・新たに国連を作ってどうする。日本に其れが出来るのか。と言う意識がある。こうした常識・固定
観念・考え違いがブレーキとなっているが、日本こそ世界で唯一、その力量も権威もある事に気づくべきだ。

例えばロシアのコンスタンチン・サルキソフ氏(山梨学院大)は、「日本は戦後、外国人によって書かれた憲法九条を維
持している唯一の被爆国」である。

しかも「資源・人口が希薄な経済技術大国」であり、「新しい知識・ノウハウ・技術輸出力のあるODA大国」であり、「世界
経済の14%を占めるのに二酸化炭素排出量は4.9%」(米国は30%に対して25%、中国は2%に対して14%)といった特性を持
っている。だから日本は常任理事国に値すると高く評価しているのだが・・・・・・。

▲こくろ・・・・・
▲こくわ・・・・・
▲こけ・・・・・

▲ここ・・・・・

・・・・・・心や愛や神など、一番大切な問題は決まって目に見えないものです。よって本書は別項(「円系図」、及び
「魂の実相」を参照)で心の実相を示した。だが心理学や医学は脳を解剖して心を見つけた訳でもないのに常に「此処
まで分かった」と繰り返す。だが猿やカラス、猫の心でさえ分かっていない。

根本が何も分かってはいない為に本質から離れた問題に終始して今尚「雲を掴む」状態にあるが、其れで飯にしてい
るとすれば結構なご身分である。科学や学問が人の心に踏み込むには無理がある。人の目に入るのはどうでも良いガ
ラクタとか、見たくもない事件・事故が多い。

でも近代科学はそうしたガラクタのような物質だけを探求してホントに大切な心を置き去りにしました。心には静かな心
と激しい心がある。外にも善悪とか感謝、或いは忍耐、努力、憎しみや悲しみや恨み辛みなど色んな心があります。学
校教育ではこうした心の問題を何も教えなかったので問題山積としました。

だが宗教は何れもそうした心の問題を古来優しく教えて来た。

のケア・・・・・今は「癒し」とか「心のケア」と言う言葉が行きかう時代ですが、何の苦労もないような若人たちに此
れがブームだと言うのだから苦楽を重ねた高齢者から見れば笑止だろう。若人が「癒し」を要するとは思えないし、譬え
必要とする人がいた場合でも、他人の「心のケア」などはそんなに簡単に出来ないものです。

例えば火癲てんかんと水癲てんかんと言う霊的事象がある。此れは霊障の一つであり、軽度の場合でもフラッシュ・バック
を見せる。震災体験などにより、其れが心に深い傷(此れをトラウマと言う)として残り、何時までもその不安感からパニ
ックを起こして騒ぐ事をフラッシュ・バック現象と言う。心は物質ではないし、上記の通り霊障の一つなのだ。

だからモノ金主義社会では最も苦手とする問題である。だから物質科学的な心理学や医学(精神科)では何の役にも
立たない。例えば従来から、企業や学校にはカウンセリングが必要とされ、或いは阪神淡路大震災後には「心のケア」
の必要が叫ばれて公的助成があった。けれども何れも格別の成果はなく、掛け声倒れに終わった。

其れは政教分離の教育ではどだい無理難題であったし、更には、そもそも教師自身が問題多発のメーカーである現状
では、色んな違う言葉に変えたり装っても、生徒をケアする資格も能力もないのだ。カウンセリングは教育の、取り分け
心理学のテーマであるが、先祖や宗教を外して言う科学や教育、其れに行政が此れをテーマにする資格さえない。

心のケアなら、彼らが決して認めたくはなかろうが宗教団体や漫才師の方が実績があるのです。或いは老練な占い師
の方が的確な判断と助言をしているだろう。其れに比べたら教師やカウンセラーには到底手に負えない事であり、単に
生徒の話を聞くだけの存在として、其れに真面目に接した人ほど無力感を味わうだろう。

霊障でも軽度の場合はうつ病など、人間関係を嫌う程度で済む。学級に入るのを嫌って登校拒否となる。こんな程度
の問題にも親や教師は対応出来ず放置して来た。いやカウンセラーを受けているのは寧ろ今の教師たちである。教師
はすっかり自信をなくしている。

そうして来た側が今更手を変えて、震災体験者の次の不安やストレスを、しかも未体験者がどれだけ取り除けるかは
疑問であり、仮にやったとしても無意味である。苦しむ子に対して、通り一遍の「命の大切さ」を語っても、馬耳東風とな
るか反感を買うだけである。

心のケアや「人命尊重」のスローガンは言うに易く、認識は勿論、人に説くのは至難である。其れは円系図作成の過程
で先祖から自分が学ぶ事であって、それなら子供にも分かる事なのだが、寧ろ、大人の側が固定観念から、「先祖は
宗教、宗教はタブー」と誤解して、此れを拒否してしまう所に問題がある訳です。

先祖が厭なら自ら難行苦行の実体験でもして、悟りの境地にでも入った後で「心」を語るべきであって、生死の意味に
も無関心で、真剣さも生徒に及ばない若輩が、テキストを棒読みして人に説くべき問題ではないのであり、其れをしても
メモリーロボットであって、或いはご当人のゼスチュアで終わり、何の役にも立たない。

人を一人でさえ救う事はそんなに生易しい事ではない。金銭的に一時だけ援助する事は出来ても、心の救いは彼の先
祖や因縁の意味や助けを借りなければ到底無理なのです。

・・・・・・此処では祝儀袋に書く「志」や「寸志」とは別の事を述べる。先ず、男女の関係では愛がテーマとなり、其
れは女性の命であるが、男性にとって個人的な「愛」に生きる事は許されない。男は譬え誰かに命がけで愛されても一
緒に死んでは単なる心中事件か変死である。

男にとって必要なものは「志」であり、此れが無ければ、仮に力持ちであっても、単なる暴れ者と思われるだけだ。譬え
幾ら働いても、世間の目は銭金とか、保身や出世のためとしか見ないのである。だから男にはゼニカネや腕力ではなく
て「志」が要件となる。

此れさえあれば只の人でも武士みたいに見えるし、或いは大人として、もしくは男が立つように遇される。人はだから一
箇所で「一所懸命」に努めた。祖先の墳墓の地を本願地・領地として其処を故郷とし、其の地を苗字に戴いて「一所懸
命」に其処に骨を埋める覚悟で生きた。

或いは其の地の殿様の家来として主命に忠義を尽くし、もしくは宗祖のため、或いは主義主張を残すためなら喜んで
死ねた。この様に男は何かによって立たねばならない。つまり志をもって使命とし、或いは安心立命とした。戦の場合も
大義がなくては名分が立たず、其れでは勝利を望めなかった。男は美貌であるよりも志が命であり美徳でした。

例えば「三国志」では、漢の再興を図った劉備(玄徳)が後に徳帝、或いは徳の白帝と呼ばれた。其れは彼の志を讃え
た尊称でした。この様に男には徳が無くては知識人も単なる物知りであり、器用な人でも下手の横好きと笑われ、器用
貧乏で終わる。親切な男でもおせっかい者に過ぎなくなる。

だから戦後派は会社のために献身的に其の生涯を懸けたのです(「武士道」を参照)。

の躍動・・・・・・心には静かな心と激しい心がある。戦後世代の人生は物質的な豊さを求めて来ました。でも人生
がモノだけで満足出来る筈はありません。自然の美しさに感動したり、愛児の微笑みに一喜一憂したり、生かされてい
る恩恵に感謝したり、仕事や責任を全うした時の達成感や充実感を味わって満足します。

他人を愛したり、また他人の苦しみを理解できないのは心の貧しさや冷酷さであり、他人の情けに感謝できたり涙する
のも豊かな感性があって出来る事です。日常会話の情感の外に、他人と共感したり心の共振があったり、時には魂を
揺り動かされるような興奮を覚える事もあります。

人間の幸福とは物質的な豊かさよりも、こうした精神的な豊かさから生まれる。従って拝金主義者・ホリエモンが何でも
金で買えると言ったとしても、心や幸福は万金を積んでも売買したり味わえるモノではない。

ないけれども入学したり職場に入れば新たな人間関係が出来ますし、其の仲間と学業や仕事を通じて苦楽を共にした
り達成感を味わい、資格や収入を得るので幸福感や失望感も得られる。其れに比べて祭りに参加しても収入はない
が、短期間でも仕事より大きな感動とか達成感が得られる。

仲間との共感・共振・共時性で一体感や充実感を得て、心が躍動するでしょう。

●古今・・・・・・・昔と今。
◆古今伝授・・・・・・・・・・コキンを参照。
五根・・・・・・・目・耳・鼻・舌・身の五作用。

五言・・・・・一句が五字から成る漢詩。五言律、五言絶句、五言排律、五言古詩など。

▲こさ・・・・・・コサ。胡沙。アイヌ語でフサ。ホサ。息の事。コサ笛。
▲こさ・・・・・・木障。コセ。木陰のため耕作不適な場所。

▲こざ・・・・・・・・漁師仲間の収穫。
▲小座・・・・・小座敷。夫婦の寝室。内座。納戸。
▲胡座・・・・・・アグラ。

▲誤差・・・・・
●御座・・・・・中央の座。上座。貴人の席。
茣蓙・・・・・・・イグサの茎を編んで作った敷物。

五座・・・・・能楽で観世、宝生、金剛、金春、喜多の五つの座。

▲五山・送り火・・・・・・お盆行事の締め括りとして京都で行われる万灯行事。応仁の乱後に死者を弔うため続けられる
ようになった(歳時記の8/16を参照)。

▲こし・・・・・・

腰痛・・・・・・ギックリ腰を欧米では「魔女の一撃」とも言う。整形外科に駆け込めば麻酔をうってくれるから一発で治
ったように思えるが慢性になる。手術をしても繰り返す。なので別の見方を言う。内臓が原因である。だからレントゲン
でも診断できない。根本治癒には胃腸の整腸が大切です(腹式呼吸、下痢を参照)。

もう一つは運動不足と無理な姿勢を続けて背筋が弱っている為だ。此の場合は直ぐに治る。先ず畳の上に座って両足
を伸ばせば横から見てL字形になります。其処で両手を伸ばす。だが何時もより伸びない。背筋が縮んでいるからで
す。此処から数分間無理をせず気を足首に向ける。背中を丸めずに背筋を伸ばしていれば、自然に伸びます。

此れで治ってしまう。椎間板ヘルニアではレーザー治療が行なわれるが、首痛で整形に駆け込んだ患者が11日後に死
去した事が06/12/20日の読売テレビで報道された。二つの病院はアフターケアにさえ無責任と言う。

▲孤児院・・・・・・大正時代、宮崎の医師、石井十次は、福祉など社会制度が未熟な時代に岡山からスタートして独力
で3000人の孤児を預かり、彼らの養育を継続したが惜しくも48歳の若さで亡くなった。其の偉業を石井友愛会が今も引
き継いでいる(読売テレビの「今日は何の日」より引用)。

▲越の国・・・・・・

■古写本・・・・・・ユダヤキリスト教の旧約・新約聖書なども最初はパピルスに書かれていた。従って何度も書き換えら
れた写本の、其のまたコピーである。洋紙に書いた本などは数十年で粉になってしまうが、記紀のような文献でも古写
本である。和紙に書かれた文献でも数百年で劣化してくる。

だから古い文献は現存し難いが、安土桃山時代以前の室町時代の文献は古写本と言って珍重される。

▲小正月・・・・・・旧暦の正月は新月に合わせた節目であるのに対して、小正月は15日と決まっているように、満月行
事でした。ただ此れ(正月、小正月)を西暦でしても満月とは限らない(意味が無い)。さて冬の満月は夏のお盆の逆の
時期の、似たような行事である。つまり何れも月を愛でる行事です。

なので例えば小正月には粥を炊いて繭玉餅を飾ったり、野外ではとんど焼き(寺社の左義長)をする。或いは村外れに
歳(賽・塞)の神を祭り、酒一升を上げ、豊作を予祝して古いお札を焼くなど色んな行事も伝えられて来た。

また果物の成る木を粥杖で叩いて「今年も不作なら切ってしまうぞ!」と脅す人と、木に代わって「成ります、成ります」と
答える人とがワザと共演する「成木責め」などの外、粥杖で妊婦となる若い女性のお尻を打って多産と安産を予祝する
風習を伝える地方も有る。

五十音・・・・・・アイウエオの五十音は父音と母音、または母音と子音と言う形で陰陽関係であり、しかも五行の哲理
によって縦横に組み立てられており、つまりは其の底盤に「陰陽五行」の哲理があった、と推定出来ます。世界広しと言
えども、こうした理念で構築された言語は他に類例が無い。

しかも誰もがこうした五十もの言辞を明瞭に発音出来るようにして来た文化は日本独自の高い精神性を示すものであ
る(「琴」を参照)。

五重塔・・・・・・京都・東寺の五重塔は仏教建築であるが、その美しさから観光名所となっている。五重塔は美しい
だけではなくて日本特有の木造建築として完成された建築物である。しかも奈良の法隆寺は7cに建てられて何度も地
震に遭いながら1300年間守られて来た世界最古の木造建築物として世界遺産にもなっている。

地震に対する耐震性について最近、都大が奈良市の高さ21mの五重塔に地震計を設置して調べた所、二度の地震
に対して軋み、くねくねとしなりながらも其の柔構造でビクともしなかった事を確認した。其の構造の特徴は、心柱が床
から離れている事と、特殊な組み物であったと分かった。

しかも各層の床の梁が放射状に組まれていて、それらが地震の衝撃を分散する構造だったため、エネルギーをバラン
ス良く吸収する、弱点のない強い木造建築になっていたと言う(NHK総合TV、05/2/8)。木造建築は千年の耐久
力が証明されている。

所が洋式建築基準法はこの様な和風木造建築を拒否・否定し、鉄筋とかコンクリートの強度主義でゴミ建築しか許可し
ないのである。

五重塔の意味-------何故「五重」なの?---以下、「ヤフー知恵袋」の回答から転載する(回答日時: 2008/4/22 
13:27:37)----あー其れはネ、フタエやミエでは困るからです。ヨエも締まりがない。その点でゴエなら五行・五大の理に
適うからです。

墓石の五輪塔も上から空・風・火・水・地を意味するキャカラバアと梵字をいれて、この地に鎮まるように祈る。五重塔
の下にもシャリ(遺骨)が納められています。そして大日如来を祀り、あーん(ナム)、またはアビラウンケン・ソワカと唱え
る。そう、先ほどのキャカラバアを逆に読む事になる。

そうすれば死の魂もやがて自然と一体化するように祈る事になります。そうすれば、やがてシャリから離れて水に溶け
たり風に乗れるように浄化して行くんですネ。其れが縦の意味です。次は横の意味も言おう。其れが先の五行です。心
柱を中心に四方になっています。四方は東西南北ですネ。日が昇りまた次の日も日が昇る。

なので年中毎日ではなくて、一定の方角、つまり命日に此処で祀って次の蘇りを願って五重塔としたのです。

★胡人・・・・・・・ソグド(別項参照)人。中国の反日的な胡錦涛主席もシナ人ではなくてコジンの系統なのだろう。

個人情報保護法・・・・・・個人情報を保護しようとする結構な法律である。しかし金融機関や色んな企業は真っ先
にお客のハンコを取りに回った。顧客に「金融庁からのお達しで・・・」と書類にハンコを求めてくるが、細かい事をギッシ
リ書いて、其れにハンコを捺せと言う訳です。

だが此れは寧ろ情報を管理すべき彼らが先ず書類にしたためて、ハンコを押して顧客に届けて顧客に対して義務を負
うべきものであろう。だが彼らは、其れを知りながら我武者羅に自己の業務の保身だけを図って逆に顧客からダメ押し
のハンコを取ると言う業務としているのだ。ソンナにまでして儲けたいのだろうか。

些細な事で喧嘩するほどの事もないと思うお客は黙って捺印した筈である。だがその後、各地で個人情報が大量に流
出する事故が相次いだ。しかし其の銀行が大量流失をしても顧客には何の連絡も報告も弁明もお詫びもなく関係者が
処分されたと言う話さえ聞かない。顧客に尋ねられてもシラをきる。

今の世の中、こうした逆さ事を平気でする頭がおかしい連中が自分の都合だけで仕事をしているようである。こうしたの
も国の愚策の成果である。例えば近代法は無意味な法律を大量生産し続けているが、中でも此れは典型的な無意味
な法律である。

実際、各地のお役所も銀行や家電・インターネット関連会社に負けずに住基ネットから流失事故を続けているが、「改
善する」と言うコメントだけであって此の法律で責任者を処分したと言うニュースがない。

或いはパソコンや携帯を買い換える際も電気屋は責任を負わない。一切不明だから彼らの良心に期待する外はない。
客自身が自分でデータを消去出来る人は限られている現状にあるのに、何をどう誰が責任を持って保護すると言うの
だろうか。結局、此の法律はなくても良い法律とは言えないか(情報公開法を参照)。

御神体・・・・・・・神様の依り代。例えば「三種の神器」も此の御神体である。此れには鏡、勾玉、剣などがある。
もっと大きな御神体では岩倉(岩境・磐蔵)とか神山と言われる所もあり、此の場合は古墳である事が多い。神の依り
代とか其の方の由緒のものが御神体であり、今では其れらの一部が文化財になっている。

だが例えば鏡は現代社会のミラーと同一の意味・用途のものでもなく、観測器具でした。此れは、平面に置いたもので
あり、其れを人が「屈んで見た」ので「屈み」と言ったのです。要するに反射するミラーではなく、水準器、方位羅針盤、
暦盤、分度器などを同時に満足す実用品が神器でした。

日本人は長い間に其の事を忘れさせられて来ました(「カゴメの歌」を参照)。其の為、今では鏡とミラーとを同一視して
いますが、本来は別の物でしたから、ミラーを戦前までは「鏡」とは言わずに、「姿見」と言った訳です。従って鏡は、ブラ
下げて自分の顔や姿を反射させて見るノッペラボーのミラーとは全く違って、平面に置いて「屈んで見る」神器でした。

何れにせよ、本来の鏡の表面は銀面ミラーではなかったのですが、考古学では古墳から掘り出した鏡の表裏の意味も
上下の見方も分らない。にも関わらず其れに恥じる事も無く多弁を弄し、表を逆に鏡背(裏)と言い、その用途は「化粧
道具、或いは古代祭祀に使われたもの」とか「王権のシンボル」と言って来た。

ですから真実から離れるばかりとなっています。さて記紀の日本神話や天皇の「三種の神器」の筆頭にはヤタの鏡
有ります。此れについても従来から多くの解説がなされて来たが、全て誤解による古事付けと類似の孫コピーであるか
ら、何の参考にもならない。ヤタとは大きさではなくて八方を意味したのです。

カガミを「鏡」と書くのはガラスではなくて金属である事を意味し、また鏡の項目で述べたように鏡の字は「境目がある」
事を示しています。其れを敢えて無視した解釈を定説とするのは何れも宗教音痴であり、従って祭祀の何たるかを知ら
ずに講釈して来たものと分かる。では神社関係者なら真実を知っているか、と言えば矢張り知らない。

知らないから各地の神社では御神体として鏡を立て掛けている。或いはお尻を向けて見せびらかすようにピカピカさせ
て澄ましているのですから矢張り駄目です。更に最近は何処でもヒモロギと言う作り物にぶら下げています。此れは首
吊りの状態を曝け出している訳です。何度も言うように鏡は太陽の暦盤でした。

所が神武天皇以後の天皇名(和名)にはタラシの名の付く天皇や皇族が多いが、其れは他国の「鏡を垂らした」事(征
服)を称えた称号でした(「タラシ」を参照)。彼らは鏡による正しい日本の暦法を奪う事で、古来続いて来た祭り事を奪
い、月の神の商品作物である稲作・米穀本位制の新たな支配体制に日本を作り変えた悪者たちでした。

其の仕業が「鏡垂らし」でした。古式による精緻な日鏡を没収して鋳潰し、その代わりに暦盤としては全く使えない代物
である三角縁神獣鏡などに改鋳したものにスリ替えて、稲作のための月の暦への改暦を繰り返した。そんな無法な大
和朝廷に無条件降伏した形を今もそのまま全く無頓着に神社で伝えているのが鏡タラシの様式です。

とすれば此れは立派と言うより迂闊と言うべきです。祭りに要する最も肝心な御神体である鏡の真の用途を知らないの
であれば、其の神社ではマトモナ祭式が出来る筈もないからです。だから此処で正解を述べる訳だが、本来のカガミの
用途は多用途に使える万能の器具だった。

例えば天文観測でとして使う場合は、水平に置いて水を満たして水鏡とし、太陽光を戴いた。其れが「日受け」で
ある。同時に此れは水準器と方位盤・羅針盤・分度器であり、周囲の目盛で方位を知り、月日のコヨミをすり合わせて
数えたのです。

また夜間には裏返して全天の星座や月を鏡に写し、方位との誤差を読み取って月日を数えたものです。何のためかと
言えば、無論、正しい暦に基づいて祭りの日を聖定する目的からでした。また其れは当然測量器としても使われた。故
に鏡は神器の筆頭として古くから尊ばれて来たのです。

だが、タラシ王朝から日本の暦法の簒奪が繰り広げられて鏡が悉く奪われ、鋳潰されてしまった。その代わりに三角縁
神獣鏡など、偽物の鏡が広まるにつれて、和暦(真の太陽暦)が忘れられ、渡来の仏教暦が一般化して行った。悪貨
が良貨を駆逐するのは何時の時代も行われるが今の円札も同じである(「カゴメの歌」、「円札」を参照)。

▲こす・・・・・・
▲ゴス・・・・・・
▲ゴスペル・・・・・・黒人音楽。力強くてリズミカル。

コスタリカ・・・・・・南米の小国。かって国策として牧畜を広めたので、牧草地ばかりとなり、森がなくなった。其の反省
から今、森の再生を目指して豊かな国になってきた。


牛頭天王・・・・・・日本ではスサノヲノミコトを牛頭天王として祭る神社が各地にあるが、其処にしても祇園の八
坂神社にしても家畜の牛とは直接関係しない。日本では牛が神や如来や菩薩になるのではない。牛の守護神として人
が大威徳明王を選んだ。この明王は五大明王の中で西に位置して無量寿仏として六足尊とも言う(牛を参照)。

因みに星座の牛宿は28宿の一つで山羊座の中の第二星を中心とする6星、其の中に牽牛(いなみ)星がある。また仏
教で牛頭(ゴズ)とは牛の形をした地獄の番人、または陰険凶悪な者の喩えとした。ただ牛頭天王とした場合は祇園精
舎の守護神とした。こうなると真実が不明であるからやや詳しく見て行こう。以下引用する。

先ず@新羅の牛頭山は別有山、義湘峰とも呼ぶ。しかし、義湘峰(1046m)は牛頭山の9つの峰の1つに 過ぎない(新羅
を参照)。

牛頭山は日本開国神話に関する伝説の山であり、義湘峰は新羅文武王の時に 義湘大師が過去世と現世で参禅した
所という意味であり、義湘大師の名を借りて山の名と ...(www.geochang.go.kr/jpn/open_content/ tourist_spot/climbing_
road03.asp - 22k - より引用)。

次にA「ソシモリ」が古朝鮮語の読みで牛頭であったならば、牛頭山に比定されるのは不自然ではない。牛頭天王と素
盞嗚尊が記紀編纂の ... このクマーリーを祀った有名な寺が南天竺のインド 最南端のコモリン岬にあり、ここの牛頭山
のルーツであるマラヤ(摩羅耶)山があるとのこと。 ...
 
摩羅耶山という牛の頭に似た山から出る麝香に似た香りの万病薬がある。此の山の栴檀(せんだん)から製する牛頭
山と言う薬が熱病に効くのでこの栴檀を 牛頭と呼び、山を牛頭山と称し、鎮座する ... また韓国江原道春川には牛頭山
があり、 熱病に効く栴檀を産した。

出雲国で八俣(やまた)の大蛇(おろち)を退治し、櫛稲田 (中略)
牛頭天王(ごずてんのう)素盞嗚尊・・・・・摩羅耶山という牛の頭に似た山から出る栴檀(せんだん)が熱病に効くのでこ
の栴檀を牛頭と呼び、山を牛頭山と称し、鎮座する神様を牛頭天王とする防疫信仰が生まれた。

蔵王陀羅尼経(ざおうだらにきょう)には「癘鬼(れいき)を縛撃(ばくげき)し、疫難(えきなん)を禳除(じょうじょ)す」とあ
り、神道集では牛頭天王は天刑星、武塔天神、天道神とされ、天刑星は道教の神で疫神をとってくうとされる。

一方、北天竺の大王は黄牛の顔で鋭い角があり牛頭天王といわれ、南海の龍王の第三王女を妻にせよ、との天示に
より旅に出たところ、南天竺の巨旦(こたん)大王の国で一夜の宿を乞うたが断られ、奴婢の娘に教えられた蘇民将来
のところへ行くと、貧しいながらも精一杯のもてなしを受けた。

無事、龍宮に着き、妻を娶り、八王子を得た牛頭天王は巨旦大王を滅ぼしに行き、蘇民将来に「自分は行疫神となる
が蘇民将来の子孫には害を与えない」と約束して防疫の方法を教えた、という行疫の伝説もある。

曽尸茂梨(ソシモリ)の所在は、戦前の朝鮮江原道春川の、牛頭山曽尸茂梨のところと説かれ、青田 東伍博士はその
著「日韓古史断」 ... 新羅牛頭州は則ち今の江原道春川にして、その牛頭 山曽尸茂梨の処なり. と断じ、姉崎文学博士
も戦前の、三省堂新修百科辞典に( ...www.clovernet.ne.jp/~m_hotta/siryou/3-5.jtdより引用)。

B素戔鳴命・・・・・社伝によると八坂神社は斉明天皇2年(656)高麗(こま) より来朝せる調進副使の伊利之使主が新
羅国牛頭山にます素戔嗚尊(スサノオ ノミコト)を山城国愛宕郡八坂郷に祀 り、八坂造の姓を賜ったのに始まる。伊利
之使主来朝の事、又素戔嗚尊が御子、五十 ...(中略)。

素戔鳴命(スサノオノミコト)は、古事記では姉である天照大神の所有田で悪戯を行ったり、大雷雨を降らせたりする神
として描かれ、日本書紀では「新羅国(しらぎのくに)に降到(あまくだ)り曽尸(ソシ)茂梨(モリ)に居(ま)します」とあり、
韓国語でソシとモリはそれぞれ牛と頭を意味し、また柱と頂点をも意味し、これは鉾の形態に通ずる。

また韓国江原道春川には牛頭山があり、熱病に効く栴檀を産した。出雲国で八俣(やまた)の大蛇(おろち)を退治し、
櫛稲田姫命(くしなだひめのみこと)を妻に娶り詠んだ「八雲立つ出雲八重垣妻ごめに八重垣作るその八重垣を」は、
わが国最初の和歌三十一文字といわれる。

備後国風土記では南海を旅した武塔神が蘇民将来の暖かいもてなしに対し、吾はハヤスサノオ神で疫病流行の際、
蘇民将来の子孫といえば免れさせる、と神約した。伊呂波字類抄には北天竺の吉祥園の城主は牛頭天王といい、又
の名を東王父を父、西王母を母の武塔天神といわれ、龍王の第三王女を后として八王子を生んだとある。

わが国の神話による素戔鳴命と牛頭天王、武塔神とは本来同一神ではないが陰陽道と混ざり、神仏習合された。
(www.kakkyo-yama.org/gionmatsuri_02.html - 9k より引用)。

C八坂神社・・・・京都市民からは親しみを込めて「祇園さん」と呼ばれる八坂神社は北緯35度線が通過する四条通の
東端、東山の地に南向きに鎮座し、主祭神は素戔嗚命(すさのおのみこと)、櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、八
柱御子神(やはしらのみこがみ)を祭る。

祇園祭りは7月17日の神幸祭、同24日の還幸祭の中御座、東御座、西御座の神輿に神霊が移される。古来、牛頭
天王を祀る祇園社といわれ、仏教色の濃い社だったが明治の神仏分離で八坂神社となる。

八坂とは山城国(やましろのくに)愛宕郡(おたぎぐん)八坂郷(やさかごおり)の地名で、祇園坂、長楽寺坂、下河原
坂、法観寺坂、霊山坂、山井坂、清水坂、安寧坂をさし、天慶5年(942)に奉納された「神風の八坂の里と今日よりぞ
君か千歳をはかり初むる」の歌もある。

斉明天皇2年(656)の創建といわれ、7月の祇園祭と大晦日の白朮(おけら)詣りが有名。境内には蘇民将来を祀る
疫神社、北向蛭子社、美御前社の他、数柱の末社があり、本殿。西楼門、北向蛭子社、南楼門前の石の鳥居は重要
文化財。本殿は龍神の池の上に建ち、二条城南の神泉苑とつながっているという。

また、四神相応の青龍の位置にありこれらのため、祇園祭の懸装品には龍の図案が多く用いられている。北に知恩
院、青蓮院、平安神宮と続き、東の円山公園は桜の名所。南は東大谷、八坂の塔、高台寺、清水寺、西大谷へ。西側
は祇園の歓楽街と観光には事欠かない。四条通突き当たりの西楼門が印象的だが、正門は南楼門。

神紋は五瓜に唐花紋、三つ巴紋、祇園守紋で五瓜に唐花紋はキュウリの切り口に似ていることから八坂神社の氏子
は祇園祭中はキュウリを食べないという言い伝えもある。

また粽(ちまき)については、素戔鳴命と牛頭天王の伝説から、蘇民将来の子孫は疫病から免れられ、その目印に茅
の輪を付けさせたことが起源とされ、「蘇民将之子孫也」の御札が添えられる。古代中国では五月五日の端午節は最
も災難に遭いやすい日とされ、この日の厄と邪気を祓うため、米や餅を茅萱で巻き上げた粽を作っていた。

奈良時代にわが国に伝来してからは神仏に供えられ、後に魔除けや疫病除けに飾られたり、祝いの日の食物になり、
旧暦五月五日の田植え祭などで広まった。使用される葉は茅、茅萱、真菰、蘆、菖蒲、栴檀、月桃、笹などで、形もさま
ざま。

祇園祭の厄除けの粽は和菓子の「ちまき」の形だが一年の厄除けのお守りのため、笹を解いても何も入っていない。
各山鉾で由来に因む縁起物が蘇民将来之子孫也の御札と共に添えられ、郭巨山の小判、黒主山の桜、太子山の杉
の葉、霰天神山と保昌山の梅の花などが有名。

寄進を受けた山鉾町は笹で粽を作り、厄除けのお守りとして返礼する。玄関に吊るされ一年の役目を終えた粽は授与
された山鉾に返納するか、八坂神社の納札所に納めるが、節分に地元の社寺に納めてもよい。

八坂神社すなわち祇園さんの御祭神は、スサノヲノミコト(素戔嗚尊)・クシイナダヒメノミコト(櫛稲田姫命)・ヤハシラノミ
コガミ(八柱御子神)です。素戔嗚尊は、『古事記』では「須佐之男命」、『日本書紀』では「素戔嗚尊」と表記されており、
神話では天照大神の弟神として語られています。

天照大神は天神(アマツカミ)の代表、素戔嗚尊は地祇(クニツカミ)の代表的存在として崇敬されています。特に素戔嗚尊は、
母の死に慨き悲しみ、あるいは天照大神との勝利に驕り、さまざまな罪も犯しましたが、高天原からの追放という悲境
に自ら雄々しく立ち向かい、遂にこれを克服して、善悪を超えて彼岸に到達したわが国最初の英雄神でもあります。

素戔嗚尊こそが、日本神話の中で一番個性的で魅力的な神であるともいえます。それというのも、現に素戔嗚尊を祀
る神社は全国に数多く存在するからです。天照大神よりも圧倒的に多いのではないでしょうか。その多くは、「祇園さ
ん」、「天王さま」、「天王さん」と呼ばれて親しく信仰されています。

平安時代のはじめ頃、都に疫病が流行して、多くの人々が死に絶えました。近年、病原性大腸菌O157が猛威を振っ
たり、最近では狂牛病や炭疸菌の不安の恐怖に悩まされていますが、昔は、疫病の流行は大災害でした。

この災厄の発生を政治的に失脚して処刑された人の怨みによる崇りであろうと考え、はじめはこの御霊をまつったので
すが、怒りは治まりませんので、より強い神仏が求められたのです。この怨霊(御霊)を退散せしめることができるのは、
素戔嗚尊のような、偉大な神格の神に頼るほかないと、祇園社に祀られているこの神に祈ったのです。

怨霊は御霊(ゴリョウ)といい、これを退散させる祭りを御霊会(ゴリョウエ)と称し、貞観7年(865)6月7日にも行われたことが
『三代実録』に記されています。そこには、京畿七道の諾人、事を御霊会に寄せ、私かに徒衆を聚め、走馬騎射するこ
とを禁ず。小児の聚戯は制限にあらず。

とありますから、それ以前より随分盛大に行われていたことと察せられますが、祇園社の名ではっきり記されているの
は『祇園社本縁録』で、貞観11年(869)6月7日のことです。神泉苑に矛66本を立て、祇園社から神輿を送ったとされ
ています。これが祇園祭のはじめでした。

そしてまた、祇園の神である素戔嗚尊は、インドの釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神であるゴヅテンノウ(牛頭
天王)ともされていました。牛頭天王という名は、新羅に牛頭山という山があり、熱病に効果のある栴檀(センダン)を産し
たところから、この山の名を冠した神と同一視されました。

それというのも、素戔嗚尊は、新羅の曽尸茂利(ソシモリ)という地に居たとする所伝も『日本書紀』に記されていまして、「ソ
シモリ」は「ソシマリ」「ソモリ」ともいう韓国語で、牛頭または牛首を意味し、韓国には各地に牛頭山という名の山や牛頭
の名の付く島がある由です。

さらにインドの密教や陰陽道の信仰とも混じりあって、神仏習合の形で祇園信仰が広まりました。つまり祇園の神とい
えばわが国固有の神道と、インドに成立した仏教と、中国の道教等の習合によって生み出された、まことに国際的な神
さまなのです。

祇園祭が始まったのは、平安京が定められて、都市化が進んだ貞観11年ですが、祇園さんが鎮祭されたのは、それ
よりさらに古く、奈良時代以前に遡ります。記録の上では詳らかでありませんが、斉明天皇2年(656)高句麗の使、伊利
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