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http://hijiri.tamajiri.com       「日知り事典」 page113.html  (未定稿)


    日知り事典      日本〜日本の


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●日本・・・・・・・ネパールから来日して驚いたのは、日本の空港が明るく感じた事でした。また日本人は皆同じリズムで
流れているように感じました。至る所に時計が有った事にも驚きました(06/10/13のラジオ深夜便より引用)。確かに時
間を気にして昼時には一斉に食堂に飛び込みます。

だから朝晩にはどうしてもラッシュになります。仕事の約束も次の日曜日を避けて月曜にするのです。皆さんが忙しそう
にしてすっかり落ち着けない国にしました。狭い日本にもしチベットがあれば変われるのかも知れませんが・・・・

ニホンかニッポンか・・・・・・・日本人とか日本国憲法と言う時に「ニホン、ニッポン」の何れが正しい読みなのか途惑
うと言われる。其れに日本橋とか、日本航空、日本テレビ、日本たばこ産業・・・・・等。日本文化とか「日本書紀」も分か
らない。漢字にも漢読みや呉読みがあったのを未整理のまま来たからです。

日本政府とか日本国憲法についても、法的には読みまで決めてはいないが、文部省時代には「ニッポン」と決めた。ザ
ビエル時代にはヤポンと呼び、南支ではズィーペンと呼んだのを聞いた西洋人が日本をジャパンに変化したとの説も
有るが無論色んな説があって良いのですから此れだけが真実と断定する必要もない。

確かではないが日本の国号については、日本書紀の時代に文武天皇が701年に日本とし、710年に日本国を成立さ
せた経緯がある。この当時は「ひのもと」と読んだ筈である。

★日本銀行・・・・・・日銀。明治15年創立。天皇陛下が大株主の日本の中央銀行。国庫金の取扱、銀行券(円貨)の発
行を行う外、金融の中枢機関として金利の設定などで金融緩和や引き締めの操作を行う。しかし裏では横浜銀行を通
じてスイス銀行に直結し、また06年には福井総裁が村上ファンドに投資していた事が露見した(ヘッジファンドを参照)。

日本建築(定型)・・・・・・・・日本の建物は瓦屋根に白壁の木造建築と決まっていた(和風建築を参照)。材木が豊富
にあったからです。ただ地震国ですから基礎に石ころを置いて、其の上に柱を立てて、重たい瓦を屋根に載せて重心
を上げるのは良くない。

此のため、基礎と瓦葺様式が朝鮮から渡来する以前の日本では掘っ立て柱の建築様式でした。掘っ立て柱なら地震
に強く、屋根を草葺や桧皮葺きにして置けば、屋根が軽いから被害が少なかった。瓦よりも夏涼しく、冬に暖かでした。
そして日本は御堂(別項参照)のような規格品で建てた。或いは庶民の家は皆同一規格だったと思われる。

武家は武家風、寺も四天王寺形式など一定の様式があり、特注形式は無用だった。従って遷宮の場合も、柱を引き抜
いて解体し、簡単にバラして新宮に移設した。定型化していた事と、同じ素材の材木でリサイクルした為にゴミが余り出
なかった。しかも法隆寺のように木材は耐久性が1000年以上有る。

其れに比べると今のコンクリート、ガラス、プラスチック、金属を多様に使った建物で首都移転しようとすれば殆ど無理
です。

日本建築(法的問題)・・・・・・・・優雅な佇まいを残す奈良の東大寺や法隆寺の五重塔、其れに吉野の蔵王堂は
木造でしかも1300年も耐えた日本の建築物である。其れに対して日本の建築基準法は木造に対して厳しく、逆に西洋
建築には甘い。このため街は無機質のガラスとコンクリートの建物で埋め尽くされた。

他方、日本列島には豊かな森があっても木材が活用されずに死の山になっている。確かに大都市は大東亜戦争の時
に焼夷弾によって焼け野原にされた。よって戦後は、鉄筋コンクリートが「半永久」と言う信仰の触れ込みもあって大歓
迎された。でも日本は地震国である。その時にガラスとコンクリートが凶器に変わるだろう。

降雨量も地震も少ない大陸ではコンクリートが長持ちするのかも知れないが、日本のような気候風土の所では50年と
持たない。だが例えば宅地造成法では石垣を許可しないで間地石積みか擁壁ならOKとする。しかし其の実績は殆ど
ないのに比べて、昔ながらの熊本城の石垣は400年も持っているのですから事実と法律とが逆様です。

とすれば、日本の都市防災と森林の維持を図るためにも今の建築基準法は即刻全面的に改正すべきである。今、京
都には年間4500万人が訪れるが、其れは京都タワーやビルの町を見に来るのではない。だが京都の町家はどんどん
減っていて昔の面影がなくなりつつある。

如何に観光客や京都の人たちが「京風の町家が良い」と認め、守ろうとしても、先の建築基準法や消防法が邪魔をし
て建て替えさえ出来ないために雑居ビルの街に変貌してしまった(京都については06/5/26のNHK総合TVより引用)。
京都に限らず日本人の多くが和風建築に憧れ、新築する場合は制約があっても最低、畳だけは残して来た。

余裕があれば床の間を設え、障子や襖や鴨居と廊下も残した。こうして何かを伝えなければ日本文化は洋式ビルとコ
ンクリートとプラスチックゴミの中に埋没するだろう。

日本国・・・・・・・日本は3000年続く天皇家を中心に据えた国である。大陸の皇帝は城壁に囲まれた完全防備の
都市を造り、また強大な軍備と外国と婚姻関係を作り、スイスなどに預金してイザと言う時には高飛び・亡命するが、天
皇の宮は元々質素で簡素な四畳半の御堂であり、海外に逃亡した事もない。

従って国民も質素・倹約で工夫して慎ましく平和に暮らした。士族もまた質実剛健を旨とした。戦前戦中は配給制の
中、窮乏に耐えてアジアのシナ、朝鮮のために金品・物資を送り、軍人は血と汗を流して白人の横暴から守ろうとした。
今の浪費志向の日本人とはまるで逆だった。

日本はこのような国ですから海外でも世界一高く評価され、親しまれ信頼されているのであって何も孤立していない。
古来、アジアには「日本に手を出した国は滅びる」と言うジンクスが有る。卑近な例を見てもモンゴル帝国が頂点に達し
た時に元寇として日本を襲ったが、間もなく草原の露となった。

元の後にシナには満州族の清国が建ったが、日本と争って日清戦争になり、此れに破れた。日本が「せめて満州国と
して残そう」と努力したが、其れさえ中共は邪魔をしたし米国に内通して来た。其れは後に毛沢東も認め、蒋介石も認
めた。

ロシアも三国干渉とその後の日露戦争の結果、ロシア革命で滅んでソ連となり、一時は東西の東の大国となったもの
の其れも崩壊してロシアになった。従って大東亜戦争を仕掛けて原爆を落として日本を悪者にした米国も早晩滅びる。
今の中国も米国と同様の戦争犯罪者だった。其れを逆に日本にナスリ付けて来た。

其の事を隠蔽するため反日を煽り続けるなら確実に消滅するだろう。

日本三大祭・・・・・・・祇園祭、天神祭り、5/11の神田祭(神輿100基宮入)、山王祭、三社祭、葵祭り、長崎くんち、札
幌雪祭り、青森ねぶた祭り、岐阜・高山祭り、阿波踊り、仙台七夕祭り、長野・野沢温泉の道祖神祭り、博多どんた
く、・・・・・・・など、時代や地域によって定義がマチマチである。無論、時代や地域によって主となる祭りは違って良い。

またこの外に日本三大曳山祭り、日本三大火祭り、三大奇祭などもある。

日本史・・・・・・・今は何事も平等を言う時代であり、国連の議決権も原則として一国は一票です。だが国際間に於い
て、永い歴史を持つ国と浅い歴史しか持たない国とは本来対等ではない。大人と子供と同じである。今でも独立した国
に新政権が出来た場合は外交関係で苦労する。其の点から見れば日本は05年現在、2664年の歴史がある。

其れに対して中国は4000年の歴史を言うが実体はない。シナには各時代色んな政権が出来て色んな国を雑居させ
たが、中国と言う国はなかった。今の政権は56年であり、北京オリンピック後も存在しているかどうかさえ心配される
国である。因みにアメリカは222年、イギリスは400年だがハッキリしない。

ロシアはソビエト時代を含めても83年であり、ドイツはプロイセンから190年、フランスはナポレオンから201年目を迎
えた。だが問題は日本人自身が今は「大化の改新」以後の歴史しか認めない。此れが賢民と言えようか。しかも今に
伝わる日本史は稲作民の国家の歴史文献である。だが日本には元々山の民や海の民の方が多かった。

其れが総て抹殺されたのか、もしくは山や海では平和だったのに対して、渡来して日本で稲作をし始めた人々が欲が
深いために土地と水であい争う事が多く、その記録を残すために稲作民と稲作国家が書き続けた役場や寺の史書ば
かりとなっている。こうしたモノだけが日本史の主流となっているが、其れだけが日本史ではないのです。

以下、「一神会」会報06/12/21号より引用すれば、天照朝--不合朝--神倭朝となる。神倭第11代祟神天皇の御代より
次第に闇の世になる。イエスキリストは磔の刑を逃れて日本へ帰って来て恩返しの為に皇大神宮の為に活躍した。日
本武尊は波乱万丈の皇太子で暗殺された。聖徳太子は形の無い宝物・十種の神宝に気付いて暗殺された。

マホメットがアラビアより修行に来た頃の日本の皇室は乱れきっていた(以上引用)。

所が戦後は其の日本史が否定された。日本には多くの優れた国民がいて日清日露と戦い、太平洋戦争では白人たち
をアジアから追い出しました。惨敗したとは言え、日本の犠牲によって彼らの植民地を結果として尽く独立させた。だか
ら彼等は日本を決して許さない。其れが戦後の東京裁判と占領政策です。

日本の軍国を支えた精神主義は脅威であるとして、GHQ指令によって神社を規制し、また御用学者が重箱の隅を突
いて日本史を抹殺しました。日本の大化の改新以前の歴史を尽く消しました。古墳時代とか弥生とか縄文とか言うよう
にしました。野蛮な暮らしとか神話としたのです。

でも聖徳太子の遺跡は各地にチャント守られ残されています。従って教科書にはなくても実在した事は幾らでも証明で
きる(神々の歳時記2/1日を参照)。其れに対して諸外国の同時代の人物はどうでしょう。マホメットはイスラム圏でだけ
で守られ認められています。ペルシャのホスロー2世はどうですか。

当時の世界にはフランク王国のクロタール2世だけが存在したと言うのだろうか。漢東の劉黒達、徐円朗、僧吉蔵はど
うなのか。政治色だけで学理の整合性のない官製教科書による教育が国民から信用されなくなり、今の学力低下を促
しているのでしょう。

日本社会・・・・・・・幕末にペリーの黒船に腰を抜かしたものの、日清戦争で大国・清に勝った。だから日露戦争の時
には国民が一体化して勝てた。だが戦後、GHQによって国家も宗教も解体された為、日本人は神仏を見失った。世界
の中では日本が寺社など宗教施設や団体が桁違いに多いが、日本人の宗教心はなくなった。

日本社会は羊の群れの様に集団で右往左往する。其の上、バックボーンを抜かれた為に日本社会は意見の一致がな
く、社会が混沌として個人間でも家庭内でも会話が絶えて不和不和の状態になった。会社の命令では動くが、損得に
無関係な世間の中では隣近所でも挨拶さえしなくなった。いや隣人が誰かも知らない。

この様に損得以外は無関心な社会となった。マッカーサーの予定した以上に日本社会は骨抜きになった。其の隙間に
犯罪が急増して悪人が大威張りで幅を利かし、足で踏みつける。その下で善人が泣いて忍従する社会にしてしまった。
悪人とはコソ泥ではなくて巨悪・お役所であり、其の後ろで糸を引く見えない敵である。

日本書紀・・・・・・・日本の古典の1つ。GHQ史観によって記紀の権威は全く失墜させられた。よって戦後日本人の
多くは記紀を官制の史書として疑問視した。しかも其れより外典を尊び、キリスト教史観の西洋史を絶対基準にして、
或はシナの魏志倭人伝など矛盾する史書を借りて日本史の部分的箇所だけを論って学問として来た。

しかしそうした外典は例えば年月日についての記載がない。地名についても確かめようが無い。宗教書としてはローカ
ルの聖典であっても世界史とは言えないし、文学書や読み物としては使えるが、歴史書としては数段落ちると見なけれ
ばならない。其れに対して06/12/6日の朝日に拠れば、日本書紀は天文書でもあったと言う。

例えば643年の月食は日本では見られない筈のものだったが、628年から681年の5回の日食、そして月食と火星の
食、更に684年のハレー彗星など6ヶの彗星も中国の記録と一致したと言う。中国も同時代は天文に関心が高かった事
になる(「星読み」が皇帝の仕事でしたから)。

日本人・・・・・・・幕末から明治に日本にやって来た外国人たちは一様に日本人を褒めている。例えば日本人は来
客に対して実に丁寧な言葉や物腰であり、此れは世界一の教養と文化水準の高さであると評し、或いは日本人は世界
一子供を可愛がると驚いて書き残している。戦前に来日した朝鮮人もそうした日本に憧れて来た。

「日本に来て良かった」と言い、「此処に住みたい」と思い、「此処で死ねたら幸せだ」と思った。だが敗戦により一転し
た。戦前の日本は亡びて、日本人は米国の51番目の州か植民地の住人に過ぎなくなった。要するに憲法に仮にも「主
権在民」と謳っているものの何ら実権も主権もない属国の奴隷民となった。

でも「国破れて山河あり」と諦め、臭いものに蓋をして気休めを言い、腑抜けになっても常に「前向き」を口にした。見た
くもない不正を政治と言われ、渡来の学理を真理のように吹き込まれて頭から信じて、皆と同じように、「古臭いものは
駄目」と思うようになった。だから色々と迷うようになった。

年々年をとっているのに何時までも他人よりも「若く」と無理難題を願い、或いは「前向きで行ってね」と他人を励ます。
前に何があるかも知らずに余計なお世話を言う。或いは伴侶であっても喫煙する人なら虫のように嫌い、ペットと暮す。
何かあったら直ぐに相手の心を問題にするけれど、其の他人にもご親切にも「心」ではなく「体を大事に」と言う。

自分もせっせと病院に通う肉体主義者となった。日本人全部がこうしてオバ足り安のワンパターンを異口同音に言って
いれば安心と思うようになった。こうして殆どの日本人が目の前のセックスとゼニカネだけを追って暮しているが、此の
ままでは重大な汚点を温存する事になろう。

極楽トンボで暮らすのも自由であるが、例えば先の敗戦は日本史上初めて経験した前代未聞の事だった。其れも戦後
の復興と経済成長と言う目クラマシによって薄められ、忘却させられてしまった。このため大抵の人が「戦後良くなった」
と100%誤認しているのだから救いようがない。

数字で見ても犯罪急増と人口減少の中、財政は1000兆円の赤字である。此のツケを誰がどのように返すのかを自分
は考えない。敗戦による精神性の破壊と物損、其れに此の借金を誰が精算するのか。其れが無理と言うなら日本は亡
国状態のまま、生きながら死に体であると認める外はないだろう。

植民地化によって日本人全体が既に身も心も黄色いアメリカ人になってしまった。要するに日本人らしい人がいなくな
った。こうした中で、「我こそは日本人だ」と言っているのが棄民され、海外で頑張って来たブラジル移民や其の二世た
ちだ。日本はせめて彼らに後を期待して応援する外はないのだろうか。国内の日本人は気概さえなくした。

中に、極く少数の例外があっても「多勢に無勢」で押し潰されてしまうのが今の日本社会である。この様に今はどうしよ
うもない所に来ている以上、20世紀の世代の責任として此の失点を今直ぐ濯ぐべきであるが、その気はない。その気
になったとしても、何からどうケジメを付けるかが日本人には分かっていない。

金のためにもっと老いるまで働いて此のまま死ぬのか、今とは別の形で子供を育てるか、其れともガツガツ稼いで会社
を今より大きくして死ぬ気なのか。其れさえ判断できない状態にある。ただエゴと惰性で走っている。だから今の日本人
に誇れるものは何も無い。

此れが全体に問われている訳であるが、今から問い直すべきは自分の足元にある先祖である。土台が不明では譬え
摩天楼を建てても砂上の楼閣だ。今は自虐史観と反日の嵐が席捲しているが、歴史的経緯を知れば先の失点も問題
ではなくなる。精神的な土台がハッキリすれば堅固な日本人に戻れる。

人殺しを繰り返し、他国を奪って来た欧米列強(白人たち)と違って、日本人は別の歴史を持つ。自分の欲の為にAA
諸国から収奪の限りを尽くした白人たちとは逆に、日本の先祖たちは自分の血と汗を流して東南アジアを救い守った
歴史がある。其の事実を知れば汚点は消えて、もっと先祖や日本を誇れるだろう。

日本人絶滅計画・・・・・・・このような計画はないと信じたい。けれども昨今の状況を観察すれば、どうしても此処に
行き着くので看過出来ない。よって敢えて一項を設けた。例えば少子化が止まらない。其れについて政府は小手先の
事しかせず、何ら有効な対策を打ち出さなかった。産院も急減しているが、何も手を打たない。

青年の結婚難が続き、また折角結婚しても離婚が続く。だが結婚難を解消する努力もしないし、離婚の増大に対して、
其れを防止するのではなく、寧ろ奨励するように手厚い助成をして来た。こうして見れば、政府や公共機関の施策は、
傀儡政権の如く無策と放置かの何れかでしかなかった。

更に早期診断・早期治療のキャッチフレーズで定期健康診断に足を運ばせた。其処では健保により等しくレントゲン検
査を行なう。病人に対してではなく、健康な人にもエックス線を照射するのです。短時間の照射でも男子の精子が失わ
れてしまう危険性を明らかにせず、健康不安ばかりを煽り強調した結果である。

教育も荒廃した。其れは戦後GHQが神道を排除するため政教分離としたからである。此のため日本人は軍人だけに
戦争責任を押し付けるようになり、バックボーンを失いました。政府は高額な税金を取りながら国の犠牲になった英霊
の遺骨収拾さえしない。此れでは今頃「愛国心」を言っても効き目は無い。

或は男女共学を当然として、今のセックス、スポーツ、スクリーンこそ近代文明と刷り込みました。例えば11月から年末
まで、2ヶ月間も日本人は欧米文化であるクリスマスに現を抜かすようになったが、此れは元々ユダヤの原理(「ベツレ
ヘムの星」を参照)であった。其の狙いを知らずに刷り込まれた結果が今の退廃と事件事故の増大である。

商業主義の仮面と装いをして近づいて、彼ら欧米のイデオロギー(異教性)に日本人をドップリ浸けたのです。無論、北
京政府の反日カードも此の流れの一環である。軍国主義を糾弾する事で、日本から更なる譲歩を引き出そうとする魂
胆であって、歴史的事実ではない。

事実は欧米列強の支配から清国を守り開放する為に日本が日本人の血と汗を出して日本軍として戦ったのである。台
湾とか北京政府は其の恩人である日本を欧米に売って「漁夫の理」により独立に成功したに過ぎない。このため連合
国は、自らの権益である植民地の利権を守る為に日本を真珠湾に誘き出した。

しかも広島長崎に人類初のモルモットとして原爆を投下した。それでも生き残ったので政教分離を敷いてバックボーン
を破壊した。彼らは其れまでの利権の殆どを結果としてすっかり剥ぎ取った日本を決して許せない。日本人は此の地
球上から消えて欲しいと思っている。但し、キリスト教に改宗する者だけは奴隷として使ってやると言う事だ。

例えば彼らは来る2013年にはハルマゲドンを起こす計画(「未来カレンダー」を参照)であり、其れに参戦させる為にイ
ラク派遣の前例を作り、更に全国に空港拡大、自衛隊の防衛省昇格とし、横須賀基地の拡充と海外派兵の準備、憲
法改正など着々と手を打っている。

日本人がいなくなっても不沈空母として、或はイスラエルの植民地として残す為である(「占領政策」、「未来カレンダー」
を参照)。此れについて12/24日に「教えてgoo」で「日本人絶滅計画はあるのか」----と言う質問をした所、様々なコメ
ントが入った。所が其の記事が突然管理者によって削除された。

「教えてBP」「Coneco.net」にも掲載されたものが12/26日に連動して削除が広がった。コメントの多くは否定的な意
見だった。回答者が解答欄を使って回答せず、感情的な否定論を陳腐な解説で陳列した。気に入らない意見は覆面し
て罵倒する。たちの悪い野次を飛ばすか「誇大妄想キチガイ」と言う暴言もあった。

何れも「日本人絶滅計画」が進行中であり、具体的に此処まで既に日本人たちを洗脳したと言う事実を見せ付けられ
た思いだった。欧米文明による汚染の哀れな犠牲者たちのコメントだった。いや今は此の暴論が平均的な日本人の気
持であろう。それでも筆者にとっては名誉毀損である。

だが其れ以上に「教えてgoo」全体の品位を汚すものとなると心配になった。所が「教えてgoo」管理者は此の暴言を吐
く部分の削除ではなくて、「日本人絶滅計画はあるのか」のページ全体をカットしたのである。やや同情的にみても、どう
やら筆者が、クリスマスに対して批判的だった事が原因だったかと。

日本政府・・・・・・・海外の武力国家や経済国家を別とすれば、国家や政府と言うのは古今東西、国家祭祀が祭り
事の基本であり、このため暦法の整備と領土管理が主務でした。天皇が暦に責任を持ち、諸侯(政府・幕府)が領地を
管理し、軍事を司る方式である。しかるに今はどうか。

日本の祭り事を行う機関として明治維新により大日本帝国政府が出来たが、敗戦により此れに代わって其れらの主権
を略引き継ぐ形で戦後に成立したのが日本政府でした。独立国家ならば何処だって祭政一致が基本である。

しかし日本政府がGHQ指令によって政教分離と言う偽善の方便(隠れ蓑)を弄した段階から、祭り事を司ると言う政府
としての資格を半分以上自己放棄した事になる。つまり半人前の政権を表明した訳です。だが国民の殆どが「政教分
離」を進歩した制度と信じて疑わないから筆者のみならず諸外国からも「無信仰」と呆れられている。

戦後は天皇も暦法に関与できず、大陸性のカトリックの暦法をそのまま使って混乱しているのを西暦、即ち太陽暦と称
して見過ごすしかない。国家がよって立つ祖先祭祀と言うバックボーンを失えば、他に寄りかかる存在となり、事実、戦
勝国連合の国連や米国占領下の傀儡政権になっています。

国民サービスとは言っても全くの空言インチキであって、実際は代表者が米国のポチであるからサービスはかの国の
為である。無論、国民の先祖と戦没者を祭る国家祭祀も放棄した。こうして既に日本としてのビジョンも道理もない訳で
すから憲法論議も裁判も欺瞞が多くて一貫性なく、あなた任せ、風任せで支離滅裂となった。

だから民主化と言って見ても、教育も農政も失敗続きだ。祭政一致ではなくて民主化と政党政治を標榜して祭政分離
政策を採った以上は徴税権も半分しかない筈である。にも拘わらず増税を重ねて巨額赤字を出し続ける。国民の苦労
と粘りと努力で辛うじて円札の維持が続いているものの、政治生命60年の今、其の実態は最早「死に体」になった。

こうなっては余命幾ばくもない。「アルゼンチンはかつて公的債務残高が国内総生産の50〜60%で財政破綻した。そ
れに対して日本は160%に達している」(「」内は05/4/1毎日)。

まともに機能しているのは集票システムと徴税機関だけであって、国を存続する外交力も全くなく、また国民への還付と
しての年金制度も欺瞞と破綻である。こうなると軍備の有無などは国家の実力に何の役にも立たない事は、古今の歴
史を見れば分かる事である。何か一つくらい褒められるような事が有れば、国民は辛抱します。

けれども立派なお役人がゴマンといるのに醜態を重ねるばかりなので毎日のニュースにも呆れる外ない。此れまでは
「死に体」へのカンフル剤が何時まで続くかと言う時間の問題であったが、事態は急迫した。イラク参戦で破滅を早めた
のだ。此れに関して三保 平清氏の2005-03-13「桜」掲示板を要約すれば・・・・・・

米国は、「西欧文明の幕引き役」とみています。そして「小泉政権」は「自民党」も野党も含めた「戦後政治の幕引き役」
かと。対米追随でもよいが、その対米追随に哲学がない。「新真政府樹立」というのは、政府としての責務を果たさない
現政府への当てつけ的表現です。しかし「瓢箪からこま」実際そうなるかも。既に人心は現政府を離れ始めている。

その時その受け皿がいる。もう経済政策が・・・という時期は過ぎている様に、小生は考えます。収奪文明の終わり。西
欧とは収奪だった。西欧の経済学は、収奪の理論付けだった(以上)。祭り事を否定した政府はこの際、潔く三権を外
注してはどうか。或は彼らが国民に此れまで「受益者負担・自己責任」を言って来た。

それなら先ず、此れまで積み上げた1000兆円を公務員たちが自腹を切って返してはどうか。其れが自己責任と言う
ものだろう。其れが無理なら全員辞職して、国の業務はソックリインドかアフガニスタンに外注したほうが良い。其れが
小泉さんの政治責任・行政責任の具現化ではないのか。

日本庭園・・・・・・・大昔の日本庭園は幾何学的な形式を基本とした王宮庭園であったと推測する。或いは築山に
池のある古墳の形、つまり弁天島様式の庭だった。つまり朝の庭であり、其処から朝廷と書いた。皇居(宮)を町の中
心に置いた朝廷のある町が都であり、其の後も都の庭を模したのが寺社の庭の基本だった。

それに対して今言う「日本庭園」は太陽を祭る王宮庭園ではなくて諸侯の庭、つまり月を愛でる唐風の様式である。取
り分け今風の其れは室町・江戸時代の庭であり、風流人・古田織部の門下、小堀遠州流の数奇物が主流となってい
る。其の代表例は京風の坪庭、竹垣、犬やらいであり、此れは確かに街を涼やかにする。

竹暖簾も蒸し暑い京都盆地の中でなら、それとなく風の通り抜ける路地を更に涼やかに見せる演出にもなる。谷崎潤
一郎の随筆「陰翳礼賛」が此の辺りにある。この時代はピカピカ光る、目立つものより月の都・唐風、京風の陰影を美
とし、奥ゆかしさと見たのである。

雅な坪庭も日本独自のものではなくて禅寺の石庭を一般の町家の内庭として取り込んだ形と言われる。禅寺は静寂だ
が白と黒だけであり、水墨画のような立石と砂との石庭も無味乾燥である。生き生きとした日本的な陽光(ひなび)や活
力ではなくて、室内的な風流を雅と言い、諸行無常と言った仏教風な隠遁生活の影に浸る感じです。

茶の湯の侘び寂びも唐風の禅寺の観念や作法であり、日本的なものは半分しかないのではないか。次に別の論点を
紹介する。

▲日本の美しさは自然が四季によって変化するからである。このため車で走ったら景色が直ぐに変わる。この変化に
富んだ景色は火山と川によって作られた。自然を恐れ、敬う心得が日本人にあった。神様の依り代が自然であり、庭
は神様に喜んで来て戴くためのものだった。

このため巨石を置いて注連縄を張って、其の周りに石を置いて水を引いた。飛鳥には大陸風の路工(みちのこのたく
み)によって池を掘り、噴水を作った。飛鳥は唐様の方形、平安は和様の曲線の庭になる。つり殿、舟遊び、北に坪庭
を造った。鎌倉から禅風の石組み、そして西方浄土の意味で苔寺・西方寺風の池や橋が造られた。

室町になると洗練された形の和様となり、例えば竜安寺の石庭がある(▲以下は05/12/23のラジオ深夜便から)。
日本庭園は何れも自然のミニチュアであり、其の造形は箱庭様式に滝や池や小川を配した物か、もしくは枯山水だっ
た。其れに対して西欧のガーデンは自然にはない人工的な物を好んだ。

幾何学様式のガーデンなら人工的であっても世界各地で共通の観測に必要な場として発展したと言えるが、噴水を主
としたものになる。神の造った風情よりも、此処では人間の技術や能力を賛美しようとする物となる。

日本刀・・・・・・・日本刀は形質の優秀さに於いて早くから海外に知られて来た。現在は刀を年代によって新々刀、新
刀、古刀などに時代区分する。古刀は慶長以前の作を言う。此れは見掛けより軽い。軽いので使い勝手が良かった。
鉄を鍛えて不純物を叩き出した為に軽くて錆び難い。更に何度も研いで研ぎ痩せしている為に軽くなった。

其れに対してズッシリと手ごたえのあるのは言わばナマクラである(刀を参照)。

日本とは・・・・・・・日本とは文字で示された如く、日の元である。此れを古書では「日のただ射す国」としている。とは
言っても、的を射た解説をした人がないため敢えて一言すれば、その意味は太陽との関係式である。太陽は何処の国
にも遍満し、ただ射しているものの、日本人は此れを正しく受け止める力(方式)を持っていた事になる。

日本の為政者は代々太陽によって暦時・方位を正しく決して、それによって先祖の祭り事を行い、其のような天地一体
化した一貫性の道理によって祭政一致の祭り事をして来ました。其れを別紙の「神々の歳時記」に列挙してある。其れ
に対して今の日本は星読みのニセ太陽暦(カトリック暦)に隷属して社会全体をカオスにしました。惜しい事です。

日本の歌・・・・・・・わらべ歌、小学唱歌、民謡、和歌、都々逸、御詠歌、浪花節、歌謡曲・・・と色々ですが、近年のも
のとしてはNHKラジオの「日本の歌」が有りました。中西礼アナウンサーの名ナレーターで綴られた日本のメロディーは
郷愁を誘って永い間、実に多くのファンに支えられた。あんな良い曲をもっと見習い、広めるべきだ。

今の若者たちが其れを知らないから実に無粋で無機的なニューミュージックなどを音楽と誤解して聴いている。騒音を
音楽と誤解しているのは進歩ではなくて不幸な事である。

日本の危機・・・・・・・以下、引用する。http://www001.upp.so-net.ne.jp/apocalypse2012/crushingJapan.html 「混迷
日本にとどめを刺せ」悪魔(ユダヤ)からの最後通告---ヤコブ・モルガン・著、第一企画出版、1995年刊 ---この本
は今は絶版となっています。第一企画出版という出版社の消息もわかりません。

しかし、この本に書かれている内容は、日本人としてぜひとも知っておく必要があることばかりです。なぜなら、間もなく
日本という国はこの地球上から抹殺される運命にあるからです。そのとき日本人の身の上に何が起こるのでしょうか。
それは本文を読み終えた後で、じっくりと想いをめぐらしてみてください。背筋が寒くなるにちがいありません。

しかしながら、この“現実”から目を背けない心の姿勢が大切なのです。(憂惑生)(「占領政策」、「未来カレンダー」を参
照)。

日本の思想・・・・・・・先祖、即ち神仏と共に暮らす。其れが祭りを通じて暮らした日本人です。日本人の思想は古来
一貫したものがありました。其れが一変したのは戦後です。原因は無論敗戦です。此れは、かつて味わった事のない
痛い経験でした。

其れに乗じてGHQが軍人に責任を着せて処断し、その代りにキリスト教式の観念で日本人を洗脳した。そのための手
段が政教分離でした。戦前は祭政一致の国体でしたから、GHQ占領下の新政権は祭政を分離し、政教分離した上に
キリスト教が支配する体制としたのです。

此れは見事に功を奏して今の日本になりました。此れにより歴史は否定され、バックボーンも抜かれて腑抜けにされ、
律儀だった日本人が全く逆のモノカネ主義となり、1億総商売人の日本が出来上がりました。此れを果たしたマッカーサ
ーは実に偉かった。ノーベル賞ものです。

日本の神性・・・・・・・日本の原点・原文化である。其の具体例を別紙の「神々の歳時記」に列挙した。

日本の底力------例えば日本の総資産は平成18年で2700兆円(平成20/10/06衆議院予算委員会で内閣府の答
弁)。


日本の力・・・・・・・日本には広大な国土も豊富な鉱物資源もないが日本人には知恵がある。広大な国土、多くの人
口、豊富な天然資源のある米国、中国、ロシアなどの国に挟まれて日本が経済大国であり続けている事自体、世界の
驚異である。これは世界に比類ない歴史伝統による善良な知恵の力である。

こうしたのは日本人の高い精神性と工夫する心と努力であり、他国では急に真似が出来ない。例えばシナ風のコピー
文明が今より一層高まろうとも超えられないものである。日本は不幸にして大東亜戦争で惨敗した。其れを自虐史観で
見るのが反日的日本人であり、其れに悪乗りして外交カードに悪用して来たのが韓国と中共政権である。

でも其れは世界の良識から見れば犬にも劣る恩知らずの行為である。日本は300万人の血を流して惨敗したが、結果
としてアジアを白人支配から開放した。其れに対してユダヤ民族を自称するイスラエルはホロコーストをでっち上げてド
イツを封じ込め、パレスチナを乗っ取ってイスラエル建国を果たした。

日本とは全く違って自分のために利用しただけである。韓国や中共政権にしてもロシアにしても、世界のためにどんな
貢献をしたと言うのだろうか。此れからの世界で益々発展が期待されているのは韓国でもシナでもロシアでもない。第
一は日本である。其れに対して韓国、シナ、ロシアは自滅し、そして無論米国とイスラエルは消される国である。

日本の地形・・・・・・・・山間僻地と言う熟語があるように稲作民族に支配された日本は、山間部を無価値と見てしま
った。平野部でしか画一的で平べったい商品作物・稲作経営が出来ないからでした。だが日本の地形の殆どは山間部
であり、其処には多種多様な産物がバラバラの時期に豊かに稔る。そうした特色があった。

とすれば日本の農業の失敗続きを打開するには稲作を禁止する事であり、山間部の地形と自然の力を見直して、もっ
と多様な農作物を栽培する事が自給自足と農業の成功への道ではないか。

日本の知性・・・・・・・日本の原点・原文化である。此れを今のようなモノカネ主義で分析しても誤解となり、誤解で
認識しても批判しても何も得られない。例えば戦前までの日本は精神主義でした。其れが明治以来の殖産興業路線と
余りにも頑なな皇国史観と言う架空の論理で突き進んだ為に武力の大きな欧米の前で惨敗を喫した。

日本は元来、世界一精神性が高いが、其れは神性と知性によるものであって教条主義的で過激な軍国精神ではなか
った。江戸時代まではもっと大らかでした。日本が此の神性と知性と高い精神性によらずにモノカネ主義のカードを持
つ欧米のレベルを真似たために其の精神を歪め惨敗を喫した事になる。

日本が強大な武力と資源や経済力を持つ世界の列強に伍して行くには同じカードではなくて、彼らの最も苦手とする高
い知性と精神性を培う以外に道はない。彼らが一番苦手とする歴史、伝統、先祖、太陽信仰と言うカードを持つ必要が
有るが、今はそれらを放棄し、無信心、無宗教を自慢し、彼らのキャッシュカードに組み込まれているから悲しい。

日本の風習(植物との関わり)・・・・・・・各民族には共通の狩猟文化があるのに対して、日本の冠婚葬祭や雑節
行事には四季の草木が関わっている点で特異性があります。特に日本の天皇が自ら若菜摘みをして来た点は、世界
広しと言えども他の王族にはない。この様に古来、日本人は四季の草木と関わりを深めて来ました。

例えば、正月には松竹梅の松飾を付ける。節分には豆を撒く。桃の節句には桃の花を飾るなど、植物との関係で見る
事が出来ます。秋には菊花を食べたり、ススキを採って月に捧げました。季節によって其の植物(草花)が違って来ま
す。正月には何故、松なのか。常緑樹なら榊や椿もあるのに、特に松を選んだのは正月様を待つと言う意味でした。

其れに対して、シナでも正月を春節祭として行なうが、神を待つのではなくて、逆に追い返そうとします。山からやって来
る悪魔・鬼などをツイナ(追儺・鬼やらひ)をして排除しようと、赤い短冊を書いて門に付けたり魔除けの張り紙をしたり、
爆竹を鳴らして追っ払うのです。

日本ではイザナギのミコトが黄泉の国から戻ろうとした時に、シコメから追われたので桃の実を投げて悪鬼を祓った故
事があり、始めは桃の枝を刺したが、やがて桃の木の板に吉兆文字を書くように変化した。旧3/3日の桃の節句の頃
には桜も咲いているのに何故、「桃の節句」と言うのかと言えば、此の故事に由来するからです。

悪鬼や病が憑かないように桃で祓った。其の前の2/3日の節分は、ヒイラギのトゲを悪鬼が嫌がるからではなくて、出
雲・伊勢・千葉ではトベラを使った。トベラは丸い葉っぱですが、葉がぶ厚いため、先の柊(ひいらぎ)と同様、火にくべ
ると爆ぜる質がある。竹も燃やせば節が爆ぜて爆竹の音になります。

其れに節分には炒り豆を撒きます。豆にも色々あるのに節分は大豆と決まっています。大豆も炒れば音がします。音
で追い払うのはシナの風習です。では鬼の正体は何か。シナでは姿が無い。其れに対して日本の鬼は例えば、作物に
つく害虫でした。其処で農家は田づくりの前に悪鬼除けに「蟲の口焼き」としてイワシの頭を飾った。

不用となった物を焼いて見せる呪術です。呪文も各地にあるが、例えば「米の蟲、粟の蟲、みんなジャジャジャ」とか、
「夏の蟲ジャージャー」、「瓜の蟲、ジャージャー」と脅したり、人の髪の毛を焼いたりします。
そして花見をするのも日本独自の風習です。

桜の花だけではなく、この頃は藤や山吹も咲くのに桜の花だけを愛でて歌い、踊り、酒を飲むと言う風習は海外にはな
く、日本人だけ。海外では花を見て散歩する程度です。所が日本では桜の下の場所を占拠してグループで酒盛りをしま
す。所で桜はサ・クラであり、サは五月のサ、早苗のサ、早乙女のサであり、クラは座であり、馬の鞍に通じる。

サクラを昔は櫻と書いた。この難しい字を昔の人は、「二貝(二階)の女が木(気)にかかる」と覚えた。櫻が咲けばやが
て赤い実を二つ繋げたサクランボをつけます。宝貝を二つ胸にぶら下げるので、女性のネックレスになります。日本は
櫻の花を愛でたのに対して、花より団子がシナ文化でした。

サクラ、サオトメ、サナエなどは何れも稲作文化であり、神様に捧げるのが五月の頃、つまり西暦では6月の梅雨の
頃。櫻には「田起し櫻」の異名がある。言わば「花ごよみ」として、人々は桜の開花と共に田植えを始めた。秋祭りでい
ったん山に送り出した神様が春にはまた里に帰って来て、櫻を咲かせてくれる。

其の開花を豊作の予祝として愛でて、歌や踊りや酒を捧げました。個人が酒を飲むのではなくて、村落の共通事項とし
て花見を祝った。

また今の五月は端午の節句があり、昔は軒先に菖蒲を刺しました。シナでは古来、奇数は陽数として喜び、より大きな
九を陽数の極として尊んだ。菖蒲を薬草として薬湯にも使った。旧暦5月は今の6月、入梅のシーズンです。じめじめし
て衛生状態が良くない。シナでは入浴の習慣が無いので、菖蒲で酒を作って飲んだ。

日本でも庶民が入浴をするようになったのは江戸時代になってからでした。菖蒲油とすれば殺菌力が有ります。但し発
癌性もある。五月節句にはヨモギ餅を作りますが、ヨモギはお灸の百草(もぐさ)にもなります。シナでは此れを食べず
に門松のように刺す風習です。菖蒲やヨモギの匂いで鬼を追い散らそうとした訳です。

何れも習慣として、皆がするから実行する。此れが集団の和と子供の教育になった。こうして邪鬼か邪気を祓おうとしま
した。其の後は七夕、秋には菊、月見にはススキ、そして紅葉狩り・・・・・と続く。歳月はリズミカルに流れ、四季折々の
節目に行事ををして気分一新を図った。ただ海外では狩猟生活が主だったが日本の行事には動物ナシ。

日本では狩猟ではなく、採集生活を営んで来たから四季の節目では植物と関わって来ました(以上、07/1/17NHKラジ
オ深夜便より引用)。


日本の道「百選」・・・・・・・奈良の「山之辺の道」は日本最古の道と言われ、今尚静寂な古道です。また奈良から
河内に出る竹之内街道(丹比道)は日本最古の官道である(「古道」「道」を参照)。また若狭街道は鯖街道とも言われ
た。其れに日光街道(歳時記の「4/17」を参照)は杉並木が延べ37kmも続く世界一の並木道です。

並木道は静寂であり、夏の日差しを遮ってくれます。江戸時代には参勤交代のためもあって東海道など五街道が整備
された。人の往来と物流のために道路は益々重要となります。明治以来、殖産興業のために大正9年には道路拡張
が図られ、昭和の列島改造によって高速道路時代となった。

其処で建設省はT9/8/10を記念してS57年とS62年に「日本の道・百選」を選定した。此れは高速道路時代に忘れら
れつつある古道を敢えて選定したものであり、歴史性、親愛性、美観性、機動性の4点を基準にした。

長崎オランダ坂、熊本の離島を繋ぐ虹の架け橋としての天草五橋(S41開通)、そして静寂な富山・諏訪町本通が「お
わら風の盆」の時には観光客で溢れる親愛性の道として、また福島の磐梯吾妻スカイライン(全長28km)は、安達太
良山から浄土平、一切経山など雄大な国立公園を走る道として選ばれた。

こうした「日本の道」は各都道府県に2〜3本選ばれている(05/8/10の読売TV「今日は何の日」より一部引用)。




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