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http://hijiri.tamajiri.com       「日知り事典」 page033.html (未定稿)


   日知り事典        アマ〜アヨ

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 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★
あま●・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・◆◆◆●■▲◆★

あま・・・・・・天(時空)、及び海の事。何れも内陸部の一般庶民からは少し遠い存在。言わば今の制空権と制海権で
ある。今のような航空機のなかった時代の制空権は天文観測の立場でした。よって天をアマ・アメと呼び、天から降る
アメを雨と書いた。

或いは天下る雨を「甘露の雨」と書き、天を仰いで仏陀・先祖に仕える女人を尼と書き、野外の特に海で暮す女性をア
マと呼んだ。其れに昔の郷里制で、50戸未満の村を余部(餘部)とした事もある。海から遠いとか海が近くても寒くて海
女がいない所にもアマの付いた地名があるのは、天体観測の場か、或いは尼か「余」に因む地名と思われる。

海人(あま)・・・・・・海人、海士、海女など。海で暮す人たち。また彼らの居住地を海部とした。

●天つかみ・1・・・・・・・天つ神。いや「天掴み」だったかも知れない。天津祝詞では最後に「天津神、国津神、八百万の
神達共に天のフチコマの耳フリ立てて聞こしめせとカシコミカシコミも白まおす」とノル。フチコマを漢字では斑駒と書くの
で意味不明となったが、「聞こしめせ」を聞食とも書くので此れは日食月食に類する詞であると解釈できる。

さて天津神は下記でも述べたが、特定の神格を指したものではなくて寧ろ天文一般を指していたのではないか。其れ
に続く国津神は地理・方位である。つまり天津神は天を掴み、天象を具象化して暦法を知ら示す事であり、其れに従っ
て方位を基準に地理を設定して八方の万の事を成し遂げようと祈ったのであろう。

天津神・2・・・・・・・天神。即ち、関東から西日本まで広く分布していた縄文人。一般的には天照大神から皇統に連
なる天皇家の皇祖とされている。日本の古書には天津神と国津神とを「天神地祇」と書いているが、其れについて今
の解釈は殆どが「天皇の皇祖神が天津神」としている。

此のため国津神(地祇)については天皇家とは別の、出雲の神々や賀茂氏としている。所が天皇家の元となった葛城
の神々は古来、タカミムスビなどを高天彦神社に祭っている。また平安時代まで天神と言えば此のタカミムスビであっ
て菅原道真公ではなかった。

つまり神武天皇以後に何度も天地の関係が逆転し入れ替わっている疑いが濃いので九州系天皇家よりも寧ろ、常陸、
及び出雲の神の方が天神であったと思うが、今は其れを棚上げして先ず天神の意味から解説しよう。此処では天体を
祭る聖を天津神・天神、それ以外の国土・領地を守る神を国津神と解釈する。

天神と思われる神にはアメの名が付いて例えば、タカミムスビを別とすればアメノミナカヌシ、アマテラス、アメノコヤ
ネ・・・・などがある。また其の子孫がエジプトの太陽神として天下り、アメンラーなどと呼ばれたものと推定できる(「日読
み」の日神を参照)。

天津罪・・・・・・人の罪には古来、天津罪と国津罪(別項を参照)があり、其れを悔い改めて精算する方法として祓
いが行われた。古くは記紀に載せられ、神道では太祝詞、中臣の祓い、大祓いなどにその内容が語られているが、要
するに前者は公務員が犯す罪、後者は一般的な罪であるとも言われる。

ただ天津罪はスサノヲノミコトが天上で犯した罪として八種挙げられているが実際かどうかは判然としない。具体的に祝
詞から見る限りでは主に朝廷側から見た農耕に対する罪悪であり、例えば畔放(あなはち)、溝埋、樋放、シママキ(頻
蒔)、串刺、生剥、逆剥(さかはぎ)、屎戸等がある。無論其の分類や解釈にも色々有る。

例えば折口信夫は天津罪について、スサノヲノミコトを忍んで「雨包み」即ち「雨に祈る物忌みである」と喝破した。農民
が雨乞いを祈って忌み篭り、祓い詞としたものであると。しかし稲作の歴史が日本の歴史ではない。であれば先のスサ
ノヲノミコトの行為は稲作の失敗を予見し、日本で真似る事を嗜めるものであったと見る事が出来る。

其れに対して国津罪は前者の後に創作されたものであるとも見られる(国津罪を参照)。何れも罪を放り(ホフリ)、祓
(ハラ)う神としては古来、祓戸神(祓いを参照)がある。

●天津御量り・・・・・・・「見測り」即ち古代天文、取り分け太陽観測の事。此れは水平面に対して垂直に御柱を立て
て、太陽の日影を計る事で方位と暦を司る公務でした。主な観測具としては、この柱と糸があれば良かった(玉串祭り
を参照)。外にも勾玉などの玉器とか、銅鏡も使った。要するに垂直と水平との交点から観測した。

所が現代人は天文とはレンズを使ってしか観測できないように錯覚しており、実際、昔の人より天文に疎いが、そうなっ
たのは誤解からである。レンズを主とした機器は球面収差など色んな欠陥があるのに対して、裸眼はより確実性があ
り、しかもストーン・サークルの場合、手元と目印(目標)との間隔が望遠鏡の数十倍になる。

従って何倍も精度が高かった。しかも古代は今よりも空気が綺麗でした。更に昔は、少ない物で多面的に応用する知
恵があった。例えば先の糸は、照準・水準・分度器としての外、弓の弦、楽器の弦、そして紐や布地にも変化させて多
面的に使う知恵によって応用分野も広かった。

其れに比べると今の科学は徒に物を増やして豊かに見せてはいるのの各種の専門化した機械で幻惑させて本質を見
失わせ、更には知恵をも失わせたと言える。色んな道具が有ってもテレビの部品が一つ故障しても洗濯機にも使え
ず、またパソコンがあっても其れはノコギリや金槌の代わりにもならない。ゴミを増やして狭苦しい文明にしたのです。

・雨・・・・・・天(時空間)、及び天から降る水。日本では古来、アメは天であり、天から降るものも雨と言い、神が
降臨する事も天下り、ないしアレ、アモルと言った。天はアメであり、其の雨を降らせるアメフラシ(雨乞い)のヒジリや天
子も天津、またはアメの冠詞を付けて呼んだ。

また天地を祭り、暦を作って時には雨を降らせるヒジリや天子(あまこ)を「天津・アメ」の名を冠し、其の後継者を「天津
日嗣」の「日嗣の御子」と呼んだ。特に日受けの儀礼の際にはアームと言い、其れをインドではオームまたは阿吽と唱
え、シナでは此れを「南無」と書いた(ネを参照)。

何れも本来は人々が神の降臨を期した上で、神との陰陽一体化を望み、「帰命し奉る」と祈る言葉だった(「阿吽」、「ア
ーメン」を参照)。日本では皇祖神として天照大神が祭られるが、漢字以前はアメフラシの「天知らす大神」と呼んだか
も知れない。

其の後、時代が下ってからは天上を祭る天子ではなく、天下を治める天皇名(和名)として、ランクが下がって先ず神武
がハツクニシラス人皇となり、祟神がミクニシラス、聖武や仁明がアメシルシ・・・などと呼ばれた。アメは言わば天皇の
代名詞かカバネであった。

其の名残が世界各地に残り、古代エジプトではアメン神(別項参照)とかアメンホテップ2世、或いは中世の突厥(トル
コ)でもアメフト王などが出ている。ただ農耕民は太陽よりも雨を降らす風雨神のほうを重視したので、アメはそれほど
広がらず畑作民もアメより冷たい「皇・すめ」を尊重した。シュメールが其の部類。

ただシナの皇帝でも太古は天皇(テンコウ)から地皇となり、次に人皇となり、やがてフギ、ジョカ、神農・・・と下った。
因みに皇とはアメではなくて白王(星の王)。

アマガエル・・・・・・五月雨(さみだれ・梅雨)の頃に葉っぱの上に緑色の小さな体で出て来て、天に体を晒す緑色
のカエルの事。他の蛙たちは夕方から天にも届けとばかり鳴く。彼らはこの世に生まれた事が嬉しくて心地良く、特に
声を張上げるのが楽しくて仕方がない。だから精一杯斉唱・謳歌して鳴き暮らす。

此れは人が泣き言を言うのとはかなり違います。ですから仮に人が泣いて叫んでも精々100mくらいしか声が届かな
いが、彼らが一寸大の小さな体を精一杯震わせて鳴けば1kmは届くから不思議です。

しかも葉の下で暮らす日陰者のアマガエルは、夕方ではなくて日中から、日の照りつける中、態々葉の上やトタン屋根
の上に這い出して来て一日中辛抱するのですから不思議です。でも此れが彼らに託された公的な役割かも知れませ
ん。両生類である彼らが葉の上や焼け付くトタン屋根の上にいては一日で干からびてしまう。

カラスの餌食になる危険性も高い。だがそうしてまで雨を待つ雨師としての役目が多くの生物たちから期待されている
に違いない。だからカエルの母親のようなミズチ(水龍)たちもこのケロケロと鳴く声には弱い。か弱く小さなアマガエル
にはもっと心を動かされるだろう。直ぐにコロコロと反応し共鳴してしまい、つい雨雲に乗ってやって来てしまうのです。

従って葉の上にアマガエルを見た日の翌日は決まって雨となる筈であるが、中々そう簡単には行かない事も多いの
で、其の場合は彼らが犠牲となる。何れにせよアマガエルとはこの様に、転換、逆転を意味する言霊です。

つまり葉の下から上に出て見せて、天に「天気の転換を促す」と言う役割を担っている事を知っていた古人の言霊が
「天変える」(アマガエル)で有ったろう。其処から古来水不足で悩み続けた例えば奈良の人たちは、雨乞いの神とする
水分(みくまり)神社に神使(龍)、または其の眷属として狛犬の代わりに石のカエルを置いて来た。

稲作の神は太陽ではないし肥料でもない。無論、犬ではなかった。其れよりも龍やカエルの役割を讃えると言う生き方
でした。だから普通の人でも俗人でも、雨が欲しい時にお上に頼らず神頼みするには口先だけではなくて、全身を震わ
せて歌って見たらどうだろう。

そして元気をなくした方々もカエルに学べば恐らく元気を取り返し、或いは出歩いて酔っ払っても家に無事カエル心掛
けが湧くでしょう。

天降り(天下り)・・・・・・公務にあった者が退職後も地位の優位を笠に、下位の関係先に有利な条件で再就職すると
言う不届きな行為。元々はニギハヤヒの命が高天原から葛城に、次いでニニギノミコトが葦原の瑞穂の国(高千穂とさ
れる)に天下った故事からの転用語であったが、今は先のように全く意味が違って来た天孫降臨を参照)。

つまり誤用とすり替えの悪用による悪弊である。

天下りの弊害・・・・・・行政側で生じる定年退職者や不要な人材を行政側の都合で民間に払い下げるいわゆる「天
下り」は、民間会社にとってもメリットがあるので問題を指摘されながらも一向に止まらず寧ろ拡大発展して悪弊が重な
っている。因みに中央省庁から公益法人や特殊法人への天下りは05年だけで2.2万人だった(06/2/16朝日記事)。

其れだけに留まらず、天下りした所には年間約5.5兆円(05年度)の補助金(持参金)を与えるのが恒例である。この外に
も大企業への天下りが無数にある。彼らの悪事は枚挙に暇がないが、要するに亡国的である事は国民が広く知る所で
ある。先ず@転々と渡り歩く度に目に余る高額退職金をせしめる。

A其の公団や企業が赤字であろうとも闇手当てやカラ出張を繰り返し、赤字については一片の責任も取らない。
B色んな口実を付けて関係省庁の入札など業界の談合を画策する(つまり税金を食い物にする)。C渡り歩かず同所
に居座れば不正経理で何百億円もの公的資金を勝手に流用し食い潰す。

Dだが此れも責任を取らずに時効で許されるか、海外へ流失している場合も手が着けられない。しかもE彼らは行政
官としての立場を悪用して在職中に国民に君臨し、天下りする組織機関を税金で予め拵えて置いて退職するのである
(「官僚」を参照)。

例えば其れまで地元住民が自由に使っていた河原に税金で駐車場を作る。其れが「何とか組合」と言うような管理組織
となる。彼らの縄張りを広げて、言わば住民の財産(慣習・既得権)を奪って、彼らの権益として次々と私物化し、駐車
料金を徴収する組合を作り、其の理事長に治まって更に搾取すると言うカラクリです。

対する国民・市民は彼らの作った作文を法律として守り、税金を払い、投票日に動員されると言う底抜けの愚民化(お
人好し)にされて、しかもそんな手合いにヘイコラする商売人となっている。だから更に彼らを増長させて「やりたい放
題」にさせ、よってこの日本と言う国の住民を一層ボケ(衆愚化)させた。

こうなったのは、有難い各家の先祖を捨てて、何の意味もない国や官僚制度に住民がヘツライ頼ったからである。だか
ら元々堅実な日本国民がアホにされたのであろう。こうした事を防ぐためにも昔に学ぶべきだ。昔は学歴だけの官僚で
はなくて其の地域の旧家や資産家が役職に就いた。

サラリーマン官僚は学歴は有ってもルンペン的な成り上がりの腰掛けワタリ職員であるから、都合が悪くなったら雲隠
れするが、地元の有力者は役目上、万一損失となった場合も逃げずに対処し、自腹を切る真の実力者だった役柄に
おいて信頼性があった。信頼性は地元に密着した裏づけや人柄であって洋学の学歴ではないのだ。

雨乞・・・・・・日照り続きや長雨に対して、天候の逆転を祈る行為。弘法大師などは雨乞いの成功談が伝わるが、
実際問題として凡夫が人力で天気を変えるのは難しい。例えば昔から「地震、雷、火事、親爺」が浮世の悩みの筆頭で
あり、その親爺に当る後白河法皇でさえ叡山の山伏には手を焼き、鴨川の流れもままならなかったと言われる。

自ら験者として呪詛・祈祷の修法を行っていた法皇でさえそうなのですから一般庶民にとっては昔も今も、川の流れと
天気だけはどうにもならなかった。譬え現代のデジタル科学の粋をもってしても歯が立たない。ですから古来、最大の
天敵は日照りであり、従って古代シナの天子の場合もその主務は雨乞いにあった。

其の対策を誤れば他に如何ほど善政をしいても屡革命となり、国が滅びて其の都度「改暦」を繰り返した。日本でも稲
作時代になると俄かに雨乞いの必要に迫られた。此のため各時代に高僧たちが雨乞いに活躍した(グモンジ=求聞持
法を参照)。精進潔斎の上で修法し効験を見たのである。

其の点、現代人は気象庁の天気予報や都市水道があるから安心(実は無関心)です。ですから「雨乞い」など、お笑い
の種にしかならない嘆かわしい世相になった。例えば世間には古来「雨男・雨女」と言う人もある。

実に貴重な人材だと思うのだが、本人にとって見れば、単に深刻な問題だけ。つまり、其れを世間が笑うだけだから活
用するチャンスもない。今の世間はそんな話題を「前時代的」と蔑視して、毎日お天気を望む人が多いけれども、その
水道水も無尽蔵に有る訳ではないから結局「天から貰い水」で支えられている訳です。

晴と風雨については「天人相関の理」、または別紙「月読み」で述べるが、此処では雨乞いも晴れ乞いも方位でのみ変
更できる事を結論として言って置く(「水不足」、別紙の「月読み(陰陽暦)」、及び次項を参照)。

雨乞の神仏・・・・・・雨乞いに際して、祭る神仏は雷神。竜神。水神。その他、各種あるが、ご本尊として具体的に祭
る神仏は例えば古くはクヒザモチ(ひょうたん)の神。タカオカミ(京都の鞍馬の貴船の神)。修験道では丹生川上のタカ
オカミや八大(七大)竜王。仏教(密教)では雨天童子。難陀竜王。善如竜王・・・など。

因みに消防や防災関係者も火事を消す為にも洪水を止める為にもそんな所へ参拝すれば人力と機械力以上の能力
を発揮出来ると思うのだが、実際は愛宕や秋葉へ参拝する。何れも火の神としてであるから、矛盾だ。だから防火も防
災(別項参照)も人力・機械力では及ばず、責任も取らずに必ず「想定外だった」と逃げ口上を言う事になる。

雨乞の例・・・・・・言うまでもない事ですが、言葉や音楽も音波と言う振動波(別項参照)です。そして雲もまた振動
しています。ですから呼べば応えてくれる可能性があります。其れが「雨乞い」の一つの方法です。さて、雨と風は「似て
非なるもの」に見えるが実は一心(一身)同体である。雨は雲がなければ降れないし、其の雲は風が運んでくれる。

風もまた振動波ですから相性が良いのです。この事から人が雨を呼ぶ事は可能です。アマガエルは人類よりもっと上
手に梅雨を齎します。さて人類史上では斉明天皇、或いは蘇我入鹿も雨乞いをしたと文献や寺伝に有り、其れに弘法
大師ほか、幾多の高僧の成功例が寺社由来書などに残っている。

つまり天を動かすほどの能力(霊験)がなければ、天皇となっても人心を安心させる事が難しく、また高僧にもなれなか
ったと云う事だ。其れに小野小町と能因法師が雨乞いの歌を詠んで雨を降らせたと言う伝説もある。ですから方位を無
視しても何らかの条件が重なれば旨く雨が降りますので迷信と否定する必要は有りません。

今までの人工降雨実験の方が寧ろ迷信程度の実績しかないのです。
さて能因法師は日照りの伊予(愛媛)で、「天の川、苗代水にせきくだせ、天下ります神ならば神」と詠んで神社に奉納
した(彼については05/6/28日の毎日より一部引用)。

此れは雨神を讃えると言うような歌ではなくて寧ろ神様を脅迫したような歌である。其れに対して一般的には各地に雨
乞い踊りが伝わる。だが中々実効はなく、このため村人たちが次第にイライラを募らせて神輿を担ぎ出した。神輿は祭
礼の時に担ぎ出すものであって、普通は出さないものなのです。

それでも降らない場合は神輿を出して来て、最後には泥田に投げ込んだ。こうなると、「神ならば、自らその汚れを洗い
落として見せろ!」と凄む(悪態・悪行)行為となる。日照りに苦しむ村民たちの最後の手段としてこうした暴挙があっ
た。此れにも同情の余地はあるが、こうした無理(逆さ事)や無知から、無関心、「無信仰」に変わるのです。

其の点で農家や水利・水道関係者は今の業務に就いて安楽に暮せるのはアマガエル(上記)たちのお陰と思ってもっ
と感謝すべきであろう。さて雨乞いは方位に則って人が其のコースを進み、或は特定の神仏を特定の場に勧請して祭
りを行う。其の時に呟くのが南無とかアウン、アーメン等です。

此れは別項で述べた通り、神と人とが一体化しようとする唱え言葉です。でも一体化したケースはそうザラに見られな
いので、其れならただの独り言で終わります。独り言になるのは恐らく神様を良く知らないか形式的にセレモニー(儀
式)としてする為です。アウンとは神人合一の「受け日」の瞬間の「帰命頂礼」と言う祈りの言葉であり、呼吸である。

アッラーと言う場合も、神がアレますようにと言う祈りです。ただ、こうした祈りと言う行為によって、神と人との一体化が
関係者の真剣さにより大差が出る。もし天に通じれば祭りの途中で雲が何処からともなく湧き出て来ますので、祈る人
の意識が強いか弱いかで決まる。神の事を全く理解できず瞑目してしまえば間違う。

暗闇でなければ目を瞑って祈る意味がないのです。寧ろ神を見定めようとハッキリ周囲に注意を払うほうが良い。雨乞
いをして見れば天や雨が神ではないとしても、神様の一端を感じ取る事になるでしょう(神を参照)。雨乞いのために精
神を集中すれば天地人が一体化します。やがて雲が増えて来ます。雲が分厚くなり、黒雲になります。

其の一部が渦を巻き出して、まるで龍の頭か尻尾のように其の雲の一部がグングンと下って来て、験者の目の前に下
りて巻き着く様に廻り出します。そうした迫力のある天-地-人の一体感を味わうでしょう。何処からともなく雲が湧き上
がって、其の黒雲がご本人の周りに下って来て渦巻き始めます。

此のときに誰も想像さえ出来ず誰も体験した事のない壮大な世界の中にご本人が立っている事に気づくでしょう。一体
化とはこう言う事なのです。

ですから祭りの関係者は単なる見物人や野次馬であってはならず、刻々と変化する時間・気温・気圧・風向きなどを緻
密に観測して其の都度皆に告げ、メモし、臨場的な迫力のある其の場の状況写真を一つ一つ撮って置くべきです。此
れはかなり忙しい。

或は全員が雲に取り巻かれて来た事に気づいた場合は、其の雲の周りを踊り出すような事になり、一体感が出て更に
功を奏す。全員が一体的になる事が大切です。人力の限界と可能性が此処にある。人力ではなくて神の力を借りて行
う外は無い。其の為にはアマガエルの様に、自分を犠牲にする心構えになる外は無い。

単なる祝詞や踊りではアマガエルに笑われる。関係者が笑っていては一体化しないでしょう。せめて主神に応じた適切
な供物や鳴り物(石笛など)も準備した方が良い。こうした事を実体験したなら関係者の連帯感が更に強まります。

同時に、人は非力であり、天気や万物を生かしてくれて、何時も色々心配してくれているのは龍神や父母や先祖かヒジ
リであると気づくでしょう。

ですから天気を悪者にしてはなりません(祓いを参照)。其れに対して「お上」や病院は神を知る反面教師です。天気や
健康は科学や医学がやってくれている訳ではないのに金品だけ巻き上げる中途半端な魔物に過ぎない。しかも科学は
公害を撒き散らし医学は病人を減らすのではなくて増やしているのです。

アマゾン・ホモス文明・・・・・・ブラジルのアマゾン川の支流のボリビア北部・モホス平原には総延長5000kmに及
ぶ直線の道、鋭く曲がる運河、2000個もの四角い(人工的な)湖がある。未開の地と思われていた所から最近、高度な
土木技術の痕跡が見つかった。そして平原にはロマと呼ばれる台地が点在する。

日本の調査隊が05年8月から人口の丘・ロマの一つを発掘した所、大量の甕棺が見つかったが、此れは原住民にはな
い埋葬法である。また頭部のない人骨の上に大鉢を載せて有った。其の土器には2匹の蛇が4つの渦巻き紋様で描
かれていた。此れは循環の思想のシンボルだったのだろう。

また05/8/19には3000年前の地層からモンゴロイドに近い特徴を持つ身長1.8mの完全な人骨を発掘した。アンデス
の原住民の身長は日本人より低い。縄文人の場合も平均158cmである。ではモンゴロイドは1.8〜2.0mもの身長だっ
たのか。彼らは何処から来たのか。ともあれ殆どの人骨が何故か北向きにうつ伏せで葬られていた。

人工的な湖は3.2×1.7kmの広さで水深が平均1.1〜1.2mであり、プールのような平らな湖だ。此処がインカの黄金伝
説の地である。インカが何処から来たのか謎であるが、インカは1200年前に高度な石造技術を持ち、僅か4年で前文
化を滅ぼして黄金文明を築いた。以来1532年にスペインに滅ぼされるまで続いた。

此処には今から3000年前から西暦1200年までに、ナスカの地上絵の500倍規模の古代文明圏があった。だが今から
800年前に大平原(テラプレン)からいなくなった。インカには文字はなかったが18cの文献にはモホスの地名を書き残
していた。モホス大平原のベニ川はかつてはパイティティ川と呼ばれていたが、其の名は黄金郷を意味した。

四角の湖の近くに黄金郷パイティティがあり、其処に王子が1万の兵を連れて向ったと言う。今でも此処では砂金が採
れる。クスコから1400kmのモホス北東部には四角の湖が密集している。此処には昔、湖で養魚していたと言う伝説と
「黄金の島」と呼ばれる島があり、其処から時々空に向って光が上るのを見た人が多い。

また四角湖も何故か全て北東を向いている。大平原は360度の地平線である。其の中で北東に一つだけピラミッド状
の山がある。尾根が4本、東西南北に伸びている。

ホモスはプレ・インカ(インカ以前の)文明である。此処から西のペルーにはリマのカラル遺跡がある。5000年前の遺
跡として100年前に発見された。古代世界では第四文明が知られているが、此処は言わば第五文明に当たる。32の
城壁と7つの階段ピラミッドや円形劇場があるが、ピラミッドは何故か全て北東を向いていた。

円形劇場からは多数の笛が出土したが、決まって猿が描かれていた。猿は此の地にいない動物である。インカは太陽
信仰だったが、ボリビアのティワナク遺跡には「太陽の門」があり、半地下式の壁には180ヶの人頭像が彫り込まれてお
り、此処が1年を測るカレンダーだった。

またアカパナと言う石の半ピラミッドがあり、其の地下の最下層から土器が出た。猿を象った土器やアマゾンにしか棲
息しないカピバラと言う動物を象った土器である。ワニの石像もあった。

文明がなかったと言われたアマゾンにもモホスのような遺跡が有った。2万ヶのロマ(丘)は住居跡であり、アマゾンで
は実に7500〜8000年前の土器が見つかっている。ソロバン玉のような土器や五円玉状の土器も見つかった。此れは
日本の弥生時代の戦場跡・北九州の原の辻遺跡でも出土していて、此処では土弾と紡錘車と推定されている。

土弾はメソポタミアからも出土している。何れにも戦乱と綿花栽培があったようである。またモホスでは転がしてスタン
プに使った土器も出ているが、此れもメソポタミアのものと同類である。モホスの北のバウレスを上空から見下すと、大
きな円が幾つも見える。其処に降りて確かめた所、直径156mのサークルは幅4mの環濠だった。

濠には今も土器片が散乱していて、サークル内が周りよりも2m高くなっていた。濠は水路としてまた防護用として造ら
れたものと見られる。ロマの周りにも人工的な構築物があった。先ず大地には巨大な幾何学模様が広がり、また放射
状に総延長5000kmに及ぶ直線道路、そして放射状の段丘が無数にあって此れは耕作のために設定されたもの。

また二本の水路が造ってあった。以上の事から彼らは大都市を造らず大平原の中で極めて計画的な農耕を行い、自
然と共存する共生文化をもって数百万人が暮していたと推定されている。以上は06/3/6のMBSTVより引用。

雨水・・・・・・天からの水。蒸留水ですからフレッシュウォーターであり、決して腐らない。なので此れをヴァージン・ウ
ォーターとも言う。太陽エネルギーと酸素をタップリ含んだ清水ですから、自然界の森や野原は雨水のお蔭げで何時も
元気です。人間が肥料や水道での遣り水をしなくても自然は元気だと言う点に人はもっと注目すべきです。

寧ろ人が手を下したら彼ら(草木)は萎れてしまう。自然界の諸生物や植物は天然の風雨に晒されていれば元気です
が、人間が植林、栽培、養殖、飼育すれば必ず病気になる。彼らが元気なのは人間がドックフードや金魚の餌をやらな
いからだ。彼らが特に何を飲んで何を餌にしているのかを人は知らないが、彼らは特に何を餌にしている訳でもない。

雨水があるから土を食べても元気なのです。だから水道水を人間が与えたら枯れる。とは言っても水道水を良質の水
だと信じる固定観念で暮らす人たちは理解の外であろう。昔の人々は水に感謝したが、今では谷底まで汲みに行く苦
労もなくなった。蛇口から水道が出て当たり前と言うのが常識になったからです。

だから寧ろ「雨水なんて・・・」と見下すでしょうが、雨水から比べると水道水は洗剤混じりの「あく水、ケガレ水」です。折
角自分の家に天からの高いレベルのエネルギーが凝縮れた雨が降ってくれるのに、其れを素早く溝に流すシステムに
浸かっているのが今の渡来の洋式文化住宅です。

其れが近代的と誤解して、その代わりに下水ブレンドの酸欠の水道水を人が常飲していれば決して健康的とは言えな
い(詳しくは別紙の「V屋根」を参照)。雨水は酸素の多い水で健康的な水です。但し、手術の場合とか病弱な方にとっ
ては空気を抜いた脱酸素水が良い場合もある。09/10月に堺市の福島氏談。

雨水濾過・・・・・・水道水は農薬や下水が混ざった水です。なのでいったん浄水場に入れて浄化層を経て塩素ガスで
殺菌します。でも下水ブレンド水なのです。其れに対して雨水は天然の蒸留水ですからバージンウォーターとも言いま
す。なので要するに一番奇麗な水ですから濾過する必要がないのです。

ただ屋根に降った雨が横樋-縦樋を通って排水路に流れ落ちて来る間には、鳥のフンや黄砂やゴミなどが混ざります。
そうしたものを濾過するために砂の層を通します。布きれでもOKです。以上はhttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa
/question_detail/q1211200967「ヤフー知恵袋」に回答した文面から引用した。

★AMER・・・・・以下、http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/2008/12/amero_b454.html「つむじ風」より引用。-----
AMEROの紙幣を見るのは初めてだ!! オバマがどうの、こうのというのはさておいて、AMEROという通貨が準備され
ていることは、承知している。かつても掲載したが、コインであった。その紙幣が、もう出来上がっていると言うことだ。

 その写真が、You are screwed<https://app.blog.ocn.ne.jp/t/app/weblog/post >に掲載された。その先を辿ると、以
下の記事に出会った。転載する。EUROが実働している。AMEROが実働すると言うことは、当然のごとく考えられる。北
米連合の登場である。

それをオバマが画策していると言うより以前に、画策している勢力があることは紛れもない事実である。EUROに
AMERO、よく似た名前だ。おもちゃの紙幣みたいだ。------ちなみにコインは、------

UNION OF NORTH AMERICA というのは、紛れもなく北米連合のことである。他に南米連合、アジア連合、アフリカ連合
が考えられる。アジアは東、南に分かれるか。オセアニア連合もあるかも知れない。未だ登場していないので、何とも言
えないが、これがグローバリゼーションの正体である。

それぞれを、分割統治することによって、世界政府が登場する。 否定しようがない世界の潮流である。それがNWO
(ニューワールドオーダー)の正体であると言って間違いがない。NWO(ニューワールドオーダー)の目指す世界は、ワ
ンワールドであり、世界統一政府である。

【転載開始】原田武夫:「北米共通通貨=アメロ」導入というオバマの隠し玉http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=
20081128-00000011-scn-bus_all


▲あみ・・・・・・

阿弥陀・・・・・・阿弥陀佛(菩薩・如来)。弥陀とも言う。インドでは月世界の神(インドの王子・アミターバ・法蔵)だった
が、後秦時代に阿弥陀経が出来て、日本では平安貴族に西方浄土に住する菩薩・如来とされ、末法思想が広まった。
鎌倉時代以後に浄土宗と真宗の本尊となり、鎌倉ではこの阿弥陀仏を大仏とした。

弥陀の名号がナンマイダ(南無阿弥陀仏)であり、マントラがオン・アミリタテイゼイ・カラ・ウンとなる。普通は本尊(独
立)像として、時には勢至菩薩と観音様を伴った弥陀三尊像として、更に三尊像の周りに25菩薩(別項を参照)が配置
される。先の三尊像を配置する場合は西方に祀られる。

だが他の曼荼羅などでも一般的に勢至菩薩は南、観音様は北を意味するので、仏像配置も弥陀三尊と25菩薩を円
環に24方位・24節気の役割で蓮華座に配置してこそ意味があった。ただ今は三尊像と各菩薩を横並びに配置した
り、弥陀来迎図のような縦流しの空想画にしていれば元の意味から飛躍する。

因みに南無阿弥陀仏について「ヤフー知恵袋」に回答した所を転載する。回答日時: 2008/3/23 17:08:50 回答番号:
47,747,000 ----ご本尊として南無阿弥陀仏を祀り、また南無阿弥陀仏と唱えるのは浄土宗、真宗各派、大念仏宗など
かと思います。

ただ其の会社の研修では何宗の解説をしたのか不明ですが、南無阿弥陀仏の一般的な意味は「帰命!阿弥陀如
来!」です。 南無とは「帰命し奉る」つまり「帰依します」の意味です。

次に「阿弥陀仏」はシャカ(シッタルダ太子)の時代に実在した王子・アミターバの事で、出家して宝蔵となり、「極楽浄土」
を開いたと言われ、以来、無量光、無量寿とも言われる。

★天香々背男命(アメノカガセオノミコト)・・・・・・・天津甕星(アマツミカボシ)とも言う。天の上にある悪神にして折々怪
光を現して高天原の諸神を惑わし、凶暴のため経津主神と天羽槌男命とが誅殺した(旧事記)。つまり天孫降臨を妨
げる神として記録された。

この神は後に神功記では「星辰」とも書かれており、実は星の総称とも思われるが、葦原の中つ国の手先であったから
関東地方の神により誅殺されたようだ。この神は茨城・大甕(オオミカ)に封じられている(長谷部様の話)とは言うもの
の、現在なお米国やユダヤなど、星神の跋扈が著しい以上、先の封殺の事実は疑わしい。

因みにミカの付く神名は外にも武甕槌命、倭大物主甕玉命などがあり、何処かで繋がっているようにも見えるが、何れ
にせよ、一般的には金星(平田篤胤説)とかオリオンの三ツ星などと想像されている。また彗星、惑星の可能性もある。

天羽槌男命・・・・・・天の上にある悪神・天津甕星(アマツミカボシ)が折々怪光を現して高天原の諸神を惑わし、凶
暴のため彼(天羽槌男命)が天香々背男命(アメノカガセオノミコト)と共に誅殺した。彼・天羽槌男命は、シズリ(倭文)
神・建葉槌命とも言う(旧事記)。

彼は武神と言うよりは知恵の神(長谷部様談)であり、茨城・大甕(おおみか)と大宮、石塚(城里)などにも祭られてい
る。

▲網干し紋・・・・・・・アボシ紋。須賀井氏や植崎氏の家紋として知られる。網を干した形の紋の事。彼らが漁師や網元
であったのかどうか知らないが、この紋は網ではなくて玉串の祭りを絵で伝えたかに思える。玉串の祭りは地平線や水
平線の中に一本柱を立て、其処から周りに蜘蛛の糸のように糸を張り渡して行った。

それが玉串(別項参照)の祭りです。この柱を見柱と言い、或いは「宮柱」とも高木とも言いました。

其れを漢字では「御柱」と書いたので今では訳が分からなくなった。水平線と言っても、要するに今の田んぼです。水を
張った田んぼが水準となる「水垣」であり、此れを漢字では「瑞垣」と書いたので此れも意味不明とした。でも「玉垣」
此処から来たものでした。ですから決して「石垣」とは意味が違ったのです(「玉串の祭り」を参照)。

◆アムール川・・・・・・・・中国名では黒龍江。徳川幕府は当初北海道・樺太を総称して蝦夷地と言ったが、1809年(文
化6年)からは樺太を北蝦夷と公称した。その後北方の経営が進み、1869(明治2)年に開拓使を置いて現在のように
北海道・樺太(カラフトと読む)と言う公の名を制定した。いずれも松浦武四郎の意見による。

サハリンの名は、北方民族ツングース語で、サハリン・ウラ・アンガ・ハタ(“黒龍江口の山”という意)から呼称されるよ
うになった。ロシア語ではない。・・・・ 以上は戦後50年を語る生きた樺太の歴史『樺連情報』HPより引用。

樺太には外にもアイヌ語でを意味するペト(別)やナイ内)の付く地名が多い。ナイ(内)に限って見ても今は久春内
(イリンスキー)、内幌(ゴルノサボロスク)とロシア語に呼び変えているが、外にも遠内、幌内、知内、泊内、妻内、河
内、鉢子内、珍内、芳内、知古内、本内、内幌、利良志内、特内、江戸内、沃内・・・・など。

樺太から間宮海峡に出れば冬には黒竜江(アムール川)が凍結するので大陸に歩いて渡ることが出来た。ヨーロッパ
へ行くのもシルクロードよりこのアムールを遡って北回りで行く方がずっと近くて安全だったろう(樺太を参照)。

◆あめ

■雨(字義)・・・・・・・・・雨の字について先ず「T」の字から言えば、「一」は上天を示し、縦棒はその下を示し、其れに
「冂」(ケイ構え)、または巾キンを付けた会意文字。巾キンは「幅、布切れ」を意味し、また匝ソウ(巡るの意味)の字にも変
化する。もしくはT定規+「冂」(ケイ構え)として其れに四つの点々を雨滴として加えた会意文字。

・・・・・・雨は五月雨(さみだれ、梅雨)や雷雨、秋雨、そして時雨(しぐれ)など色んな表情を見せるので色んな名
があるが、凡そ大別すれば二系統存在する。一つは竜系、もう一つが雷神系である。雷神(別項参照)系は男性的で
す。空を突然轟音一発バリバリッと割って入り、ジグザグに走り回って直線的にドーン!と落ちます。

時には大風を伴って現れて怒り散らしてサッ!と去る。何れも雨と言う手土産を持って来て雷雨や豪雨で洗って、その
後にカラッと晴らす。こうした気短な雷神に対して竜系は何時もぐずぐずします。いや、気圧の差によってしとしとと春の
長雨、菜種梅雨、梅雨、そして秋雨前線として静かに淑やかに、時には女々しくさめざめと泣くような雨になります。

雨風・・・・・・雨と風は「似て非なるもの」に見えるが実は一心(一身)同体である。雨は雲がなければ降れないし、其
の雲は風が運んで来ます。ですから風雨が勝手気ままに個々に活動しているのではないと分かる。此れらは実は観音
様の統率の元、千変万化に姿を変える現象の一端である。

と言えば反発する方もあろうから先ずは凡そ女性的(「ハリケーン」を参照)と言って置こう。母親が掃除機を掛けてから
雑巾掛けをするように、風と雨は何れもお掃除をする役目がありますので、雨で洗った後はまた水分を吸い上げて次
の場所へ運びます。此れが天然のリサイクル・システムの基本です。仕事中の女性は無言です。

押し黙っているが色んな事をアーでもない、コーでもないと思案しながら複雑な表情を見せる。例えば其の雲について
学者は凡そ320種類に分類しているが、女心は複雑であり、一筋縄では括れないように、一つとして同じ顔は見せま
せん。

雲はどんな雲でも沈黙している女性のように見えるが、風は時には歌を歌いながら雲を作り、また其の雲を運び、また
ある時は呻いたり泣きわめく様に騒ぎます。そして遂に泣き出して雨となれば、鶏が慌てて走り回るように賑やかに屋
根を叩きまわり、或いは泣き止んで一転して急におしゃべりになります。

嘘だ!と思ったら、雨の降っている時の縦トユに耳を当てて聞いてはどうでしょう。賑やかにぺちゃくちゃと、おしゃべり
しながら流れ落ちる様子が聞こえるでしょう。太陽が言わば男性的とすれば、雨風はこのように女性的な存在(働き)で
す。例えば観音様は天上界と地上世界とを自在に行き来出来る方とされている。

雲もまた天空を走るだけではなくて地上の人里に至り、家の中にも入り込み、人の傍まで降りて下さる。そうして雲から
雨となり、木々を育てるのが雨風ですから木々にとって嵐は大好きな存在です。人は嵐を嫌うが木々は何時だって大
歓迎して一緒に踊り歌います。でも人里に降った雨は地獄を見ます。

風に見放されて一旦地に落ちて水となれば、低い所を求めて下り坂を転げ落ちて行きます。此処から彼女の転落が始
まる。つまり、心無い人たちに捕まえられてもみくちゃにされ、遂には下水に落とされるのです。

雨神・・・・・・ミズハノメ(水は飲め)の神、瀬織律姫(祓い)、七大、八大竜王。龍神、雷神。外にもクイ座持ち(ひよう
たん)、弁天。或いは月神、観音、善女竜王・・・・其の他がある。風の神も雨を降らすが、支那津彦・姫神などは、青龍
などと共に風で湿気を吸い上げてしまう働きが大きいので龍神なら何でも良いと思えばサに非ず。

雨乞いの場に青龍や黄龍を招待すればきっと逆効果となるでしょう。

つまり雨は高気圧であり、其れに対して風は渦巻く低気圧の産物である(このためか、米国ではハリケーンに女性名を
付ける)。天に巨大なプールが常時有る訳ではないので、雨を降らすためにはどっかから水を持って来なければならな
い。其れが風神であり、水分(みくまり)神である。

彼らは苦労して低気圧を作って海水を真水に変えて運んで来るが、それでも足りない場合は雷神の応援を頼む。人は
毎日晴天を望みながら勝手な時にだけ雨天を望むので雨神は人類のそんな都合には付き合っていられない(人の都
合では動かない)ほど多忙です。

気象庁の予報にも決して従わずに自然界の五風十雨のパターンで調整しています。雨が降らなければ汚れは溜まるし
生物も生きてはいけない。それほど貢献しているのですが、人は雨を嫌いますから彼らは申し訳なさそうに夜間にそそ
と降るのです。

でも本書が別紙の「天気カレンダー」で五風十雨の雨天の順番・循環を公表しましたので、もうこれから彼らは遠慮せ
ずに正々堂々と朝でも昼間でも降る事が出来るでしょう。

▲雨師・・・・・・雨を司るもの。アメフラシ(海辺の其れとは別)。上記のように龍やアマガエルなど。外には鳥も関与す
る。例えば06/5/13のNHK総合TVでマヤ文明を紹介していた。此処ではトウモロコシの収穫が終わっても畑に一部残
すのです。農夫の説明によれば、鳥たちは雨を降らせてくれるようにと、天まで飛んで行って頼んでくれる。

だから「トウモロコシの収穫が譬え少ない歳でも必ず鳥たちのために少し残す。そうしていると必ず毎年実らせてくれ
る」と話していた。ただカラスについては日本では「枯らす」の響きに近く、雨よりも「太陽の使い」とされて来た。

アメリカ・・・・・・・コロンブスの時代の大航海時代、つまり西欧の領土拡張・植民地競争の後の230年の浅い歴史
の国であり、西洋に遅れをとった国。しかし其の分、アメリカは自国の防衛戦を一度もせず、専ら他国を侵略し続けて
来た。この間に星条旗の星の数が50ヶ国になった。つまり其れだけ他国を侵略・略奪して膨張して来た国である。

当初はヨーロッパからの干渉を排除するモンロー宣言をしたものの、其れは自主独立を超えて新たな覇権を強めるも
のとなった。例えば今でも言うパン・アメリカンと言う観念は、元々「アングロサクソンがパナマまでに至るのが神から与
えられた使命である」と言う勝手な観念である。

野蛮な彼らに抵抗するメキシコ人を寧ろ「野蛮で好戦的」と言う逆のイメージを植えつけて見下して支配を強めたのが
「アンクルサム」の図像でした。事実、1900年代にはパナマ運河を完成して東西の交易と軍事利用に支配した。しかも
更に東洋の満州まで進出しようとしてロシアや日本の抵抗に合い、またベトナムでも大失敗した。

所が戦後の日本の自民党(米民党?)はこの強盗まがいの国家と手を結んで安保体制と言い、事実上隷属して何時
の間にか属国になった。しかし米国は日本の大恩人ではなくて真珠湾の罠に嵌めた犯人であり、しかも原爆を日本に
落とした犯罪国家なのだから大親分と慕うのは考え物である。

日本人の特に此れまでの日本政府は、「米国は世界最強の軍事大国である」と信じているが、10/1/10日に白蓮先生
が意外にも突然筆者に、「アメリカは戦争下手、弱い国です」と断言された-----。

確かに米国は下記でも論じている通り、戦争犯罪国家であるが戦争には弱い。
http://74.125.153.132/search?q=cache:15CsK6QqurIJ:www.rui.jp/ruinet.html%3Fi%3D200%26c%3D400%26m%3D131440
+%E7%B1%B3%E5%9B%BD%E3%81%AF%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%AB%E5%BC%B1%E3%81%84%E5%9B%BD&cd=5&hl=ja
&ct=clnk&gl=jp
1962 キューバ危機。
1965 北ヴェトナムへの北爆本格化。地上軍を投入。ドミニカに海兵隊派遣。
1970 アメリカ軍、カンボジャ侵攻。
1971 ヴェトナム戦争、ラオスにも拡大。
1983 グレナダ侵攻。
1986 リビアのトリポリなどを爆撃。
1989 パナマに侵攻。
1990 イラクのクウェート占領に対し、サウジアラビアに派兵。
1991 湾岸戦争。
1992 ソマリア派兵。
1994 NATO、旧ユーゴ内戦に介入、空爆を行う。
1996 イラクに対し空爆。
1999 NATO軍、コソボ空爆。
2001 米同時テロへの報復と称して、米、英と共にアフガニスタン空爆。地上軍派遣。
>建国以来の226年間で実に41回。(5年に1回!)第二次世界大戦後の57年間で19回の戦争・武力行使を行って
いる。(3年に1回!)「アメリカ合衆国の戦争の歴史」リンクより引用。

さらに加筆すると、
2003 米英軍イラク開戦

建国以来、アメリカがいかに多くの戦争を仕掛けてきたかがわかります。ただし、上記はアメリカが直接手を下した戦
争であって、131161にも紹介されているようにイラン・イラク戦争など、傀儡政権を背後から操って戦争・内戦をさせた
事例は他にもたくさんあるでしょう。

それらに国に武器輸出することでアメリカがぼろ儲けしたことは想像に難くありません。
また、アメリカが戦争を仕掛けた相手は、独立戦争や2度の世界大戦を除けば全て弱い国です。第一次世界大戦も遅
れて参戦(勝ち馬に乗った?)だったし、第二次世界大戦で戦った日独伊も米英に比べれば弱い国です。

強国とは戦わず(市場支配し)、弱小国を侵略or戦争させることで拡大してきたアメリカ、その実相が見えてきます。
先日9/12にも、ダマスカスのアメリカ大使館が襲撃されました。しかし、テロを批判する資格はアメリカにはありません。
アメリカが弱小国家への侵略戦争を続ける限り、蓄積された弱小国の恨みからテロが発生します。

テロを作り出しているのは戦争国家アメリカ自身なのです。いや、むしろアメリカこそ、史上最悪のテロ国家なのだはん
ばいでしょうか?(以上引用)。

現代の日本も弱いが、其れはアメリカ型社会に同化したからであり、弱い者ほど臆病でガードを固める。日米同盟・安
保も無意味なのだ。日本がメキシコやハワイのようになりたくなければ決して手を組んではならないし、「民主化」を掲げ
る戦争犯罪国家・米国と仲良く心中したくなければ、かの国の要求にも従ってはならないのである。

最大のテロリスト国家・米国は滅びる。アジアには古来、「日本に手を出した国は滅びる」と言うジンクスも有る。

アメリカ・インディアン・・・・・・・米国の先住民。ネイティブ・アメリカンの最大の部族が今はラスベガス(同項を参
照)の近くのネバダ州の砂漠に住むナバホ族であるが、彼らはかつてホーガンと呼ぶ古墳のような土の家に住んでい
た。各々ターコイズと呼ぶ青い石をお守りとして身に付けている。

また医療を行うメディスン・マンがいて、地面に円形の図を描き、其処に水晶石を配置して呪文を唱えながらトウモロコ
シの粉を注ぎ、空気、水などに祈りを捧げて治す。彼らは土で作った小屋(スェット・ロッジ)で「水の祭り」を行う。其のロ
ッジに熱く焼いた石を投げ込んだ後に人が入るが、内部はサウナの状態になるので汗が出る。

其れをタチェの原理と言う。人は汗をかくが、其れと共に知恵が湧き出ると言う。円を描きながらナバホの祈りがあり、
また水についての話があり、例えば「自分が水で出来ている」と言う実感と共に其れを聞く人の心を充実させると言う。
彼らの常食はトウモロコシのパンとマトン(羊)・シチューである(05/6/5の読売テレビから引用)。

また米国では彼ら先住民の墓地を暴いて遺物をスミソニアン博物館などに移してしまった。其れについて彼らは返還運
動をして来た。差別的に墓を暴いた此れまでの政府の罪を問い、返還を求めるのは当然である。其れに比べると日本
の行政と考古学はまだまだ無反省で墓暴きを続けようとしている。

アメリカ製・十字軍・・・・・・・アメリカは独立戦争と南北戦争以来、「自由と独立」と言う理想主義的テーゼ(命題)
を持つ。言わばアメリカ製の正義であるが、これはかつての十字軍(別項参照)のように米軍に崇高な使命感を与え
た。其れも日本の終戦処理では成功したが、ベトナムで敗退した。

そして01/9/11(同時多発テロ)となり、ブッシュは「新たな全面戦争」に向かった。ベトナム以後の73年に米国は
徴兵制を止めた。徴兵制は兵役拒否者が反戦運動をするからである。つまり、徴兵制が未だあったとすれば、今のイ
ラク侵略はなかっただろう(05/6/5の読売テレビから引用)。だが其の歯止めを米国はなくした。

だから今や「米国にとって戦争は公共事業である」(副島隆彦氏:経済評論家)と言う。白人国の本質は戦争経済なの
だ。だがアフガンでもイラクでも失敗した。米国は「自由」を掲げて民主化を押し売りした結果、皮肉にも米国内に自由
はなくなり、防犯カメラが増えた。

中世の十字軍が200年間に200万人の人命を失った因縁をアメリカが踏襲すれば、「イスラム社会の民主化」と言う
無理なテーゼを果たす前に、ハルマゲドン(世界最終戦争)で全てを滅ぼしかねない。因みに米コーネル大学からロン
ドン自然史博物館に移った学者たちがこのほど(05/4/15毎日)、新種のキノコムシを命名した。

ラテン語で「ブッシ」、「チェーニイ」、「ラムズフェルディ」の三種である。実に見上げた学者たちだが無論其れについて
のコメントも良い。「自由と民主主義の原則に忠実であろうとする、困難で不人気な仕事を進んで行っている3人の指導
者を讃えるため」と言う。でもそれがこの茸虫にとって個性的な栄誉となるのだろうか。
      
続いて06/4/24の朝日新聞は「米軍退役将軍数人がラムズフェルド米国防長官を批判した」と報じた。現場で此の戦争
を支えた軍人が公然と「間違った戦争計画を実行」と辞任要求の批判をするとはベトナム戦争でもなかった異例の事で
ある。9.11が彼ら(米国)の自作自演であると世界中が、もう感ずいているのだ。

またマイラー氏は06/9/9の朝日紙上で「米国では交通事故で年間4万人も死んでいるが、誰も自動車を禁止しろとは
言わない。ベトナム戦争では5万人の米兵が戦死したが、この点では犠牲が実感されていないのだ。だがベトナム戦争
の時よりずっと早い勢いで幻滅している」と述べた。

06/9/25の朝日記事は「米兵死者数、同時テロ越す」と報じた。イラク戦争で2696人、アフガン戦争で278人、合わせて
2974人になったと言う。因みに同時多発テロの犠牲者数は2973人だった。他方、イラクの民間人の死者数は7-8月だ
けで6599人に上った。

★アメリカの語源・・・・・・・フェレンツェ生まれの船乗り、アメリゴ・ヴェスプッチの名に因んで付けられた国名で「新天
地」を意味した。コロンブス一行は、インドを目指したので其処をインドの一部と誤認し、其処に居た先住者をインディ
オ、またはインディアンと呼んだ。其れが間違いと分かったのは半世紀後だった。

アメリカの不運・・・・・・・アメリカにとってヨーロッパとの出会いは不幸の始まりだった。西洋人から多くの金銀財
宝を奪われ、時には壊滅状態にされた。其の上、伝染病と異教のイデオロギー(キリスト教)を押し付けられ、植民地に
されたのです。西洋人が「人殺し」であるのに、西洋では新大陸が「裸で野蛮な人食いの国」と宣伝した。

西洋では新大陸が「悪魔のような巨人の国」と言うイメージを、リアリティな絵を描いて宣伝した。この効果は大きく、何
時までも残った。

マゼランが作った「パタゴニアの巨人伝説」は以後250年後までヨーロッパでは信じられたし、そうした新大陸に渡って
暗黒大陸のようなアメリカにいる野蛮人を十字架の光を与えて解放しようと言う使命感を西洋人に植えつけた。今のイ
ラクに対する「アメリカの正義」も同類である。

しかし決して其れは元からのアメリカの正義ではなくて、西洋的な独善である。一度刷り込まれたイメージや先入観は、
次に新たな情報や真実が伝わっても消える事はない。ステレオタイプの固定観念となるか、積み上げられるだけである
(05/8/29のNHK教育TVより引用)。

★アメリカに憧れる尻軽日本人・・・・・・・アメリカはかつて「自由の女神」をシンボルとする寛容な国として、万民が
憧れの的とした国でした。よって市民権を求める移民が押し寄せた。だがアメリカは黒人差別が今も根強いランク付け
社会であり、学歴とコネ社会である。そのランクを上げるために学歴を付けようとしても高い学費が掛かる社会です。

従って此処には自由はない。しかも9.11テロ以来不自由さが一層強まった。町には警官と監視カメラが急増し、イラ
ク侵攻を嫌ってカナダなどへの移民が急増しつつある。米国は世界の人気者から世界の嫌われ者に変わったのだ。

今年04年で228回目の独立記念日となる「移民の国」だったが、今は常に他人の懐を狙う「ギャングの国」となってい
る。04/12/21、イラクの米軍基地では爆弾テロにより22人の兵士が犠牲になった。これで米軍としては侵攻以来
1300人の犠牲である。

ブッシュはそれでも「自由を守るため」と演説したが、そんな「正義」は最早通用しなくなった事が誰の目にも見えて来た
筈だ。自分たちでさえ守れない米軍に、イラクの何を守れるのか。そんな米国に今の人類世界が牛耳られて大人しく従
っている事は、この世代の人類の恥である。

だが其れを問わずにアメリカに憧れ、享楽や観光、或いはビジネスとして訪れる日本人が増加の一途である以上、尻
軽日本人やイエローキャブはトップレベルの恥知らずではないか。事実、小泉が擦り寄って属国並みの扱いとなり、或
いは移民と同列に蔑視されている事は沖縄を見てもハッキリ分かろう。

此れでは日本が北朝鮮から舐められて当然だ。

アメリカによる平和(パックス・アメリカーナ)・・・・・・・1920~50年代の米国は、国内の農業不振と工業の好況、株
式の上昇からスタートして株価暴落となり、其処から動きが変わった。当時の世界はブロック経済だった。

欧州各国は植民地のブロックを持ち、特に英国はポンド圏、米国はドルブロック、ドイツはマルクブロック圏で金本位制
を採っていた。だが先の恐慌により管理通貨制に変わる。こうした中、フランクリン・ルーズベルトは12年間大統領だっ
た(つまり第二次世界大戦を仕掛けた張本人だった)。

ドイツは不況の中、国家社会主義・ナチスが台頭し、政権を取って再軍備を進め、ベルサイユ条約を破棄してフランス
に侵攻し、オーストリアとチェコを併合・解体した。イタリアではムッソリーニがエチオピアに進出した。ドイツはナチスに
よる軍国主義・ファシズムが支配し、ポーランドに進出して第二次世界大戦が始まった。

先の1930年の大恐慌以来、ブロック経済が進んだので日独伊三国同盟が成立したが、1941.8月に米国は日本への石
油輸出禁止をした。其れが元で日本が英米に宣戦布告して世界大戦となった訳だが、米国は一転、「自由貿易」を標
榜した。連合国も貿易の自由化を図り、同時に「民族自決」の原則も標榜した。其れがパックス・アメリカーナだった。

1930年代から朝鮮やシナに列強の干渉が強まったが、其れに対して朝鮮やシナは無力だった。よって日本が大陸へ
進出して其の不正に挑んだ。此れを今は中国が日中戦争と言うのである。戦いもしなかった中国が、助けて貰った恩
義を仇で返すように反日と靖国批判と南京事件のでっち上げで騒ぐ。

ともあれドイツはソ連と不可侵条約を結んでいたが41年にドイツが破棄してソ連へ侵攻した。日本は三国同盟があるの
でソ連を東部から攻めて挟み撃ちに出来たし、その様に期待されたが、日ソ中立条約があったので参戦しなかった。
だが、其の恩義も忘れて終戦間際にソ連が裏切った。

他方、ローズベルトとチャーチルの戦後世界を方向付けるための会談で八ヶ条よりなる英国と連合国の大西洋憲章と
言う共同宣言をした。此れが日独伊の枢軸国に対する連合国の取り決めとして「自由貿易」や「民族自決」を表明し
た。そして7ヶ年間の戦争で彼ら連合国の狙い通り枢軸国が無条件降伏した。

所が戦後、フランスはベトナムを離さず、戦争になった。チャーチルも「民族自決は枢軸国の植民地を解放すれば良
い」として英国の既得権・植民地を手放そうとしなかったので、米国が怒った(以上の大要は06/3/9のNHK教育TVより
引用)。他国に戦争を仕掛けて権益を拡大しようとしたのがパックス・アメリカーナの実体である。

しかし其の狙いは結果的に裏目に出て、白人国家が悉く日本によって東南アジアから追い出され、既得権益を失った
のだが、米国は朝鮮、ベトナム、南米、そして尚も中東に干渉し続けて世界の平和を潰して餌食にしている。ですから
今は欧州諸国でも「世界最大の脅威は米国」と言う。

★アメリカの自然環境・・・・・・・米国の北部は五大湖などが氷河跡であり、東西はアパラチアとロッキー山脈である。
其れに囲まれた東部と中部は温暖で湿潤な広い平野部なので、豊かな農業地帯として世界第一の農産物輸出を続け
たが、過度の地下水くみ上げによって土地が荒廃しつつある。

東南部は亜熱帯に近く、ハリケーンの通り道となっている。其れに対して西部は乾燥した山岳地帯であり、放牧などが
行われて来た。

アメリカは銃社会・・・・・・・アメリカは自主独立の国である。政府に頼らず市民が自己責任で処理するのが原則
であるから銃社会が当然である。西部開拓史の時代からこれが原則だ。其れを野蛮だと他国が批判したとしても事故
に対して何の保障も出来ない。日本だって江戸時代は槍や刀を振り回していた。

それでも今ほど事件や事故がなく平和でした。米国では自宅や敷地内に不審な者が入って来たら発砲できるし、譬え
殺しても正当防衛で無罪になる。其れを良い国だと思って行くなら、其の辺りを心得違いしないほうが良い。

05/5/4のNHKラジオ深夜便によれば、05/4月にフロリダ州では街中でも銃を持ち歩き、危険を感じたら発砲し
ても良いと言う危険な法律が出来た。さすがにアメリカだ。

★アメリカの経常赤字・・・・・・・米国は85年のプラザ合意でドルの修正をしたが、87/10にはNY株価がブラックマンデ
ーとなった。以来、04/6月から米国は16回も金利を引き上げた。其の金利で釣って海外から吸血鬼のように資金を集
めた。05/6/17に米国商務省が発表した1〜3月の経常収支は1950億ドル。過去最大をまた更新した。

よって今後、最大の貿易赤字相手の中国に対して人民元の切り上げ圧力をより強く求めるだろう。一方、同時期の資
本収支は対米投資が2260億ドルに対して、米国からの対外投資が606億ドルなので差し引き1653億ドル。此れで経
常赤字の大半を穴埋めしてドル安圧力を食い止めている形だ(毎日S)。

日本がせっせとボロドルを買い支えたお陰で米国は好景気で浪費天国を謳歌していたが06年に入って住宅インフレと
なった。続く石油インフレとドル急落。FRB議長は06/5/11に金利引き上げを5%で終わる(引き上げ断念)と発表した。
此れまで日米は「蟻とキリギリス」だったが、此れで小泉蟻も共倒れとなろう。

いや傾いたドルを買い支え、アブラも円で買い支えて来たのが小泉グループであり、06/8月には円安になった。円安で
押し売りして更に貢ぐので日本は貧困化が加速した。06年の経常収支の赤字額は05年より8.2%増の8566億ドル。貿
易赤字も7652億ドルで共に過去最大を5年続けて更新した(07/3/15朝日)。此れでドル暴落に向うだろう。

其のように以前から筆者が警告した通り、米国はサブプライム問題に端を発して金融危機となり、08年には世界中に
経済破綻の激震を広げた。米国の双子の赤字とインチキ商売の尻拭いを88兆ドルだけに止めて辞任したのが福田、
代わって220兆ドルもの巨額資金を注ぎ込もうと出てきたのが次の麻生。

このように日本のリーダーたちは何れも米国の手先として励むばかりで何時までも日本国民を苦しめるだけ。

アメリカのインチキ経済・・・・・・・資本主義経済を標榜する米国はインチキ経済である。自由流通経済、市場原
理主義などの皮を被っているものの、何れも実態とは違う。戦争経済の行き詰まりとアメリカの双子の赤字から08年に
はサブプライム問題に端を発した米国経済の破綻が出始めた。

米国には幾らでも金はある。あるけど・・・貧乏人に貸すより、レアメタルやウラン鉱山や油田破壊に金を回した方が儲
かるからだ。そうすれば無資源国・ニッポンを意のままに従属出来るし、お人よし日本人からしゃぶり続ける事が出来
るからである。これが米国マフィアの論理である。

事実、日本政府と日銀はアメリカの日本「州政府」とロックフェラーやロスチャイルドのFRB(連邦準備制度理事会)日本
支店になり下がっている(「未来カレンダー」を参照)。08/9/30日、米国議会はブッシュの金融安定化法案を下院で否決
した。米国民の反感からである。よってNY株式市場は777ドル暴落した。

ラッキーセブン信仰のお国柄でトリプルセブンの大当たりが暴落とは・・・だが此の金融安定化法案の否決などは彼等
は織り込み済みである。だから日本の懐を狙っていた。日本のリーダーたちもコトノホカお目出度い。先の見通しも見
えないのに楽観的な答弁を此れまで繰り返してきたので毎度後手後手の対応となった。

そしてその都度ショックだと言って、しかも日本国内ではなくて・・・ブッシュの尻拭いをして来た。今回もブッシュは米国
民の税金を使えないから世界各国に75兆ドルの協力を呼びかけた。しかし欧米よりも先に日本の売国奴たちが即応し
て例えば日銀が65兆ドルの枠を設定した。日本人の犠牲によってブッシュのために泥沼に入ろうとする。

これが日本のリーダーである。そうして後日、彼等は金融安定化手直し法案を難なく上院で可決した。日本の金を裏か
らの脅しによって引き出したからである。



アメリカの貧富・・・・・・・自由・資本主義社会の「豊かなアメリカ」の実態は貧富の差が大きい事です。米国はラン
ク付け社会、つまり学歴重視であるが、所得格差が大きいため普通は中々大学にも入れない。学費負担が無理だか
らだ。健保や歯科保険にも中々入れない。このためか全米で200万人の路上生活者があり、車の盗難も多い。

盗難車はメキシコとか海外へ毎年120万台が輸出(其のうちロスは7万台)される。04年の冬は日本は暖冬だがロス
アンゼルスでは83年ぶりの寒波で零下の気温となる日が続き果物が被害を受けた。また今はアメリカからカナダへの
移住者が増えている。イラク戦争やブッシュに税金を払うのを拒否する人たちである。

そんな中、明るいニュースはゴジラとクリスマスくらいしかない(この項目の一部は04/12/8のNHKラジオ深夜便よ
り)。05/8月にはニューオーリンズ市をハリケーン(カトリーナ)が襲ったが、政府はイラク進攻と宇宙開発と言ったイ
ベント政治や経済効率優先の余り、長年に渡って堤防改修を放置して来たツケが堤防決壊となって大惨事に至った。

この地域は黒人居住区であり、必要な予算を削って被害を拡大した上に救援さえ怠ったのである。世界最強の超大国
の行き着いた姿がこの惨状であり、其処に駆けつけたのは救援隊ではなくて略奪犯の射殺を許可された屈強な州兵
たちだった。此れは西洋文明の進歩でも「豊かなアメリカ」でもなくて退廃ではないか。

★アメリカの農業生産力・・・・・・・米国は温帯と地中海性気候の土地が広がるので、元々、穀倉地帯として適してい
たが、牛肉食の増大で変わった。大規模なトウモロコシ生産が盛んとなり、また機械化と化学肥料の力で今や「世界の
食糧庫」と言われるまでになった。

米国には世界の食糧を牛耳る世界一の二大企業が君臨して世界中の食糧相場を支配している。だが近年は地下水
位が12mも低下して深刻になり、また化学肥料と農薬に頼る大規模農業の弊害から地盤崩壊が進み、或いは遺伝子
操作の作物の増加など限界と問題が多い。其処でアリゾナでは従来の農業を見直す動きが出てきた。

アメリカは戦争経済・・・・・・・日本は祭りの経済で永く平和を維持して来たが、米国はスクラップ&ビルドの大量
浪費社会であり、そのために世界に戦争を垂れ流す、言わば戦争経済であって、日本人が理解する民主国家などで
はない。アメリカの民主主義は変わった。食料も戦略物資とする剥き出しの戦争資本主義である。

先ず米軍は世界最強の火力(武力)を持つが、其れは此処が星の社会(星族を参照)のためである。このため議会は
軍事産業のために存在する。命を掛けて国を守ろうとする人がいてもいなくても、大多数の市民のためではなくて、一
握りの支配階級のために存在する国である。

米国を守る国防の為にではなくて、軍事経済の企業が国防総省に売り込みを掛けて利益を維持するために議会や国
民があり、その下に侵略され、犠牲となる諸外国が設定されて行く。パールハーバーでは日本を見事に罠に嵌める事
に成功したのでベトナム戦争でも同じ手を使った。トンキン湾事件もデマであり、議会のためのヤラセだった。

ベトナムを侵略するための口実に事件を捏造した事が後になって判明した。このためベトナム戦争以後は徴兵制から
志願制に切り替えた。反戦運動を封じるために、議会の戦争決定権を大統領の権限に変更した。こうして一人の判断
で戦争が出来る仕組みにした。国民を守る国防ではなくて、企業の利益のために動く大統領とした。

要するにかつてのローマ帝国と同じです。侵略のためには初めは自由貿易などで相手に近づく。そして先ずイランでは
パーレビ国王を立てた。其れに失敗した時はフセインを利用した。今、世界中の軍を動かしているのは石油である。経
済も石油が支配する。其の点でイラクは世界第二の油田がある。

だから情報操作によってフセインを悪者に仕立て上げるように議会を動かし、イラク攻撃を正当化して邪魔になったフ
セインを嵌めた。よってイラクが譬え平和となっても米軍基地14ヶ所は今のまま常駐させる計画である。此れにはシン
クタンクが大きく寄与した。

彼らは情報を集めると同時にイランの次はイラク、イラクの次はレバノンや北朝鮮・・・と次々と新たな脅威を作り上げ
るのが仕事である。チェイニー副大統領はハリバートンと言う企業家と組んでそのための商売を合法的に進めるプラン
ナーであり、此れが旨く行っている限り、世界から戦争はなくならない。何故アメリカは戦うのか。

其れは「世界の警察官」と言う自覚ではなくて情報操作で世論を動かし、戦争を正当化する戦争主義経済のためであ
る(以上の大部分は05/12/18日の「何故アメリカは戦うのか」NHK総合TVより引用した)。
次に同じ05/12/18日の毎日記事によれば、「ブッシュ氏、最も不人気」と言う。

世論調査では歴代大統領の中で「ブッシュが一番嫌い」との答えが43%に達した。今は欧州諸国でも「世界最大の脅
威は米国」と言う。06/11/7中間選挙で共和党が惨敗し、ブッシュは慌ててラムズフェルド国防長官を更迭した。あと2年
の任期を維持する為にアフガンとイラクの失敗を彼に着せたのだろう。

だが米国の犯した他国での殺戮は元に戻らないし、後任に元CIA長官のゲーツ氏が指名されたのでは世界中がゲー
ッゲーッと言うに違いない。

アメリカ日本だった・・・・・・・コロンブスがアメリカを発見したと言っても其れは西洋人の誤解であり、世界史的
に見れば無意味な観念である。其処には当時何もなかったなら兎も角、既に人類が高度な文化を持って何の問題もな
く平和に暮らしていたのであり、実は1402年に明の永楽帝の命でシナ人が到達していた。

またそれ以前には日本人が度々渡航しており、多数の古墳(マウント)も作ったし、ヒエログリフ(神代文字)も残してい
る。日本人はペルーまで行って、縄文土器まで残していた。とすればアメリカは日本の一部だった。ただ其の地を日本
人はアメリカと言わず「エビス」と呼んでいたのです。

其処へコロンブスがインドと誤解して漂着したのが1492/10/12の事だった。以来、ヨーロッパ人が植民して512
年の歴史しかない。国家としてはイギリスの植民地から独立したのが1783年のパリ条約ですから05年で222年の浅
い歴史しかない国であり、古い歴史を持つ長寿の日本から見れば子供の国である。

▲アーリア人・・・・・・・・アーリアン、即ち貴族を意味したが、古代インド、ペルシャにいた一部族で後にインド・ヨーロッ
パ系人種を指すようになった。Bc2c〜Ac2c当時、大陸ではローマ帝国と漢と言う二大帝國が栄え、その間を通るシ
ルクロードには大月氏、匈奴、西域があり、特にパルティア王国が邪魔していた。

北方及び西方の異民族をシナでは胡人、即ち「夷」とし、漢の時代にはパルティアを安息国と記しているものの、アーリ
ア人や北方、西域に住む異民族を戎てきや胡人、即ち未開な「夷」と見て来た。だが胡人は、西のローマ帝国からシ
ルクロードを通って東の漢に胡弓、胡麻(ゴマ)、胡椒、胡桃(クルミ)、胡瓜(キュウリ)、胡馬(コバ)を伝えている。
       
アメン神・・・・・・・古代エジプトの主神で杖を持つ姿で描かれる神。古代エジプトでは魂の再生復活が信じられて来
た。其の神はアンクとアメンの二つがあった。再生復活の神として先ずアンク(アーンク=大日如来を参照)があり、次
に太陽を祭る王としてアメン神があり、これはアモンとも呼ばれた。

更に「太陽の息子」を意味する「ラー」が付けられて、アメン・ラーともなった。因みに日本でアメは天であり、天から降る
のが雨であり、神が降臨する事をアレ、とかアモルと言った。とすればアメン、アモン神は日本の天津神の一人が彼の
地に天下りした事を意味する。

其れが後のキリスト教で唱和する「アーメン」やインドのオーム、仏教のお題目のナーム(南無)にもなったとも推測でき
る。出来るのだが・・・・

アーメン・・・・・・・ヘブライ語で「真に」とか「確かに」とか、「かくアレかし」の意味で祈る時に唱和する言葉。だが日本
では古来、アメは天であり、天から降るものも雨と言い、神が降臨する事も天下り、ないしアモルと言った。また天地を
祭り、暦を作って時には雨を降らせるヒジリや天子を「天津・アメ」の名を冠し、其の後継者を「天津日嗣」と呼んだ。

特に日受けの儀礼の際にはアームと言い、其れをインドではオームと言い、シナでは南無と書いた。何れも本来は神
の降臨を期した上で、神との陰陽一体化を望み、「帰命し奉る」と祈る言葉だった。

▲あやかり商法・・・・・・時代の流行に乗り、或いは何かに便乗する商法。例えば大阪池田市にあるチキン・ラーメン
のメーカーは創業者・現会長が安藤百福氏(95歳)である。1958年に「瞬間湯熱乾燥法」と銘打ったインスタント式の
ラーメンを開発した一人としている。には違いなかろうけれども、独創性と言うよりは宣伝上手で成功した。

例えば「日清」と言っても日清戦争に関係した訳ではなくて、寧ろこの頃ご成婚の正子様の生家が日清製粉であったか
らだろう。日清の名の付いた大企業がこの頃は既に製紙、製油、紡績など有って何れも名門揃いだった。

「寄らば大樹の陰」の倣いによって、其の名を借用すれば名門の一族と世間が誤解するのでポット出の無名小企業に
とっては一番手っ取り早く注目される方法だった。独自の特許権など無くても此れで他社に勝てる。よってその後に他
社(松永食品、ハウス食品)など各社と永く揉め続けた事は衆知の事実である。

だが当社が大躍進できたのは其のチキンではなくてカップヌードルである。※其れは実は筆者が当初に「容器入り」の
アイディアを提案したからだが、其れを当社はにべもなく断った。其れを後に真似たのがカップヌードルとして当たって、
昭和53年頃からの売り上げ増で息を吹き返した。

断られたから筆者は特許申請もしなかったので今更言って見ても無駄であるが、最近は「インスタントラーメン発明記
念館」などを建てて個人崇拝的な宣伝までしている。NHKや他のマスコミも熱心に当社の宣伝に関わった。公共性の
「NHKも」である。其処で誰もが「そんなに立派なお方だったのか」と思わせられる。

よって筆者も先のアイディア提供の一件を告げた所、またニベも無い返事が担当者から返って来ました。其れが法律
上でも商売の上でも世間の常識と言うものだろう。譬え感謝すべき点が有っても無視し、足蹴にして行かなければ、こ
の世は渡って行けないし大会社に発展する事も難しい。

努力や信用や道義・道徳ではなくて今は真似事か宣伝力である。例えば今や宇宙飛行の時代となった。このため05
/7月には「宇宙食ラーメン」を発表した。無論第一には便乗すれば只で宣伝になるからであって品質性能は第二の問
題であろうとは思うが時流に乗ってまた大躍進すれば良い会社になるかも知れない。

筆者もチキンラーメンが大好きなのでもう既に40年間も、飽きずに毎日食べ続けている。だから体の半分はもうラーメ
ン体質になっているかも知れない(文責:K)。

※付記----世界で初めてカップラーメンを開発したのは日清食品と言う。でもその実、Kのマネだった。創業者は故 安
藤(旧姓は呉)百福氏。大阪池田市の屋台のラーメン店主から出発して、やがて世界初のインスタントヌードルのチキ
ンラーメンとした。

しかしインスタントラーメン会社の乱立で業績が悪化し、起死回生の新製品として開発したのがカップヌードルでした。
会長の安藤百福氏は台湾籍から日本籍に変更した帰化日本人です。当然この人物の名前と業績は台湾のみならず、
世界中の中国系の人々の間では有名となったが08年没。





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