http://hijiri.tamajiri.com 「日知り事典」 page351.html(未定稿) ![]() 日知り事典 ミ〜ミソ 「み」・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・ ・・・ ・・・ ・・・●○◎□◇■◆△▽▲▼☆ み●●・・・ ・・・ ・・・ ・・・ み● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ■▲◆★ ●み・・・・・・・「み」は「身巳見実未水」などの「み」であり、「ミミ」と重なれば「耳、親方」を意味し、「み」はまた数字の「三 つ」である。 ●みあらか(御殿)・・・・・・・昔の「アラカ」は新しい日を意味した。其のアラカ(新日)を見る施設を言った。今も正月には 「年の初めの新玉(あらたま)を迎える」と言う文化が日本には受け継がれています。日時を改(新)まって観測して暦時を確 定する場をミ・アラカと言い、「カ」は「日」及び「場所」を意味した。 此れに其の後、「殿」の字を宛て、或いは「見アラカ」を「御殿」と書いた。またそうした御殿に居着く男たちを「殿方」と尊 称した。 今は「殿方」と表示してあるのは男子用トイレだけとなったが、本来は「見アラカ」から来ていると分かればアラタな発見 ですね?例えば宿直と書いて昔は「とのい」と読んだ。此れはミアラカで不眠不休の天文観測をした「殿方」が居た事か ら来ている(御堂、子守を参照)。 この様に言霊を漢字にした結果、発展したのではなくて寧ろ誰の目からも昔の文化を隠して意味不明としたかに思えま す。 ●ミアレ・・・・・・・アレは神がこの世に「有れ」「現れ」ます事である。昔は其れを荒神とか権現とも書いたので誤解され ている。今も秋葉本宮や賀茂社ではミアレ神事を行っている。つまり「ミアレ」とは神がその場に降臨する事であり、其 れを影向・示現・顕現とも書いたが、その場を御嶽・ミサキ・ミタキ・ウタキと言い、或いは御崎・御影・御陰とも書いた。 御嶽や杜(モリ)信仰も起源はこのミアレと同じかと思われる。ただ中には「御陰」を「ミホト」と読む人もあるので混同し ない事。 ▲ミイラ・・・・・・・日本では古来、死人を土に埋めてまた芽を出す事(再生)を祈るのが習いだったが、古代エジプトで は風葬した。其れでは魂の再生は無理と思われるが此処では人間を肉体と、魂「バー」と、其れに存在の本質である 「カー」と言う三つ要素で捉えていた。乾燥した土地では肉体は直ぐにミイラ化する。 三つの要素の中で、肉体がなくなればあとの二つが行き場を失うので肉体をミイラ化して残したと言うものである(「世 界ふしぎ発見」2004/4/25日より)。 次に最近イタリアの北部で何と5000年前のミイラが発見された。雪の中からだった。しかし其の関係者が次々変死を遂 げて「ミイラの祟り」と恐れられた。発見者が先ず雪の中で遭難死。ミイラを運び出した人も医者も急死。そしてミイラの 所へ案内した山岳ガイドまで岩場で遭難死したからである。 またミイラを報道したオーストリアのテレビクルーも急死した(05/4/26のNHKラジオ深夜便から)。日本でもやたらに発 掘をしているが遺跡発掘関係者はご用心を。 ▲ミエ象・・・・・・・日本列島で300〜400万年前にいた古代象のこと。マンモスやナウマン象よりも古い時代の象であり、 化石が三重、大分、など国内の数十箇所で発見されている。当時の日本は確実に温暖だったのでしょう。 ▲御影・・・・・・神、または神霊。 ▲御影石・・・・・・元々日本列島の山々が殆どが花崗岩から出来ていて、特に金剛山などは花崗岩の塊だった。しか し風化が進んで今はボロボロになった。其処で背後に六甲山のある神戸市御影で産した花崗岩が「本御影」として有名 になり、更に今は四国高松に産する御影石が安治石として有名。 其の外、各地に御影石の産地があり、白御影や黒御影として「お墓・灯篭・記念碑」などに使われて来た。また最近は 国産の御影石より安い中国からの輸入品が主流になって来たが、国内で使う物は、輸入品よりも国産品の方が日本 の気候風土では長持ちするのではないか。 以下、http://www.e-1483.com/modules/myalbum1/photo.php?lid=4「林石材店」より引用すれば、 (1) 石の種類--- 中国黒hayashi 見掛け比重 2.970(t/?)吸水率 0.017(%)圧縮強度 119.80(N/mu) インパラブルーhayashi 見掛け比重 2.951(t/?)吸水率 0.034(%)圧縮強度 119.60(N/mu) FG hayashi 見掛け比重 2.951(t/?)吸水率 0.034(%)圧縮強度 119.60(N/mu) ファイングレイhayashi 見掛け比重 3.018(t/?)吸水率 0.006(%)圧縮強度 121.25(N/mu) 浮金hayashi 見掛け比重 3.068(t/?)吸水率 0.030(%)圧縮強度 254.366(N/mu) 安治石hayashi 見掛け比重 2.660(t/?)吸水率 0.240(%)圧縮強度 181.300(N/mu) 磐梯hayashi 見掛け比重 2.655(t/?)吸水率 0.186(%)圧縮強度 120.720(N/mu) 吾妻御影hayashi 見掛け比重 2.653(t/?)吸水率 0.238(%)圧縮強度 119.960(N/mu) 深山吹雪hayashi 見掛け比重 2.720(t/?)吸水率 0.260(%)圧縮強度 164.640(N/mu) 稲田石hayashi 見掛け比重 2.630(t/?)吸水率 0.220(%)圧縮強度 167.480(N/mu) 青葉御影hayashi 見掛け比重 2.658(t/?)吸水率 0.107(%)圧縮強度 106.380(N/mu) (2) 石の仕上げ--- ▲本磨き 磨きは粗い砥石から徐々にきめ細かい砥石に替えながら研磨して仕上げる。 ▲ノミ切り ノミで払い落とし、仕上げである。 ▲こぶだし仕上げ 割り肌は原石をセリ矢などで割ってつくる。この面の周囲四辺を払い落とすとコブ出し仕上げとな る。 ▲こたたき 両刃で平行線の筋を出し、仕上る。 ▲ビシャン仕上げ ビシャンで梨地柄に叩いて仕上げる(引用以上)。 「安治石」、「石切」を参照。 ●帝(みかど)・・・・・・・角を見るからミカド。つまりミカドとは「門を見る」立場のお方。と言っても門番ではない。昔は大 王と書いて日本ではオホキミと呼んだが、オオキミとは「大木見」、つまり「大きな木」ではなくて太陽の御柱を見た方で ある。そんな事から帝の座を「日のミクラ」とも言った。 要するにミカドとは南面する1本柱を北の位置から見て、日影の角度を見た方である(「御柱」、「玉串」を参照)。 特にミカドは先帝の墓地を守るために、前項の殿(みあらか)に居ついて太陽を観測し、柱、即ち御門(神門・鳥居)の 日影の角度の作る日影のラインを観測して刻々と動く影に印を付けて暦を作定したヒジリだった。 外にもミカドの名は、81土御門(つちみかど)天皇、103後土御門天皇が出たり、今でも京都府庁の北に元土御門町や土 御門町がある。この「土ミカド」と言う場は今は御所の西になっている。だが其処は元の旧・平安京の場合の東にあり、 春宮(若宮)の位置づけにあった。 此れは戊・己(つちのえ・つちのと)の場が朝廷の祭りの場では五行(別項参照)の四方ではなくて、中心部の内裏で四隅(四 季の節目)を見る立場から置かれたからである(土用を参照)。何れにせよ「ミカド」は日の出を見守る中心的な立場 (主座)のお方と言える。 こうした立場の官職が御門、帝(角を見る方)、オオキミ・太政大臣(オホキオトド)、弁官、目(さかん)などであり、その筋の家 では野に下っても主典(さかん)・佐・衛門(衛門を参照)などと「門・目」の一字を世襲(襲名)した。次に天皇陛下と書く場 合の「陛」の字は他に使われる事がない神聖な文字とされるが、此れにしてもキザハシ(階)を意味する。 此れも祭の壇の端(陛)下に於いて、「天気がどうか」など、天の「兆し」を見る意味と理解できる。 ★三日月・・・・・クレッセント。 ▼三日月・・・・・此処で言う三日月は爪の白い部分。体内に水分が有れば出るが不足すれば出ない。出ないのは脳梗 塞の前兆とも言う(月刊PISC06/10)。 ▼ミクマリ(水分)神・・・・・・・・水を配分する水神。以下「ヤフー知恵袋」に回答した中から転載する。回答日時: 2008/3 /20 19:03:49 回答番号: 47,613,417 例えば大阪と奈良の間の葛城山を越える竹ノ内峠には水分神社があって、水分を「みくまり」と読みます。ご祭神は言 わば水神です。また其の南方には水越峠があります。何れも山の分水嶺を意味します。奈良は常に水不足の土地柄 でした。雨雲は上空300メートルくらいの所を飛びます。 しかし其の行く手に山が有れば、折角雨雲が奈良に向かっても、山に引っかかって大阪方に降ってしまう。なので奈良 には千切れ雲しか飛んでいかない。だから奈良は慢性的な水不足となった。其処で奈良の人たちは峠には「みくまり」 の水神を祭って奈良にも水を配分して下さるように祈ったものと思います。 ★ミクロ(マイクロ)・・・・・共に「微小」の事。 ミクロはギリシャ語のmikrosから来ていて、フランス語ではmicro、現代では マイクロと読む用例が多い。反対語はマクロ。 ■ミコ(皇子・親王)・・・・・・・本来の「みこ」は神子であり、御巫・巫女であったが、天皇の嫡子・養子の場合は皇子・皇 女と書いた。それに対して、御子は天皇家以外の嫡子を意味した。神子とか御子に「子」の字が付けられるのは北から 南に面して太陽によって父祖を祭る立場を意味したものであり、単なる敬語ではない。 蛭子や卑弥呼も同じ立場を別の漢字で書いたものであり、神社で「若宮」とある場合も同様の立場を示したものでし た。また太子や皇太子のほか、シナの孔子や孟子など諸子百家も好んで「子」の字を付けたのも、こうした日本の聖の 系譜を示唆したものであって彼らの実名は外にあった。 因みに、今の皇室典範では歴代天皇の子と孫を男子は親王、女子は内親王と言い、曾孫以下の男子を王、そして女 子を女王と言う外、一般的な敬語として天皇の子孫を「殿下」と呼んでいる。いや其れは戦前の事であって、今は親し みをこめて「○○さま」と騒ぐようになった。 ●神輿・・・・・・神様の乗り物。つまり輿である。神輿の形には八角と四角があり、其の周りに井垣・鳥居を立てる。屋 根には鳳凰を飾り、下には柱を通す構造としたもの。数人以上の人が此れを担ぐ為である。ミコシは神様の宮殿のシ ンボルであり、或いは神様の乗り物とも解釈されている。 だがミコシは現実に聖が居着いた御堂(別項参照)の縮小版(ミニチュア化したもの)でした。其れに対して神輿の尻に ついて「お供する」ように曳き回される山車(ダシ、ダンジリ)は人の住まいかバス(または船)である。 檀尻(別項参照)は、大きさも重さも神輿の何倍もあり、彫刻や提灯や派手なデコレーションでゴテゴテ飾り立ててはい るが、神の乗り物ではなくて人の乗り物(バス・船)であり、しかも霊柩車か仏壇造りであり、つまり人の死を意味する様 式を採る船形か曳き箱車(船)。 因みに仏壇は仏の住むと言う極楽浄土を想像・具象化して寺院様式としたものを更に真似たものである(冒頭の「相似 象」、及び「天円地方の理」を参照)。 また旧約聖書にはアーク(神との契約の箱)が記述されているが、無論現物は無いので「神と契約した」と主張するユダ ヤとしては其の証拠として此れを見つけ出すのを悲願としている訳だが、2000年間掛けてもまだ見つからない。所が其 の記述を元に再現すればミコシと殆ど同一となる。 ミコシなら日本には幾らでもあるのですから日本は正に神国だったと分かります。 神輿は数が少ないがダンジリは数が多い。神輿は其の神社で祭るご祭神の数だけしかないが、ダンジリの数は地区 毎に有る為だ。 また神輿がお旅所との間を行き来するのに対して、ダンジリは神輿の尻尾(壇尻、どん尻)について回る言わば荷車や 船(ふなダンジリ)だった。神輿が極部の点と点を繋ぐように一定の筋道を往来するだけであるのに対して、ダンジリは 各地区または広い支配領域をくまなく巡回する言わば下世話な立場である。 だから縄張りを廻る場合は其の上に人が乗り、更に屋根には「大工」と呼ばれる囃子手が乗る。其れが岸和田のよう な例である。祭りの主役は神輿なのだが、皮肉にも寧ろ今はダンジリに人気が集まる。霊的にも大勢が乗り込んでく る。数百年の歴史のある祭りならば数百人の役職者の霊が乗り込む。だから入魂式の直後、決まって重たくなる。 また神輿は古くなれば其のままお蔵入りする。転売される事はない筈だが、ダンジリは場所をとるので転々と世渡りを 重ねる。堺や岸和田で活躍したダンジリはお古になってもまた周辺の都市のダンジリとして高額で転売され、其の次も また解体・修復の上、他府県の町に転売されて行く。此れがダンジリの宿命であるから神輿とはこの点でも違う。 ●命・尊・・・・・・大国主命とか国常立尊と言うような神名に使われる漢字である。命も尊も元々は恐れ多い神の名を言 わずに○○のミコトとして呼んだもの。ミコトとは見事、または御事。見事とは見る事ができなくなった神を柱の日影の 位置を見て確認する事からであり、此れを影向(ヨウゴウ)とも言った。 ▲三言・・・・・・・亭主関白の家で、主人が妻に言う「メシ、食う、寝る」の三言の事。でも此れからの三言は是非、「有難 う、御免ね、大丈夫?」にしよう(07/4/10NHKTVクローズアップ)。だいたいカカア天下(殿下)に対して、関白などは初 めから1つ格が下であるのだ。今は更にもう威張れない時代になった。熟年離婚を見ろ。 ▲ミコト号・・・・・・・船名の事ではない。名号と言えば「阿弥陀如来」の尊号であり、其れを唱える事を称号と言うのに 対して、此処で言う「ミコト」号は神名である。天理教では信徒に対してこのミコト号を与えているが、一般では戒名・法 名だけしか与えていない。其処で一案として当会が掲示板で提案した。 ---------官位の贈呈 投稿者: ヒジリ ・・・・各宗派では戒名・法名を授与していますが、「鬼の会」としては生前没後 の戒名・追号は兎も角、先ず生前に宮号に相当する位階を贈与、または追号する予定です。但し此れは金銭による売 買ではなくて、地元の祭りについて、方位を調べて「神々の歳時記」に掲載した方の、言わば卒論、または博士論文に 当たる知性に対して送呈したい。 この提案について、名刺に印刷して恥ずかしくない程度の形で例えば、円宮・黄一位とするか、或いは正一位・・・・ 等々。ご意見またはご希望が有ればどしどし仰って下さい。 ---------面白いですね! 投稿者: ヤマス・・・・・暦が届いてみて、やはり実証して確証したいという思いがあります ので、地元のお祭りや、興味のある場所、人々の歳時記を検証していくとなると凄くやりがいあるし・・・博士論文に相当 するなんて!なんか気合もはいり嬉しいですよねっ。 清明さまの時代も天文学の部署もあったようですし。藤原定家さまもその暦の書庫に入りびたりですべて読破していら したと聞きました。ぜひ挑戦したいと思います!! ---------投稿者: ヒジリ ・・・・「面白いですね」様、有り難う御座います。祭りの起源については優秀な方々や諸学問 が山積し、また政府も祭り事と言い、しかも文教政策を標榜しながら従来は検証までは成す術もなく、従って一切を怠 って来ました。 何れにせよ祭りの起源が明確になれば地元の「町おこし」に一役買う事になりますから、その功に応じて自治会や氏子 総代会・神社が「勲一等」を与えるのが一番望ましいのですが、今は何処も此れをしていない。お寺は檀家の希望者に 戒名を与えるものの、その戒名や院号には何ら意味はないにも拘わらず高額戒名料を取っている。 其処で鬼の会が希望者には生前に「○○ミコト」を贈呈して見ようかな、とも思うのです。こうしている間にも毎日赤ちゃ んが生まれ、或いは惜しまれて亡くなる方が有るので事は急ぐ。 ただ其の都度バラバラ、尻切れトンボとなってはいけないので、歴史的にも繋がり、更に全国的にも一定の合意が得ら れる定義の規格で継続性の得られるように取り決める必要性があると思いますので、皆様のご意見を期待します。 取り合えず鬼の会としては、謎解き出来た方には例えば「○○ミコト、○○彦」とか「春宮正一位」とか「南宮正三座」な どの名号贈呈なら幾らでも出来ると思っています。 ▲ミコト持ち・・・・・・・山には山に、川には川に、海には海にいて神の命(意思)を持つ人。野にもいて、特定の地域 には其の地の天気を知るヒジリがいたり、郷土の歴史を知っていて何か起こった時に正しい判断をしてアドバイスする 古老がいるものです。登山する時や漁に出るに当たり、彼に運良く挨拶する事が有れば其れだけで無事戻れる。 ただ彼(命持ち)は普通の人であるから誰が「命持ち」かが中々分からない。時には幼児であったりお婆さんであったり する。神は最も伝えたいルートや人物を使って其れを伝えれば良いのであって、特定の人が何時も「命持ち」である必 要は全くないのです(一部はひょうたん先生談)。 ●陵(みささぎ)・・・・・・身を捧げた所。死者は遺体を、身内の者は其処に居ついて時間を捧げた所。ただ今は古墳や 塚の内、特に天皇陵を言う。世界各地に古墳は残るが、中でも日本の古墳はその数においても世界一多く、其の規模 も世界一巨大であり、或いはキトラ古墳の天文図にしても世界最古の精緻なものでした。 古墳の多くは普通の昔から有った小山ではなくて人力で、土を盛り上げて山のように築き上げた所(聖域)です。其の 中に埋納した副葬品も世界の最高水準のものであり、何れも当時の科学、芸術の粋を結集したものでした。其れがゼ ニカネのためではなくて先祖の為に行って埋めたのですから日本人の貴い精神性と行為の事実を黙示しています。 しかも其れが寺社の建物など、目に見える所ではなくて、目に見えない地下に設えたと言う点でも見上げた文化です。 此処には「土地はイコール神」とする観念があった。所が進化した筈の現代人がする事は、機械で山を崩して他人が見 ていなければ地下にゴミを埋めるのです。此れが無神論の果たしている行為である。 さて、日本固有の陵として前方後円墳が有名ですが、何れも別々の方角を向けて築かれている。考古学では其の方角 の謎も、また巨大な陵と小形の陵の意味や最も肝心な埋葬者(被葬者)の特定と言う命題も解明できないので、本書が 方位は命日であるとして「神々の歳時記」、及び「古墳の方位資料」で一々解説し、実証しています。 ★ミサイル・・・・・・・飛び道具(ロケット、テポドンを参照)。06/7/20に地対空誘導弾パトリオットの沖縄配置が決まっ た。しかも年内と言う。米軍の嘉手納基地は此のため600人増強される。此れでアメリカや東京ではなくて沖縄が標的 にされるだろう。米軍再編で日本は3兆円を米国に与え、日本の司令部が真っ先に叩かれる準備をした。 此れに対して北朝鮮がテポドンを発射して見せた。米国独立記念日の7/5である。だが米国本土は安全である。とすれ ばどっか変ではないか(西埜説)。そうした大方の声に反してパトリオットPAC3が配備される。此れは敵のミサイルが 15kmまで迫った時に複数発・発射出来る。だが命中するかどうかは分からない。 ▲水・・・・・・・水を古語ではwata、wadaワダと言い、此処からスラブ語のワダとなり、英語のウォーターwaterにも変 化している。ワダツミ(海人)の神はナーガ(龍蛇)であり、もしくは和の「ミズハノ女メ」であり、中世以後は「観音様の恵み」 と捉えて来た。インドではサラスバティエィー(弁天)であり、或いは月の教えとして釈迦仏教を生み育てました。 要するに水は月の精であり、其れを司るのが女性であり、従って水神が言わば観音様としてシンボライズされて来たと 見ても略間違いではない。観音様は浄化の神であり、慈母のような涙の形の慈愛の恵みを垂れて祓いをされる。だか ら風雨となってこの地上を常に洗い清めて下さる。 と言うように見て来たのが日本人だった。だから日本の水は何処でも豊富にあって、湯水の如く使われても大切にされ て来ました。其れはお国自慢で言うのではなくて、海外から評価されて来た事実です。例えば、「神戸ウォーター」は日 本人なら当たり前の普通の水だった。しかし外国船の船員によって有名になった。 日本の水は明治まで、赤道を越えても腐らない。臭いもない。水道水でも飲める。と言う点で驚かれていたと言う。 水は化学的には単なる酸素と水素分子の三位一体の化合・構成物です。このため3拍子のリズムで生き物と植物を育 み育てます。従って植物の場合もシンメトリック(左右対称)な形には中々成長せず、全体として三角形になる。また月 は他の天体と違って変化のシンボルです。 一つの月が満月や三日月や新月や上弦・下弦と言う変化を繰り返す存在として人類に「ツキ読み」の暦法を与えまし た。従ってそのツキの精である水も物理的に見れば三態に変化する。氷ったり液体になったり、時には湯気になって舞 い上がり、消えたりする点です(水の不思議を参照)。だから女性も化ける。 娘も月が満ちれば妊婦に、そして歯が欠ける頃から女も老婆となって腰が三日月になります。外にも衣装や装身具を 使って別人のように成り澄ましたり、ヘアスタイルを変えただけで、もう男の目をたぶらかしますが、更に化粧品を使っ て日夜美人になる努力を死ぬまで惜しまないのですから驚く外は有りません。 さて、水の話でした。ともあれ、下記のように最近では「水資源」の危機を叫ぶ人たちが増えて来た。しかし叫んで見て も、自然界は人類の目線よりもずっと高い存在なので、彼らの思う壺通りには決して運ばないでしょう。もし此の水神・ 観音力に異議が有るなら、科学の力でたった一日でも良いから雨を降らせて見れば良い。 ▲水(字義)1・・・・・・・水の字は川の字を変化させた象形文字と言われる。確かに其のようにも見えるが、其れでは水 の略字のサンズイ偏も川の字の変形なのですか?水臭い話で済みません。昔から人の常識として水は常に水平の存 在として誰からも認められて来ました。 其処で文字では横一線として示した。五行の一つで水の位置は方位の北、季節では冬、五色では黒、五星では辰星・ 水星、五音では羽、五情では智、十干では壬・癸(ジン・キ=みずのえ・みずのと)を意味する。そうすると「川」とは殆ど 関係ない事になります。水の字は実はモヒトリ(別項参照)の祭りから来ています。 水田に柱を立てて、柱から四方八方に糸を張って太陽観測をしました。其の水準が横線・水準線でした。水準を基準に コヨミを作った。太陽が丙ひのえ・ひのと、柱が木のえ・木のと。其の影を落とす水田が水平線のあるミズノエ・ミズノトにな ります。でも水の形を象形文字にするには捉え所がない。だから水の字を壬・癸としても良かった。 良かったのだが、縦にした。水田に柱を立てて糸を張った祭りをリアルに示して水の字にしました。縦棒が木の柱、そ れに交差するような×印のような形は柱から四方に糸を張った形です。そうすると先の五行の北、冬、黒、智、壬・癸と ピッタリ意味が重なります(五行を参照)。 ▲水(字義)2・・・・・・・・・水の字(漢字)は水とは似ても似つかない文字です。どうしてこんな文字にしたのでしょうか。 「水」の字よりも「シ」(さんずい偏)の字のほうがまだ「水滴」と解釈可能な文字である。だが今の漢字解釈では「水」の 解釈を「川」の変化くらいにしか答えていない。つまり学問的回答になっていない。其処で本書が回答する。 水の字は水田に張った糸の様子を示して水の字に代えた。他の場合の例えば法(のりを参照)の字は「去る水」と書い て「のり」と読ませる。此れが何を意味するのかと言えば、泥田と勾配を意味した。何故そうなのかと言えば、口分田の 法理だったからです。 当時は先ず水田に水を張って一本柱を立てて柱から四方に糸を張って日影を計り、其れで勾配と寸法比を出して暦を 作り、その後に測地をした(「法」、「御柱」、「玉串」を参照)。この場合の寸の法が寸法である。その後に水を抜けば泥 田に糸の条痕(条文)が残るので、其の形を天理の条理・法線、「法理」、即ち「のり」と認識した。 そうした観測の場を「寺」と書いた。ですから寺の字は士に寸と書く。「士」は武士の士ではなく、土に十字を印した所で した。十字はロザリオではなく、定点(結び目)を意味したのです。日影の勾配と寸法比の整合性を採りながら其の作業 を拡大して行けば、四角四面の升目のような方丈や口分田と条里制が出来上がる。 この場合、一本柱に玉(考古学で言う車輪石、または石釧)と言う分度器のような穴あき神器を使えばより正確な角度 が採れる。此れを御柱(見る柱)、または玉串祭りと言い、神や先祖を祭るために太陽観測をして暦を作るために行っ た。因みに此の場で使った糸については慶弔祭事の水引(下項参照)と言う形で今も伝わっている。 ▲水色・・・・・・・かつて、「恋は水色」と言う唄が有ったが、其の水色とは一体どんな色かと言えば、「限りなく透明に近 いブルー」なのでしょうか。水は透明であり、水は月の精であり、其の月が新月から三日月、そして満月へと変化するよ うに、水もまた変化する。水が沸騰すれば蒸気と言う気体となり、常温では液体だが冷えれば氷となる。 これを水の三態と言う。更に水は四季により其の色も変化するので、自然界では「五色沼」などが見られる。春は紺碧 色、夏は白濁し、秋は澄んだ透明感を見せ、夕方は茜色や金色にもなります。そして冬は何故か赤く染まるのです(但 し水道水ではこうなりません)。 ▲瑞垣・・・・・・・神社の石囲いや板垣。だが本来は祭りの場として仕切った場の事。玉串の祭りは地平線や水平線の 中に一本柱を立てて行われた。この柱を見柱と言い、或いは「宮柱」とも高木とも言いました。其れを漢字では「御柱」と 書いたので今では訳が分からなくなった。水平線と言っても、要するに今の田んぼです。 水を張った田んぼが「水垣」であり、此れを漢字では「瑞垣」と書いたので訳が分からなくしました。でも「玉垣」も此処か ら来たものでした。ですから「垣」の字が付いても「石垣」と同じではないのです(「玉串の祭り」を参照)。 ▲水草・・・・・・・ ▲水資源・・・・・・・水は資源であるとする考え。例えば「世界水フォーラム」(第3回)が行われて「水資源の危機」を叫 んで見たものの、其の実態は部外者排除の独占・利権団体、上下水道関係業者の権力高揚の演出フォーラムだった かに見えた。つまり料金・手数料の現状維持の確保を図るための自画自賛のデモンストレーション(宣伝行為)だった。 彼らが果たして先の利権を目的に此の催しをしたのか筆者は知るべくもないが、占星術的に見れば、太陽の軌道は水 瓶座(別項、または「温暖化」を参照)に入ったので此れからの地球は確実に渇水期に向かうでしょう。しかも其の前に 地球の水資源が石油と同様に有限のものと見れば奪い合いとなり、そうなれば悲劇です。 でも石油と違って水はリサイクル出来るのですから騒ぐ事はないのですが、水争いが既に昔から有ったし、現実にも世 界各地で起こっている。だから彼らは「21世紀は水飢饉の時代」と煽り立てる(此れを「水臭い」、または環境ファッショ と言う)。 何れにせよ、従来からの一定の水量が有っても人口爆発が起因して、今後は利権がらみの水不足となる地域が増え る。特にAA諸国の人口が増大して、今63億人に対して2030年には80億人になると予想した場合には心配になるでし ょう。 日本は水に恵まれているので一人当たり一日250リットルを使っているのに対して、AA諸国は今でも1人50リットルで す。国連推計によれば、今のままでは水が原因で年間500〜1000万人が死亡し、12億人が水で苦しみ、そして2025年 には48ヶ国が水不足となると言う。 全世界の病気の80%が汚れた水を使っているのが原因であり、此れは世界の50%が下水設備がないためであり、更 に淡水魚の20%が汚水にいると言われる。米国では農業用水としてポンプで地下水を汲み上げ続けたためにオガガ ラ帯水層の地下水位が12mも低下してしまった。当然地盤沈下と農耕地の荒廃と言う事態を招いた。 此処に限らず、河川の流量低下と水質汚染が各地で進んでいます。あのシナの大河、黄河でさえ今は断流となり、海 までの流れが無くなった。アラル海(別項参照)も1/10に縮小してしまった。此れはソ連時代に綿花栽培などの間違った 農業方式が災いして1960〜67年までの僅か7年で湖を死の土地に変えてしまったからですが、もう元には戻らない。 二本の川が流れ込んでいたが干上がって塩が吹き出て砂漠化して来たのです。都市部でも森林を切り取りコンクリー トジャングルとしたので都市全体が各地で砂漠化しています。東京の場合、神田川はかつて「暴れ川」として警戒されて 来た。でも今はこの流域に160万人が暮らしている。 しかも街中をコンクリートで固めたので地下を下水管が流れ、其れが神田川に注ぎ込む。つまり下水の水が集中する システムにした。このため大雨があれば下水から町に汚水が溢れ出す事になる。1995?年には7500戸が浸水した。 そのため、国技館では雨水を地下タンクに貯めて利用しているし、墨田区では20年間かけて「天水尊」と言う家庭用の 雨水活用法を広めて来た。こうした場が広がれば水の有効利用と都市洪水の防止に役立つと見たものだが問題もあ る。因みに本会では別紙の「V屋根」こそ防災の基本との自信をもって提案している。 ●ミステリー・サークル・・・・・・・イギリスなどの農地の中に何者かが一夜で謎の丸い形(風紋・地紋)を残す気まぐれ な現象で、幾つもの同心円による複雑な紋様を作るケースもある。発見される度に「宇宙人の仕業か」とミステリアスに 騒がれる。 ▲水の集め方・・・・・・・「覆水盆に帰らず」と言う諺がある通り、一端こぼした水は回収不能です。砂漠では特に戻せな い。所が、水のない所でもし水を作るなら、ラップがあれば良い。地面に先ず穴を掘り、其の穴を塞ぐように全体にラッ プを掛けて数時間置けば、日中なら空気が蒸発してラップを真っ白にします。其れは水滴です。 其処で水滴がコップに落ちるように、ラップの上に小さな石ころを載せ、そしてラップが落ちないように穴の周りをしっか り土で塞ぐのがポイントです(05/11/1のNHK教育TVより引用)。或いは木に登ってポリ袋を被せて待てば、枝葉から 蒸散した水が水滴となって残るので容易く回収できる。 ▲水の不思議・・・・・・・水は固体・液体・気体の三態に変化する。水は岩石やコンクリートに凍み込んで行ってやが て氷り、岩石を細かく砕いて粘土にします。こうして水が作る粘土は、人間が科学的・機械的に粉砕して作る粉末よりも 更に微粒子にするのです。また氷や水は火を消す働きをするが、気体になると燃える。 と言えば首を傾げるだろうが、水素と酸素ですから燃えるに決まっています。とすれば不思議でも何でもない筈なので すが、普通は旨く行かずに必ず火を消してしまいます。でも何らかの方法で水蒸気にすれば話が違って来ます。雨か 霧のような状態ならば水は沸点が100°ですから直ぐに気体となるので火が消えない。 寧ろ其れまで不完全燃焼だった場合も完全燃焼にして行きます。水は水素と酸素ですから100°の壁を越えればより 一層燃焼が進むのです。例えば野焼きの際に黒煙がもうもうと立ち上って火事のように見える事がある。此れは火の 扱いが下手な人のする事です。火は水を掛けながら燃やせばすぐさま青や白い煙に一変する。 此れを知らない頭の固い技術者たちがダイオキシン問題をテコに巨大焼却炉を造って全国の市町村に売りつけた。其 れが実はダイオキシン製造装置になっていたのだ。 05/12/17日に此の話を太田氏にした所、「車のエンジンでも経験的に何故か乾燥した日よりも湿気の多い時の方が快 調だ」と言う。雨の日は湿度が高い。其れをエンジンに吸い込んだ場合は加圧されるので点火しなくても水素自身が 500°で自然発火するからでしょう。更に酸素濃度も普通の空気の20%より水の方が33%と大きいからです。 このようにして内燃機関の更なる改善が進めば車の燃料も水がガソリンの代わりになり得る。無論既に電気分解方式 やガスボンベ方式の水素エンジン車が開発途上であるが、何れの形にせよクリーンエネルギーですし、水の利用によ ってCO2問題と石油と言う資源争奪の問題からも開放されると期待出来ます。 ▲水の都・・・・・・・例えば水都大阪と言う熟語が有る。広島も水都と言う。確かに広島はかつて瀬戸内海に面した島で あったのかも知れない。静岡の三島だって同じです。但し本来「都」と言うのは天皇が座した所なのであるから庶民の 町・銀座と同類ではない。其の点、シナでは蘇州が有名だ。 蘇州夜曲を聞いただけで水の匂いか風情が感じ取れます。アドリア海に面したイタリアのベネチュアもゴンドラが行き かう貿易港。ベニスもあるが別の町ではなくて英語ではベニスと呼ぶ。「ベニスの商人」はメンデルスゾーンの「ベニス の船歌」をベネチュアで歌っていたのだろうか。イギリスにはバーミンガム。 水都大阪と言って視ても大阪難波の道頓堀には宮殿がないが此処には宮殿が有る。またドイツに行けばエルベ川に 沿ってニーダーザクセンのハンブルクがある。ハンザ職人の町だが先の大戦で壊滅した。其処まで行かなくともタイラ ンドには王宮の町・バンコック(今は首都)がある。 昔はシャムのアユタヤ朝が有り、メコン(メナム)川から水路が縦横に通じた貿易港である。其れにインド、インダス川 の三角州にパンジャブが有る。インダス文明以来栄えた月世界の都会である(ツキを参照)。 ▲水の惑星?・・・・・・・天に輝く太陽を日玉であると見て、其れに対する地球を「土玉」と見ての命名が「地球」だろ う。だが人類は20世紀になって地球を飛び出す飛行物体を作り、遂に大気圏外にまで色々飛ばした。宇宙飛行士は この時、天空から美しい地球を眺めて大いに感激し、「地球は水の惑星だ」と表現した。 確かに他の惑星が冷えた土の玉であるとすれば、其れに比べて地球は実は例外的に水球であるとの見方も出来ま す。でもそうした形容は少し誇張や誤解もある。地球は単なる土玉ではなくて、水の玉でもない。水は表皮のように実に 薄っぺらで破れ易く危うい存在です。そして地球が惑星の一つと言うべき存在でもない。 地球は太陽を軸として地球の軌道を定時的に廻っているのであって他の星を何も惑わしてはいない。とすれば惑星の 一つと決めた地動説の犯した間違いであろう。 ▲水引・・・・・・慶弔用品の一つ。細かい「こより」に糊をひいて、中央から紅白や金銀などに染め分けたもの。主に祝 儀袋のしめ飾りや結納飾りとして使われる。南信州では全国の七割を生産すると言う。我国独自の伝統用品である が、ライフスタイルの変化により低迷している(「スモール・ビジネス」誌No.2より引用)。 所で、水引を使う慶弔法事の法の字は「去る水」と書いて「のり」と読ませる。此れが何を意味するのかと言えば、祭り である。祭りの場、即ち泥田を意味する字でした。何故そうなのかと言えば、口分田の法理だったからだ。 当時は先ず水田に水を張って一本柱を立てて、其の柱から周囲に何本もの糸を張って日影を計り、其れで勾配と寸法 比を出して暦を作り、その後に測地をした(「法」、「御柱」、「玉串」を参照)。この場合の「寸」の法が寸法である。 その後に水を抜けば泥田に条痕が残るが、此れが法線、「法理」、即ち「のり」でした。そうした場を「寺」と書いた。です から寺の字は「士に寸」と書く。「士」は武士の士ではなく、土に十字を印した所でした。十字はロザリオではなく、定点 (結び目)を意味したのです。 日影の勾配と寸法比の整合性を採りながら其の作業を拡大して行けば、四角四面の升目のような方丈や口分田と条 里制が出来上がる。この場合、一本柱に玉(考古学で言う車輪石、または石釧)と言う分度器のような神器を使えばよ り正確な角度が採れる。 此れを御柱(見る柱)、または玉串祭りと言い、神や先祖を祭るために太陽観測をして暦を作るために行った。こうした 玉串の祭りに活躍したのは紅白の水糸でした。柱に通した玉に糸を掛ける、言わば玉掛けでは、纏わる糸の本数が 多いので混乱しないように色分けしたのです。 其れが縁起物として今も水引や「のし」と言う形で金銀・紅白・黄黒などの色別で慶弔・贈答の際に其の印しを付けてや り取りされる。「のし」と言う字も、「のし」の言葉に格別意味があるのではなく、柱に纏わり付いた糸の形をリアルに描い て「オシルシ」としたものでした。また相撲の場でも四本柱の上横に「水引」と言う細長い幕を張る。 同様に劇場の舞台にも其れが張られる。だが一般の水引は「のし」の事である(別項を参照)。此れは「のし」形を水の りを使って金銀紅白の紙加工品にしたものであり、加賀水引や各地の和紙産地から供給される。 従って進物、祝儀袋、結い納品など吉事には金銀紅白のアワビ結び(下記の「結び」を参照)などの水引が使われ、ま た仏事・法事には黄白、そして凶事・仏事には黒白の水引が使われる。次に06/4/4のabcTVによれば、水引には「結 びきり」と「蝶結び」の二種があり、前者は関西風、後者は関東風であると言う。 「結びきり」は上向きに結ばれたもので「アワビ結び」になっていて、結びが解けない。よって此れは一度きりの祝いとし て結婚祝い・快気祝いに使う外、関西ではオールマイティ(何にでも使える)。其れに対して後者・「蝶結び」の場合は、 輪が多いので付き合いの輪を広げる意味があり、出産祝いなど何度有っても良いものに使う。 無論、進学・就職祝いにも適しているとの事。 ▲水不足・・・・・・・以下、http://www.nhk.or.jp/kokokoza/chiri/index.html 「NHK高校講座」から引用。 地球の水の循環---人間が生きていく上で1日に必要な水の摂取量は2リットルです。炊事や洗濯、お風呂など様々な ところで水は使われています。日本の家庭で平均的に使われる水の量は1日で平均250リットル。 ペットボトルで100本以上です。2リットルの水---人間が1日に必要とする水の摂取量。世界の平均は1日50リットル程 度。水が不足しているアジアやアフリカでは20〜30リットル程の水で生活している国も多いのです。地球の水循環は海 の水が蒸発し、海または陸地や山などで雨や雪となり降ります。 その水は、湖や沼にたまり、川となって海に流れます。世界の水の総量は約14億立方キロメートル。その97.5%が海水 で、淡水は2・5%です。約69%が南極や北極の氷河・氷床と山岳地域の雪氷。約30%が地下水。比較的利用しやすい 河川や湖沼の水は僅か0.3%です。地球上の殆どの水が、そのままでは生活用水になりません。 地球上に水はどの位あるのでしょう? 殆どが海水です。 赤道帯には元々乾燥地帯が多いが、其処が今人口増加となり、世界中で水不足がクローズアップし、深刻化していま す。中国では黄河断流と言う現象が度々起こっている。 井戸水は安定した水源になるが米国では使い過ぎから地下水位の低下で一部の地域で農業が行き詰って来ました。 アラル海(別項参照)は1/3に縮小した。旧ソ連時代に無理な潅漑工事による失敗で、川の水量の低下による湖沼の 面積低下と水質悪化となった。農薬汚染と塩害である。 都市部に於いても都市化即ちコンクリートとアスファルト舗装により、ヒートアイランド現象となり、都市洪水も多くなっ た。地下水が地下に浸み込まず、下水管に溢れてしまう。神田川洪水(注)では7000戸が浸水した。水不足は地球温 暖化とも関係する。此のまま放置すれば海面上昇によりバングラディシュなどは海面下になる。 また年間500〜1000万人が水不足で死亡し、12億人が水不足となり、2025年には48ヶ国が水不足で苦しむと予想され る。人口の50%が安全な水を確保できない。下水道の不足による水質の悪い水を飲用し、特に低開発国の病気の 80%は水質悪化が原因である。淡水魚の20%が水が原因で絶滅すると心配される。 此のため3年に1度、「世界水フォーラム」が開催されているが、利権業界のキャンペーンに利用され、或いは水を新た な戦略物資として「水の商品化」を計る者に利用される心配も有る。---以上、「NHK高校講座」及び07/1/24のNHK 教育TVから引用。 (注)都市洪水防止のため筆者は50年頃に「水抜き側溝」を出願し、05年には「V屋根」(別紙を参照)を特許申請した が特許庁は何れも拒絶した。都市洪水とヒートアイランド問題発生の一端は彼らお役所業務の無責任性にある。 ▲近年の例では05/6/17日に沖縄では豪雨だったが徳島では水不足で那賀町のダムの貯水率が4〜6%となった。四 国の水がめ・早明浦(サメウラ)ダム(高知県)の貯水率も激減し、このままでは7/10に空っぽになると心配された。 其処で「神頼み」となり、神職の祈祷の後に三人が村に古くから伝わる雨乞い踊りを舞った。 だが梅雨前線が波状になるので、雨が降る可能性はないと予報官は冷たい(当日の関西TV)。昨年降り過ぎた時には 「雨はもういらん」と思った人も多かろうから其のバランスを取っているとも見られるし、また水利関係者の誤算も大き い。毎年、梅雨の前には梅雨の雨を予定してダムの水を抜いてしまうのを慣行として行うためである。 彼らお役人は暇だがロボット的な頭だから機械的にしか反応しない。ダムは貯水と共に水害を防止すると言う調節機 能もあると言うのだが、昨年の被害を見ても分かる通り、其の理屈や目的が達成されているとは言えないのだ。 そうした彼らの失敗のツケとして今年は既に取水制限中で、6/25日の毎日新聞に寄ればその供給率は6/26日に 35〜15.9%のカット。続く28日からは第三次取水制限に入る見通し。何れにせよ香川県は上水道の約半分をこの ダムに依存しているが、100%依存している自治体が6町ある。 徳島の先の那賀町には長安口ダムがあるが、もう水はない。下流の川口ダムも6/26日に尽きる。従って農業・工業 用水の取水制限は60%に強化され、工場では生産ラインの停止となる。高知市の鏡ダムの貯水率は33%で、取水 を34.5%と決めた。 近畿の奈良・和歌山両県では大迫ダムなど3ダムの合計貯水率が6/24現在で52.7%に低下したとして紀ノ川水 系で取水制限を決めた。決めるのは簡単だが毎回同じ手法では問題解決に程遠かろう。何れにせよ香川県は上水道 の約半分を先のサメウラダムに依存しているが、100%依存している自治体が6町ある。 続く28日からは第三次取水制限に入る見通し。高知市の鏡ダムの貯水率は33%で、取水の34.5%を決めた。6/ 30、四国の坂出市は夜間断水を決定。 島根県も水不足、佐世保市も7/2から給水制限を決めた。彼らお役人たちは威張り腐ってはいても雨を降らせる能 力がない。無能なのは仕方がないとしても、水を集める努力もせず、自分たちの失敗を反省もせず処罰もされず、寧ろ こうして平気で制限して利権に仕立て上げる。 だから住民から彼ら水臭いお役人を見れば、「水が余れば困り、少なくなるほど元気を出す」不思議な存在に写ろう。 所が運良く7/1〜2に掛けて雷神によって各地で大雨となり、やっと今05年も遅まきながら五月雨(梅雨)らしい日を 迎え、次に台風接近で雨となった。 だが此れも勝手な人間のためではなくて自然界の営みを維持するための天の計らいである。何れにせよ「天から貰い 水」によって各地の水不足は胡散霧消し、同時に水利役人の利権も消え去った。「梅雨明けて、見ればサメウラ水一 杯」。無論、他のダムも水一杯。此れで今(05)年も大丈夫かな。 と思ったが8/11にはもう早明浦(サメウラ)ダムも底が見えて取水給水制限を再開した。だが8/17には貯水率が 4.4%になって香川県は渇水。温水プールは水が空で休館、名物「讃岐うどん」の工場もストップ。8/18にはゼロと なり、以後、水力発電用の水を転用して当座を凌ぐと言う。のど元過ぎれば・・・の悪循環である。 で水飢饉が始まる。特にイスラエル、米国、フィリピン、中国、北朝鮮・・・など争いの地域であり、当然食料飢饉となる。 ▲水虫・・・・・・・・西洋医学のチカラでは風邪や水虫一つ完治出来ない。水虫の対症療法にも色々あるが今の医学は 病理の根本から間違っているため治せない。所で、人体でも家の中でも出口を塞いではならない。詰まった下水管は 掃除すべきである。例えば耳は単なる音波受信器ではなくて更に栄養過剰のガス抜きにもなっている。 人が栄養過剰になれば肥満や糖尿病になり、ボケにもなり易いが、人は加齢と共に運動量が減って行くのに習慣的に 惰性で従来と同量を食べ続ける。栄養摂取量に見合う体力・労働活動をしなければ蓄積される一方なので異常を来た して当然です。 耳や鼻は肉体の奥の方にまで入っていて、内部情報を外部に伝える器官になっているので、耳などのセンサーが働い て耳鳴りや高血圧の症状を示し、更に其れを解消するために耳カスや鼻汁となって一部を排出する仕組み(自然の生 理作用)です。とすれば言わばオーバーフロー(溢れ口)の役目です。 水虫などもタンクのドレーン・コックと同様、排水口の働きです。重金属は耳からよりも足の裏などに出て水虫となり、其 れを食べてくれるのが水虫菌なのですから、水虫菌(白癬菌)を見つけて此れを犯人として薬品などで殺せば、一時は 消えるが時間の経過と共にまた同じ症状となって一向に完治しない訳です。 足に毒を残したままではやがて血液を汚して余病を併発するのですから薬で完治しないほうが良いのです。其れよりも 食べる量を減らすか、もしくは食生活を見直すか、または運動量を増やす事。そして出来れば昔のように時々は裸足 で歩けば良い。 そうすると足の裏が刺激されて溜まったリンパ液が放散し、水虫やタコにならずに軟らかくなります。因みに塩を塗るか 「酢」をつけても効果がある。其れで駄目なら水には火である。ライターで患部を焙れば熱いが、少し我慢すれば効くで しょう。尚、外にも水虫に似た症状があるので「歯」で別記する。 ▲みせ・・・・・・・ ▲禊(みそぎ)・・・・・・・神に誓って何らかの行為をなす事。単に誓うのではなくて、何らかの苦しみを味わって誓う事で 祈りの効果を期待するもの。つまり祈りとは一方的な「お願い」やお百度のような強訴ではなくて、何かを犠牲にするギ ブアンドテイクの心からの祈りで初めて「祓い」がなされ、祈願が通る。 具体的には心身に悩みや問題、或いは罪やケガレがある時には河原に出て祓いの神々の力を借りて、水で身を清め て後に誓う。また身を削る(削ぐ)ような、五穀絶ち、断食、滝行、登山(登拝)など難行苦行をして祈る事。或いは登拝 とは、「六根清浄」を唱えて上り、参拝する事であるから単なるスポーツ登山とは違う。 今の日本人は人と別れるときに決まって「ではお大事に」と言葉を投げる。だから誰もが体を大事にする事と思ってい る。其の大切な肉体を削るか皮を一枚剥ぎ取るような苦行があってミソギになります。 普通、人は物が汚れたと気付けば洗濯する。だが心の汚れには自由主義の現代人は中々気付かないものです。其の 点で昔の人は心の穢れが総ての根源であると知り、祓い戸の神々に願って心身共に清めて心身の正常な働き、つまり 健康と無事を祈って来た。この祓い戸の神々の力を借りなければ喩え自傷行為をしても中々ミソギにならない。 人力だけではホントの祓いにはならず、単なる居眠りか水浴びや入浴、もしくは娯楽や行楽・観光行事で終わる。自傷 行為や自殺行為も逆効果となる。例えば、いざなぎの尊が黄泉の国(別項参照)から帰った時にこのミソギをされた。 神でもミソギを示して人に教えたのに今の日本人は気軽に海外旅行をして帰っても何もしない。 此れでは問題山積となって当然です。時差ぼけ、病原菌、感染症、渡来史観に毒された邪悪なイデオロギー(異教性) の持込みを続け、其れを日本に撒き散らしている罪穢れに気付いたならミソギに心すべきであろう(祓いを参照)。日本 人は欧米に憧れるが、イスラム教は欧米文明の本質を熟知するが故に頑強に其の感染を拒むのである。 ●ミソ(神衣)・・・・・・・神の装い、即ち「神に捧げる衣」とされていて、其れを作るのがハタ氏であり、或いは機織であ り、中でもミソはミソハタと呼ばれた人達だったろう。伊勢神宮では毎年5/14に「神ミ衣ソ祭」が盛大に行われる。下記 のミソフを参照。 ●ミソフ(32)神・・・・・・・此れは架空の神ではなくて実在の神であり、個人の誰にもある三十二方を守る先祖であ る。円系図で前述した通り、人は生まれながらにして2親と4祖父母があり、其の上にはトホカミエヒタメの8祖があり、 更にアイフヘモホスシの16対の祖先がある。 其の先にまたミソフと呼ぶ32の祖先がある。この祖先は人の容姿を形作り守る存在である事が、古典である「ホツマ ツタヘ」にも記されている。例えば人は32本の歯を持つ。其のうちの4本の臼歯が「親知らず」として歯肉に隠れている 人も有るが、原則として上下で16本が噛み合っている。 其の生える順番も乳歯20本が母体の中で受胎の七ヶ月目頃から作られ、六歳ころには生え変わる。其の時期には 各々個人差があるものの、此れは古今東西に通じる法則である。歯は、このミソフ神が上下左右にあって、人の容姿 を司る存在である事を集約して見せている場所である。 人は毎日言わば脱皮して日々新たな人生を生き続けている(「人生2」を参照)。 けれども先祖が其の根っこを支えています。人類は数年でゴミと化す製品を多量に濫造して「文明の発展」を謳歌して いるが、父母が一旦作った歯や身体は、以後80年もこのミソフ神のお陰によって働き続ける事が出来ている訳です。 ミソフは上記の「ミソ」(衣)に通じ、また装う(ヨソフ)にも通じる。 「みた」以下は次ページへへ進む。 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★ パテント・著作権は本会に属します。 「鬼の会」 |