http://hijiri.tamajiri.com 「日知り事典」 page253.html (未定稿) ![]() 日知り事典 ニ〜ニベ に●・・・ ・・・ ・・・ ・・・ に● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●■▲◆★ ●に・・・・・・・「に」は「丹」(水銀)、赤玉の瓊(ケイ、ギョウ、タマ、ぬ)、「似」、「煮」であり「荷」であり、数字の「二」では ない。 ◆に・にう(丹・丹生)・・・・・・・「に」は日、つまり太陽の色を意味した。ただ今は化学成分の水銀を含む鉱物で、古来、 朱として漆器や古墳、或いは神社に使われたものと理解されている。朱は朱色と言われる通り赤い。つまり鮮血を意味 し、蘇りの種として古墳に撒かれた。また神社の本殿など特別の聖域を朱塗りにして印した。 日本は朱の原産地でした。特に和歌山は丹生神社がやたら多い。高野山にしても、元は「丹生の里」であり、水銀鉱床 だったと言われる(下記の丹生都比売神社)。寺院の仏像も此の朱によって金メッキした。中世に栄えた漆器の産地・紀 州根来塗りも独特の朱色を主とした。 其の他、今でも各地に丹生とか入野などの地名があるのは、其の採掘地、または関係者の居所の可能性が強い。特 にシナに渡れば金よりも高価なものとなった。 所で丹(別項を参照)は生き丹と金丹がある。其れを誤解して生き丹が人の丹田に蓄えられ、神秘的な力となると言う 信仰が生まれた。或いは朱(辰砂)から純粋な金属の水銀を採り出して丹薬として仙丹信仰をしたため、シナの皇帝は 数人が丹毒で死去した。 因みに辰砂大王即ち牛頭天皇と言う説もある。ともあれ古社寺建築は赤丹・青丹(あかにあおに)に塗られたが、赤丹が余 りにも高価なため、やがてベンガラが代用された。ベンガラとはインドのベンガル地方に習った色で要するに鉄サビで ある。 ★以下、「182 松田壽男 ちくま学芸文庫・古代の朱」http://www.hi-net.zaq.ne.jp/buakf907/books182.htmから引用す る。 ★古代の日本人が用いた朱(アカ)は、2種類あった。赭(ソホ、曾保)と真赭(マソホ)である。ソホは、酸化第二鉄いわ ゆるベンガラであり、やや黒ずんでいる。いっぽうマソホは真っ赤で、硫化水銀朱砂である。これらは建築物や船の彩 色に用いていた。「青丹よし奈良の都の…」 の丹(ニ)が、赤く彩色されたことを表している。 朱砂は、辰砂とか丹砂とも呼ばれた。丹砂はタンシャと読む。地上に露出している所から掘り始め、竪穴の井戸になっ てしまった様子の丹井を「丹」 の字源とするが、掘っていたのは朱砂であった。日本では朱砂を「ニ」 と呼んでいたた め、丹の訓読みとしたようである。一方、辰砂は中国の産地名に由来する。 南部の苗峰に産し、?江を下って湖南の辰州に運ばれたものが辰砂である。四川側に出たものは、巴砂と呼ばれた。 微量の朱砂は体の新陳代謝を高めるため、古代中国では丹薬と呼ばれる不老長寿の秘薬としていた。もっと過激な 使い方もあったが、これは後述する。 朱砂は、高温に熱すると硫黄が酸素に奪われるため水銀蒸気がでてくる。この蒸気を水中に導くと金属水銀(水がね) が得られる。この水銀は、金の精錬や金メッキに使われた。というのも、金は金属水銀に溶け込んで、アマルガムとな るからである。この金アマルガムを熱すると水銀は蒸発し、純粋の金が残る。 この原理で金の精錬や金メッキができるのである。奈良の大仏は、銅のボディにこの方法で金メッキを行っている。実 は、金アマルガムの技術情報が誤って西洋に伝わり、錬金術という幻想を生んだのではないかと松田氏は付け加えて いる。古代日本では中国から辰砂を輸入して金メッキをしたのだろうか? 否である。 松田曰く「日本という島は、まったく水銀鉱床の上に乗っているのではないか、と思うほど」 全国に朱砂の産地があっ た。彼は、全国を15年間かけて巡り、365 ヶ所の朱砂の産地を確認している。彼が目をつけたのは、地名に丹生(ニ フ)とか丹穂(ニホ)という語を含む土地であった。また、丹生神社のあった所も目をつけた。 何れの地でも、高濃度の水銀を含有する朱砂をサンプリングしている。丹生は古代の朱砂の産地だったのである。 丹穂(ニホ)は播磨国に多くあり、丹生(ニフ)は畿内から全国にある。丹生系統には、尓布・仁布・丹布・壬生・仁宇・仁 歩・入(ニュウ)という地名があり、丹穂の系統には、尓保・爾保・仁保・仁尾・荷尾・鳰(ニオ)がある。 松田は、これらの土地は水銀鉱業の技術集団である丹生氏が入植したと想像している。場所により後に同業の壬生 氏が入った形跡があるとも書く。松田は、補注にさまざまの丹生名の土地の地形をスケッチしており、これの幾つかが 本に収載されている。研究旅行の楽しさが伝わってくる。 松田は、東洋史が専門で、朝鮮−中国−タクラマカン−ソグディアナを股にかけた大旅行家でもあったのだ。丹生の旅 なんぞ楽なものだったろう。さて丹生氏は自らの守護として丹生神社を設けた。その総元締めが、和歌山県伊都郡の 丹生都比売神社、別名、天野大社である。祭神は丹生都比売(ニウツヒメ)という女神である。 由来書には、丹生川の川上に降臨した水方の神とある。この水方は水分(みまくり)の誤りとされ、田畑への配水を司 るという意味になる。しかし「分」 には「配る」 の意味なく、上流の分水嶺を司る神とするのが正しいと考えられる(以 上)。★ ●にいなめ(にひなめ)・・・・・・・・にわなえ。新嘗祭。天皇が新穀を天神地祇に薦め、また親しく此れを食する祭 事。元は旧暦11月(霜月)中の卯の日、明治6年以後は11/23日に固定して行われ、祭日の一つとなったが今は 「勤労感謝の日」として国民の祝日の一つである。 新嘗の由来として知られるのは、皇極天皇の時から天皇即位の後に行うのを大嘗祭と言い、毎年11月に行うのを新 嘗祭と言うようになった。本儀式は夕刻と暁の儀があり、天皇は薄明かりの下で神饌のご飯を直食(なおらい)される。 ただ出雲大社では同11/23日、皇室とは別の古式による特殊相嘗祭として百番の舞、釜の神事により国造がニイナ メを行う。さてこの祭りの由来として記紀には皇極天皇以前からスサノオノミコトの段に語られているし、常陸国の風土 記には「親神が子神である富士山を訪ねて日が暮れたので一夜の宿を求めたが新嘗を理由に断られた。 其処で次の子神のいる筑波山(ナギナミの伝承がある)を訪ねて宿を求めた所、快く応じてくれた」と言うような話を載 せているので、神代からあった祭りと分かる。富士で冷たくあしらわれたので親神が恨み、以来噴火を重ねて徐々に高 くなり、雪に覆われた冷たい山に変えられたと言う語り草である。 余談になるが其の当時の富士山は、今のような日本一高い山ではなくて、湖の中の小島であった可能性が高い。つま りニヒナメは、そうした神代からあった祭りと分かるが当時、既に稲作が普及していたとは思えない。其れなのに今は 「新穀を共食する儀式」としている点で誤解があると言える。更に問題なのは元の意味と期日がズレている事である。 「ニイナメ」の「に」は日(にち)、または赤玉の瓊であり、或いは上記の丹(に)に通じ、また「にい」とは新饗(にいあえ、 にえ)、新潟、新妻、新治、新見、新宮などと同様に新たな太陽である。「にひ」と読んで日向(ひなた)、鄙(ひな)び、甘 南備(神な日)などの言葉と並べて見れば、矢張り「新たな日」(「アラカ」を参照)を意味する。 そして「ナメ」とは「天子南面」で「南無・アーメン」、即ち「帰命頂礼」と拝礼した事である。であれば世界の通念として今 も「冬至は一年の終点・起点」であるから言わば元旦祭であったろう。昔は神無月から神々は物忌みに入り、次は新た に再生する太陽を迎えるハレの祭りとしてニイナメをした。其れは米食ではなくて「一陽来復」の祈りでした。 古式祭は先ず斎戒沐浴して事前に宮で籠った。其の場合は五穀絶ちが原則であって、米食などはもっての外だった。 だが日本が稲作時代になるや米食が普通になり、また祭りも新嘗から神嘗祭や大嘗祭へと変化した。よって、「米を噛 むのがカンナメである」と学問的講釈がなされて来たが、其れなら「噛み舐め」と書けば良いのである。 「神嘗」と書いた以上、別の意味と理解すべきでした。故事付けの解釈は良くない。神南備(神辺)も矢張り同義であろ う。霜月15の中の日とは今の12月(子月)の冬至か満月である(下記のニギハヤヒを参照)。つまりニイナメとは子(真 北)から南に面して冬至の太陽を観測する昼の祭りと見るべきである。 其れを「にわなえ」とも言ったのは、庭に見柱を立てた簡素な祭りだったからであろうから、其れが「朝廷」(朝の庭)の 語源である。所が、6cの頃から昼ではなくて夜中の秘め事としてしまった。月を祭る暦法が渡来したからである。ニイ ナメと言う伝統的な言葉だけ看板に使いながら、実は昼夜逆転して夜空の星を密かに祭る事になった。 公開の祭りを独占的な夜間の密儀に変質させて、時期まで狂わせた。其の祭りの規模こそコケオドシの大そうな祭りと したものの、以来、何が何だか意味不明の国事祭事にしているのではないか(ニギハヤヒも参照)。 ▲匂い1・・・・・・におい。香り。色香。香気など。凡そ神々しい場には薫香が漂い、お寺や墓地には線香の煙が漂う。 ただ後者を「抹香臭い」と嫌う人も有ります。玄宗皇帝の時の楊貴妃は色香で国を傾けた(「美人」を参照)。匂いは単 なる美醜よりもインパクトがあります。匂いは相手が此方を見ていなくても漂う。 匂いは声(別項参照)と共に闇夜でも通用しますので、美人が威張っていられるのも昼だけであるのに対して、色香は 24時間相手に迫る力があります。だから其れを知った女性は香水に目がない。ただ譬え白百合のような香水であって も人には好き嫌いがあるので要注意。 色香は声やフィーリング(情緒)と共にフェース(容貌)以上に強烈なパワーとなります。此れが今フェロモン(性誘発剤) として見直されて来ました。けれども、其の半面では逆に悪い匂いの特に口臭や体臭は「百年の恋も醒める」と言うほ ど強烈なインパクトを他人に与えるので気をつけたい。 日本人がかつてアメリカ人に「アメリカ人はバタ臭い」と言った所、彼から「日本人は醤油と魚臭い」と逆ネジを食ったと か。戦後のドサクサの時の噺ですけどね。 何れにせよ本人が其の臭気・腐臭・死臭・悪臭に馴染んで何とも思っていないとしても、電車の中でオナラ(息を参照) を放てば大いに迷惑を掛けるし、特に恋人の前では口臭や腋臭(わきが)に要注意(「肉食の弊害」を参照)。 ▲匂い2・・・・・・趣。気韻。光。刀剣の刃と地肌との境目。鎧の一種。染色のぼかし。俳諧の付句。 ▲仁王・・・・・・仏法守護の神として山門(仁王門)に門番のように左右に立つ一対の彫像(金剛・力士)。厳密には阿吽 の相を成す。阿形(開口)を金剛像、吽形(閉口)を力士像と言う。また左右の位置づけから左を密迹金剛、右を那羅延 金剛とも言う(一部広辞苑より)。因みに28日が仁王の縁日(アウンを参照)。 ▲膠(ニカワ)・・・・・・「ニベ」を参照。 ■ニギハヤヒの尊・・・・・・・彼は皇孫ニニギノの尊が九州高千穂に天孫降臨する以前に、既に日立の国から大和 に天孫降臨した物部氏の祖神であり、伊勢神宮の別宮・滝原の宮にも祭られている。彼については「ホツマツタヘ」や 物部の「先代旧事本紀」でも明らかにされているが、歴史家は記紀にある歴史の中の分かる部分だけを見た。 よって其れだけで説明しようとする。このため二ギハヤヒの事は「神話」として無視し認めないので実際の大和の歴史 に脈絡がなくなり、矛盾が生ずるのみならず、「出雲国」も謎にしてしまった。また彼が降臨した場所として今は一般に 「生駒の斑鳩の峯」としているが、そのように決まったのは明治以後の事である。 江戸時代は何箇所もの候補地があった。兎も角、紀元前にニギハヤヒノミコトが25部人を従えて河内の国の河上・哮 (タケル)峯に天下った。此れは神武天皇が東征して今の橿原市ではなくて、御所市に宮居を置く以前の事であり、そ の場所は今の金剛山であったろう。漢字で金剛と書かれる以前のこの山は葛城山とも言われていた。 金剛山の「剛」は恐らく「タケル」から来た字であり、その麓に川上村(今は河内長野市)があった事と、御所市側の高 台には「高天」と呼ばれる地名の高原地帯があり、この辺りが古代出雲の中心地であると推定できる。先の御所市と言 う市名も其の辺り(古代都市)を下地にしたものではないだろうか。 その北に当麻寺があるが、此処が野見宿禰と相撲をとって敗れた当麻蹴速の縁の地である。野見氏も当麻氏も出雲 族として今の島根県ではなくて当麻の東の桜井市に居て、垂仁天皇の命令でその日の内に共に呼び出されて桜井市 内で戦った事になる。 其れを無視して島根県から駆けつけたと言うのでは間に合わない。飛行機か新幹線でも使わなければ即日対決とは 行かないのです。金剛の剛の訓はタケルであり、その麓にはかつて川上村があり、今も石川がある。当時、この辺り (金剛山麓)までは海だった。 だがどんな川にも石があるのに、殊更「石川」と言うのは変な名であるから其れをアイヌ語と見れば、「イーシー・ナイ」と なる。即ち「あの大いなる川」となる。此処は当時、河内湖と言うべき岸辺の草原地帯だった。此処から彼は川を上って 金剛山に入り、更に東進して今の御所市に出た。此処には今も高原状の高台が広がり、高天の地名を残している。 其れが神武以前の葛城王朝、即ち出雲の中心地(「出雲」を参照)であり、その下には「忍海」と言う地名も残っている。 その当時はもっと北部の今の奈良市内などはまだ海の中であり、その後も奈良湖と言うべき地域であって、奈良市の 南部が今の盆地になったのは唐子・鍵遺跡で知られる田原本町の遺跡が紀元前50年の弥生中期ですから、奈良市 などが開けたのは古墳時代以後であった事が分かる。 従ってニギハヤヒはもっと南部の御所市の高台(たかま)を御所とした事になります。だから文献を直訳して神代の人 物よりも後の神武天皇を東大阪(石切)で迎え撃ったナガスネ彦と同時代の人物と解釈したのでは歴史破壊となる。 尚、ニギハヤヒ尊は伊勢滝原のほか、出雲・物部氏・鈴木氏の祖として、西日本全域に色んな神名・仏像にも変わり、 或いは密かに祭られている(「十種神器」「鎮魂法」を参照)。長すね彦が神武に逆らった逆賊であるとして、ニギハヤヒ まで歴史から排斥し抹殺したからである。 さて例えば彼は「天照国照彦・天火明・奇玉・ニギハヤヒ命」と呼ばれて来た。この尊称は一人称単数の名前とは思え ない。少なくとも尊号から見る限り天照・国照の彦(子孫)の天火明の魂を引く神子として襲名した「名乗り」を其の侭称 えているものと推定する。 彼はまた少彦名命と同様、薬師如来(別項を参照)の像に象られている。薬師は日光と月光菩薩を脇侍としているが、 其れは天照・国照の事と思われる。また十二神将(別項を参照)に取り巻かれているが、此れはニギハヤヒが12方位 を明示した神である事を神仏習合の寺社では示して来た事になる。 因みに先のニヒナメはニギハヤヒに縁の祭りと推定できる。歴代の天皇家は皇祖・忍穂耳命でもニニギノ命でもなくて 実はニギハヤヒを表看板(11/中卯の新嘗祭)として祭って来た。其れに対してニギハヤヒの子孫の物部氏は彼(また は神子のウマシマジ)を其の前後(今は11/24)日に鎮魂祭としているからです。 また石上神宮は天理のフル(布留)にあり、よって此処では布留御魂として10/15日に祭られて来た。因みに天火明(あ めのほあかり)命は、有名な所では先ず愛知一宮の真澄田神社で祭っている。此の神は此処ではまたの名を国常立 命、或は大己なむ貴ちの命とも言う。例大祭の桃花祭を古くは3/3、今は4/3にしている。 ★因みに石上神宮の鎮魂際は新嘗祭の前日の旧暦11月の中から下の寅の日(西暦では冬至)の深夜に行なって来 た。物部氏の伝えた先代旧事本紀-天皇本紀(神武)以来の祭りとして、其れを皇室も倣って来た。宮中では年間130 回以上の祭りをしているので、恐らく今でも鎮魂際を行なっている筈である(★以下は07/1/28平林先生)。 ★肉食の因縁・・・・・・肉は旨い。さぁ毎日肉食してアメリカ人になろう。アメリカの奴隷となった日本人は次はキリスト 教徒になれます。どっちにしても戦争か、病気か、何かと戦って死ぬ事が出来ます。と言えば悪い冗談に聞こえるかも 知れないが気をつけよう。肉を日本人に売りつけるユダヤ人は其れで儲けながら自分は食べないのだ。 彼らは菜食主義である。 ★肉食の因縁・・・・・・記紀には、大歳神が肉食をした稲作民に対して、警告として大和・紀伊山地にイナゴを発生さ せた逸話を載せている。其の話について今は、農作物に対する病害虫は、この神が害を与えたから発生したと理解さ れているがそうではない。 神や害虫が悪者なのではなくて、不潔なものを浄化するため発生する自然の理(ことわり)を例え話で残していたので す。所が更に今の人の常識は先の二ギハヤヒや出雲の大歳神を同一神としたり、更に何れも穀物の神としているが此 れも誤解(天文観測の神だった)である。 特に後者は天テルの時代に肉食を忌み嫌って稲田にイナゴを放って見せた非穀物神である。だから近代農法でも、元 の原因をなくさなければ、幾ら化学薬品による殺虫消毒に努めようと無駄である事をこの話は諭している(DDTを参 照)。自然界は五行の理で循環している。所が肉食は其の循環の外に有る。 喩え科学がより進もうとも油脂や腐敗物の蓄積は増大の一途となるので、当然下水を汚濁し、海山の汚染を拡大する でしょう。従って肉食人種が「環境」を如何に訴えても自己欺瞞である。また新鮮な山野草を採取した縄文人よりも穀物 を食らう稲作民や肉食人種の方がより進化した高度な文明人であるとの思い込みも事実誤認である。 何でも稲作の神にすり替えたり、更に非農耕民を差別的に見下すのは、島国の井の中の蛙の稲作農民特有の固定観 念に過ぎない。更に今では洋食・肉食のほうが栄養学的に草食よりも優れていると刷り込む米国の戦略に毒されてい る人たちが圧倒的に多いのも問題である。 アフリカの「人食い」人種よりも西洋人のように「牛食い」民族のほうが進歩した人類であると言うのも差別的な固定観 念による誤解と偏見であり、何れも肉食と言う点では五十歩百歩であり、本質的に同じである。だから肉食民族が「人 食い」を「野蛮だ」と言うのは目糞鼻糞を笑うに等しい。ただ北方民族の場合、寒さを凌ぐために肉を食べて来た。 でも其れは貪り食う事ではなく、先ず神に捧げてから食べて来た。例えばアイヌはイヨマンテ(熊祭り)をして、熊に感謝 して其の再来を祈ってから食べて来た。また例えば人が肉を食えば獣が犠牲となります。そうすると彼ら犠牲者が償わ れない限り怨念を人に与えます。従って彼らの死霊は例えば人間を肥満症にしたり、病気の巣窟にします。 彼らを早く太らせるために牧畜業者がホルモン剤を食わせた為、そのお返しをします。そして更に、彼らが何の罪もな いのにモルモットとされ、生きながら突然殺される時の不安と恨みと恐怖を、死の刹那に其の肉に集約して残す。です から人間が其の肉を単なるモノやグルメとして味わったつもりでも、必ず彼らの怨念も食べる事になります。 其の怨念を毎日貪る間に、肉食人類はこの世に対する不安感と人間に対する恨みと不信感を浸透させて弱肉強食の 競争社会で他人と常に戦い合う宿命とします。しかも外人は特に体臭がきつい。肉食や犬の肉に添えて食らうニンニク も朝鮮人を猛烈な臭み(死臭)を放つ人種にした。 このように都会に特有の生臭い下水の臭みも環境破壊も人類が血肉を貪った当然の報いです。柔和な日本人が今 益々少なくなり、特に都会人の人相は厳しくなった。他人を常に睨み付ける形相になった。病人の増大と犯罪増大もこ の肉食の祟りである。 ★肉食の弊害・・・・・・・・狩猟民は無論肉食であり、また遊牧民は羊を飼育しながら連れ歩いてやがて食糧に出 来るので肉食が一番手っ取り早く合理的な暮らしとして永続して来ました。羊は人間が知らない草でも選り分けて食べ て肉にしてくれる大変便利な道具であり仲間です。 しかも肉は調理が早いからスピードを要求される軍隊食としても最適でした。また肉食は、冷えた体を温める効果があ るため、古来、寒冷地の住民が常食とした。其の点からインドのような暑い国では今でも牛は食べないし、日本のよう に寒くも暑くもない地域では肉食は元々無用である。 でも現代の、特にグルメ派は、「肉がなければご馳走ではない」と誤解して、寒くない夏でも毎日食べています。だから、 当然にして更に体温を上げて暑くします。よってクーラーに当たりながらビールを飲む事になる。其れによって徐々に暑 さに弱く、寒さにも弱い体質となり、加えて複合汚染のエキスを溜めて益々不健康にする訳です。 だから昔はヨモツヘグイ(別項を参照)として日本人が肉食をするのを避けて来ました。何れにせよ、肉食が文化的で 都会的な食文化とは決して言えない。北方民族の場合でも肉を貪り食う事はなく、先ず神に捧げてから食べて来た。其 れが本来の人の暮らし方でした。だが現代人は簡単に神を否定しながら肉を否定しない。 肉は死体なのですが、此れを拒まず、肉に感謝する事もない。命のあった生物をモノとして貪るのですから当然にして 問題が発生します。彼ら日本人は「死や穢れは嫌いだ」と思っているから葬式にも出ないし決して自ら血で手を汚す事 もない。だが肉、即ち死体は穢れですから、其れを食べる行為は、「穢れ」と同化する事になるし体臭も臭くなる。 よって死臭を放つのである。でも、彼らは其れを考えようとはしない。人間の犠牲となったケモノの死を何とも思わず、 モノとして扱い、グルメとして味わうだけしかしないのですが、此れでは家畜・ケモノに対して随分傲慢であり無礼です。 ケモノはきっと人類を恨んでいるでしょう。 のみならず、環境悪化の複合汚染の頂点に立つ人間と並ぶ家畜を日常に食らう事は、人類の作った複合汚染を更に 倍して食らい続ける事になる。其の結果、彼らの霊は人間を肥満症にしたり、病気の巣窟にします。彼らを早く太らせ るために牧畜業者がホルモン剤を打ち込んで来たので、そのお返しです。 彼らが何の罪もないのにモルモットとされ、生きながら突然殺される時の不安と恨みと恐怖を、死の刹那に其の肉に集 約して残します。人間は直接自分で殺す事はしない。其れは誰かがすれば良いので、殆どが人間だけの「命の大切さ」 の念仏を唱えて澄ましていられます。 でも其の肉を単なるモノとして味わったつもりでも、必ず彼らの怨念も食べている。其の怨念を毎日貪る間に、肉食人 類はこの世に対する不安感と人間に対する恨みと不信感を高めて、弱肉強食の競争社会で他人と常に戦い合う宿命 とする訳ですが、此れも当然の報いです。 のみならず血肉は肝臓と胆嚢に負担を掛けて肝機能不全にしたり癌や黄疸にしますし、人の血を汚し、血管を塞いで 脳梗塞を起こす。或いは異常なほどにストレスを高めたりセックスだけを求める人間とします。戦後は食生活や栄養学 が普及し、医療関係も発達した筈である。けれども近年は脳梗塞が急増したり、猟奇的犯罪増大が止まらない。 此れは正しく因果を見ないからです。肉食の弊害は体臭として猛烈な臭み(死臭)を放つし下水を汚す。此れらが血肉 を貪った当然の報いですが、肌着に染み付いた汚れは五行の循環では清まらない。肉体を擦っても洗濯しても普通に は取れないので洗剤を多用する事になる。従って風呂水と洗濯水が更に下水を汚す。 キッチンで血肉を調理した屑や調味料や食べ残しも下水を汚す。更に肉食は無数無類の害虫を発生させて増やすた めに当然ながら人は殺虫剤や消毒薬も多用し濫用する。肉食はこうして諸病を誘発し、薬剤処理を促す。此れも今の 公害の大部分を占める以上、例えどんなに綺麗事を言っていても、そのご当人が肉食家であれば問題です。 肉食は諸病拡散と環境悪化と破壊の元凶になっている事実に気づくべきだ。牛はワラを食べて牛乳を作り、ワラから 牛肉も作る素晴らしい家畜です。だが人間たちの栄養学や生理学は、牛たちがどうしてワラを牛乳や肉に変化させる かの仕組みを理解出来ていない。そんなお粗末な人たちが日本に栄養学を徹底させ、或は先進国に肥満を広げた。 のみならず英国でBSEにした。またBSE牛肉を押し売りする米国は、日本を滅ぼす意図と戦略である事にも気づくべ きだろう。 ★肉食の問題・・・・・・今の肉牛は人間の8倍の穀物を与えて飼育している。其れが世界の穀物市場の相場を形成 して南北問題、つまり南北格差を拡大し、先進国は肥満、後進地域は飢餓と言う構図を益々強くしている。例えばエチ オピアの場合、慢性的な飢餓である。 此れは家畜用として4億トンを輸出してしまうので、人間は残りの2億トンを奪い合うからである。世界の穀物生産は約 20億トンあり、此れは人類140億人分である。だが米国はこの内、世界の食料の8倍を家畜の餌にしている。相場はシ カゴ穀物取引所で決まる。米国は輸出国であり、日本は輸入国である。 日本は其れまで魚食だったが、1970年にハンバーガーショップが上陸した。やがて食生活が魚から肉になり、昔の7倍 の穀物を消費する事となった。日本の畜産業界も米国のトウモロコシによる大量生産方式を見習って霜降り肉を作る 様に成ったためです。このため日本は年間1680万トンの穀物を輸入する世界最大の国になった。 (06/5/25NHK教育TVより)。此の上、更に米国産BSE牛肉を押し付けられるのか。 ■にけ ■にこ ■にさ・・・・・・ ■西・・・・・・日の入りの方位。ヒニイリが方位の「西」、季節では秋、時刻では夕方、五色では白であり、五行配分では 「金」の位置づけ。金色は黄昏の色、秋の稲穂の色である。 ●虹・・・・・・雨上がりの空で、太陽とは逆方位に半円形の七色の帯を作る現象。古来此れを瑞祥と見た。外輪が赤、 内輪が紫の主虹の外に、その外側にまた色の順を反転させた副虹が見える場合もある。つまり二重の虹である。 またこの虹色について七色と認識するのは洋式のラッキーセブン信仰からであろうが、東洋では広く五色と見るのが一 般的ではなかったか。古来、虹や瑞雲は天子の善政・善事を天が認めて民に証した瑞祥・吉祥、または其の兆しとして 喜ばれた。虹の字は特に「天地を繋ぐ工の虫」(虫を参照)と書く。 其の点でネイティブ・アメリカンの一部でも「天地を繋ぐもの」と見ていた。彼らは虹が宇宙との交信であり、最後の時に は人を救うと信じていると言う(05/7/9のMBSTVの「世界不思議発見」より一部引用)。 ■西アフリカ・・・・・・・・・・例えばマリ東部の「古ガオ遺跡」で9-10cの王宮跡を吹田市の国立民族学博物館が確認し た。石造りの建物跡と約1万点の遺物を発見。此れは其の後10cのイスラム王朝・ファーティマ朝以前に王朝があった 事になる。 ▲25菩薩・・・・・・本来は24節気を円形に並べて、その中心に1つの菩薩を配分した矢張り暦神であったろう。つま り全部で25体あったとは思えない。今は信濃の善光寺と京都・知恩院の弥陀25菩薩が知られるが、これ等は親鸞聖 人が絶対他力本願に立って48大願を弥陀信仰に集約してこの菩薩を和讃(歌)と弥陀来迎図に採用したからである。 元々こうした25菩薩は釈迦仏教(観無量寿経など)にはなかった(阿弥陀を参照)。 京都・泉涌寺山の即成院でも10/12に此の行事がある。また奈良・当麻寺の5/14の中将姫の縁日でもこの25菩薩 の行列が見られる。この当麻寺の中将姫の話は鎌倉以前の平安末であるから一番古い(5/14を参照)。 所で物部氏は紀元前にニギハヤヒノミコト(別項を参照)が25部人(一説に32伴神)を従えて河内の国の河上・哮(タ ケル)峯に天下った神別の大族の祖神である。此れは神武天皇が東征して今の御所に宮居を置く以前の事であり、そ の場所は今の金剛山であったろう。 金剛の剛は恐らくこの「タケル」から来た字であり、その麓に川上村があった事と、この辺りが古代出雲の地であり、そ の一族が当麻氏であり、その寺が当麻寺であって、この寺はその北に位置する(9/23を参照)。 ●24節気・・・・・・1年を円周として其れを16〜24等分したもの。「日ヨミ」、または周期律を参照。 ■ ■にす ■にせ ◆偽物・・・・・・・・日本は偽物時代になりました。中国も古来偽物天国です。昨04年は俺々詐欺や偽温泉が話題にな ったが05年はプロによる建築強度の偽装、続いて公共工事の合成写真、続いて偽医者。彼は高校中退で医師免許を 偽造した。此れで医者は高度医療のプロではなくても、誰でも出来る簡単な仕事であると世間に知れ渡った。 ★偽科学・・・・・・・凡そ殆どの近代科学は自然科学と称しているし、一般大衆は其れを信じて来た。だが実態は人為 的で不自然な科学ですから殆どがニセ科学と言われても仕方が無い。偽物と言えば反発する人がいるが、感情的なも のであって本質も事実も無視しての反発です。 科学は実証できなければならないが、例えば進化論は実証性が弱い。再現性もない。其処で彼らは数値主義を使う が、数字は自然界に通用しないので単なる人間の観念でしか有りません。其処で彼らはデンキ仕掛け機械を使う。だ が此れにしても例えばパソコンに入力するのは人為的なデータです。 だから人為的な答えが出て来るだけであって不自然な答えなのです。従って自然科学ではなく二セ科学である。此の 為、医学は病気を治せず、遺伝子(別項参照)工学など生科学は偽装・捏造事件が相次いだ。特に精神的なモノは駄 目である。精神は自然の大部分を占める。所が彼らの機械では測れないから全くお手上げです。 此れでは自然科学とは言えずニセ(不自然)科学である。 ▲ニセ書・・・・・・ニセ手紙やホンモノに似せて作った書籍の事。或いは正統性の評価としての「偽書」の烙印もある。 この意味では古い物に正統性があり、後の物は正統性が薄く、オリジナルとしての評価が低くなる。其の点から言え ば、現代社会で書籍となっているものの殆どは印刷されたものですからニセ書である。 特に聖書はヘブライ語でパピルスに記されていた物を何度も書き写し、ギリシャ語から翻訳して更に色んな書き手が主 観を加えて書き換えたものを活版で印刷したものですから殆どがニセ書である。 所が西洋カブレの学者たちは其れを棚上げして日本の古典である記紀を「神話的」と評価し、或いは「ホツマツタヘ」や 竹之内文書(神代の万国史)、其れに上記(ウエツフミ)など貴重な古典を悉くニセ書・偽書の烙印を押した。紙はそん なに長持ちしないので書き換えられて当然であるのに、彼らは其の点を突いて断罪したのである。 けれども彼らは聖書が世界最大のベストセラーであるからか、キリスト教の権威を第一として手を付けず、聖書を聖典 として奉り、偽書とはしないから矛盾である。聖書は何度も書き換えられたが、各時代や宗派により付け加えたり編集 したものであって、イエス・キリストが自ら書いたものではない。 しかもヨハネ、パウロ、其れにルカ、マルコ、マタイなど多くの執筆者がいる訳だが、何れも実体不明の人物なので、当 時の事物との整合性も脈絡もなく、憶測の上に推測を重ねた解釈しか出来ない代物である。特にギリシャ神話やキリ スト教の天使の記述などは全て空想的な創作や宗教的な説話文学である。 従って「学問的」を云々するなら聖書は「偽書の正典・正書・古典」にランク分けするか、定義から除外すべきである。 其れに比べれば日本の古典は編纂者が確かであり、しかも他の歴史書には見られないほど暦日に正確である。更に 当時の地名や事物との整合性も脈絡も確かなものなので何れも優れた世界遺産と言えよう。 つまり世界的にも第一級の歴史文献である。こうした日本の古典が人類の文化遺産とすれば、雑多な聖書はかなりラ ンクが低くなり、またそれ以下の偽物天国シナの文献や現代の雑誌などは殆どゴミ情報に等しい存在となる。 ■にそ ■似た ■にち ■日 ★日英同盟・・・・・・・・・明治35年に日英で結んだ条約で、大正11年に廃棄。朝鮮半島にロシアが侵出すれば日本にと って脅威でした。此の為、ロシアのアジア侵出を牽制し、清国と英領インドの現状維持を目的とした同盟条約。 一方の国が第三国と交戦する場合は、他方は厳正中立とし、また一方の国が二国以上と交戦する場合は他方は此れ に協力する事とした攻守同盟。此の同盟のお陰で日本は日露戦争(別項参照)に勝てた。例えば戦費17億円の内、7 億円がなかった。此れは当時の国家予算の2倍の金額であり、其れを英米の特にユダヤ資金による外債で賄った。 こうして英国のバックアップで日本は日露戦争に勝利して明治43(1910)、韓国を併合した(07/1/9のNHK教育TVより 一部引用)。 ★日米関係・・・・・・ ★日米同盟・・・・・・日米安保条約。条約とは本来、対等の立場で締結するものである。だが安保は最初から歪だっ た。戦後此れによって日本は米国の核の傘の下、専ら経済発展に専念出来たと言う論理(一方的な受益者だったと喧 伝するもの)がある(上記の「日英同盟」を参照)。 其れには敢えて反論しないが、中曽根首相の「不沈空母」発言が有った頃から様子が変わって、日本は米国に協力金 を上納する立場になった。其の前に田中角栄が米国よりも先に中国に接近した。72年、日中国交正常化の動きにキッ シンジャーは「ジャップは最大の裏切り者だ」と罵った。 よって田中追い落としのためにロッキード事件を暴露したのである。ニクソンが「正義の戦い」としたベトナム戦争で日 本はベトナム特需で潤ったが、米国は敗れ、其の背後にいた中国に角栄が接近したのだから怒って当然では有るが、 コーチャンを使ってロッキード事件を暴露した。それ以来、日本政府は米国に協力金を上納する子分になった。 だから二国間の対等の条約ではなくて売買もしくは雇用契約、つまり傭兵契約に切り替えたのだろう。体よく、貿易摩 擦を緩和する手段として「思いやり予算」等と言う理由で巨額な軍事費の肩代わりをするようになった。特にNY同時多 発テロを契機に事態は危険になって来た。 米国は此れに味を占めて「世界の警察官」として君臨しようと図り、日米とは無関係な所に軍事費を浪費して来た。そ のような米国に日本は擦り寄って北朝鮮や中国との難問打開を図ろうとして例えば05年には日米同盟再編を額賀・大 野元防衛長官が旗振りし始めた。無論、圧勝した自民党の小泉政権による改憲推進があるからであろう。 其れについて彼らは「国民の安全を守る」と言う大儀を持ち出しているが、無論嘘である。 <米軍再編問題>米国の中東支配と、其れに続くハルマゲドンに全面協力するための準備となる。だから危険視しな ければならない。06年には米軍の都合で海兵隊8000人が沖縄からグアムに移動する事になった。其の費用として1.2 兆円掛かり、其の内80%を日本に負担させようと親分が強要した。 国民は全く納得できないが自民党の次期首相の手土産として承諾する事になるらしい。06/4/26額賀防衛庁長官がロ ーレス国防副次官に対して米軍再編計画(グアム移転)に何と3兆円のプレゼントの約束をした。国民の要求には赤字 と言って逃げ廻る政府が、親分のドンブリ勘定の要求には金のなる木があるとでも言う風にヘイコラOKする。 此のザマでは常任理事国として手を上げたって諸外国から笑いものだ。米軍高官は「3兆円の負担は当たり前」と思っ ている。のみならず「負担額に応じて今までの連携を維持できる」と言う(06/6/10のNHK総合TVより引用)。負担した 分だけ守りましょう。とハッキリ、ヤンキーらしくドライな言い方をした。北朝鮮のテポドンに対して日本は無力だった。 だから、第一軍団司令部を日本に移転すると言うのが米国からの要望であり、其れ以外は日本から要求したものと言 うが、沖縄を盥回しである。沖縄は大東亜戦争で日本で唯一、戦場となった所であり、大変悲惨な目に遭った。のみな らず米国に占領され、信託統治下に置かれ、やっと本土復帰したものの、本土から盥回しで基地が増え続けた。 今や75%が基地に使われている。60年も騒音被害と治外法権の外に置かれて犠牲を強いられて、遂に本土との所得 格差が1/4になった。日本がホントに民主主義なら、どうして此処まで差別するのか。60年間も重荷を背負わせて政府 は皆、今も「負担軽減に善処します」と言うが、辺野古に盥回しした。県民はもう即時閉鎖を求めている。 60年間被害者であるのみならず、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガンとイラク侵略の発進基地であり、空爆 で爆弾の雨を降らせる加害者にされた。日本政府は「日本の平和外交」と言っているが、沖縄は米軍の世界侵略の発 進基地であり、外国から見たら「悪魔の島」となっていた。 沖縄ではなくて日本で最も大事な経済の中心地でり、皇居のある東京を守るために、東京に移転すべきだと沖縄県民 は言った。司令部の統合とは藪の中であり、実際は自衛隊が米軍の手下として一体化するのだろう。嘉手納基地から グアムに8000名の海兵隊を移転させると言うのは額賀防衛長官のCMである。 政府は「国民を守る為に安保がある」と胸を張るが、9.11NY同時テロの後に横須賀基地では基地の周りに土嚢を積ん で基地から横須賀市街に向けて銃架を据えたのです。こんな所で暮らせると思いますか(横須賀市民)。此れが安保の 実態だ。かつて日ソ条約を一方的に破棄してソ連は攻めて来た。其の点で安保は安全と言えるのか。 もし今後、日米で利害の対立する事があれば、喉元にドスを突きつけられているのは安全ではなくて危険である。脅威 に対する抑止力も連携もそんなものは要らない。米軍基地があるから脅威になる(以上の大要は06/6/10のNHK総合 TVで沖縄県民の声より引用)。中曽根は「不沈空母」と言ったが、其のための安保ならば即刻破棄すべきだ。 其れでは日本の司令部が真っ先に叩かれる。だが米国本土は安全である。とすればどっか変ではないか(西埜説)。 08/3月、横須賀には原子力空母ジョージ・ワシントンが配備される。このため日本は米軍基地の周りの海の浚渫作業 を引き受けた(06/6/15)。此れは手下がオベンチャラでする「尻拭き」行為ではないのか。 06/6/16北朝鮮がテポドン2号の発射準備をしていると言うニュースがあった。出処は米軍の軍事衛星に決まってい る。日本政府は直ちに監視を米軍に依頼したが、間が抜けていないか。米軍再編を餌に3〜90兆円を日本から巻き上 げるためのトドメノ演出である。米朝の共同謀議のヤラセと分からなければ「知らぬは日本だけ」。 続いて10/9に核実験(別項参照)があった。かつて戦時中にドイツは東西両面作戦を計画して日本からの参戦を要請 して来た。其れに対して日本政府は日ソ不可侵条約を盾に断り、ソ連に義理立てした。よって対米戦に苦戦した時には ソ連に対米仲裁を依頼した。 其の窮状が筒抜けだったからソ連は日本を裏切り、条約を一方的に破棄して敗戦間際の日本に攻め込んで戦勝国に 列した。一つ一つは立派に見えても結果として底抜けにマヌケなのは何時も日本であり、外務省である。 6/18、北朝鮮がテポドン2号の発射準備をした事に対して政府(麻生外相)は挑発を警告し「中止を求める」と言った (未来カレンダーを参照)。更にもし実行すれば国連に対応を求めると言う。日本は其れでも独立国なのか。米国はペ リー来航以来、砲艦外交を巧みに演出する。 言う事を聞かなければ戦争になると脅す手口だ。しかも今回はミサイルと決まった訳ではない。蓋を開けたら人工衛星 だったらどうするのか。日本が打ち上げの前に北朝鮮に一々通報したとか、中国が宇宙船を打ち上げたときに一々台 湾の了解をとったのか。政府もマスコミも何処か変ではないのか。 北を仮想敵とした前提で軍備を論じては筋違いである。米軍が何れ「敵は本能寺」として中東に向かうように、誤魔化し とすり替えの裏のシナリオで進めようとする彼らをこそもっと警戒すべきである。 ★06/7/20に地対空誘導弾パトリオットの沖縄配置が決まった。しかも年内と言う。 米軍の嘉手納基地は此のため600人増強される。此れでアメリカや東京ではなくて沖縄が標的にされるだろう。米軍再 編で日本は3兆円を米国に与え、日本の司令部が真っ先に叩かれる準備をした。此れに対して北朝鮮がテポドンを発 射して見せた。米国独立記念日の7/5である。だが米国本土は安全である。とすればどっか変ではないか(西埜説)。 そうした大方の声に反してパトリオットPAC3が配備される。よって10/9に北が核実験をした。米国は安保を嵩に着て日 本人の血を吸うだけだが、金正日は自ら北の税金を使って日本政府に警鐘を鳴らしたとも言える。北が核攻撃しようと 思えばミサイルは要らない。東京でも沖縄へでも漁船で入って爆破させれば良い。 ●日曜日・・・・・・・太陽の日? 太陽の出る日ではない。ではないがサンデーとは「太陽の日」である。日曜の起源はス ペイン語でドメチェ(王)の祝日に過ぎない。また古代ローマでは太陽崇拝の日だったと言う。 ■につ ●日照・・・・・・・世界で一番日照時間の永い地域は赤道直下のキリバス、またはサハラ砂漠。太陽光発電では1u当り 1日平均6.78〜6.92ワット時(07/12/11朝日)。 ●日進月歩・・・・・・・日毎月毎ごとに、日に月に物事が進む事。ただそう解釈するのは進化論的な解釈である。とすれ ば此処では敢えて異論を呈する。自然の運営は人のそうした誤観念とは別にあるからです。例えば日が進むのは東か ら昇って西に沈む。毎日機械的に繰り返す。此れを法則という。 ただ太陽に対して月の歩みはのろく、しかも何時出て何時沈むのかも中々分からないし、進んでいるのかどうかも中々 分からない。日進は日本から西に進んで、必ず大陸の上に移動するが、月の歩みはのろのろと西から日本に向かって 天空を歩いて来るのだ。つまり日月は二人三脚ではなくて逆(対向的)の動きなのです。 古来、「光は東方から」と言う場合も、日光を意味する。此れは精神性をも意味した。其れに対して月光は阿弥陀世界 の寂光であり、影がある。影の部分が物質文明である。上空のジェット気流も西から日光を遮る雲を流し、特に1年の 後半を画する夏至から後の、晩夏から秋、そして冬にかけて東シナ海から台風がやって来ます。 其れが風雨を齎し、黄砂も吹き寄せる。日本の光と精神性を遮るように、西から進んで雲や風雨や物質文明や公害や ゴミを流して来ました。其れが日進月歩の進歩ではなくて、渡来文明による汚染でした。 ▲日清食品・・・・・・「あやかり商法」を参照。 ★日清戦争・・・・・・清国は1842年、英国の悪質なアヘン戦争に嵌められて西洋列強の分割に屈した。其の分を弱い 朝鮮で取り戻そうと企てた。清は朝鮮を属国と心得、朝鮮の内乱につけ込んで軍を進め、支配を強化した。其の隣国 である日本が朝鮮の独立を守るために1894年に出た事が日清戦争となった。 此れが日本の連戦連勝となり、半年で終戦となった。1895年、下関で講和条約となり、朝鮮の独立、その他が決まっ た。しかし六日後に、満州進出の野望を持つロシアがドイツ、フランスと組んで三国干渉をして来た。かつては「眠れる 獅子」と恐れられた清国が、小国・日本に敗れるや「眠れるブタ」と軽蔑され、列強の中国侵略が一段と激しくなった。 遼東半島はロシアに譲渡、膠州湾はドイツに、威海衛をイギリスに、広州湾をフランスに租借された。中国は列強にズ タズタに分割された。此処に日露戦争の原因がある(以上は「大東亜戦争の正体」より引用)。 ●日想観・・・・・・・ジッソウカンを参照。 ★日露戦争・・・・・・日本が朝鮮の独立を守るために1894年に日清戦争となった。1895年、下関で講和条約となり、 朝鮮の独立、その他が決まった。しかし六日後に、満州進出の野望を持つロシアがドイツ、フランスと組んで三国干渉 をして来た。 かつては「眠れる獅子」と恐れられた清国が、小国・日本に敗れるや「眠れるブタ」と軽蔑され、列強の中国侵略が一段 と激しくなった。遼東半島はロシアに譲渡、膠州湾はドイツに、威海衛をイギリスに、広州湾をフランスに租借されるな ど中国は列強にズタズタに分割された。此処に日露戦争の原因がある。 1900年に義和団事件となり、事件が鎮圧されて後もロシアは満州に居座り、更に朝鮮まで勢力を伸ばした。此れに対 抗するため日本は1902年に日英同盟(別項参照)を結んで1904年にロシアに宣戦布告した。ロシアの大要塞、難攻不 落の旅順の203高地を6万人の死傷者を出して乃木大将が陥落した。続いて奉天大会戦にも勝利した。 因みにこの3/10の記念日を狙って米国は昭和20年に東京大空襲を実行した。此れは会戦ではなく国際法違反の無差 別殺戮だった。しかしマッカーサーは戦後直ぐに東条以下、日本の将軍を逆に犯罪人として断罪し絞首刑とした。 其れとは逆に、乃木大将は、武士道精神で戦って勝ち、しかもステッセル将軍に死刑が宣告されたのを知って各国に 嘆願書を送った。彼我のこの野蛮性と精神性は世界の良識の知る所である。 さてロシアは世界最強のバルチック艦隊を極東に差し向けたので世界中が注目した中、何処を航行しているのか不明 の中で5/27日、東郷平八郎が丁字戦法により約半日でロジェストウェンスキーに完勝した。敵艦隊を撃破したが味方 は殆ど無傷だった。この日に海が荒れたのは神風であり、我が軍にとって有利に働いた。 日本の大勝利は世界を驚かせた。トラファルガー沖の大海戦以上に、世界史上に名声を博した。だが大東亜戦後のG HQ式日本史では此れを侵略戦争と断定して略抹殺して来たが、ロシアに苦しめられて来た国々は賞讃した。其れが 例えばフィンランド、ポーランド、トルコなどの国々だった。無論、其の外の非白人国家は喜んだ。 日本が身をもってロシアを極東から追い出さなかったら今の中国はなかったのである(以上、大要は「大東亜戦争の正 体」より引用)。さて日露戦争は日英同盟のお陰で勝てたとも言える。例えば戦費17億円の内、7億円がなかった。此れ は当時の国家予算の2倍の金額であり、其れを英米の特にユダヤ資金による外債で賄った。 英国のバックアップで日本は勝利し、また外務大臣・小村寿太郎の手腕もあって明治43(1910)、韓国を併合してロシア の脅威を取り払う事が出来たし樺太の半分を取った。だが日清戦争の時と違って賠償金が取れなかった。国民は戦 中、多大な負担を強いられて来た。 其の不満が裏切られた為に外務大臣・小村寿太郎を批難して不満を爆発させ各地で暴動となった(07/1/9のNHK教 育TVより一部引用)。 ■にて ▲ニート・・・・・・真面目すぎるために仕事も結婚もしない現代の若者(15〜34歳)の事。無論フリーターでもない。ニ ートは03年で52万人で尚増加傾向にあると言われ、05年現在で65万人に増えているので、「国家百年の計」にとっ ては気の重い課題である。 戦中戦後派はガムシャラに働いて来たが、其れは主として「お金のため」と言う貧しい目的からだった。或いは会社に 尽くして来たが、その結果にリストラにあった。其れを見ている若者は「豊かな時代」に暮らしているが「欲しいもの」は ない。 マスプロとマス消費が地球環境を破壊している事に危機感を感じる彼らが言わば「生産拒否症候群」にあり、或いは 「世の中を良くするか、生きる事が楽しくなる働き方」を思考するが、当面其れが見つからないから引き籠る。仮に見つ かったとしても体験・資金・人脈に自信がないからだ(04/12/6毎日新聞より一部引用)。 ニートはご本人だけではなくて、親子とも真面目過ぎるからとも思う。親は子供に期待し過ぎて失望し、子供も其の期待 に応え様として始めは頑張るが職場や人間関係に馴染めず重圧感に動けなくなる。仕事をするのが嫌いではないが、 真面目で深刻に考えすぎて、其れが自分を責める結果として、動けなくなり閉じ籠るようだ。 ニートの弁明をする訳ではないが、ピン撥ねかリストラしか能がない今の経営者の下で心まで汚染されて働くよりは、 今のニートのままで社会の動態をもう暫く静観したほうが良いだろう。 ★ニトロ・・・・・・ベンゼンなどの芳香族からハロゲンやニトロが出来る。ニトロとは硫酸と硝酸の混合物であり、此れ に綿を入れるとニトロ・セルロース(硝酸エステル)となり、此れを綿火薬と言って銃砲の発射薬とする。綿製品+硝酸 +濃硫酸・・・でニトロセルロースとなり、此れを水洗いして半日乾かせば出来る。 此れは1845年にドイツのシェーンバインが実験中に偶然発見したものである。其れまでの黒色火薬は銃口を黒煤で汚 すものだったが、無煙火薬は其れがないため以後銃砲火薬の主流になった。綿の代わりにベンゼンを入れればニト ロ・ベンゼンと言う毒物(注)になる外、各種の原料になる。 ベンゼンの代わりにグリセリンを反応させればニトログリセリンが出来る。此れも毒物だが狭心症治療剤になる。これ に火を点ければゆっくり燃えるが、衝撃を加えると爆発する。危険な為に珪藻土に浸みこませて取り扱いし易くしたの がダイナマイトである。 こうした一連の化学反応はドイツで第一次大戦前に開発されたハーバーボッシュ法、或いはオストワルド法と言う白金 触媒によるアンモニア合成法である。当時は空中の窒素を固定してアンモニアを合成し、其処から硝酸を作って化学 肥料を生産するものだった。所が其れよりも火薬として戦争の道具、人殺しの道具に使われた。 ダイナマイトはスウェーデンのストックホルムに生まれたノーベルが第一次大戦前の1867年に実用化に成功したもので ある。彼は父の代からロシアの魚雷造りの事業に関係していたが、鉱山開発や土木用以外に此れが軍事用として使 われた事を晩年になって後悔して遺言によりスウェーデンとノルウェーにノーベル賞を残した。 またその後、トルエンを使って更にニトロ化した高性能爆薬をTNTと言う。(注)05年末に中国吉林省で化学工場が大爆 発してニトロ・ベンゼンなど100トンが流失した。其の毒物が網走に到達して魚類が浴びるのは06年の雪解けの頃とな る。06/4月、先ず北海の野鳥類の謎の大量死が見られるようになった。 ▲日中関係・・・・・・古来、日中関係は夫婦関係の様な仲で永く蜜月時代を続けた。日本が太陽でシナが月であった 場合に永く平穏な歴史を綴ったのです。日ノ本と支邦とは、陽と陰の関係として、或いは東の宗主国から西の衛星国へ 東風が吹く時には良好な関係だった。だが弥生時代になると大陸の戦乱のたびに大量の流民が日ノ本に避難した。 其れと共に、西からの逆流として稲作と漢字、其れに儒教や仏教などがシナを通じて渡来するようになった。また白村 江の戦いで日本が惨敗して以来、大化の改新以前の日本史は彼ら進駐軍の手で書き換えられただろう。以後は遣唐 使などに見られるように彼我の関係は風上から風下へ逆転して来た。 日本は飛鳥時代以来シルクロードの文物を求めたし、幕末までシナを師として仰ぐようになった。此れが唐風文化の渡 来時代でした。しかし幕末には清国がアヘン戦争でイギリスに敗北して「眠れる獅子」と評されるに及んで明治以後、日 本は「脱亜入欧」とばかり急転換して、欧米一辺倒になった。 そして日清戦争から太平洋(大東亜)戦争で彼我の関係は再び逆転した。確かに戦前まで日本はシナを支配したかも 知れないが欧米列強のようにシナから搾取したのではなくて、開発の為に心血を注ぎ、シナのために血を流して投資し て来たのだ。 例えば★1936年には2.26事件となったが、当時の外務省調査部の報告によれば、戦費などで当時の金額で58億 円の国幣を捨て、21万の戦傷死者を犠牲にして20億円(の貿易上の利益など)を得た」として、「日本の領土的膨張 政策は経済的には全くお話にならぬ損失」としたが、「58億円の費用を支出した者は一般納税者でした。 また当時20億円の利益を得たのは少数の商工業者であった」としている。満州(中国・東北部)経営についても、毎年 4500万円の利益に対して、防衛費などで年々2億3000万円の損失を重ねている」と持ち出しを明らかにしている (★以下は05/1/28毎日新聞)。それだけではない。 英米の謀略によって日本海軍による「真珠湾攻撃」となったのだが、中華民国・中華人民共和国として独立できたのも 日本の御蔭である。例えば孫文が日本(横浜)に逃亡して世話になった。魯迅、蒋介石、周恩来も同じでした。彼らにと って日本は改革のモデルでした。しかし其の立場が戦後にまた反転した。 シナは負け続けたにも拘わらず日本の惨敗によって「漁夫の利」を得て戦勝国となり、だから戦後に蒋介石総統は「戦 後賠償」を放棄したのであり、また彼こそは米国の参戦を唆した張本人でもあった。だがその後に蒋介石が台湾に追 われて中国共産党の独占支配の国となった。 しかも戦勝国連合としての国連の常任理事国になれた(これはしかし台湾がなるべきであって、今の中国共産党政権 ではなかった)。ともあれ、其れを知りながらかの共産党政権は田中角栄の日中正常化以来、ボンクラな日本首脳を 相手に戦後賠償の代わりとして必ず「歴史認識と靖国問題」のカードを切り札として濫用して来た。 このカードでより多額のODA(開発途上国援助)を引き出して来た。80年度以降の対中ODAの総額だけでも3.33兆 円を超える額(04年現在)である。のみならず此れまで日本は民間からの資金援助・技術支援・技術移転で中国の発 展に貢献して来た。 こうした多額の資金と技術援助によって中国が急成長した訳だが、其の日本の恩義に報いたり感謝する事はなかっ た。彼らは毛沢東時代にも文化大革命によって1000万人以上虐殺している。にも拘わらず其れを隠して寧ろ「南京事 件」をデッチ上げた。シナは月の国であり、水神を祭る国である。水神は蛇であり、歴代皇帝も龍をシンボルとした。 だから蛇のようにしつこく毎度同じ「靖国カード」を使うようだ。だが「歴史認識」を言うなら、彼らこそ先ず自己批判すべ きであろう。その辺は黄文雄氏もその著「捏造された昭和史」で説いている。今のシナ人も渡来人たちも虚勢を張って 「中国4000年の歴史」と言うが嘘である。 だいたい中国なる国も存在しなかったし、支那は他民族に何度も侵略されて他民族の支国となり、或いは虫食い状態 にされて来た所だ。政権がクルクル変わったのだから国としては未熟である。砂漠まで入れれば確かに国土が広いが 国家としては幼稚であり、或いは新入りとして其の都度日本や他国の承認を得なければ安定しない弱い立場だった。 つい最近も日本が台湾を裏切って中国政権を承認したから中国の大看板を掲げたのであって、其れまでは中共ゲリラ 政権だった。だが今のシナは其の恩義も無視して尚も対日政策として反日で巨額ODAをタカリ、国内では反日暴動を 煽ったので巷でも日本人に感謝するシナ人はなく、決まって「小日本」の罵声を浴びせる。 これでは「礼節」を第一とした儒教の国とか、信義を重んじるとしたシナの自尊心はどうなって行くのだろうか。彼らの二 枚舌が見破られるだけだ。中国からは今も密航者が続き、日本で犯罪を多発させている。其の上、日本留学ブームで ある。 動機は100年前に留学した連中が各々大成したし、今も日本は企業経営ノウハウ、技術、地域開発、財政金融、年金 に至るまで何につけても改革のモデルである。01~03年には毎年1万人以上増えた。彼らが此れからの中国の指導者 に育って行くだろう。既に中国はパワーを全開して異様な程の開発・建設ブームとなっている。 多くの矛盾を抱えながらも其れを経済拡大が吸収してしまうので、先ず05年には自動車販売台数も580万台の日本 を上回り、しかも2010年まで経済は減速しながらも維持するものと予想される。06/4月には日本を抜いて外貨準備高 世界一となった。 ▲翻って戦後の日本を見れば、日米関係で技術支援を受けた日本が貿易を伸ばして来たが、今は日米貿易よりも日 中貿易が多くなった。此れは米国でも同じである。日中貿易が増大すれば日本海の往来が盛んになるので、これまで 米国に向けて発展して来た太平洋岸は衰退するかも知れない。とすれば此処でも裏表の逆転である。 此れによって此れまでの表日本が「裏日本」になる事も有り得る。所が、成り上がりの中国は居丈高になった。05/4 /9には北京で、10日には広州で反日デモがあり、日本総領事館を攻撃した。ホテルや日系スーパーのガラスを割 り、日本人二人を暴行し、外交官の車もボコボコにした。外務省は抗議したが暖簾に腕押しである。 尖閣諸島のガス田開発もシナの覇権主義によるゴリ押しである。こうした状況なら交渉の余地はないので日本は当 分、中国から大使館を引き上げるべきだろう。或いは日本からの巨額ODAをストップし、オリンピックに不参加とすべ きである。そうなったら一番困るのは日本ではなくて面子の潰れる中国である。 こう言って熱くなった彼らの頭を少し冷やしてやるべきだ(「ツキ族」、「反日デモ」を参照)。 今はこのように日中関係は日月・男女関係ではなくなった。今の共産政権は星系であり、日本政府も「日」ではなくて米 国流・星系政府である以上、星と星ではライバルであり、夫婦関係なら家庭内離婚状態ですから修復は無理だ。 また華僑にはヅルさが有る。ODAを取り込み、日本企業を誘致しておいて、十分にモノカネと技術支援も受けて、いざ 成り上がってしまった後には追い出して只で乗っ取る算段かも知れない。 黄文雄氏の著書「それでも中国は崩壊する」には「巨大市場」が巨大な「墓場」と化す−−−巨大マーケット待望論の 幻想を、数々の事実と史実によって覆す!と有る。また同氏の「華禍」では、中国発の脅威が日本と世界を襲う!反日 策動を繰り返す中国の正体を暴く!と有る。こんな中共政権は見切って寧ろ台湾政府を承認してはどうか。 或いはインドと手を組む事だ。 ▲日支は古来永く付き合って来た間柄です。でも日本は日神を保守する国だがシナは月の国であり、変化が早い国で ある。例えば色んな交流があった中で日本は稲作、漢字、儒教、仏教、正倉院御物を今も大事に守って伝えている。 其れに対してシナは日本からの事物を何一つ残さず消し去った。 のみならず先の五点さえ中国にはなくなった。このようにシナは月の国であり、月のように変化する国である。だが日本 の事物は先の五点でも唐式月暦でも大事に伝えている。しかもまるで全てがシナから渡来したと「お人よし日本人」は 誤認している始末である。其の勘違いを日本企業も心得て置くべきである。 仏教でも暦法でも中国は次々言う事がクルクル変わる国である。日本企業が全力で資金と技術とを全部注ぎ込んだ後 に、話が変わって仕事が出来なくなる覚悟をして行くのが良かろう。韓国はハングリーのカン・ニング国でありシナは偽 物天国である(「つき」を参照)。05/12/30にはマスコミのストライキが有った。 マスコミへの締め付けに対する反発である。だが締め付けても中国要人の腐敗を隠すのは無理だ。所得格差と水飢 饉で中国に暴動と革命が起こってもう余命幾許もないのを隠すのも無理である。マスコミを弾圧してもインターネットで 漏れる以上、オリンピックまでが命と見るのが世間通の見方である。そうなるのは日本に逆らうからである。 ▲ではもし台湾のような親日政府が出来たら無論接近すればお互いのためになるのか。シナ人は料理が旨い。食糧 生産でも農業大国として古来日本ではシナを「夜のオス国」と呼んだ。オスとは御食(ミケツ)である。この様にシナ人は 昔から日本の女房として日本人を食わす立場にあった。しかも彼らは手先が器用です。 だから今、忽ちコピー大国となり、モノマネで「世界の工場」を自負するまでになった。更に彼らは口も旨いし外交も達者 です。無論商売も旨いので昔から華僑が世界で活躍して来た。この様に彼らは日本人が足元にも及ばない所がある。 だからアッサリ脱帽すべきだ。彼らの方が人口も多いし国土も広いし何をやっても日本人より素晴らしい能力がある。 だから多少の事は我慢してシナ人に食わせて貰えば良かろう。日本列島の国土は米国に守って貰い、それ以外の事 はシナに任せて置けば良い。では日本人は何をするのかと言えば、中国と張り合って貿易摩擦を起こすのは愚策であ る。日本人は年中祭りをしてご馳走を食べて歌や踊りで楽しく暮せば良いのです。 ▲ニナ・・・・・・ ▲ニヌ・・・・・・ ▲ニネ・・・・・・ ▲ニノ・・・・・・ ▲ニハ・・・・・・ ▲ニヒ・・・・・・ ▲ニフ・・・・・・ ▲ニホ・・・・・・ ▲ニベ・・・・・・日本古来の接着剤でニカワの一つ。現代の接着剤は接着した時だけが最高の強度であり、以後は時間 がたつほど弱くなってしまうが、ニカワの場合は逆に強くなる。例えば竹弓を作る場合は、鹿の皮を三日三晩煮詰めて 作ったものを使う。 此れは乾きが早く強い。其れに対してニベは、ニベと言う海魚の浮袋から作る。此れは粘着力が強い。 ●・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 次は パテント・著作権は本会に属します。 「鬼の会」 |