http://hijiri.tamajiri.com 「日知り事典」 pagepage234.html(未定稿) ![]() 日知り事典 タウ〜タト ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★■▲◆★●■▲◆★ ■たう・・・・・・・・ ■タウン・・・・・・・・ ■タウン・ミーティング・・・・・・・地方制度や教育改革、法制度改革などを標榜して行政が行なう世論誘導の場。ある 目的の為に出席者を限定し、しかも其の中の何人かを買収して根回しを行い、全体の総意として意見を偽装して纏 め、捏造する公営ヤラセ・イベント・カラクリ会議場。 この場合の係員はエレベーターの前に立つ係員でも一人2〜4万円の特別報酬に対して、買収された意見発表者の謝 礼は5000円と言う官民格差のイベントである。だが一般に「対話」とか「ミーティング」と言うのは色んな意見を出す場で あり、言論を封じる場ではない。 反対意見があれば注意深く傾聴すべきであって、言論封殺の場ではないが、官営のタウンミーティングは逆様でしかも 買収の場だった。反対意見を出す恐れのある人物を事前に特定して予め会場から締め出していた。此れ1つをとって も、小泉総理の「国民との対話を重視したい」と言う気持は嘘になり、其の嘘を組織ぐるみで作ったとも言える。 タウンミーティングは一回だけではなくて154回もして来たが、其の実態は、内閣府と教育委員会の組織ぐるみの常識 ハズレのヤラセの場だった。公共性・透明性・公正さ・公開の場と言った国民の期待を裏切る場として、国民の意見を 捻じ曲げる行為をしていた事が06/12/13日のニュースでハッキリした。 ■たえ・・・・・・・・ ■たお・・・・・・・・ ●タオ・・・・・・老子が説いた自然無意の哲理。例えば彼の道徳経33章では、知恵と知識の違いを説いている。知恵は 自分の内に向かった心であり、知識は外へ向かった「頭の力」で他人を支配する。此れは一時、富を蓄えるが、肉体が 死んでも永遠に滅びないのは心(潜在能力)であり知恵なんだよと説く。 「知足者富」、即ち、本当の豊かさとは、有るがままの自分を受け入れる事で有ると(「老子と暮らす」加島祥造・光文社 から引用)。 ■たか・・・・・・・・ ▲高・・・・・・・・高さを言う。漢字の「高」は高殿を立体的に象形したものとされるが、やや疑問もある。確かに昔の「」 の上半分は階段を思わせる字体であるが、「高」と「」とは別の文字であったとすれば高殿とは別と言う事にもなるか らだ。 「高」の字は定点(「鍋蓋」を参照)の北側から見て、其の手前に冂(同構え)を設え、其の中に口(マス形、壇)を図示し ている。此れは定点よりも手前が一段高い事を図示した意味の文字、つまり「お供えの壇」としたものとも見られる。 ●高木の神・・・・・・天神。見柱の神。高み結びの神。古代エジプトではアイの神、アフリカでは高みの神と呼ばれた。 ●高天ヶ原・・・・・・高天原は記紀にあるが一箇所ではなくて神代以来、各時代に各地にあった。今だって地名として各 地に残っている。水戸市にも奈良県御所市にも高知にも有る。因みに御所市の高天の地は神武即位時の賀茂の古里 であり、記紀の高天原伝承地であり、今は高天彦神社(高御産霊尊)や橋本院がある。 此の寺は鴨氏の中の役小角が修験道の根本道場とした後に鑑真が住職となった数少ない寺である。そして山手には 高天の地名がある。 ▲高松塚古墳・・・・・・「埋蔵文化財」を参照。 ■たき・・・・・・・・ ■瀧・・・・・・・・ ■滝行・・・・・・・・(「瞑想」と「死霊」を参照)。 ★ダキニ天・・・・・・・・狐を眷属とする商売繁盛の稲荷神の別の素性がこのダキニ天である。由来は釈迦の時代のカ リテイモ(鬼子母神)とザクロの由来(縁起噺)と並んでダキニ天も心臓や肝を食う神として恐れられた(各項を参照)。 それ以前、シナでは殷王まで栄えたが此のダキニ天が后にとり憑いた為に周の文王に滅ぼされた。 此の当時、既に酒池肉林と腑分け(臓器移植)が行われていたものと推定出来る。其の因縁が今の臓器移植である。 西洋医学は失敗を重ねたが生き残りのための究極の医学ビジネスが矢張り此処に行き着く。また自分が病苦から逃 れたい患者も臓器移植など他人の死を待つような魔物の心に心を奪われる。 日本では平安時代に弘法大師が関わる。空海は大日如来と大黒天を結び、彼女を改心させたと言う。或いは四国か ら本州に連れ出してしまったとも。或いは伏見稲荷にしたとも言う。神道では稲を背負う老翁が稲荷(宇賀)神である が、ダキニ天は白狐に跨る尊像として示され、以来、狐が稲荷と結び付いて民間に信仰された。 またダキニ天法と言う呪術ではダキニ変じて文殊菩薩となる。因みに密教のマントラでナウマク・サマンダ・ボダナン・キ リカ・ソワカと唱えれば(「密教の本」学研より引用)自在に通力を発して、6ヶ月前に人の死を知り、其の心臓を得る(広 辞苑より引用)。また飯綱権現を祀り、神仏習合の形を留める豊川稲荷が有名。 ■たく・・・・・・・・ ■貯え・・・・・・・・「貯えるばかりで施しを与える事も知らないなら国潰れ、家潰れ、人落ちぶれる」(ソロンの予言書)。 ■たけ・・・・・・・・ ●竹・・・・・・・植物は満月までに水を上に吸い上げている。竹にはポンプも付いてないのに水を吸い上げていて、例え ば満月に近い頃に孟宗や真竹の人の背丈ほどの高さを切れば水が噴き出す。竹は節の中に水を溜める工夫として節 を作り、更に上へと送る弁の働きまで持たせているようです。この大量の水が竹の成長力になっている。 竹は土と水の作用を支配する月の精(月を参照)である。だから「雨後の竹の子」と言われるほど繁殖し、成長が早い。 特に満月の晩には驚くほど伸びる。この様な事を「長(丈)が長(た)けて来る」と言うのも「竹」の本質を知った先人の教 えであろう。竹は月を祭るシナやアジア各地にあるが星の輝くヨーロッパにはない。 シナから来た孟宗竹は一日に1mも伸びる時期がある。シナの圭竹なども成長が早いが柔らか過ぎるため普通の竹よ りも品質が劣る。何れにせよ竹の発育のスピードは普通の木の成長と比べて格段に早い。其の秘密は木が枝の先だ けで成長するのに対して、筍の場合は各節目ごとに成長点があるため乗数的に早いのです。 また例えば筍を一本見つけたら、其の周りには必ずもう2本見つかる。此れは竹が水の三拍子、三兄弟で分岐する習 性があるからです。因みに竹に限らず月の精である茸も竹に似ていて、○シメジや○タケに限らず、矢張り集団で見つ かるものです。但し普通の竹の根っこの広がりは5mの範囲内である。 また普通、竹の子と言えば孟宗ですが、其のシーズンが桜花の終わる頃になって出て来るのがハチク(淡竹)である。 此れはアクが少なく軟らかくて美味しい。ともあれ、こうした習性のため竹薮が拡大するのも早く、畑や山林が何時の間 にか竹薮に変わってしまう問題もまた「竹公害」と言う悩みとなる。でも其れは活用法を知らないからだ。 竹の利用は第一に環境破壊を防止する。竹は100%利用できるので捨てる部分がない。だからゴミにならない。しかも 旺盛な生命力を筍料理として食べれば格別の風味がある。肥料や水をやらなくても増え続ける再生力・繁殖力を利用 して竹細工、竹包丁、竹炭などの燃料、竹繊維、竹紙、竹筏、竹垣、篠酒、篠茶・・・・など色々工夫の余地が有ろう。 因みに竹包丁は金属の包丁と違って、高価なセラミック包丁と同様、素材の味を損なわない優れものだ。ただ破竹や 孟宗竹の筍は美味しいが、竹薮に隣接した住宅では毎年、竹の進出との戦いとなります。其処で以前は「藪枯らし」と 言う除草剤を撒いた。 しかも素人は、竹が生えて来てから慌てて撒くので雑草を枯らす程度で、実際のところ竹には効果がなく、副作用だけ となる。 竹は中々枯れないのです。薬で枯らすには新芽が出る頃にしなければ遅い。根っこから溶かして枯らすしかないので ある。具体的には竹の根が地表面から出ているのを発見した場合に、錐で穴をあけて、スポイトで除草剤を注入する。 そうすれば下の根に流れてその根を断つ事ができる。 ただ除草剤は火薬と似た成分であるから、多用し過ぎた場合には屡、山火事の原因になった。其処で塩を混入して燃 え難くした(爆薬への転用防止もあった)。このように除草剤は効果的に活用できる人が少ないのに商品としては何処 でも乱売されているため副作用が大きく、環境破壊の元凶の一つと見られる。 ですから竹の繁殖防止には別の方策を考えるべきです。例えば境界からこちらに竹の根っこが出て来るのを防ぐには 30cm以上の側溝を付ける。其れに沿わせて波板を埋め込み、その上部が地上から10cm以上出るようにして置け ば略止められる。また竹薮そのものを枯らしてしまうには温度の力である。 チップを厚さ1mほど積み上げて置けば、その地熱で根っこから枯れる。或いは竹薮にせず、美しい竹林のまま保つに は間引きと手入れである。間引けば日光が入るので密集しない。また出て来る筍を次々採れば新鮮な筍の味を楽しめ ます。1m以上に長くなってしまった筍の場合は、筍としては価値がないと思われているが、実は穂先が美味しい。 特に1m以上の竹には竹水が溜まっていて、此れも美味しく、美容にも良いとか。また竹林には竹キノコが出ている事 が有る。白くて丸い竹茸は中国料理に使われる。このように竹は増え過ぎると厄介物ですが、竹に親しみ、手入れをす れば役に立ちます(以上の一部はNHK総合TV、05/3/31、及び4/30日より一部引用)。 そしてもし竹を割る場合は「木元竹裏」と言って、木は根本から、竹は裏から割るのが原則です。こうして竹材を利用し たいなら二、三年以上のものを寒い冬の寒中に伐るべきです。青々とした新竹は美しいが、若い竹は直ぐに萎びて来 ますし、またこの時期を過ぎてから伐った竹は、中に蟲の卵が有るのでやがて虫が涌いて来ます。 このため其の竹は何年か先に粉になってしまうので、素人がこの点で必ず失敗する。さて、竹の繁殖に戻る。余り心配 ないのです。樹木には千年の大木があるが、竹は決して巨竹とはならない。竹には孟宗、ハチク(淡竹)、マダケ、メダ ケ、篠竹、笹竹・・・・など何種類もあるが、凡そ中空であり、軸の中身がない。 同種の竹なら皆同じ程度の背丈で横並びですし、しかも世代交代が早い。更に交代を繰り返しながら、竹薮全体が拡 大してもやがて自滅する。凡その周期は孟宗竹が200年、真竹が60年、篠竹が20年で花を咲かせていったん全滅 する。 月を祭る稲作民の稲が半年の命、其れに対して竹は其の百倍であるが、根っこが蔓延ってそれ以上拡大できない飽 和点・周期に来るからです。このため枯れてから略10年間休んで自分の根を腐らせてから其れを次の養分として再生 する。このように月の本質は変化であり、その精を持つ竹もまた寿命が短いので無限に繁茂する心配はない。 ■竹島の日・・・・・・島根県と韓国との間にある岩ばかりの無人島で無論、日本固有の領土であるが、韓国が戦後の S29(1952)年に突然「李承晩ライン」を設定して占拠し、領有を主張。54年から警備隊を常駐させ、実効支配を続 けている。周りが好漁場であるためお互いに譲れないとする見方もあるが其れは違う。 99年の新日韓漁業協定で「周辺は両国が共同管理する暫定水域」と合意した。にも拘わらず、韓国船が主に操業して おり、日本側の漁業の水揚げだけを見ても激減している。そう言う事から日本政府の弱腰に業を煮やしたのかとうと う、島根県議会が05/3/16、賛成多数で2/22を「竹島の日」とする条例を可決・成立した。 この事から韓国側はまたも「反日」運動が高まり、翌日17日には過去最大のデモとなった。北朝鮮も同様に、日本を 「強盗」と批判した。こうした事を日本では「盗人猛々しい」と言うが、国際常識に照らしても恥ずべき事ではないか。此 れまでの日本の譲歩は全て無意味となった。また戦争で決着を付けたいのだろうか(歳時記「2/22」を参照)。 ▲丈六・・・・・・・丈六の地名が各地にあるが、其のまま解釈すれば仏像なら一丈六尺(約4.8m)となり、かなり大きな仏 像となる。しかし「其の丈が六尺」とすれば今の人間と等身大に過ぎない。 ★ターゲット・・・・・・・・標的。古くは「丸い盾」。 ★ターコイズ・・・・・・・・宝石のトルコ石。12月の誕生石。緑青色。 ■たこ・・・・・・・・ ■たさ・・・・・・・・ ■たし・・・・・・・・ ■山車(だし)・・・・・・・・ダンジリを参照。 ★タジキスタン・・・・・・・・以下、関係HPから引用する。<歴史>紀元前2000年から紀元前1000年にかけて、イラン 系諸部族がユーラシア草原から中央アジアに移住し、オアシス地方で独自の文化を創り上げていた。現在のタジキスタ ンの領土にあたる地域は古来より様々な民族の侵入、支配を受けてきた。 8世紀にアラブ人が到来し、イラン系の言語を話していたこの地域の住民たちはイスラム教を信奉するようになり、9世 紀にはタジキスタンからウズベキスタンにかけての地域で、土着のイラン系領主がサーマーン朝を自立させた。 やがてテュルク民族が到来すると、タジキスタンとウズベキスタン、アフガニスタン、イランなどにかけて広く居住するイ ラン系の言語を話すムスリム(イスラム教徒)定住民たちはタジクと呼ばれるようになる。 16世紀にはタジクたちの中心地域であるトランスオクシアナ(ウズベキスタン中央部からタジキスタン北西部)にウズベ ク人が侵入し、ウズベクの建てたブハラ・ハン国の支配下に入る。ブハラ・ハン国は19世紀にロシア帝国の保護国とな り、さらに20世紀にはロシア革命の余波で倒壊し、ブハラ人民ソビエト共和国となった。 1924年、ソビエト政府は中央アジアの各自治共和国を民族別の共和国に再編する「民族境界区分」の画定に踏み切 り、それまでテュルクの定住民とまとめて「サルト」と呼ばれてきたイラン系のタジクたちが、タジク民族として公認される とともに、ブハラの東部とトルキスタン自治共和国の南部が切り分けられて現在のタジキスタンの領域にタジク自治ソビ エト社会主義共和国が設置された。 1929年、タジクはウズベク・ソビエト社会主義共和国から分離し、ソビエト連邦構成国のひとつタジク・ソビエト社会主義 共和国に昇格する。 こうして形成されたタジク国家は1990年に主権宣言を行い、1991年に国名をタジキスタン共和国に改めるとともに、ソ 連解体にともなって独立を果たした。1991年12月21日、独立国家共同体(CSI)に参加する(以上はウエキペディアhttp:/ /ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3)。 次は、国名 タジキスタン共和国(Republic of Tajikistan)、面積 143,100平方km(日本の約0.38倍)、人口 602万人 (98 年推計) 、首都 ドゥシャンベ 言語 タジク語(公用語)、ロシア語 、宗教 イスラム教スンニー派80%、イスラム教シーア派 5% 、通貨 タジク・ルーブル(Tajik Rouble) 、為替レート 1ドル=754タジク・ルーブル(以上はhttp://www.eastedge.com /tajikistan/から引用)。 タジクは鉱物・原油資源国としてカザフと並んで年率10%の経済成長を果たしており、06年は独立15周年を迎えて軍拡 が目立って来た。 ■たじひ道・・・・・・・・丹治比道。反正(丹治)天皇の後の時代に大阪の堺から東に向かい、二上山の裾野を通り、現 在の竹之内街道に沿って奈良県側の竹内村に出た日本最古の官道。ただ710年に都が藤原京から平城京に遷ってか ら官道としての役割を失った。中世以降には太子信仰が高まり、太子の墓を詣でる「信仰の道」として栄えた。 また戦国時代には商人が行きかう経済流通の道になり、以来、古市には豪商が軒を連ね、江戸時代には西国巡礼や 伊勢参りの道になり、茶店や旅籠が軒を連ねた。明治以降、道幅が広がり、戦後も拡幅・舗装が続いたが寂れた。04 年には竹内峠で旧街道と交差する南阪奈道路が開通した(07/1/20朝日から大半を引用)。 ★タージマハル・・・・・・・・インドの都市。ムガル帝国の霊廟がある。この帝国は砂漠の民、イスラムが造った国だっ た。皇帝が36歳で亡くなった妃(ムスターズ・マハル)の為に霊廟を建て、大量のメノウや翡翠の透かし彫りで霊廟を飾 った。そして緑と水で星型に囲んだ。砂漠の民・イスラムにとって水と緑と星は天国を意味した。 つまり皇帝は此処を「愛の結晶」としたのである(05/10/30のNHK総合TV「世界遺産」より引用)。 ▲多神教・・・・・・・・一神教は抽象的な概念・架空の観念で神を規定するのに対して、多神教は具体的な神仏像を祀っ て信仰する。其れを一神教では偶像崇拝とかアニミズムと批判する。しかしキリスト教でも遺骨や聖像崇拝があり、マリ ア像とか天使像を崇め、十字架や聖槍を信奉するケースも多い。大体ギリシャ神話からして多神教だった。 古代ローマの町でも辻々には辻神が祀られ、家の守護神も先祖の霊も祀られていた。こうして古今東西の大多数が多 神教圏である。 ▲多数決の原理・・・・・・・「一人は皆のために、皆は一人のために」働くのが共同社会の原則であり、このための 政策としては最大多数の最大幸福を図る。其の政策立案に際しては会議で議論して最終的に議案を採決する場合に は賛否を採って多数となったものを議決とするのが多数決の原理であり、此れが民主主義の原理である。 ただ現実は原理原則の目的から外れて来た。会議に出る人達が無欲の善人ばかりなら会議でより良い議案が完成さ れると期待出来たが、現実はより粗悪な議決ばかりで単に利権の分捕り合戦を呈して来た。中には無欲の善人がいた としても多勢に無勢であれば黙殺される。ニュースの一端を見ても、今の議員や官僚の殆どが犯罪者集団である。 であれば極端な話、強盗10人対善人1人なら強盗の言い分が正当化される仕組みが多数決の原理となる。正義も正 論も多数の力の前には全く無視され、存在出来ない仕組みが多数決である。しかも会議の場で決定した以上、個別に 責任が問われないと言う好都合な仕掛けになっている。議長が代表して責任を取ったと言う話も聞いた事がない。 会議と言うこのシステムが民主的なシステムと誤解された結果として全国各地に会議が広まったが、多数決によって何 をどう解決し、何が良くなったと言えようか。何も成果はなかったのではなかろうか。会議は増えたが時間の浪費でし た。寧ろ無責任体制が広まり、其の無能と無責任体制を維持するために固定化したのが合議の場としたに過ぎない。 つまり無責任のシステムが多数決の原理でした。これなら専制国家や独裁主義の方が良かったのではないか。例えば 今の税法を見ても国民を懲罰するシステムになっている。強盗が国民にアレコレ難癖を付けて、其のペナルティとして 納税させる約束事としてシステム化したのが此の多数決の働きである。 例えば何も対立のない家族的な職場に、敢えて資本家と労働者と言うような二元論で二極対立の構図を作ればどうな ったか。こうした架空の論理により、プロレタリアとか労働者とを二極に対立させた。日本社会では労組、人権を絶対多 数の論理に仕立て上げた結果、新たな利権とする事が出来た。 其れが新たな圧力団体、偽物の組織による多数決の天下とした。つまり多数決が勝手に作られ勝手に働いた。多数を 正義とする弱肉強食の競争社会となれば、努力する中小企業や個人が譬え善人であってもペナルティを課せられるシ ステムとなった。 此れは学校の試験と同じ○×式である。或はスポーツやゲームと同じである。敵か味方か、勝つか負けるか、イエスか ノーかの単純な二極対立・二者択一である。此れなら博打と一緒です。 多数決の原理がこの様に悪の論理に働いて悪用され、逆利用された結果、日本を益々険悪化させた。多数決の原理 が世界各地に浸透した筈の20世紀に於いて、人間性を失って「戦乱と虐殺の世紀」としたのが多数決による結果であ る(民主化を参照)。 ■たそ・・・・・・・・ ▲黄昏(たそがれ)・・・・・・ ■タタ・・・・・・・・インド製の5人乗りのファミリーカー(国民車)。価格は26万円で年間生産量1000万台のベースを目指し ている。 ★戦い・・・・・・・・ ★戦いの歴史と因縁・・・・・・・・歴史と因縁は繰り返す。戦いの因縁も繰り返す。例えば世間では自然には対抗的に 「防災」と言い、病気には闘病と言って戦う。しかし其れでは解決できません。だから死んでも繰り返し、生まれ変わって もまた繰り返す。恨みも持ったままで逝くので、武将たちは祟りを恐れて子孫の一人を坊主にして来た。 死後の事は詳しくは分からず確かめようも無いのですが、殺人者の場合は、彼の世でも戦いを繰り返します。人殺しで も色々有って、単独犯もあれば信長の様に叡山焼討ちや石山本願寺で多数の僧兵を殺した男もいます。前者は此の 世では死刑囚となり、後者は400年経った今でも日本では大河ドラマで繰り返し英雄として語られる。 一人を殺せば悪人となり、何千人も殺せば英雄になると言うのでは納得できない方もあるでしょう。それは現代の日本 人が戦国時代の生まれ代わりが多いからかも知れません。彼の世で戦い続けて幕末に再生し、日清日露、大東亜と 戦って更に今も戦いを求めて無用なスポーツで戦いを続けると言う悪循環を見せています。 歴史では例えば663年に白村江で惨敗し、672年に壬申の乱。その390年後の1062年に前九年の役、1087年に後三年 の役、1185年には屋島・壇の浦の戦い。1274年が文永の役、1281年に弘安の役(此れは外寇だから例外としても)、 1331-1392年が南北朝の動乱。この間も390年間が戦い続けた事になる。 そして1467-1477年まで応仁の乱となり、其れに続いて豊臣秀吉が統一するまで戦国時代となった。次に1600年に関ヶ 原の戦い、1614年に大坂冬の陣、1615年に大坂落城、1638年に原城落城で、その後、230年間が平和となった。しか し、以後77年間は戦争の歴史だった。 1868年に鳥羽伏見の戦い(戊辰戦争)。1877年に西南戦争。1894-95年に日清戦争、1904-05年に日露戦争。1937年 の盧溝橋事件から日支事変となり、更に1941年に真珠湾攻撃により、1945年まで大東亜戦争が太平洋戦争に拡大し て惨敗。もう戦いはこりごりと言った筈だった。 しかし今またNHKTVの大河ドラマは毎年戦国時代を繰り返し、更にスポーツ番組を垂れ流し、更に官民挙げてスポー ツ振興をしている。家庭内でも毎日「勝った負けた」の話題しかない。彼らは、あの世へ往っても戦いの因縁を繰り返す のか。 ■畳のサイズ・・・・・・・・尺貫法は天文地理を一軸に結び付けた実に優れた度量衡法であり、そのため永い歴史(実 績)を持つ。例えばかつて土地の面積を坪で示したが、建坪と言えば敷地であり、建具も家具も建材も全て、一間(6 尺)を基準にして作った。全てが一間の長さの比例関係で貫かれていたのです。 従って畳の一辺の長さを計れば、其の家がどの時代のどの尺度で作られたかを示すのみならず、一丈(10尺)四方の 建坪なら自動的に内部が四畳半の部屋となった。これが格式である(同項を参照)。 このように畳の寸法でも格式に従った決まりがあったので、先のようにカギ手(L字)形の縦横比がサブロク、即ち3尺と 6尺に規格化されていた為、短辺のサイズだけを計れば他の長辺を計らなくても全体の寸法が分かった。 ただ畳には江戸間ま、中京間、関西間のような地方色があって、寸法の種類だけで数種あるが、其れは柱と柱の寸法 の採り方「間取り」で違う。 畳の寸法がサブロクであっても、6尺を基準に伸縮して数種類になっている。ですから例えば、初めて訪問した時に、 「六畳」と聞いた部屋に案内されて、思ったよりも広いとか狭いと感じた経験を持つものです。畳は基本として三尺×六 尺(即ち一間=1.8m)ですが、此れを本間、または京間と言い、次は中京間、江戸間、五八間、と小さくなる。 今では更に「団地サイズ」と言う狭い畳が鉄筋コンクリート作りのマンションの増加などで主流となって来ました。新人類 の発育が大きくなったのに逆比例して畳も家屋も全体として狭量化しているのですから日本は貧しい。 ともあれ最も大きいのは高野間・本間(6.6尺)、次は御所間(6.5尺=1969.5mm)、次は京間・関西間(6.3尺 =1908.9mm)、次はサブロク(三六間=1818mm)、そして田舎間・江戸間(5.8尺=1757.4mm)となる。 こうした寸法の違いは柱の太さによっても出たものであり、例えば柱の寸法が五寸の場合、柱と柱の芯々の「間取り」 は、一間(6尺)から2.5寸縮まるので、5.75寸=1725mmとなる。 もっと縮まって5.6尺の1700mmとなったのが団地サイズである。ともあれ、今の一般的な商品サイズをセンチ単位 で示せば、 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・ 三畳 ・・・ ・・・ 4.5畳 ・・・ ・・・ 6 畳 ・・・ ・・・ ・・・8 畳 ・・・ ・・・ 本 間 ・・・ ・・・ 191×286・・・・・ 286×286・・・・・・ 286×382・・・・・・382×382・・・・・・ 江戸間 ・・・ ・・・ 176×261・・・・・・261×261・・・・・ 261×352・・・・・・352×352・・・・・・ 五八間 ・・・ ・・・ 174×258?・・・・258?×258?・・・258?×348 ・・・ 348×348・・・・・・ 団地間 ・・・ ・・・ 170×255・・・・・・255×255・・・・・・・255×340・・・ ・・ 340×340・・・・・・ 以上、不詳の部分があるが要するに例えば六畳間と思って六畳用のカーペットを買って来て敷いて見たら全然合わな かった、と言う事がないように、予めその部屋か畳の短辺のサイズだけでも計ってから買うほうが無難です。因みに「畳 の目」と言う例え話が有りますが、実際、数えるのは大変ですから言いますと64目を基本として種類により前後する。 ■タタラ・・・・・・タタラは蹈鞴と書くが風を送るフイゴの事。日本は火山国であり、しかも砂鉄がふんだんに採れたの で、古来、世界一の冶金(タタラ)と産鉄(カンナ)、精錬と鋳物師(湯ながし)・鍛造(焼き伸ばし)・可鍛(焼きナマシ)・・・ などの技術王国でした。タタラとはフイゴを使って火口から炉へ風を送り込む装置でした。 其の名残の一つが「ただれ」と言う言葉であり、此れは湯(溶けた鉄)が流れる様を言ったものと思われ、また各地に 多々良やカンナの地名を残した。そして北伊勢には多度があり、多度大社にはタタラの神として「天一目神」が祭られ ている外、岐阜や各地には金山彦神などが祭られている。 彼を祭る岐阜の南宮大社や大阪生玉神社では鞴(フイゴ)祭りが続けられている。因みに先のカンナについては大工 道具の「鉋」があるが、其れは鉄の刃を代弁した言葉である。 今も各地には金山と呼ばれた山が散在し、或いは甘南備山があり、鉄輪・鉄穴(かんなわ)とか佐備、多々良と言うよう な地名が残るのは、何れもこのカンナに由来するものと思われる。但し、鉄の事を日本ではクロガネとか悪金とも言っ た(「青銅器」を参照)。 ■祟(たた)り・・・・・・・・霊界はイキナリ天国が有るのではなくて此の世とほぼ同様の世界である。とは言え、あらゆる 面でこの世とは逆の面もあって、例えば物質世界のこの世とは逆に、あの世は精神世界ですから、この世の常識で処 理すれば間違いを犯す。 例えば科学万能の教育を受けた現代人が「見えないものは存在しない」と決めて掛かり、神仏先祖を無視すれば、や がてその人は決して無視出来ない様々な形(現象)の事故や事変に出遭う。見えないモノでも此の世に写し出す現象を 起こす力が大きいので、それらを「祟り」と言う。 崇りに遭わないためには祭りをする事であり、其れには神仏を無視するのとは逆に、神仏を認めて、しかも誰かを主神 として特定する必要があります。此れは簡単なようで実に難しい。其処で在地・在来の古式方法(作法)に従って祭るの が一番容易く無難である。所が異教徒は其れをしないでいきなり滅ぼそうとする。 一神教が在地の文明を次々滅ぼしたのはこのためである。個人的には皆良い人なのであるが、異教の神を恐れて、 或いは過激にも「邪教」と即断して抹殺・焼き捨てようとする。 例えば新興宗教や創価学会が日本古来の神棚や仏壇を捨てたり焼却させるのは、この宗教(作法)に無知な上で新 たな別の信心にのみ熱心な事からであり、此れでは何も無い所に火をつける行為に等しい。 そうした行為をしてしまうのは顔が見えなければやってしまうと言う弱さなのか。或いは邪教の「崇り」を事の外恐れる (裏返し)か、もしくは其の「祟り」に対して、自分の信仰する神が無力であると心配している訳なのか。要するに信心し てはいても本心から信じきれずに猜疑心が強い為であろう。 この為その者は其の因縁を負うのが祟り(バチアタリ)である(「イデオロギー」、及び歳時記の「11/12伊予親王」を 参照)。祟りは人の恨みから起こるものばかりではない。例えば長雨や台風で被害が続けば、人は「雨にタタラレた」と 言う事もある。何れにせよ見えない事でも「原因があるから結果」となる事を恐れるべし。 ▲辰・・・・・・エト(十二支)の一つ。東から南へ30度の方角。方位で辰巳と言えば辰と巳との方角を言ったもの。辰巳は 東南であり、其の手前の東南東が辰の方位。昔の辰の刻は今の時刻にして略午前8時頃。方位は時期に重なり、時期 としては今の暦で5/6日頃。 ▲竜(たつ)・・・・・・竜を参照。 ▲竜巻・・・・・・04/6/27朝、佐賀市を竜巻が襲ってコンクリート製の電柱数本を折り、車をひっくり返したり民家の屋根 を飛ばすなど344棟に被害を与えた。この竜巻が通ったコースは当日の円暦方位に近い、南西から北東に向けて長さ 8km、幅300mをほぼ直線上を通過したが、上空には積乱雲があり、辺りが暗くなったと言う。 局地的な最大瞬間風速は約60m〜時速65kmと推定されている。日本での竜巻は年間10〜20ヶ程だが、米国では 国土が広いから年間750〜1000ヶの竜巻が発生する。テキサス州では初夏の気象現象として最も多いのが竜巻(トル ネード)です。年間に100回以上、風速(時速)200kmを越えるものもあり、吸い込まれそうになるとか。 また例えば1995年にはオクラホマ州で一瞬にして720億円の被害を残す竜巻(トルネード)が襲った。突然やって来 て通り道のものを全てなぎ倒し、家もトラックも巻き上げて叩き潰すので、破壊される人にとっては一瞬の悪夢である。 其れにもし接近遭遇した人は、橋の下にでも潜り込まなければ助からない。 だが其の前に必ず積乱雲が発生して低くなり、其れがゆっくり廻り出せば前兆として分かるらしい。其の後に地上に尻 尾を伸ばしたらトルネードである。竜巻には二種があり、先の例はスーパー・セルと言い、数十分間続く大型のものとな るのに対して、日本では冷気と温気がぶつかる前線近くに空気の渦が発生する。 その上空を強い上昇気流を持つ積乱雲が通過して渦を引き伸ばすタイプだ。規模は小さく、数分間で収まる。こうした 小型のつむじ風を竜巻、またはカマイタチとも「真空斬り」とも言う。何も知らずに、気がついたら血がべっとりと言う事も あるようです。尚、つむじ風は悪戯っ子で人間臭い一面が有ります。 米国のような所には強く発生するが日本では大人しい。人がつむじ風を褒めれば更に増えたり暴れて見せたりする が、彼らに逆らえばもっときつく当たって来るのでご用心を。いや旋風ともっと楽しく遊んでやって下さい。・・・と述べた 所が06/9/17の台風13号が九州に上陸し、其の中心から200kmも離れていた延岡市では竜巻となった。 風速38.6mの一部が突風・竜巻となり、南から北へ長さ約6〜7.5kmを風速60m(時速にして70〜200km)で通過して幅 200mを荒らした。竜巻の大きさは体育館の約2倍、重さ40〜50トンのJR特急列車2両を倒し、トラックを持ち上げて田 圃に飛ばし、大きな建物のガラスを一瞬で砕いた。住宅の屋根も剥がして1500棟を倒して約15分で消滅した。 宮崎は地形的に竜巻を発生しやすく、昨年の14号でも竜巻を起こしたと言う(06/9/18のabcTVより引用)。 メキシコでは9/16-17のハリケーンで57mの暴風で3名死去、エルドラドが水に浸かった。 竜巻は突然発生して時には悪夢を見せるが10分間ほどで消え去る。 何れも沿岸部に多発して高速回転する渦である。手当たり次第に強い上昇気流で物を吸い上げ巻き上げて飛散させ、 其の飛散物が飛び回ってアチコチ突き刺し、次の被害を再生産するので竜巻の時には外に出ないのが良いと言う。ま るで龍が尻尾を振って叩き壊して行くように見える。 見えるが黒い物を吸い上げて行くので其れだけ別の祓いの役割も有るのではないか(祓い、風雨、龍を参照)。山形の 鉄橋列車事故の場合は、竜巻が息をつくように風力が途中で強まったり弱まったりしていた。此れをタッチダウンと言 う。ただ普通は台風の東側、つまり進行方向の右側では台風から離れていても竜巻が起こる。 竜巻の半数は太平洋沿岸で起きていて、台風の時期と重なる。日本海側では逆に大雪の時期と重なる。面積当りの 比率では沖縄がトップで次は東京が起き易い。上空に積乱雲の列があれば、其処に向かって風が吹き込んで行く。其 の雲が台風の風で流されれば上昇気流が激しくなって竜巻となる。 よってドップラー・レーダーで雲を観測すれば竜巻の予測が可能と言う(06/9/27のNHK総合TV「クローズアップ」より 一部引用)。06/11/7、8、9日に今度は北海道の佐呂間町、日高町と豊富町、続いて奥尻島で発生した。佐呂間では 一瞬に9人を死亡させ、数十棟の建物を全半壊させた。豊富町では同時に2本の渦巻きを見せたと言う。 この時は日本海側に996〜998hpの低気圧に対して、オホーツク海には1030hpの高気圧があり、また上空には− 24℃の寒気があったのに対して、地上は18度と言う高めの気温だったと言う。此の為、大気の激しい対流となって積乱 雲を作っていたと思われる。巨大な積乱雲に発達して竜巻とする場合をスーパー・セル(SS)と言う。 通常の積乱雲の寿命は1時間程だが、SSは寿命が数時間以上と長く、内部に強い上昇流と下降流とを持つ。米国で は此れがしばしばトルネードを発生させる。気象庁は佐呂間のケースを此のスーパー・セルだったと発表(11/18)した。 また竜巻について11/11の教育テレビでは下記の6項目で解説した。@上空にマイナス36℃の寒気があった。A地上 は18℃だった。Bよって雲が発生した。C上昇気流が積乱雲を発生させた。D周りに大気の流れが発生して渦となっ た。E其れが掃除機の様に地上のものを1分間吸い上げた。 次に11/11日の夕方の予報では、1022-1030hpの高気圧に囲まれた中で11/12には低気圧(別項参照)が976hpに低 下すると予想して台風並みの風波になると警戒を呼びかけた。だが竜巻を避けられるのは人間だけであり、建物は逃 げられない。風と言うのは上から下へ吹き降ろす力よりも、下から吹き上げる力の方が強く建物に作用します。 其の点で従来の山形屋根は風に弱い構造です。このため下から屋根が捲り上げられ、剥がされたり飛ばされる事故 が有ります。例えば06年には宮崎や北海道で竜巻被害があった。喩えドップラーレーダーを設置して警報が出たとして も、従来の屋根ではどうしようも有りません。台風や竜巻から建物は逃げられない。 しかも、山形屋根の形は飛行機の翼に似て、上に凸型ですから風に向かって浮力を付ける翼と同様に、風が吹いたら 舞い上がり易い。其れに比べれば別紙のV屋根は逆の形ですから安心です。V屋根は構造的に見て、風があれば下 に押し下げられ、沈むようになっているからです。 ▲タッシェル・ナジュール・・・・・アルジェリア。1500m級の山々が連なり、先史時代の岩絵が残る。アフリカの1/3の 面積を占める世界最大のサハラ砂漠にある遺跡で今は砂漠だが、此の名は「水が流れる大地」で太古には豊かな水 が有った。6000年前の岩絵に当時の緑豊かな時代の暮らしが5万点も描かれている。 「石の森」と呼ぶ所には1万年から8000年前までの岩絵がある。当時はムフロンと言う野生の羊やキリンがいて、人々 はコラと言う足に付ける楽器を使っていた。白い巨人の神様に向って女性たちが祈っている岩絵もある。此の神様に はアンテロープと言う動物の生贄を捧げている。5500〜4000年前には牛を飼う人々が住んだ。 彼らは今のフルベ族の祖先と言う。5000年前から生きている糸杉が残っている。其の地下深くにはまだ化石水脈があ ると言われる。4000〜2300年前は馬の時代と言われる。ギリシャからエジプトを経て馬で来た人々である。彼らは馬の 戦車に乗ってティファナグ文字を残したが、この時代から砂漠化した。次はラクダがアラブからやって来た。 2000〜1600年前にはラクダの時代となり、ラクダの絵を描いた今のトワレグ族が此処に残った。他方、サハラ砂漠の 北端には1千年以上も砂に埋もれていた古代ローマ都市がある。ティムガッドと言う2c〜3cの古代ローマの街がそっく り発掘された。此処にはローマ最強の騎馬軍団がいたと言う(MBSTV世界ふしぎ発見」06/6/24より引用)。 ▲堂塔(タッチュウ)・・・・・寺院の中で堂塔と呼ばれる所は、本来は高僧のお墓の有る寺と言う意味であるが、禅宗の 場合は堂塔をタッチュウと読む。例えば京都紫野の大徳寺には22の堂塔があり、其の内の一つで有名な寺が大聖国 師の墓地を祀る大仙院である。 ▲たて・・・・・ ■縦とり・・・・・・・凡そ財産や地位、物事のやり取りには「縦取りと横取り」とが有ります。世襲は縦取りです。縦とりは 相続とか給料賃金、其れに売買など正当性によるものであり、後者(横取り)は博打やヨコシ(商い)など、一部に不当利 得や不正行為があって得たものである。後者の因縁は従って火事や災難で消滅する事になる。 例えばソ連は日本の敗戦間際に日ソ不可侵条約を一方的に破棄して南樺太以南を乗っ取った。此れが「横取り」だっ た事は、世界中が認める事である。しかしその後もゴネて日本から搾り取る事しかせず、返還しないのでソ連は崩壊し た。 ロシアになってもまだこの因果律が分からなければ、広い国土であっても凍土が溶けてなくなるか人口激減で極東から 国民が離れて無価値となろうし、ロシアも自滅するか極東地方が独立するだろう。この様に横取りしたり横車を押して 他人から奪っても天命のない者が受け継ぐのであれば其の分苦しむ事になります。 例えば、天命のない者が武力で政権を奪えばやがて革命となり、血で血を洗うような精算がある。そうした事が今の物 証主義では分からないのです。 ●奉る・・・・・・・この字について昔は十を三つ書いて、其の下に傘の字の山形(此れを今は人頭と読ませる)を書き、そ の下に手偏のような、三に縦棒を入れた「フウ、ボウ、すがた」の字を書いて「祭る」を意味付けた。後者には「美しい」 事と、「三十」との意味があった。其れに対して今の「奉」の下の字は「幣」と「二十」を意味する字を付ける。 所で先の人頭の上の三つの十字は「単営厳光学少小党賞堂嘗常尚當・・・」等の字と同様、日月星の三星を意味した。 この三星に対して、三つの時期に分けて人がモヒトリ(同項を参照)で水によって祭りを捧げる事を象った文字が「奉」で ある。因みに春の字も同類であり、この場合は一年と昼夜を二分する春・東に奉った事を示した。 ▲縦割り行政・・・・・・縦割りとは竹や木を縦割りする事であるが、お役所仕事がまさにこの形なので熟語として一体化 した。お役所の場合は予算執行部門です。税金は目的外に流用しないのが原則である。ですから例えば道路財源は 道路に、福祉予算は福祉に使われる。だが其の枠がなく、お役所の自由裁量で軍事費に転用されては困る。 このため今のシステムでは必然的に行政が縦割りとなり、更に利権体質となる宿命がある。 ■たと・・・・・・・・ たな●以下、次ページへ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●■▲◆★ 次は または パテント・著作権は本会に属します。 「鬼の会」 |