http://hijiri.tamajiri.com 「日知り事典」 page055.html (未定稿) ![]() 日知り事典 エホ〜エン ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★ ● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ◆えほ・・・・・・・ ▲恵方・・・・・・・其の歳の吉方位を言う。具体的には其の歳の正月様が来臨する方位の事。此の神は一年中有効で あるが、西暦ではなくて旧暦の干支で決める場合は旧暦の一年間を言う。干支では歳徳神のある方位を「あきの方」と 言い、其の逆を「塞ふさがり」と言う。 恵方参りと恵方棚があるが、先ず恵方参りは正月に其の方位の神社などに参拝する事である。恵方棚は家の中で其 の方位に神棚を設ける事である。尚、歳徳神の回座する方位は陰陽道によって一般に下記の方位と決まっている。 甲きのえ年=甲方。乙きのと年=庚方。丙ひのえ年=丙方。丁ひのと年=壬みずのえ方。戊つちのえ年=丙方。巳つちのと年=甲方。 庚かのえ年=庚かのえ方。辛かのと年=丙方。壬みずのえ年=壬みずのえ方。癸みずのと年=丙方。 なので07年の恵方は丁ひのと亥だから壬方、つまり南南東。だが07/1/28日のNHKTVではアナウンサーが「北北西」と 解説していた。北北西は亥の方位に一部重なるものの恵方とは逆の「塞ふさがり」である。 ●恵え方・・・・・・・・其の歳の吉方を言い、其処に向う事を「恵方詣で」と言い、正月神が来臨する方角とも言われてい る。この方位に予め神棚を設けたり、都会では元旦に、其の方位の神社に参って祈った。 「鍬初め」なども恵方の田畑で行った。東北地方で恵方とは前年最後に雷の収まった方角を「めでたい」と考える所が あるが、陰陽道で其の歳の吉報とは歳徳神の回座する方位を言う。其れは木星の周期と連関して見た(エトを参照)。 だが今は単に十干による四種に定型化している。 十干とは甲乙丙丁戊己庚辛壬癸の廻りであり、其の内、甲・己の年には甲、つまり寅・卯の間で東北東、次に乙・庚の 年には申と酉との間の庚の方、つまり西南西、次に丙・辛の年は巳と午との間の丙の方、つまり南南東、そして丁・壬 の年は、亥と子の間の壬、即ち北北西とし、更に戊・癸の年は丙、つまり南南東・・・・に戻ると言う図式です。 此れを其の年の恵方と言い、もしくは「あきの方」、即ち「大吉」方とし、しかもその人の本命と相生の星が同会している 時はより一層の大吉と見る。所が上記の廻りのままとすれば、十回の内の四回までが丙であり、其の同軸に「壬」が一 回来るので、十年の内の半分は「丙・壬」ラインが恵方となる訳です。 しかも十干を年周りだけに使う場合は問題ないとしても、其の年の暦が365周期ではなくて360日周期の太陰暦で数 えた場合は当然、毎年五日の誤差が積み重なって来ますので、方位は普遍でも暦の上の時期がズレて来る。古来の 風習に異議を挟むのは許されない事かも知れないが、この点を疑問点として先ず上げて見た。 因みに一般論から言えば05年は節分から西南西となる。5年で一巡するので2010年もまた此の方角に戻る寸法で ある。何れにせよ此れは本人の位置から見るものであって、他人と同一の所が恵方になる事はない。しかも、金神や 歳破神(エトの逆側)などの凶神が同じ場合には凶方に変わると言われる。 だが恵方については方位の決定法、並びに位置天文、及び正月の元日とは何時なのかと言う暦法の心得がなければ 厳密に決定出来る人が今では先ず少ない筈である。昔は庚申講や甲子様を祭る風習があった。であれば星回りを確 認して干支の方位と時期を知る人が多かった。でも今は無理である(エト、庚申を参照)。 こうした難しい問題があるので、一般には方位除けとして有名な寒川神社(東京)や方違神社(堺市)に出かける人が 多い。或いは今は「丸カジリ」が流行り出して、節分には恵方に向かって巻き寿司を丸カジリするそうである(05/2/ 2、アサヒテレビ)。つまり恵方よりもこの様に初めから節分の方角(鬼門)に向いたほうがご利益があるでしょう。 ●恵比須・・・・・・・恵比須大黒のエビス。事代主神。毎年10/10に祭られる神。日本の古王だった。朝廷では今も八神 殿に祭られ、或いは広田神社や全国の夷神社に祭られているが、主として今は漁業と商売の神として祭られる。 ▲エビス・エミシ・・・・・東北の荒々しい武士。 ●箙(えびら)・・・・・・・ ●エマ・・・・・・・ ▲絵馬・・・・・・・・昔は雨乞い(別項参照)の祈願に際して、犠牲の物サネとして神仏に馬を奉納した。其の馬の代りに 今では社務所で馬小屋を象った絵馬を買ってぶら提げる。祈願だけで神に通じれば何も問題はないのだが、祈願(別 項を参照)しただけでは安心出来ない方もあるため、「念には念を入れて」絵馬を買ってぶら提げて置くもの。 人それぞれ勝手な願いを書いて神様にも見えるようにして置く板切れ。だが神様の目に触れる前に先ず普通は大勢の 人の目に触れてしまう物。例えば「入学祈願」とか「男断ち」と書いたものもあるが、誰が書いたか特定する為に自分の 名前を書いてぶら提げる訳だから・・・・心配なので、、、、早く神様の目に留まればいいですね。 ●エミ・・・・・・・ ●エモ・・・・・・・ ▲衣紋・・・・・衣服の折り目正しい着方。また家具の名として、着物を懸けて置く衣桁を「衣紋掛け」とも言う。 ◆衛門・・・・・・・朝廷の官職の一つ。衛士(えじ)府に属して皇居や神宮の守衛をした警護人。諸国の軍団から毎年交 代で派遣された武士。此のため平家や源氏の武士の官職としてサエモサ(左衛門左)、エモサ・ヨモサ(衛門左)、ウエ モサ(右衛門左、別項参照)などがあった。 衛府には六衛府があって、近衛大将、兵衛督(かみ=司)、左(すけ=次官)、北面の武士などがいた。以来室町時代 には士族の流れに此の名が定着して例えば明治初期の伊勢崎市では男子の半数が右衛門、左衛門、兵衛を名乗っ ていた。所が明治新政府は「朝廷の官名を勝手に名乗るのはケシカラン」として此れを禁止する「改名令」を発した。 此のため先の伊勢崎市(群馬・宮子村)では7割以上が改名した。しかも10年ほどで此の禁令も無実化したと言う。其 の後は専ら吉右衛門、仁左衛門を歌舞伎役者が使った(以上の大半は06/7/15朝日新聞の「磯田道史」助教授の記 事より引用)。今はまた衛門が「ホリエモン」で復活した。 ●エラ・・・・・・・ ●L・・・・・・・「曲尺」、「カネ」を参照。 ★エルサレム・・・・・・エルサレムはソロモン王の神殿があったと言われる所から今もユダヤ教、キリスト教、イスラ ム教と言う三つの一神教の聖地とされている。其処には熱狂的な信仰があるが、如何に正しく有り難い神であろうと、 年がら年中銃声の絶えない街に神や聖地が有ると言うのでは説得力がない。 例えばIsraelイスラエルはヘブライ語で「神の戦士」であり、其の首都とするJerusalem「エルサレム」が「平和な都市」 と言う意味だと彼らは胸を張って言う。だが常に戦いの場であって平和がないのだから矛盾である。唯一絶対の神を此 処には三つも並立させていながら、其の矛盾を解決出来ないのでは、彼らの言う一神教や正義も嘘となる。 因みに国歌は「希望Hati Kvah」である。つまり、何れも希望的観測や目標、或いはそれを信じる自分たちだけの自 己満足の聖地であるのか。★ただ一時の平和は此処にもあった。例えば900年前、此処はイスラムが支配していたが 11c末に十字軍が攻めて平和を奪った。 今、ローマ教皇庁(バチカン機密文書館)には当時の神聖ローマ皇帝・フリードリヒ二世皇帝が無血によって果たした平 和条約文書が残されている。また、ローマ教皇が十字軍の結成を呼びかけた当時の演説のシーンが今もエルサレム ではお祭りで再現されている。「此れはキリストの命令だ。さあ、イスラム教徒を町から追い出そう」と叫んだ。 悪魔を駆逐する聖戦に参加すれば神が天国へ導くと言う触込みが此処では毎度使われる。そうした亡霊的な神話や 触込みに今もキリスト教徒は憑き動かされているに違いない。何れにせよ結果として、5万人以上の軍が出来て、其の 十字軍が当時7万人ものイスラム教徒を殺してモスクをキリスト教会に作り変えたのでした。 イスラムがエルサレムを奪われたのは初めての経験だった。其処でイスラム側はジハード(聖戦)によってエルサレム を奪い返した。一方、ノルマン人の作ったシチリア王国の王子だったフリードリヒ王が1215年の7月に登場した。彼は 七ヶ国語を話した。 彼はエジプトのカイロにあったアイユーブ朝のカルカーミル王と対決するために皇帝に担ぎ出されて教皇に対してイスラ ムを攻める約束をしたのである。だが彼は十字軍を動かそうとせず、やがてカルカーミル王と交流を深めたので教皇 が苛立った。よって彼は1227年に十字軍を出陣させたが船団でチフスが流行した為に引き返してしまった。 其れを怒った教皇はフリードリヒを破門した。フリードリヒは「教皇は羊の皮を被った狼だった」と嘆き、やがて彼は僅か な手勢だけで武力を使わず数ヶ月間を費やしてカルカーミル王と談判した。そして1229/2/18、二人はお互いの 宗教を尊重し合って、武力ではなく、知恵の限りを尽くして無血で平和条約を実現したのです。 但し、キリスト教はエルサレムをイスラムから奪い返す事に成功したが、「神殿の丘」は、イスラム教が管理する事で合 意した。そしてもし教皇が反対して十字軍を向けたならフリードリヒは教皇と戦うとまで約束したものだった。だが無血で エルサレムを取り戻す事に成功したのに教皇は、「悪魔と手を結んだ」として彼を攻撃した。 そして条約締結後10年でエルサレムを攻めた。しかし其の後13c末で十字軍の歴史が幕を閉じた。今も「嘆きの壁」 の所にキリスト教の聖墳墓教会があり、毎朝其の鍵が開けられるが、其れはキリスト教徒ではなくて、イスラム教徒の 特権としてイスラム教徒によって開けられる。 また近年、ローマ法王が「十字軍の行為は行きすぎがあった」と釈明した事は良く知られている★(★から★までは04 /3/25「NHKスペシャル」から引用した)。何れにせよ争いの歴史しかないエルサレムは宗教上の聖地と言うには相 応しい所ではない。 従ってユダヤ・キリスト教の言う十字軍的な正義や正当性は歴史的にも国際的にも支持されない点が此処にある。パ レスチナの不法占領に加えて、06/7〜8月のレバノン攻撃で国際社会の目は一層厳しくなった。イスラエルはエルサレ ムを「不可分の永遠の首都」と宣言して来たが、06/8/28の朝日新聞は「大使館ゼロに」と報じた。 聖地と言うより血の気の多い戦いの首都・エルサレムを捨てて各国はテレアビブに移転したのだ。 ▲エロス・・・・・愛の神キューピット(別項参照)。アフロディテの子(ヴィーナスを参照)。またはプラトンによって用いられ た言葉(アガペー)。及び天体では2年毎に接近する小惑星に付けた名前。 ●円・・・・・・・此の世は全て円で成り立っている。宇宙も銀河も太陽も地球も丸い。マクロのみならず原子核や分子の ようなミクロの世界も円であり、大自然の万物も電波のような波動性のものも円を組み合わせた構造で形作られている ため円環運動によって命(周期性)が保たれている。 所が大陸の観念は直線主義である。此れは命のない死に体である。だが西洋化即ち近代化と誤解した日本人も其れ が文明の進歩と勘違いして直線的なビルやマンションで都市を埋め尽くした。更に万事を数値化してパソコンを普及さ せたが、此れは円や自然界を認識するのを一番苦手とする低脳な機械である。 ●円(字義)・・・・・・・円は丸の事。丸を特に円と書くのは、定点(自分)を軸にコンパスを廻した形を示した。先ず水平 面に柱を立てて、其れを中心軸にしてコンパスを廻した形です。所で今は「亠」と書いて「鍋蓋」と言うが、この呼び方は 古事・祭事に無頓着な俗学によるものである。 何故なら其れ(フタ)では例えば「亠」を付けた漢字の「亡亢亦亥交京亶市・・・・」などについてどれ一つとっても的を射 た説明が出来ないからです。其処で異説を述べれば、「亠」は地平線「一」に見柱を立てた形で、物事の原点を示した。 或いは鏡(別項を参照)に水を満たして吊り下げて垂直と水準とを計った祭りの場を示した。何れにせよ「亠」は、実は 太陽観測の定点(「玉串」を参照)でした。昔は民衆の日々の生活よりも祭事が物事の原点でした。だから「一」(地平 線)から上下、そして丁、止、正、等の文字となっています。 さて、円の字は「亠」に半円です。此れは太陽に向って北(手前)に位置する自分から見て、左から右へ太陽が動く事ま で黙示している(「亠」、及び「周」を参照)。 ●縁・・・・・・・・昔から縁談では「縁は異なもの味なもの」と言って来た。此れは見ず知らずの若い男女が既に「縁の赤 い糸」で結ばれていると信じているからである。生涯の伴侶として結ばれるのはインターネットでも今は可能だが、其れ よりも霊的な結び付きが要となる。縁の糸は霊的なものであると言われるのは、祭りに起因する。 祭りの場に集い、サカルのは古来同族でした。縁の字を「フチの糸」と書くのも祭りの場に由来する(「水引」、「玉串の 祭り」を参照)。祭りには一定の縁者が集まるが、其れにも地縁、血縁、佛縁、神縁など色々ある。血縁は円系図(別 項)で明らかとなり、地縁は郷土史を紐解けば理解が深まろうが此処では特に地縁について述べる。 人は必ず何処かで生まれて何処かで結婚する。死去する場も空間ではない。つまり架空の観念よりも地縁と言う舞台 装置があって人生の花を咲かせて実を結ぶのですから「場」、即ち固有の地の歴史を無視してはならない。 特定の神に感謝するのも結構だが、同時に今いる自然や社会環境と言う場についても理解を深めれば人の縁や神仏 以外にも感謝出来るものが見えて来るでしょう。「縁とはつまり条件の事」(「前世」浅野信著・たま出版)である。 輪廻転生の例えば植物の種が土に落ちて芽を出し、花を咲かせて実を結んで一定の生命の循環を継続するためには 固有の場や一定の時期・期間や環境が必要条件と成る。其れが整っているのが縁である。人生は永い様で短い。短 い一生を近隣関係や商売仲間と言う場、つまり地縁で展開するのが人間です。 同じ10年なら苦しみより楽しみを多く過ごせるように、同時代を共生する場の仲間や近隣の縁を大切にしたいもので す。 ■塩カル『 凍結防止剤の影響 』・・・・・・:http://www.mag2.com/m/0000125755.htm blog: http://plaza.rakuten.co. jp/eco30/「30秒で読む環境情報!」より転載。−−−−凍結防止剤・融雪剤により、河川中の塩分濃度の上昇が報 告されています。 ノースカロライナ大学のグループが、メリーランド州、ニューヨーク州、ニューハンプシャー州の水源のデータを数年間 調査した結果、多くの河川で、河川や湖、井戸水の塩分濃度が、海水の約25%、河口付近と同等になっていると報告 しています。 原因は、凍結防止塩の散布と市街地の開発であり、生態系への影響が懸念されるとともに、地域によっては今世紀中 に、飲料に適した水が得られなくなる可能性があります。日本でも、スパイクタイヤの使用が禁止されてから、使用量が 飛躍的に増加。岩手県では、1990年(530t)と比較して2000年には8700t、10数倍となっています。 散布量のうち50%が流出するとされ、塩分は、排水溝に流入あるいは地面に染み込み、淡水に混入することになりま す。融雪剤のうち70%は、塩化ナトリウムと中国産塩。安価で効果が高いため、広く使用されています。 日本は降雨量が多いので、影響は出にくいように思いますが、淡水の生物は塩分の影響を受けやすいこともあり、使 用量を減らす努力や、砂の使用、代替剤の模索が必要となりそうです。地球温暖化が進めば、融雪剤の使用量が減 る、といった話もありますが、さすがにそれは・・・ ●縁起・・・・・・・寺社の創建の起源、つまり神仏の祭りの起源・由来である(「水引」、「玉串の祭り」を参照)。 ●円キャリートレード・・・・・・・低金利の円を調達し、金利が高い国の通貨に変換した上で、海外の株式や債券、金融 派生商品などに投資する取引。金利差益や投資運用益が期待でき、日本の低金利が暫く続くとの見方から最近活発 化している。円を売って高い金利の通貨を買う為、為替相場は円安傾向になっている(07/3/1朝日)。 2/28日には上海で株価急落して円は121円から118円に戻したが、其れまで円安で儲けたのは輸出企業と外人だっ た。国民ではなくて海外投資家が円を買ってドルを買い、金利差で儲け続けた。政府がかつて買い込んだドルをこの 際、大量放出すべきだが其れが出来ない。せめて為替に介入すれば良いのだが其れもしなかった。 日本の低金利と米国の高金利で儲けたのは米国と外人だけ。 ●円系図・1・・・・・・・・「私は誰?」かが分かる図です。「いのち」の法則です。大切な命に栄養を付けるのは食事だ けではない。其の前に、先祖のパワーが欠かせない。其のパワーの源となるのがこの図形、つまり人間の設計図で す。人のコア(核)となるのは細胞と言うより心(魂)であり、其のまたコアとなるのは先祖である(「魂」を参照)。 しかし今は肉体だけを「生命」とか「個人」として扱う。学校や職場では1人の人間として同じ扱いを受けるが、人間は 個々別々です。同じ組成のたんぱく質、肉の塊まりとして見るなら、身長・体重の差が有るだけで同じ人間であると見な されます。だから病気の場合も同じ症状なら同じ薬を投与され、同じ手当てを受ける。 だが人は何も同一・均質・同等ではなく、自分と他人とは実は全く別の存在です。だから自分の事は他人に聞いても正 解は出ない。ご自分で調べるしかないのです(別紙の「図説」を参照)。自分を知るためには此れから「円系図」を作っ て見れば逐一明らかとなります。 人は他人と一緒に暮らしていても他人と同じではなく、別の存在であり、過去・現在・未来の中で「只1人」の尊い存在で あると分かって来ます。其れをお釈迦様は、「天上天下、唯我独尊」と説いた。人は同一ではなく、素因も生まれも育ち も環境も他人とは全く別の独自の存在である。 其れが分かれば存在感がよりハッキリしますので、「自分でしかやれない」と言う使命感が意識できます。 円系図を言葉で説明するよりも別紙の「図説」にパターン図を掲げた。此れが「本物の自分を知る」方法、つまり究極の 自己究明の道となります。 人のアイデンティティーは遺伝子やコンピューターにインプットされた情報から解明出来るものではなく、育った郷里の 事や先祖を知る事です。つまり「脚下照顧」によって明らかとなって行く。先祖は単一ではなくて八方に広がり、円環に 無限連鎖で連なる存在です。 先ず、自分を中心として其の上下に父母を描きますと、親父と言う大きな山と、母なる山とが出来ます。其の両親にも 父母が有った筈ですから、各々の上に双こぶ山を描きます。同様に祖先を辿って次々と山を増やして行きますと、上 下、四方、八方に祖先が広がって蜘蛛の巣か、年輪のような系図になります。 或いは八弁の蓮の形の上に16弁の菊花文様が出来ます。此の各々の山に祖先の名前を入れて行きますと円系図が 出来上がります。さて仏教寺院ではハスがシンボルとされていますが、其れは普通、「八弁の蓮」です。また「16弁菊花 紋」は天皇家の紋章とか神社にも使われています。 だが其れは神仏のシンボルではなくてこの円系図や方位を黙示したものでした。日本の宗教は、先祖を軸とした教えで あり、現在のような仏教や神道ではなかったのです。其れに成人なら誰でも上下各々16本の歯が有り、合わせて32 本(歯肉に隠れて28本しか見えない人もある)ある。 このように人の容姿を司る先祖を古くは、ミソフ神と言っていました。其の上が64の数のDNA環です。近年、遺伝子工 学が発展したお陰で、人がサルから進化したとは言えない状況になって来た。DNA遺伝子は二重螺旋の帯状の物体で あり、つまりは二本で一つのペア(組)でなっている。 人によってDNAのコピーの繰り返しのパターンに違いが有るので、この特性を使ってDNAによる親子鑑定がなされる。 此れは99.9%の確率で出来るようになった。その二重螺旋の内部は、ATGCと言われる4種が三つの組でワンセット になっているが、この種の事は既に東洋哲学では、「八卦」として既に数千年前から知られて来たものです。 「生命とは何か」。今の常識は、進化論的学説が主流となって以来、生物は全て生理学的に説明され、「種の保存」の ために連日連夜、生殖行動を繰り返すために生きているかのような誤解を煽っている。其れで誰もが分かったつもりで いるとしたら大間違いです。 其れは真の姿ではなく、肉体の形成面だけの事であって、現実の人間社会は、肉体を介しても主は心であり、心の継 続と交流で成り立っています。其の事を学問は全面否定する目的でもあるかの進化論を振りまくので問題です(「因果 律」を参照)。 例えば、DNAは人の設計図であると言っていますが、同じような遺伝子の人類が今や世界に62億1000万人もいるの です。その人間は各々別の運命で人生を歩んでいるのに、どうして遺伝子で全てが分ろうか。遺伝子から親子鑑定と か大豆の改良を行う事が出来ても、或いは遺伝子レベルの研究がこの先幾ら進んでも其れは物質だけの事だ。 物質的な解明が進むだけであって、細胞の形成場の謎には迫れない。生体は物質でも説明できる部分があるが、其 れだけではイノチの躍動を説明できません。イノチは物質ではなくて方位の場である。ましてや個別の人格の本質、つ まり魂については学問や科学では全く不能であり、其れについてはお手上げの筈である。 其れ、つまりDNAの設計図と言えるものは霊的要件の探求、つまりこの「円系図に拠らなければ謎となり、人の素性や 設計図は判明しないのです。ですから逆に、円系図が分かれば自分の因縁や病因診断も出来る。此れについては前 記の「陰陽形成図」、及び後述の「霊主体従の理」を参照。 円系図作成は先祖自慢のためではなく、祖先への感謝・鎮魂と愛すべき子孫への遺産である。何時までもキョロキョロ と海外旅行や他人への関心にばかり目を向けず、外向きからもっと自分の内なる生命力・魅力・光に気付きたい。 身内の結婚祝いや還暦記念として家系図を残し、或いは「自分史」を書こうとする場合、或いは家庭内に問題のある方 は、是非この円系図作成をお勧めします。 ■円系図・2・・・・・・・・普通、系図と言えば川上から流れ下る方式の縦系図と親族を横並びさせた横系図ですが、円 系図は自分から先祖を辿る系図です(別紙「図説」を参照)。人はミラーで自分の姿を見る事が出来ますが、その様な 外見ではなく、内面的な事とか、「自分は一体、何者なのか」、を知るのが円系図です。 人の原点、即ち元の設計図を知るのがその人の幸・不幸の分岐点であり、真実の道理や宗教の原点がこの円系図に 集約されていますので、其の設計によって因果の花が開きます。円系図は八方の図形ですが、ヤタの鏡とか八弁の蓮 は法華であり、何れも此の八方の法理を説いたものです。 その倍数が天皇家の十六弁菊、そして33観音となり、また八卦やDNAも64の組み合わせでなっています。何故でし ょう。其の理由が此処に有ります。原子の電子殻の軌道が八方に並んでいる事も全てこの方位を抜きにしては分から ない。数字式の理解では理解ではないのです。 歴史もまた自分の先祖を知らずに論じては真の理解は出来ずに架空の論理や迷路に嵌ります。04年、ヒトゲノムが 全て解読され、生命科学で全て分かったと関係者は豪語するものの、近代物質科学による解析で結果が分かったの は真実の半分、つまり肉の塊と言う点だけが分かったに過ぎません。 つまり其れでは真の理解ではなく、譬え今の生命科学にどれだけ期待が集まろうとも実際に役立つ事は少ないでしょ う。其れに対して円系図は、先祖と自分とを繋ぐ、霊肉相似の事象を見せます。即ち其の点でも個人の設計図と言える 訳です。 円系図は例外の多い「進化論」とは違って完全無欠の法則であり、八方の血筋を決し、世代、即ち尊卑の順位と分脈 を決する道理です。しかも自分がどの神に近いかが分かって来ますからきっとゾクゾクするでしょう。但し此れも今はパ テントの為、現品をご希望の方は末尾記載の当会へご注文下さい。 ●えんこ・・・・・・・ ●えんさ・・・・・・・ ●円札のモデル・・・・・・・紙幣と言うのは其の国のシンボルであり、特に中心部は国王の肖像を載せるものと決まっ ている。日本の紙幣で独立国に相応しいものは明治期に発行された武内宿弥の一円札の一例のみである。彼はしか し「ユダヤ人ではないか」と言う説がある。ともあれお札(日本銀行券)は無論、日銀から発行されて来た。 天皇陛下が株主とは言え、その日銀本館建物はベルギー中央銀行をモデルにしたものだ。平成16年の新札は偽造 防止と言う名目で発行されたが実はユダヤ系によるインフレ政策の継続であり、同時に「自由化」の名の下で「不自由 化」を推進する手段である。事実、各金融機関は何処も締め付けられ、一般の利用が益々不自由にさせられている。 自分のお金でも一端彼らの懐に入ったものは証明書がなければ引き出せない。4月から1000万以上はペイオフ解除 と言う手法に変えた政府は国民にではなく、彼らにだけ「徳政令」の恩恵を与えた事になる。ユダヤの手先は、米国に 円が一方的に流れるように、同時にアルカイーダなどには一切、資金が流れないように仕組んだ一例である。 では巧妙に細工されたデザインから見よう。基本的には当然ながら中心部に目玉(日本国を意味する)が有るが、其れ が刳り貫かれたミラーとなっている。しかも其れを監視するようにユダヤの六角(ダビデの紋章)デザインが嵌め込まれ ている。そしてセックスをモチーフとした蛇と卵のデザインで飾っている。 例えば旧・千円札は夏目漱石と蛇の抜け殻だった。裏面は丹頂鶴のダンスであるが、此れはセックスの前のダンスで すから、態々紙幣のデザインに採用する国はない。其れが新札では両面ミラーは其のままでモデルが野口英世に代わ った。透かして見ると、野口英世の眼は、富士山と重なっている。 旧千円札では小さくNIPPONGINKOと印刷されていたが、新札では国立印刷局製造の印刷になった。しかも野口英世 の目が裏富士の目になっていて、まるでピラミッドの目のようなドル札のデザインと似せて造られているから不思議で す。 其の他については、http://blog.so-net.ne.jp/suede/2006-12-22-1「千円札にまつわる都市伝説」、及びhttp://detail. chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1011218755「ヤフー知恵袋」にも書いてある。 またノッペラボーのミラーの左には7の7倍数の49ヶの花が散っている(彼らのラッキーセブン信仰の押し付けであ る)。そして裏面は富士山と逆さシナイ山(後述)である。次に二千円札は表裏ともノ蛇ののた打ち回る中にノッペラボー のミラーである。そして意味不明の7の倍数の花びらの下に守礼の門と紫式部と源氏物語である。 このエロ話の鈴虫や桐壺が一体何の意味が有ると言うのか。次に旧・五千円札は両面とも蛇の抜け殻模様と12弁の 法輪で飾っている外、裏面は本栖湖から見える富士山が描かれている。とは言うものの写真ではなくて騙し絵である。 下の山は逆さ富士ではなくて実はユダヤのシナイ山である。 富士山、つまり日本のシンボルを支えるのはシナイ山(別項参照。ノアが到達したアララト山とする説もある)であると説 いて、しかもその前に彼らユダヤの燭台代わりに七本松を添えている。モデルは新渡戸稲造と地球に見立てた蛇の 卵、其れに真っ二つに割られた菊花紋でした。 その紋の上下にまた七つの波を付けて、「我等が此れを取り持つ」ように見せている。 裏面は旧札では新渡戸稲造だったが新札では樋口一葉に代った。新札では流石に割り菊を無くしたものの、表裏には 蛇がのた打ち回るデザインとノッペラボーの両面ミラーは其のままに、ミラーを取り囲むように7の数の彼らの暗号玉が 散らばり、其の台座を12の角を持つ蛇で支える形を示している。其れに上には蛇がのたうち回り、全体を囲んでいる。 また裏面には尾形光琳筆・国宝「カキツバタ図」の一部が使われているが、其の左右には7のシンボルが各所に描か れている。日本人が能楽の「杜若」のようにユダヤの前で業平と女の舞を舞えというのだろうか。このように日本的なも のに見せた騙し絵になっている。 そして旧・万札の場合は、福沢諭吉と両面ミラー(「鏡」、「カゴメの歌」を参照)、其れに蛇のとぐろを巻いたデザインで、 裏は衛生サック(コンドーム)と山鳥と12菱だった。セックスのシンボルであるコンドームは、白人が日本人に産児制限 したシンボルであり、セックスを盛んにして少子化を成就した政策を意味する。 また山鳥は孤独を意味する鳥であり、ユダヤの言う通りしなければ日本は孤立すると脅して来た事である。更に12菱 や12華輪はダビデ(ユダヤの王)の紋章を二倍にしたデザインである。其れが新一万円札ではノッペラボーのミラーと 奇怪なトリに変わったくらいだ。 この鳥は神輿の上の鳳凰とか、宇治の平等院とか金閣寺の鳳凰とも言われるが、金色ではなくて黒いカラスか煤けた シャモ、もしくはハゲタカの化け物にも見えて不気味です。 日本人は白人にとって、アジアの権益(領地)を奪ったカラスであるから、白人の言う事に逆らったら、次は日本を担ぐ アジア諸国と言う神輿から取り外した「孤独な山鳥か化けカラス」にしてやるぞ、と脅す意味で描いたものだろう。次はモ デルを見よう。旧千円札には伊藤博文と決まっていたが、韓国に配慮したのか夏目漱石に挿げ替えた。 だが新札のモデルは何れも「お金」に縁のない貧困の人生を送った方々だ。先ず旧札モデルの漱石は東京から愛媛 や熊本に赴任した英語教師から英国留学し、後に朝日新聞に入って小説家となった人である。 そして新札モデルの樋口一葉はヤマトナデシコのシンボルのように憧れの目で見られているが彼女は兄・泉太郎が急 死し、父・則義が事業に失敗して膨大な負債を抱えて亡くなった後、家族3人と借金漬けで暮らした女性だ。 彼女の旧居跡近くに彼女が通った質屋(伊勢屋)が今も残っているが、質屋では足りずに体を投げ打って相場師に10 00万円を無心し、その後何度も借りるなど貧困の人生だった。彼女は知性的なので夏目漱石や森鴎外からもモテた し、外にも男出入りが多かったと言われる。 次の野口英世は英語を若松・栄町教会で習って渡米してやがて立志伝中の秀才となったので誰だって憧れる人物だろ う。だが其れはシカと言う母の支えがあっての結果であり、其の段差が大きい故に日本人の胸を打ち、涙を誘うのであ る。 博徒で飲んだ暮れの父とは逆に、蜆(シジミ)売りで家の生計と我が子を支え、一生貧乏暮らしの中で老いさらばえた 涙の母の物語りの中で彼は出世した。彼自身は寧ろ金銭感覚のない借金魔であり、自ら「狂童」と呼んだほどだ。でも 最後の福沢諭吉はどうか。 彼は生まれも育ちも良い一流の学者として明治政府を支えた民間思想家と評価されている。彼は少年時代に「日本一 の大金持ちになる」と言って兄に叱られた。だが其の兄の借金を綺麗に精算して故郷を出てやがて出世したが、三度 の遣欧使節団は別として、彼が生計を立て、何度も渡米・洋行したのは英語塾(慶応義塾)の賄いからだった。 と言う訳で、彼らは何れも今の日本政府と同様、借金王であったようだ(04/10/30の毎日新聞から一部引用)。早い 話、日本のお札の歴代のモデルたちは、皆貧乏人だった。其れを援助して日本を此処まで育てたのはユダヤであると ユダヤは見せ付けたいのだ。 彼らから何らかの形で資金援助を受ける代わりにフリーメーソン(別項参照)の手先として日本を売る側に立って名を 残した人物であり、其れを拝んでユダヤの恩を忘れるなと言いたいのだろう。だがこんなお札でも新札発行の04/11 /1の新札・日銀券発行日には、銀行に行列が出来たと言う。 ホログラムと言う偽造防止のマークが付いたとは言うものの、お札に品位がない事と、政府の価値が更に落ち、信用 度も落ちた「絵に描いた餅」なのだが・・・「でも私はもっと欲しい」ですか。 ●えんし・・・・・・・ ●円周率(π)・・・・・・・円の半径をrとすれば其の周は2πrとなり、其の面積は「πr二乗」となる。この関係で現れる パイ(π、ギリシャ語ではピー、意味は周)を円周率と言う。此れは数字で追求しようとしても無理であるが、日本ではク ワナとしたようだ。987の平方根(ルート)は31416556であるからだ。 或いはBC3c、アルキメデスが正96角形を作って算出したのが、223/71<π<22/7と言うものだった。数字に すれば、3.1408<π<3.1428である。またライプニッツはπ/4=1−1/3(比例定数)・・・・とし、またウォリス はπ二乗/6=1+1/2二乗・・・・2/π=lim等の数式を残した。 因みに漢字では「兄」「呪」などの字があるが、此れは「鬼の足」ではなくて「人足」であり、その意味はこのパイであろ う。パイは今までは3.14と教育して来たが、今は更に「3」とするようになった。電卓がある時代に此れで済ましては、 果たして科学や数学の進歩と言えるでしょうか。 既に1882年、リンデマンが超越無理数である事を証明しているのだが、今では更に小数点以下一億桁まで電算機で 弾き出そうとして挑戦しているのも滑稽である。此処にはもう数学の無意味さ、「数の論理」の自己矛盾が露呈している 以上、数字の限界と無益さに気づきべきではないか。 ●えんす・・・・・・・ ●えんせ・・・・・・・ ●遠祖・・・・・・・ ●塩素・・・・・・・ ●円相・・・・・・・家紋など。またはマンダラ(各々別項を参照)。または平安から鎌倉時代の供養塔の竿石などには額と なる面に円相を刻んだ。丸い輪である。其の中央に金剛界・大日如来を表す梵字のバンを刻んだ。この風習は今でも 五輪塔(別項を参照)に残る。 亡者の鎮魂と再生を祈る五大(空・風・火・水・地)の印であるキャ・カ・ラ・バ・アの5文字である。江戸時代の禅僧・沢庵 は柳生の剣法に大きな影響を与えたと言われるが、彼が自らの肖像として「円相」を描き残した。単なる一円図であ る。其れだけでは一般人が深く認識するのも無理と思うので、本書では「論説」にて円相概論を述べた。 更に此処ではソロン・アサミ氏の言葉を借りて述べる。「円は循環である。ぐるぐる回る形。円が欠けると循環が切れ る」。円は縁であり、人の縁、家族の縁、社会の縁、経済の円、植物連鎖の円が有る。借金を返さなければ其の円が 切れる事になる。 この世をマクロで見れば、無限の宇宙と有限の地球によって成り立っている。そしてミクロの人間として見れば、無限の 心と有限の肉体で成り立っています。形あるものは壊れて滅びて死ぬものですが、有限の物質でも回っている限り無 限に続くのがこの世です。例えば生命体は息をしていれば円運動をします。 息や円運動を通じて無限に近づいているのです。息をしていれば生き代わり死に代わりして無限に続きます。生まれて もやがて死ぬのが生命体です。個として見れば、始めと終わりがある有限体ですが、死んでも彼の世へ行って一定期 間経てばまた蘇って新品の肉体の赤ちゃんとなって生まれ出て来るのです。 だから個としても連続性があり、またこうした連続性の外にも、祖先からの親族の連関性・全体性を見れば魂は無限と 分かります。地球の物質もまた無限に変化し動いています。マクロの銀河も太陽系も地球も丸いが、ミクロの世界も円 環です。自然はつまり円である。次に相については木の木目のような物です。ただ此処では分割を採り上げる。 マクロとミクロでは大小に大きな差があるように見えても、其れは同一方位への伸縮比だけで相似、つまり同型と見な してミニチュア(模型)で現す事も出来ます。では何が違うのかと言えば方位とか分割法で意味が違って来ます。マクロ とミクロ、何れの世界にも共通の基本は八方、つまり45度の角度です。 例えば太陽系には8つの惑星があり、生物の卵割も八方、そして人類であっても誰もが八人の曽祖父母で支えられて いますし、また原子の電子殻も8つの電子軌道で成立しています。このように円環に方位を重ね、他の事象も多重・多 段に積み重ねて読み取るのが円相学です。 無論八方以外にも色んな方位や周期が有ります。日月でも周期が違いますし、惑星の周期も個別に違います。其処か ら各種の暦法となりました。詳しくは別紙の暦、及び周期律をご参照下さい。 ●えんた・・・・・・・ ●円高メリット・・・・・・・戦後の日本人は僅かな資源を有効に使って、知恵と努力を惜しまず働いて輸出してドルを稼 いだ。戦後ずっと、360円稼いでもたった1ドルにしかならない苦難の時代でした。 大企業が解体されたので、中小企業しかなかったが、彼らの努力の上には通産省の政策や意欲的な金融体制があ り、商社などは其の貴重なドルを使って輸入に務め、其れを原料にメーカーが高付加価値製品を作る技術を高めると 言う良い循環があったため、奇跡的な復興と高度成長を達成した。 このように戦中戦後を通じて国民はまだ一体化していた。此れを政官財トライアングルとか「飢餓輸出のダンピング」と 誹謗された事もあったが無論曲解である。何れにせよ、30年前から筆者は円が360円から、やがてドル安=円高で 「100円になる」と公言して回りから馬鹿にされて来たが、近年になりようやく円高が現実化した。 円の力(購買力)が三倍になったのである。でも物価が1/3になっただろうか。なったとしても輸入販売か海外旅行で もしない限り一般人には具体的メリットとして見えない。此れでは勘定が合わない。とすれば何処かで誰かが其のメリッ トを吸い取っている事になります。 一番はILO条約批准をテコに週48時間労働とし、労働条件の改善を求める労組の勢いもあって、結果的にはお役所 学校金融機関などが土日休業に模範を示してサービスの質の低下と悪化とを招き、しかもそれに反比例するように労 働者の賃金アップ・人件費の高騰を加速する政策が採られた事による。 待遇改善には国民の合意があったとしても、土日に一斉休日としたのは愚策でした。平日は何処も閑古鳥。土日だけ 大混雑と言う半身不随の歪んだ日本にした。しかも昔の日本人に比べて現代人が急に資質や技術が高くなったとは言 えないし、或いは外人と比べてもそれほど高等人種になったとは到底思えない。 中国は人件費が日本の1/3〜1/10であると言う。日本人の資質が3〜10倍も高くなったとは思えない。06年現在、両者 は同等のレベルになった。とすれば日本の人件費が高すぎる。機械化したのを進歩と誤信し、努力もせず打算的で一 億総商売人になったに過ぎない。そしてもっと大きな吸血鬼は米国である。 其れは例えば円高メリットをそっくり米国に注ぎ込ませる今の政府・金融機関の売国奴的システムである。打算が悪い のではない。お役所は公益ではなく、省益と言う自益。銀行・商社・メーカー・個人まで私利私欲での目線しかなくなった から円高メリットが吸い取られているのではないか(前項の円キャリートレードを参照)。 ●えんち・・・・・・・ ●えんつ・・・・・・・ ●えんて・・・・・・・ ●えんと・・・・・・・ ●円と円相場・・・・・・・昔は六文銭を冥土(六道)への土産として墓地に入れた。10文銭も穴開き銭だった。銭は 円形でした。よってお金持ちを丸持ち、長者を得丸と言った。円を通貨単位として定めたのは明治4(1871)年。当時、ド イツにはマルクが有ったのかどうか不明だが、香港は「壱圓」硬貨が有った。 中国の元も正式には「圓」と表記する。香港、台湾、韓国(圓のハングル読み=ウォン)も基本的には同様である。明治 政府は、先の1871年、幕末の二分金2枚=米1ドル(含有量)として純金1.5g=1円とする金本位制にしようとしたが、実 力が伴わずに銀本位制を続け、金兌換の実現が遅れた。 金の平価量を其の1/2として日清戦争後の1897年に実現して1931年まで金本位制を続けた(月刊PISC07/2号より引 用)。其れに比べて今の1円はアルミ1gに過ぎない。「通貨は国力の象徴」と言われる。此れでも「経済大国」と言うのな ら誤魔化しである。誤魔化しの原因は交易に「円建て」をせずドルに依存しているからだ。 序に言えば、古鏡が偽物の三角縁神獣鏡にとって換られたように、悪貨が良貨を駆逐するのは古今東西、世の常の、 不変の事象であり、今の円札も同じです(「鏡」、「カゴメの歌」、「金貨」を参照)。日本の貨幣制度は円を単位としてい るが、コイン以外は四角四面の、つまりニセ円です。 円札にも円形の模様がスカシや鏡の形として入っているのもあるが、其れは申し訳程度であり、何れもど真ん中の目 玉を刳り貫かれた「目玉抜き」であるから問題です。目玉は顔の真ん中であり、国なら王の位置です。其れが刳り貫か れていれば主権がない事を意味する。こんな恥ずべきお札は後進国でも例が少ない。 王様が顔を出して、「此れを保証する」と言う印を付けなければ世間に通用しない。其れなのに日本の円札は空洞にし て有る。此れは「無責任」を絵に描いたものだ。 譬え目玉のようなものとか、スカシなどがあっても節穴であれば此れは即ち王も国民も不在、神不在、責任者不明、国 体不明、植民地の傀儡政権のニセ貨幣システムであると示しています。従って何時パンクしても当然であると予告して いるのです。明治政府の場合、新政府に信用度がなかったため兌換券だった。 これは銀行へ紙幣を持参すれば金貨と交換しますと言う保証札でした。そうした裏付けがなければ紙幣がどんなに綺 麗に印刷されたものでも紙切れである。今の日本は放漫経営により、収入の4割を借金(国債)に頼る有様で、公表さ れた数字でも国民一人当たり422万円(05年度末)に達し、一家五人なら2000万円の負担となっている。 其れをチャラにするにはインフレしかない。例えば今の一万円札のコストは20円である。国民がそんな紙幣でも喜ぶ のであれば大奮発して輪転機を回し続けて増刷すれば良い。そうすると単純計算では一枚当たり発券する毎に政府に は9980円が転がり込むのである。国民の求めるものを与えるのが政府・政治の務めであり力量と言うものだろう。 其の点でドルの印刷機を回していれば日本が買ってくれる以上、米国は楽である。ドル危機が叫ばれても一向に破綻 しないのは「お人好し」の日本が買いだめしてくれるからだ。日本のリーダーたちは全部、ユダヤから首根っこを掴まれ ているから絶対米国に逆らって円札増刷が出来ない。 出来るのは借金棒引きの徳政令(公的資金で銀行を助ける)の乱発とボロドル買い支えである。のみならず国民の懐 にまで手を突っ込んで国債を買わせたり郵貯に貯めさせて、其の上、増税、年金アップと言う理由で市中の資金をかき 集めて、其れをそっくり政府が米ドル買い込み資金に注ぎ込んでいるのだから日本国内の景気が良くなる筈がない。 ともあれ04/8/30、日銀は11月からの新紙幣への切替を前に、大金庫に積まれた50億枚を報道陣に公開した。新 札は日銀の発注で国立印刷局の彦根工場等で造られた。新札特需で券売機、ATM(現金自動受払い機)メーカーの グローリー工業やオムロン(立石電気)が潤ったが自動販売機設置店は出血だろう。 政府は一般の切替が一巡するまで略2年を要すると見ている。此れによって資金の洗い出し、つまりマネーロンダリン グの防止を狙う事と、次はペイオフ移行であり、何れも国民のためではなくてユダヤや米国のためである。ドル買いは 日本の公的債務残高を増大させるし日銀のバランスシートを更に悪化させる。 だが米国は信用回復の為に今後「25%金との兌換」を始めるだろう。このため今は日本と中国にドル札を掴ませる傍 ら、裏ではせっせと大量の金のインゴットを買い漁っている(こう述べた頃から安定していた金が高くなって06/5月には その時より2〜3倍になった)。 そうなれば米国だけが一転して世界で唯一の一部兌換券を発行する事となり、世界中の投資資金が米国に流入し続 けると目論んでいる。此れで米国の経常赤字を遊んでいてもファイナンスする事が可能となるのです。とすれば矢張り 日本のドル買いはこの先も止められないだろう。此れが円の救いようのない宿命だ。 日本の借金は約900兆円(04/12月現在)に上る。GDPが500兆円しかない以上、何れは円の暴落からハイパー インフレになる事は多くの識者が警告している通りだ。現在まで大量の赤字国債乱発が続いているのは金利を低く押さ えているからだ。其れ(金利)が崩れた時点で日本は破綻する。 因みに04年末の年越え紙幣は78兆円と日銀が発表。金額で前年比1.4%増、枚数で1.9%増で、4年連続で過去 最高を更新したと言う。此れはつまり国民の「銀行不信」が加速している事になる。勘違いしている人に言って置く。円 は交換性はあっても、ハライの能力はもうないのである。円貨の裏付けもない。 今や2000兆円の財政赤字を抱えた米国が、其の属国として1000兆円の赤字を出した傀儡(日本の自民党)政権を 食い物にして確実に共倒れする道にある。金は古来、紙幣不信(インフレヘッジ)の財産として不変の価値がある。或 いは物価の指標になるが其れだけに普通は相場が動かない。持っていても定期預金の利息程度にもならない。 所が今は急騰し、04〜06年に金銀は二倍になった。此れは異常である。政府やマスコミは景気回復を宣伝しているが 事実は逆に年金も給与も家賃も半額になったと言う事であり、デフレではなくてインフレなのだ。であればそんな印刷物 の円貨を溜め込むよりも、寺社のお札に買い換えて溜め込むほうがまだ安心ではないか。 ●えんな・・・・・・・ ●役小角(えんのおづぬ)・・・・・・・・修験道(別項参照)の祖。8c初め、文武天皇の頃に役小角は日本独自の山岳宗 教を開いた。彼は犬鳴山から葛城、そして吉野の大峰山(山上)に修験道を開基したが、国家仏教を民衆に垂れた事 が罪に問われ、其れが災いして遠島となった。 弟子の一人の韓国広足が妖術を使う者として彼を訴えたと言う事になっている。よって朝廷は文武3年に役君小角、伊 豆へオンル(遠流)とした(続日本紀)。だが正史も地元の伝承も複雑怪奇な当時の事実とは全く違ったものになってい る。役とは鴨君の家来を意味し、また彼には前鬼と後鬼と言う家来がいた。 朝廷は彼を中々捕まえられず、母親を囮に使って彼を漸く捕まえて伊豆や北九州へ流刑した。彼は今も西日本各地に 長兜巾、顎鬚、左手に宝珠、右手に錫杖を立て、岩座に腰掛けた倚像の姿で、脇侍に前鬼・後鬼を従えた行者として 祀られている。 これほど長い間、広い地域に根強く人気が有るのは、彼が単なる犯罪者やウバソク・行者ではなかった事を物語って いる。 ●えんは・・・・・・・ ●エンパワーメント・・・・・・・・エンパワーメントとは能力開化などの事。此れにはポテンシャル、つまり潜在能力の開発 が必要であり、其のためには前記の「円系図」が最有力である。けれども現代人は詰め込み教育で能力開化も可能と して知識偏重となったために多くの問題・弊害を残した。 ●えんひ・・・・・・・ ●えんふ・・・・・・・ ●えんへ・・・・・・・ ●えんほ・・・・・・・ ●閻魔様・・・・・・・・地獄を主宰する神。但し国や立場によって其の観念は異なる。例えばサンスクリット語ではヤマラ ジャ(冥王、閻魔王)、バラモンや密教では閻魔(焔摩※)天、仏教では旧暦の1月と7月16日が閻魔様の縁日であり、 つまりお正月とお盆の神(阿弥陀如来)として来た。※焔摩天は平等王=シナでは泰山府君。 何れにせよ閻魔様は18の将官と8万の獄卒を従えるとされ、地獄世界に君臨していて其処に落ちて来た死人を裁く存 在と説いて来た。仏教が流布するに従い、やがて像佛時代に至った。だが閻魔様をどのように造像するかと言う段に なって、仏師たちもかなり戸惑ったに違いない。 何分、見た事もない抽象的な存在を形に現さなくてはならないからです。其処で多分、近くにいたコオロギや閻魔虫を 見て其れに似せて造り、水牛に跨らせたりシナの王の服を着せた疑いがある。何れにせよ前者を今も閻魔コオロギと 言う。 彼らは動物の死体や糞に取り付き、或いは地中生活をしている以上、きっと何処かで閻魔様と通じるに違いないと思っ ての事だろう。ただ日本では閻魔を地蔵菩薩と習合させ、或いは大和朝廷では国常立命や大国主命を閻魔に見立て て説いた。 閻魔様が果たして日本の神か十王の鬼か、それとも蛇かコオロギなどの何れなのかを確かめる方法がない以上、何 を言っても実は構わないのである。ただ奉加(寄付)や納税を強制する僧都やお役人が閻魔の絵解きを見せて民百姓 を震え上がらせ、「言う通りにしなければ地獄に落ちるぞ」と脅かせば大いに効果があった。 ●えんみ・・・・・・・ ●えんむ・・・・・・・ ●縁結びの神・・・・・・・・縁結びの神の代表格は出雲の神であり、中でも一番有名なのは大国主命である。本来の 出雲の祭りは母系社会であり、彼も婿養子に入った方だ。其処では日の元で大らかな祭りをしました。例えば歌垣には 若人が多数集って踊り、互いに戯れてサカリ、結ばれました。 以来、古今東西で祭りの場が広がって産土や氏神の周りも賑わい、「門前市を成し」、縁結びの場ともなった。だから 今でもそうした出会いの場や歓楽街は「盛り場」と言われる。所が月世界になるに及び、仲人と言う第三者が介在して 縁結びをする事となり、そして今は星型社会による情報化社会となった。 コンピューター診断による結婚紹介所が増えました。此れに皆が期待したのですが、結果は反対に成婚率が減少して 未婚・非婚が進み、離婚率が高まって少子時代になったのです。この様に、太陽や神から遠ざかれば、縁結びから遠 ざかり、星の社会となれば人の心も世間も冷徹になり、犯罪だけが増える事となっています(「挙式」を参照)。 経済格差の利害や背丈の一致よりも霊的なレベルの一致が先なのです(縁を参照)。まぁ結論を急ぐなら墓参と先祖 祭りです。其れには円系図が一番効く(「円系図」を参照)。自然界は人間の理屈通りには動かない。先ずは「理外の 理」の効能をお試し下さい。 ▲縁結び祈願の寺・・・・・・・・縁結びの寺社を探して此の「日知り事典」と「神々の歳時記」を訪問される方が意外に 多いので本書としてはやや斜に構えて見るのであるが、一応、「縁結びと子宝祈願」の有名社寺を「歴史百科」第7号 (新人物往来社)等から引用・記載する。無論、ご利益の程は各自でご体験を。 <縁結び・良縁祈願> ◎歓喜院・通称「妻沼聖天」(埼玉・妻沼町)。◎浅草寺・粂の平内の小詞に絵馬を奉納する(台東区浅草)。◎怪談の 「お岩さん」を祀る陽雲寺(新宿・四谷左門町)は悪縁を切ると言う。◎大円寺(都内目黒)は恋に生きて恋に殉じた八 百屋お七を供養する「お七地蔵」が信仰を集める。 ◎深大寺(調布市)は水神・深沙大王の助けで恋が成就して生まれた子供が祀った所。◎弘明寺(横浜市グミョウジ) は十一面観音と聖天があり、両方にお参りすれば良縁が結ばれる。男女和合の珍品資料300点があり、三の日の縁 日が賑わう。 ◎安養院(鎌倉市)は頼朝の菩提を弔う為に政子が建立した寺なので、きっと将来性のある男性と結ばれる。◎詩仙 堂(京都市左京区)の本尊・馬郎婦観音が良縁授けの評判。◎高貴寺(南河内河南)本尊は弁財天。若い女性に人気 と言うがど田舎で寂しい。ただ夕方に西の神社側に出れば夕日が綺麗です。 <美人祈願> ◎蟠竜寺・おしろい地蔵(都内・目黒)。◎欣浄寺・おしろい地蔵(都内・大田区)。◎平間寺・美容の守護仏「正塚のお ばあさ」んに花を添えて祈願する(川崎市)。◎泉湧寺・楊貴妃観音(京都市東山区)。◎長谷寺の本尊・十一面観音 (奈良・桜井市)。 <夫婦円満祈願> ◎慈眼寺(豊島区巣鴨)は心中した遊女と札差(金貸し)の若旦那の比翼塚があり、夫婦和合を願う参詣人が多い。◎ 箕面聖天宮・西江寺(大阪・箕面)。◎道成寺(和歌山・川辺町)では「絵解き説法」で妻を大切にする事を聞いた男は、 恐妻家ではなく奉妻家になると言われる。◎加太神社(和歌山市)は婦人病退散と男女和合の珍品資料が有る。 <子宝祈願> ◎金剛寺(北海道・江刺)には伝・木喰上人作の子安地蔵尊があり、一反を持参して住職に写経して貰い、腹に巻けば 子宝が授かると言う。◎満願寺(栃木市)は境内の鍾乳洞内に「子授け観音」がある。◎東光寺(都内目黒)には「鬼の 念仏」と言われる変わったお地蔵様があり、子供に関するご利益で知られる。 ◎西福寺(静岡・菊川町)は麻羅地蔵と呼ぶ石棒を祭ってある。子宝の欲しい女性は、夜こっそり荒縄を持ってお参り し、麻羅地蔵の上部を縛って置くと良いとか。◎安国寺(綾部市)は男子出生祈願の寺。足利尊氏の母が祈願して彼を 産んだと言う。◎中山寺(宝塚市)は安産求子の十一面観音が祀られている。 秀吉が祈願して秀頼を生んだ事で名高い。◎香園寺・子安遍照会(愛媛・小松町)は子供縁に薄い夫婦に取り分け霊 験あらたかと言う。◎両子寺(大分・安岐町)で子授け祈願をするには、33人の女性から集めた布で申し子袋を作り、 中に白米を入れて供える。更に清酒・ロウソク・線香も供える。 <安産祈願> ◎随応寺(都内港区)の本尊・秘仏・腹帯地蔵は、天保3年難産で苦しんでいた大奥の女中のために祐譽上人が寄進 したもの。また此のとき上人は、婦人専門の霊薬・実母散の作り方を感得した。◎子安観音寺(三重・鈴鹿市)では、海 から上がった観世音が安産・子授け・息災のご利益を与えて下さると言う。 ◎清水寺(京都・東山区は坂上田村麻呂が妻室の安産の為に祈願したと言う名刹。◎来迎院(京都・東山区)は境内 にある御願石に安産の願いを書き、傍の弘法大師像を三べん廻って祈願すれば安産間違いなしと言うもの。◎帯解寺 (奈良市)の本尊・子安地蔵は、日本最古の求子・安産の座像。 美智子妃殿下御懐妊の折、安産祈願の岩田帯を献納した。◎法華寺奈良市)の「犬御守」は、寺の尼僧が心をこめて 作ったもので人気がある。◎聖林寺(奈良・桜井市)は江戸時代の僧・文春が、姉妹の難産の様を見て、女人を苦しみ から救う為に全国に行脚し、子安菩薩を造らせたと言う。秘伝の祈祷、秘法の護符を授ける。 <母乳が良く出る> ◎東光寺(富士宮市)の境内には乳房に似たイチョウがある。此の木の葉を乳房にあて、日蓮上人が祈祷したら、母 乳不足の女性の乳が溢れ出たと言う由来がある。◎法界寺(京都・伏見)は通称・日野乳薬師。本尊の薬師如来が胎 内仏である事から、安産・子育て・母乳促進のご利益があると言われる。 <水子供養> ◎山口観音(所沢)は昭和53年に水子供養塔を建立。供養の際には小地蔵を奉納する。◎上日寺(富山・氷見市)の 「餅喰地蔵」が水子供養仏として信仰されている。毎月24日が縁日。◎竜音寺(小牧市)は通称「間間観音」。本尊の千 手観音にお参りし、十三重塔30回巡りをして水子へ牛乳か団子をお供えする。 ◎正福寺(京都府園部町)は全国でも珍しい水子供養専門の寺。毎月24日に供養が行われる。◎生駒聖天(生駒 山)。 <子育て祈願> ◎黒石寺(岩手・水沢市)の薬師様に祈願すれば虚弱体質の子供が丈夫になり、流行病に罹らなくなる。◎新田寺(群 馬・太田市)は通称「子育て・呑竜さま」が安産・子育ての守り仏として人気。呑竜丸と言う薬を出している。 ◎寛永寺・清水観音堂(都内・上野公園)には、子供が丈夫に育つように奉納された「身代わり人形」に埋もれた「子育 て観音」があり、子宝にも恵まれる。◎真源寺(台東区入谷)は通称「入谷の鬼子母神」。古来、育児にご利益があり信 仰されて毎月八の日が縁日。 ◎誕生寺(千葉・天津小湊)は七歳の子の健全な成長を助ける「七ツ子詣り」の会式がある。 ●円暦・・・・・・・・古代の暦は全て円形であり、しかも万年暦でした。ストーンサークルも其の一つであり、また古墳か ら出土する銅鏡も同類でした。外にも円暦には色々有って、星曼荼羅、即ち今の星座盤も元はカレンダーでしたし、ま たメキシコのティォティワカン遺跡の「太陽の石」と呼ばれる暦盤、或いはケルトの十字架も其の類例でしょう。 円暦は蜘蛛の巣か木の年輪のような暦です。一昔前までの東南アジアのカレンダーの多くは円暦でしたし、江戸時代 の神宮暦は必ず方位盤式の円が吉凶図として示され、或いは丸く暦を描いた茶碗も現存しています。この様に昔は多 くが其の材質やデザインに違いが有ろうとも、何れも分度器のような円暦でした。 だが、今は四角四面の紙に数字を並べた代物でなければカレンダーではない、と殆どの人が誤解しています。でも今 のカレンダーは単なる約束事であって正確な暦とは言えない。そうした中で366円暦は世界で唯一の真の太陽暦とし て古代暦をより正確に復元したものです。 ●円理・・・・・・・・幕末まで日本には世界一の和算があり、其処でも各種の円理が説かれたが、円相学で言う円理はも っと広義のものであり、エネルギーの様相を成す五行の方位と天文暦法、及び歳時記、或いは図形や文字、更には其 れらを決する方程式であり、要するに多重円環の哲理である(「白銀比」「ファイ」を参照)。 ■ ▲ ◆ ★ お●● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 以下、次ページへ ●■▲◆★ 次は
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