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     日知り事典      テロ〜天文学

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テロ・・・・・暗殺。テロがあると人は犯行を憎んで決まって「テロは悪い」と言い、非合法であるからとか無差別殺人
だからと言う。だが敵と味方で論理が逆転するのだから一方的な論理は通用しない。例えば日本に原爆(リトルボーイ)
を投下して何十万人も無差別に虐殺したエノラゲイがある。

其の乗組員は米国では英雄であっても日本人から見ればテロよりも許し難い悪魔である。またNY同時多発テロやロン
ドンの地下鉄爆破事件の後も、米英は「テロに屈しない」と息をまいたり「テロ叩き」を宣言してピンポイント爆撃を繰り
返した。よって宣言と結果は逆となり、テロは拡散して犠牲者が増え続けた。

しかも中東などは、宗教や人種で弾圧や差別をされたと受け取り、或いは欧米文明に物心共に不当侵略されたと被害
者意識を持つに至った。そうした国ではテロリストは犯罪者ではなくて英雄である。因みに日本は大東亜戦争末に背水
の陣となった時に神風特攻隊を出して米軍を大いに悩ませたが神風は吹かず惨敗を喫した。

だが中東(パレスチナ、イスラム圏)では今もKAMIKAZEと言う勇ましい行動をとっている。ただ日本のマスコミは何故
か全てKAMIKAZEを決まって「自爆テロ」と誤訳して国内に報道している(「神風」を参照)。
06/8/10イギリスは「英国から米国行きの航空機を狙った24人のテログループを摘発した」と発表した。

彼らはパキスタン系英国人で液体爆薬を持っていたと言う。単体では爆薬しない液体の何種類かを混合すれば爆薬に
なり、其れをカメラのフラッシュ機能で起爆させると言う。ただ英米の「前科」推してから見れば、此れもまた演出(ヤラ
セ)かも知れない。警戒を強めて支配すると言う何時もの手口である。

ともあれ此れを機に8/11から日米英の空港ではペットボトルの飲料水などあらゆる液体が機内持込禁止となり、目の
前でゴミ箱へ捨てられる事となった。


テロリスト・・・・・・・武力・権力・経済力・宣伝力などを使って不法・無道な方法で虐げられた国や地方が使う反抗
法であり、多くはゲリラ戦や卑劣な手段で敵や敵国の人々を殺す事になる。例えばイスラエルとパレスチナが収拾でき
ない内に、米国は航空機による同時多発テロに遭った。其処で米国はアフガニスタンに加えてイラクにまで侵攻した。

だが其の結果、米軍側が軍民合わせて1300人、イラク人は13000人(04年)を越える犠牲を出した。イラク攻撃の前
に、エジプトのムバラク大統領は、「イラクを攻撃すれば、百人のウサマ・ビンラディンを生む」と警告を発していた。

彼の警告通り、世界はテロとの半永久的な戦争の時代に突入したのであるが、米国はそれでも「テロの拡散を防ぐ」と
言う「寝言」を繰り返している。「テロは憎むべき悪」と断罪するのは勝手だが、弱小国の当事国にとってテロリストは英
雄である。

そうならないように、真にテロのない世界を作ろうとするならば、無差別攻撃を止めるべきだ。更に中東からの留学生
を拒絶したり、イスラム教徒を不当差別し敵視する今の米国の姿勢を変えれば良い。米国から見れば「米国の正義」
に比べてテロリズムは罪悪かも知れない。

日本にとっても初代内閣総理大臣・伊藤博文を1909/10/26日に暗殺した朝鮮の安重根(アンジュングン)は憎むべき犯罪
者である。であるが韓国にとっては義士であり英雄である。立場が変われば正義は変わる。「聖戦」にしたって同じだ。
何れにせよテロリストは「一殺多生」、つまり我が身を殺して大衆を生かす心映えである。

其の点、テロリストは日本の武士を鏡(手本)と見ているのかも知れないが、武士は「人殺しの専門家」ではなく、氏神や
先祖の本貫地に一生侍って命を懸ける「一所懸命」の心で封建領地を守る人、または其の主家の元でサプライ、忠誠
を尽くす御家人としての存在でした(「武士」を参照)。だが幕末には多数がテロに倒れ、明治にもテロは行われた。

例えば星亨が刺殺されたとき、かの中江兆民さえこれを「当然」と見た。また来島恒喜が大隈外相に爆弾を投じて自刃
した時、頭山満は彼に賛辞を送った。また朝日平吾が安田善次郎を刺殺した時、北一輝は「実に立派な殺し方であり、
且つ立派な死に方であった」と感慨を述べたと言う。

ただ此れは吾が民族の心性でも武士道でもなくて、当時の極右的な見方であり、軍拡を煽る暴論でもあった。

・・・・・・・「天」の字については古今、「人が大の字になった上に一線を記して天を表した」と解釈して来た。だが其
れは誤解であり、其の誤解は太陽観測を知らないから出たものである。大の字は亠(鍋蓋)に人、または山形を印した
文字になっている。鍋蓋と言う呼び名も無知から出た分類名である。

「亠」は地上に見柱を立てた形をもって太陽観測をリアルに示した文字でした。其処から工、王、交などの文字も出来
た。何れも天地を繋ぐ立場を示したものだ。「交」の場合も今のアカデミックな解釈では「鍋蓋と父が交わった」形を説明
できずに、「人が足を交差させた形」と言う無意味で無理な解釈にしている。

次に山形は「人、入」にも似ているが、要するに見柱から日影を印す糸を張った形をリアルに示したもの(「玉串の祭り」
を参照)であり、此処から太陽の太、そして太陽を祭る祭主としての大王の大の字となり、其の「大」の上に一線を引い
て「天」を表したものと見るべきである。

電安法(PSE)・・・・・・・01/4月に経済産業省による電安法(電気用品安全法)が施行され、特に06/3月末から259品
目について猶予が切れて本格実施されると言うので巷は大騒ぎとなった。06/4月からPSEマークのない2001年度以前
の電気製品259品目が修理販売出来なくなると言うので大ブーイングとなった。

呆れた法律である。中古家電品が事実上、全て修理・販売出来なくなるからです。つまりリサイクル店が成り立たず消
えて行くが、そうなると例えばオーディオファンが忽ち困る。この法律には「古いものは駄目」であり「危険」とする固定観
念が現れているが、大半の製品は政府が保証して来たものであり安全である。

ナショナルのFF暖房器具や電力浪費タイプのテレビやクーラーは別として、寧ろ昔の製品のほうが優れていたものも
多いし、生産量の実績から見ても今の新製品よりも安全性の実績が大きくトラブルも少ない。だからファンが多かった。
しかし其れが今後は駄目として排除される。

家庭内にある家電品も買い替えなければならないが、中古品の下取りが駄目となり、其れだけ割高な買い物となる。
此れまで修理販売に貢献して来た町の電気屋さんも忽ち商売が半減するだろう。何れも弱い者イジメである。十分使
える家電製品を使えなくしてゴミとするのが政府のする事だろうか。

この無理難題は経済産業省と家電メーカーの共謀と分かる。此れで大企業が儲かり、やり易くなれば後はどうなっても
良いと言う姿勢ではないか。一体、「京都議定書」とは何だったのか(大要は06/3/11の朝日オピニオン、松浦恵様の声
から引用)。環境省が「省資源」の観点から異議を挟まなかったとすれば怠慢である。

例えばカラオケなどは衰退したが、此れは音響機器の性能が良くないからです。それに対して昔のジュークボックスな
どは壁まで振動するほど迫力があった。其れは電圧と電流でコントロールしていたからだ。それに対して今の製品はア
レコレ出来ても要するに電流制御だけですから迫力がない。

例えば水道の蛇口が小さければ、幾ら出そうとしても流れる量が大きくならない。電流制御と言うのも此れと同じです。
其の上、デジタル化したのが裏目に出た。澄んだ音には違いないが、機械的で薄っぺらな音質ですから少しも感動が
ない。だが政府やメーカーとしてはナショナルの一件で不安になったのだろう。

昔の製品が有っては困ると見たのだ。でも其れはメーカーの問題であって、修理業者の問題ではなかった。其れを逆
に利用した事になるが、其れでは自分たちが保証し、作って売った製品を「今後は駄目」とするような自己矛盾とエゴイ
スティックな責任放棄となる。

でもこうした通商産業的でスクラップ&ビルドの法律では旧型大量廃棄と言う深刻なゴミ問題に拍車を掛けるだけで環
境問題に対応してリサイクルを図ろうと言う今の時代に逆行する行為だ(家電業界を参照)。何れにせよメーカー本位の
悪法として巷では悪評が立ち始めた。

「メーカー品なら安全」と言う思い込みが当てにならない事は、松下電器のFF事故でハッキリしたではないか。大企業は
コスト重視ですから、設計ギリギリのパーツを組み立てる。だからミテクレは良くても直ぐ故障して手が着けられずゴミ
になる率が高い。其れにソモソモ電安法の意味・目的とするものがハッキリしない。

マスプロと大量消費を是とするメーカーサイドの立法と言う点が見えるだけだ。電安法を作るなら寧ろ、先ず直ぐ壊れる
家電メーカーの製品の質の改善。具体的には耐用年数を長く、しかもリサイクルを義務化し、違反した場合の罰則の
明記をすべきでした。所が今回の電安法は、修理したりリサイクルさせないための法律としたのですから逆様です。

其れでは日頃政府が煽り立てる温暖化防止や環境改善にも矛盾し逆行です。其れを許したのは立法権の濫用であ
り、社会悪の増加にしかならない。こうした不評を買ったため当局は例外規定を出し始めたが悪法は廃止すべきであ
る。

今直ぐ禁止すべきは中古家電製品よりも政府(経済産業省)が無理矢理に推し進めるプルサーマル計画(別項参照)
であろう。


天円地方の理・・・・・・・天は丸く、地は平らで方形が理想であり、また人の頭は丸く、体は四角と見るのがこの理
法です。今も相撲の世界では、土俵は丸と四角で枠付けします。「天円地方」とは云わばこうした図式を言うものです。
何れにせよ、古来、天子が天を祭り、諸侯は地方を守ると言う不文律の方式、つまり職掌分限の掟が有った。

天とは天神や八方の時空を意味し、地とは天子の下の「天下」、即ち幕府や属国の長の領地である(治天下を参照)。
この関係から、天子は丸く回る上天を鏡や見柱を使って円暦を作り、墓地は円墳としたのに対して、諸侯は方形の都
市で方形の館に住み、領地を条里制で管理する立場でした。ですから諸侯は死後、方墳(ピラミッド)に葬られた。

古墳から出土する鏡や富本銭や和銅開珎などの古銭、其れに密教の両界曼荼羅もまたこの「天円地方」を基本とした
図柄になっています。それに対して方形だけの事例では、囲碁・将棋盤のような条里制、或いは寺院の伽藍や僧坊の
建物などに見られる。無論、人民の家屋や近代的なビルも方形である。

天下三分の計・・・・・・三国志に言う、魏・呉・蜀の時代、劉備に見出されて其の臣となった諸葛孔明が、敵対する曹
操と孫権とを相争わせて劉備の蜀を助けた事。

電解水・・・・・・食塩水の電気分解をしたものが電解水であり、工業的には隔膜法や水銀法などにより塩素と水酸化
ナトリウムと水素を製造する。其の時の副産物である。ただ「電解水」は正式名称ではなく、市販品には色んな表現が
あるので此処で整理するため、以下http://www.eonet.ne.jp/~nofil/「電解水」から引用する。

+の電極側の水(酸性水)なのか、−の電極側の水(アルカリ水)なのかという違いになります。例外として、交流水と
呼ばれている隔膜がない電気分解の場合もありますが。

電解水=水の電気分解によって生成される酸性水、アルカリ水のこと----他の呼び方:電解水、電気分解水。
強酸性水=PH3以下の電解水---他の呼び方:高酸性水、超酸化水、強酸化水、強酸性イオン水、強酸性電解水。
主な利用目的:殺菌・除菌・消毒・など

酸性水=PH5以上PH7以下の電解水----他の呼び方:弱酸性水、酸化水、微酸性水。主な利用目的:殺菌など肌の
化粧水として。
アルカリイオン水=PH7以上PH9.5以下の電解水----他の呼び方:還元水素水、電解還元水、還元イオン水、アル
カリ水、電解イオン水、弱アルカリ水、アルカリ水素水、電解還元性イオン水。主な利用目的:飲用・料理。

強アルカリ水=PH11以上の電解水----他の呼び方:強アルカリイオン水、電解洗浄水、強アルカリ電解水。主な利用
目的:洗浄、家庭の掃除。
----こうした加工水とは違う、その他の天然の水については「水」、または別紙「日知り」の「V屋根1」も参照。

伝家の宝刀・・・・・・・名家に伝わる由緒ある刀。剣を持って立ったのは武士であり、武家の棟梁は源氏であった
事から源家に伝わるケースが多い。八幡太郎義家の後の満仲が鬚切り丸と膝丸を伝えた。以来これ等が代々源氏に
伝わる。頼光は酒呑童子を斬った刀として鬚切り丸を別名で「鬼切り」、または童子切安綱として伝えた。

頼朝は膝丸を雲切り丸として源氏の棟梁となった者が各々所持した。ただ頼朝以後源氏は三代で滅んでしまったの
で、北条氏に渡り、其れ(鬼切り)を源氏の新田義貞が取り戻して次は矢張り源氏の足利家に伝えた。「鬼切り」(童子
切安綱)は武家の棟梁のシンボルとして、また名家のステイタスともなった。

だが一夜にして散り散りバラバラになった事がある。13代将軍・足利義輝の時に、剣の使い手だった義輝が数百の賊
軍(松永久秀)に囲まれた時である。義輝は次々刀を替えて奮戦したが討ち死にしたので刀は散り散りになった。秀吉
が其れを集め直した。

先ず信長から秀吉に鬼切り(童子切安綱)が伝わり、次に大典太光世が久秀から秀吉に、更に二つ銘が足利義昭から
秀吉に伝わった。その内の大典太光世を前田利家が秀吉から引き継いだ。秀吉は其の外に正宗の名を高めて天下
の名刀にした。その内の一振りが佐野美術館所蔵である(06/6/21のNHK総合TVより引用)。

天気・・・・・・・古い都々逸に「土方殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればよい」と言うのがあった。威勢良く体を
張って働く彼らも天気には弱い。特に飯場で多くの人足を抱えた親方(土建屋)たちは、長雨に祟られたら日当に食わ
れてフラフラになると言う「自嘲の歌」であろう。土建屋に限らず、農家も商売人も天気に関心が高かった。

日本人は其の日の天気から挨拶を交わすように天気に関心が高く、世界的にも類希なる民族と言われる。実際日本
には「女心と秋の空」など天気に関する形容詞や諺も多い。取り分け梅雨や秋雨は女性的です。秋に対するのは春で
あり、秋と違って台風は来ないが春の天気も荒れる。春の陽気と春雷とか「春の嵐」は男性的である。

ただ現代人はこうした天気について感謝するよりも不満を抱くように変わって来た点が少し心配です。確かに気象協会
と言う名で発表する政府系の天気予報は外れるので不満が出ても仕方がない。其処で下手な川柳を一つ。「気象庁、
何時でも嘘を撒き散らし」(逃げている)。

ともあれ、不平不満や愚痴を挨拶代わりに交わしても、其の原因を知ろうとしないのは片手落ちだ。そうした天気にし
た責任の一端は現代人の側にも有る。其の点から敢えて一言すれば、天気は四季により移り変わり、五風十雨(別項
参照)のような周期性もある。ただ其の循環が崩れる事で人が異常と感じる。

異常気象と心配されるのが昨今の天気ですが、天気も実は、下記の「天人相関の理」によって日々運営されており、人
類の暮らした後の尻拭いのために変わると言える。このため竜神たちが「平常に戻そう」として総出で働き、恵みの雨
や祓いの嵐として働いて、自然界のシステムを回復してくれています。

と言っても物質科学万能信仰の今の社会では信用されないが、前記の事は雨量に対する蒸発量からも言える。雨は
降った以上に風や気圧の操作をして巻き上げて行きます。でなければ総体的に収支が合わない。

同時に風雨の多目的性を認識出来ます。風は水を巻き上げて別の地域に運んでまたリサイクルし、次は其の地を洗
い清める訳です。特に冬と春先の蒸発量は多い。中でも春の風は、植物の若葉の成長を促す力となっています。けれ
ども其の蒸発量について、在来の雨量計ではどれだけ蒸発したかをカウント出来ない。

従って気象データとして発表する事もない訳です。其れに天気は地震・噴火や雷によっても急変する。此れはそれらが
何れも浄化の働きで連動すると分かれば理解が早い。浄化が起こり、其れが何らかの形で済んだ所には天気で更に
浄化する必要性がないために天気が変わるのです。序にもう一点、アドバイスします。

誰もが自分で天を仰ぐ事なく、専らラジオやテレビの天気予報に一喜一憂していますが、そんな横着は止めて是非屋
外に出て今の空を直接見たほうが良い。特に日本では天気情報と言えば予報ばかりが氾濫している。でも其れほど予
報が必要なのでしょうか。予報以前に必要な事は今の天気の概況(現状把握)です。

所が此れが中々得られない。その代わりに天気予報が氾濫していますが、何れもデータを拾って集めて解析してから
「予報」として発表するまで一時間掛かる。その間にもう天気は変わってしまっているのです。ですから、新鮮なもっと生
の情報を自分の目で確かめた方が一時間前の其れよりも的確な判断が出来る筈です(「天気予知」も参照)。


天気(05年)・・・・・・・今年は春から寒さが続き、地震も続いた。梅雨入り宣言をした途端にまたしても空梅雨となって
冷夏や水不足になる地域も出て来よう。水には無関心な人にも水不足は訪れる。農家は心配するが米屋は再び「値上
げ」で元気になるのだろうか。と春に述べた予想が半ば外れた。そうはならずに済んで良かった。

気象庁も05/10月の3ケ月予報で「暖冬」とご託宣したのに05/12月から酷寒となった。的中率がゼロを通り越して逆
目に出る事があるから予報は難しい(以下「平成」を参照)。

天気(06年)・・・・・・・太陽黒点数のなべ底期間であり、寒さは続く(冷夏を参照)。そのように此処では念頭に述べた
が、2、3、4、5月と長雨が続いた。其の原因は主として黄砂の飛来だった。此の汚れを洗い流すために黄砂の後には
必ず臨時の雨が降って下記の「天気カレンダー」の的中率を60%台にダウンさせた。

5月22現在、5月の日照時間が平年の60%以下だったと気象庁が発表した。2〜5月の長雨と日照不足は、空梅雨にし
て挽回する外はないのか。次に06/6/8に「近畿も梅雨入り」と発表したが・・・・・最初の2日だけで後は14日になっても
降らず(沖縄のみ長雨)。近畿は15日になって久しぶりに65mmの降雨(南大阪)となった。

10/5、北アルプスは雪の塊が解けないうちに、またもう直ぐ雪の季節です(冷夏を参照)。

▲予測1・水不足始まる(西埜氏談)・・・・・・一部の予測情報によれば地球が魚座から水瓶座に移ったので06/7-8月に
は各地で水飢饉となる。特にイスラエル、米国、フィリピン、中国、北朝鮮・・・など争いの地域であり、当然食料飢饉と
なる。・・・・・その後、中国では9/7現在、各地で水飢饉が広がった。

▲予測2・06年は更に風の年になるだろう。蜂の巣が例年膝の高さにあった。其れが今年は南大阪の場合は膝よりも
60cmも低い溝板(グレーチング)に作っている。と言う事は水不足で溝を水が流れる可能性より、其の上を強風が吹き
荒れるとの前兆か・・・・と思ったが9/12現在まで大阪は上陸なし。

▲結果・・・・関西圏で雨が欲しいければ雷様に頼む外なくなった。三の酉まである歳は火事が多いと言われて来たが、
今年は秋9月から11月に掛けて竜巻が宮崎と北海道に大きな被害を与え、年末まで風が多かった。雨も多かったが風
が直ぐ乾燥させた(以下「平成」を参照)。

天気(07年)・・・・・・・06年に続いて新年も低気圧による強風が続く(以下「平成」を参照)。気象台は昨年12月の気
温が平年よりも高いと発表して1月にはマスコミが雪不足と暖冬を報じたが、冬本番は寧ろ其の後に来るのです。

天気(08年)・・・・・・・西日本は春に雨天が多かった為か、梅雨は空梅雨だった。6月は冷夏だったが7-8月と連日夏
日の猛暑が続き、良い夏となった。だがこのまま台風が来なければ水不足が心配。



天気カレンダー・・・・・・・「天気」の続き。天気は自分で判断する物です。其れをせずに、気象庁の予報に毎日頼
っていれば、毎日予報に一々一喜一憂する事になります。其れよりも一般人は、台風の進路など、今の天気に至るま
でのプロセス(過程)の一部始終を知りたがるが一々知る必要はなく、結果だけ知っていれば良い筈です。

日々の暮らしに無関係な予報士の仮説などを予め毎日一々聞く必要はありません。日々の暮らしに必要なものは「与
えられる情報」ではない。そんな情報は直ぐに変わるし結果を見ても100%的中した事がないのです。天気も地震も政
府が管理出来る事象ではなくて、一番我々の暮らしを心配してくれているのが自然界であり、言わば神様である。

政府は保険でも道路でも如何にも管理できるように装って税金を取っているだけで責任も取らない。ですから天気予報
が外れて多数の国民に迷惑を及ぼしても平気です。保険も道路も外交も何れも失敗の連続である事は、今日のテレビ
や新聞を見ても分かる筈です。ですから天気だけ、例外的に正しく成功すると期待しても無理がある。

気象学とか政府情報とかテレビのCM付き無料情報よりも自分の頭に頼るべきです。無数のCM混じりの予報情報よ
りも最低必要な結果だけ分かればよい。結果は法則に従って生ずる。法則とは自然界の摂理、つまり神の仕組みで
す。天気は古来「祓い」のために「五風十雨」で循環している。

其の天気運行を毎年、一年先の予定表として当会では「お天気カレンダー」として公表・公開して来ました。天気予報は
誰でも出来ます。当たらない気象庁や気象予報士だけに独占させ、頼り切ってしまう必要はないのです。

言うまでもなく予報で大切な点は資格や其の他の何よりも「当否」です。と言っても事業としてするには資格が要るよう
にしたが、其れではまるで専売権の利権ではないか?そんな事よりも気象庁は予報に責任を持つ努力をしてほしい。予
報として直前まで修正をするのもお粗末であるし、外れた結果を一切発表しないのも問題です。

と言うのも、週間予報でも実質的中率は30%であるから公表できないと言うのだろうか?其れに対する当会の「天カレ」
は、何の観測機器もなしに一年前から予測し公開し、無修正で毎年70〜80%の的中実績を持つ。

しかも此れは過去十年来、続けており、今年の分は別紙に掲載しています(毎月の結果は翌月に公表しています)。但
し、蒸発量と気温、其れに気圧と風力は此れまでカットしていた(蒸発量は気象庁でも発表しない)。

恐らく其れに関しては観測しないからであろうが、降雨量と同時に、蒸発量が意外に大きな意味を持っているので筆者
は気温と共に面倒だが此の観測に努めている。

この表で○印は晴、●印は雨、★印は風雨としているが、晴れていても低気圧で蒸発量が多ければ「風」とみなす。だ
が其の場合の風力や風速は当方では分からない。

風は気ままですから各地で観測結果が異なる事と、高額な風力計をまだ設置していないからですが、外の要因として
は、気温や風力・風速は、天体との関係や海流など、個人的には観測不能なものに影響される事と、其の面の諸デー
タを一般では事後にしか拾い出せないので、此処ではカットしています(別紙、「月読み」の「雨乞い」を参照)。

其れに例えば梅雨の時期は略6/11日から始まるので雨量も多くなり、其の分多少の狂いが出るのはお許し願いたい。
同様に台風シーズンの場合も的中率が落ちるでしょう。そんな訳で、春3月−梅雨6月−台風シーズンの9月の順、ま
たは4−7−10月と言う様に3ケ月毎に雨の日が多くなりますので其の時期の的中率は60%台にダウンします。

さて大阪では06年の2月中旬から4月初まで連日梅雨の様に春の長雨となった。多過ぎるのも問題です。その理由は
恐らく黄砂の汚れと人心の乱れ。此れは余程大阪が汚れて来たと言う事だろう。街も道路も海山川も風雨で洗い清め
る必要が有った。

ストレスでイライラした日本人たちの頭を雷雨で冷やして争いを止め、或いは地震や噴火とするのを止める役割が有っ
たのかも知れない。お陰でこの天気カレンダーの的中率は60%台と言う酷い有様となった。其れに比べて気象庁は予
報をクルクル変えたので当たった。今回は脱帽です。

・・・だが何故か此の「天気カレンダー」が各種検索で急にトップを走り出した。気象庁や並み居る気象観測会社を尻目
に300〜600万件のトップになった。ただ06/4月からある検索では消えて、他で復帰し、また6月から300万件から突然た
だの300件に急落したりまた急上昇するなど不思議な動き。

しかも沖縄から北海道の検索にも此れ(南大阪の)が引っ張り出される。毎日3万件ずつアップして06/9月には遂に各
ページが1500万件のトップになった。其れでも役に立つなら光栄だが、ロボットによる機械的な検索により、毎回何処
からでも此のカレンダーが引っ張り出される。

しかし其れでは的外れの回答(検索結果)となってしまうので、そんな検索で良いのかなぁ」(無責任か)と思う。何れに
せよ当会は商売ではないから検索に出ようと出まいと何ら差し支えない。けれども検索に出る以上は関係業界(居並
ぶ専門家たち)に迷惑を掛けては申し訳ないので当方としてはかなり厳しくチェックする必要も出て来ます。

であるが時々、的中率が80%を越えてしまう。そのためか連日アクセスが多いが、此のカレンダーは南大阪のデータで
すから、全国各地から期待されても困る。ご覧になって利用・応用するのはご自由ですが其れ以上の分野や全国版に
までは手が廻らないので出来れば何方か、各地域のカレンダーを作って頂けないかと思うのです。

天気図・・・・・・・ハレは○、曇は◎で示し、矢印は風向き。矢印の方向から風が吹く事を表している。羽根の数は風
力・風速(秒/m)。気圧(別項参照)は等高線と数字のhPaで表示している。等高線は高気圧の場合は傘型、逆に低気
圧の縞模様は谷底型にイメージできる(NHK教育TV08/2/1「地学」から引用した)。

天気予知・・・・・・・地球や大自然は生き物です。とすれば息をしていますので、其の波を掴めば予知できます。天
気は曜日のように周期的な定常波で動いています。ただ7日の周期ではない。また「天気は西から変わる」と言われ
る。偏西風が影響するから其れも一部正解である。特に秋は西から変わります。

だが一年中西から変わるのではなくて、冬は北から、春は東から、夏は南から変わります。ただ日本列島が西に伸び
ているので東南北の海からの情報が少なく確認もし難いのに対して西からの情報だけが入ってしまう。此処から言わ
ば西向き主義となったままでいれば天気を見誤る。其れよりも五風十雨の変わり目を知る事です。

其の心得が有れば四方の風を確認出来るし、其れが分かれば自ら予知もできる。例えば太平洋側では昼は南から風
があり、夜は北から風が通り抜ける。また大阪の人が夏に見るべきはテレビの予報でも西空でもなくて、南の和歌山の
空である。そうすれば「天気カレンダー」の的中率70〜80%であっても其れを100%の予知に出来よう。

そして天気は急変する事はマレであり、前日から前兆が現れます。ですから天気予報を見なくても空の雲行きを見てい
れば100%予知可能なのです。だが殆どの人は自分で空を見ないでテレビを見るので他人によって「決められる」。

テレビでは若い女性が予報をするが、彼女たちは気象予報士の資格を一年でとって早々にテレビでご託宣を垂れる
(決めてくれる)のです。言わば気象商店の袢纏や前掛けを着けた丁稚ドンである。

とすれば、いい歳をしたおっさんたちが自分たちでは束になっても分からないので彼女のご託宣を頭から信じて会議で
次の計画を決めたり大勢を動かす催しを実行するのは漫画ではないか。天を読めず、信じないから天を見ない。それ
よりテレビの女の子が決めてくれた事を鵜呑みにして他人に采配を振るうような輩は担当から外すべきだ。

それなら責任者は無用であるからロボットで良い。人を動かす委員会とか、自分で空を見て判断できない輩が防災対
策会議の責任者であれば笑止ですが、この場合は天災や実害を出して笑っていられないので此の際は担当から外す
べきだ。学歴や人間性ではない。資質と気構えである。彼らの保身よりも住民の金と人命が懸かっているのだ。

天気予報・・・・・・・日本人が世界一、天気に関心が高いのは世界的定評と言われる。目下に見えるモノカネよりも
天に関心があると言うのは其れだけ目が高い見上げた国民性でしょうから申し分ない。ただイベントの主催者と商売人
と防災関係者の目は違う。何か有れば天気予報に従わなかったら責任を問われるので天気を心配するに過ぎない。

或いは次の日曜日の客足とか、此の夏の夏物商品の売り上げの見込みが狂えば大損する為に関心を持つ。こうして
初めから天気を逃げ道にする算段で見ているとすれば問題だ。そんな先の事は気象庁でも分からない。分からないの
を基準にするよりも、直前にどう自分で判断し、どう連絡を徹底するかが関係者・責任者と言うものだろう。

つまり予報を基準にするよりも、直前に自分で判断できる確かな目を持つ事だ。実際、テレビや新聞では「世界の天
気」が毎日報じられる。けれども例えば関西のメディアでは札幌の天気はあるのに四国や韓国については予報が一切
ないから不思議だ。如何に国際化が進んだとは言っても、韓国より欧米のニュースに重点を置いているのも情けない。

関西では四国は関西圏外であり、日本の一部でもないと言っているかのように澄まして見ても、其れではお粗末と言う
ものだ。其れに予報ばかりで、其れよりもっと必要な「現況」を報道しないので困る。しかも予報をしてもその結果を報
告しない。つまり裏を返せば、事後報告も出来ないほど無責任な誤報が多いと言う事なのでしょう。

序に言えば、気象は自然界の現象(生きもの)であり、アナログ回路である事を忘れているため予報が誤報となる。自
然界や天気は無論機械的には動かない。しかし天気をあたかも機械であるとか、唯物的な現象と誤認して物的側面か
らの物理現象と見て数値的・デジタル的に観測し予報するため誤報となる。

其れでも予報は出来るけれども理に合わないために当然ながら外れる。明治以後、こうした洋式方法を重ねて来たの
が日本の観測であり、気象庁だった。人間ですから予報を間違うのは仕方がないが、度重なれば反省を要する。所が
間違っても彼らは其の解説も反省もしないから不思議である。

「間違ったのはコレコレのデータの読み違えでした」とか「急激な気圧の変化があったため」などの原因があった筈であ
る。しかし「予報が終われば関係ない」とでも心得違いしているのだろうか。其れとも、予報後のチェックをするのに手間
が掛かるから一切行っていないのだろうか。

彼らはまた「自分の責任ではなくて天気のせい」にする。例えばエルニーニョとかラニャーニャと言う新造語によって説
明をしたり、其れでまた矛盾した時は北極振動説を言い出した。そんな事はない(仮説にすぎない)のに要するに「異常
気象だ」と言う。06年にはダイポールモード現象説(別項参照)まで出現させた。

或いは「観測体制の不備」を理由にして更に予算を要求するのだ。或いは、誤報を続けても「気象予報士」と言う個人
の判断のミスであるとして、気象庁は責任転嫁・責任回避の方便としているのだろうか。何れにせよ殆ど責任を認めた
り謝った事がないのは公務として失格である。

税金を使っている所がこうだから、受信料を取っているNHKも、報道の責任を負わない。そんな無責任体質の予報を
信じ、或いは当てにして仕事を進めて暮らすしかない日本人は哀れである。04/12/7日のNHKTVニュースでは、環境
測定調査で談合疑惑が問題になった。それには気象協会が入っていた。

此処は「天気予報」と言って誤報を繰り返す内、巨大なビルを都心に建てた。地震予知も彼らがして来たが何一つ予知
出来なかった。財団法人として太っただけで社会貢献度はゼロではなかったか。其れは各地の自治体の危機管理室
などでも共通しているとは思うが、高価な機械を並べて其れを部屋の隅に放置している。

殆ど使わずただ機械の番をしているだけの事を仕事と心得、安住しているのではないか。この様に政府が天気をアレ
コレ心配して計画し、定期的に風雨を齎しているのではない。政府は問題ばかりを山積させて税金を食うだけの迷惑な
存在である。国民にとって必要な事は何もしなかった。

国民の必要とする事をアレコレ心配して昼夜の別なく働いてくれているのは天であり、竜神たちである。だから天気に
は不満を言わずに感謝したほうが良い。医者も国民の健康を云々しながら病人を増やすばかりで銭集めしている。天
候や健康は天や先祖が無償で施してくれているのだから本当の宝です。

此の宝は生涯無税である点も特に有り難いではないですか。天気も健康も間違いの無い天象事象です。お上や気象
庁や病院は間違いを繰り返す所ですが、天地に現れる台風や地震の天変地異も天地の正しい営みのシルシであり、
因果の法則による事実である。

個人の健康や病気も神や先祖からの間違いの無いシルシ(信号・お知らせ)ですから感謝して見よう。


電気・・・・・・・地球や太陽も一種のダイナモ(発電機)である。物体に何かが作用すれば電気が発生するが、発生し
た所に電界、即ち磁界が出来て電磁波を発する。其処に電線など伝導体が有れば電極を作って陽極と陰極とになり、
其の極性の固定的なものを直流と言い、其の極性が交互に入れ替わるものを交流と言う。

此れらは人工的に作った電気であるが、自然界にも雷のような巨大な電気があり、また地上で帯電するものがあって
此れを静電気と言う。地上には携帯電話の電波が飛び交い、また宇宙空間にも素粒子などがシャワーのように飛び交
っているので、この世は実は見えない電気に左右され、見える現象として動かされているのかも知れません。

天狗・・・・・・・鼻が高くて手には団扇のようなものを持ち、足には下駄を履いた形で表象される存在。修験者の衣装
を着けた烏天狗などが知られるが実際の事は謎。何れにせよ全国の古史・古伝・伝説にも登場して例えば飛翔能力が
優れていて一日千里を飛ぶ事もある。

伝言・・・・・・・★災害用・NTT伝言ダイヤルは171(「イナイ」と記憶する)・・・・・此れをダイヤルすれば、録音は「1」
を押し、再生は「2」を押すとアナウンスがある。また暗証番号による録音再生は「3と4」を使う。其れに相手方の電話
番号を入れ、或いはメッセージを録音する。携帯からは駄目。

天才・・・・・・・・生まれつき持っていたか、天から与えられたかのような優れた才能の事。実は筆者も我ながら「天才
かな?」と思う事がある。例えば天気の予知については別紙(日知り)の「天気カレンダー」を公表して好評である。しかし
天は筆者よりも更に旨く大量の光と闇を地上に遍満させ、のみならず気圧や風で雲を動かして雨を注いでくれる。

実に着実に、先を見越して不眠不休で天気を運営してくれています。此れこそ筆者程度の人才では遠く及ばない、正に
「天才」かなと思います。

天災・・・・・・・・長雨・日照り・落雷・洪水・風水害など。其れに地震・噴火が加われば天災地変と言う。ただそうした
自然現象は同時に多大な恵みも齎しているのだから、其の片面だけを捉えて天災としてしまうのは人が其れを誤解し、
対応を間違ったからである事を自覚する必要もある。

★電算機・・・・・・「星読み」の「コンピューター」を参照。

(字義)・・・・・・・・天の字はどうしてこんな字で表したのだろう。空と天は何処が違うのですか。と言う問題の回答を
述べる。先ず天は、「一」の下に大と書く。横線の「一」が天空を意味し、其処を駆け巡る太陽の位置を捕らえる為に日
影を観測した。此のため地平線に棒(見柱を参照)を立てた。

そうすると「」の字(鍋蓋を参照)になります。其の棒の日影が刻々と変化して時計回りに廻る。なので棒から糸を張っ
て各地点に剣(または竹簡)を差して置いた(モヒトリを参照)。特に日の出と日没の角度を厳格に印した。言うまでもな
く、日影は北から見る事になる。北は「子」の方角であり、其処から冬至に見た形が山形(逆Vの字)になります。

それらをリアルに象った文字が「天」であり、其れを行った人を天子(次項を参照)と言った。空についてはまた何れ述
べる。

天子・・・・・・・・神皇であり、天皇であり、アマコ、尼子に通じる。「天子南面」の熟語がある(下記)通り、北から南天
を観測して太陽を祭る聖である(前項の天を参照)。

シナでは天子と書くが、天の字は天地の間に棒を立てて、左右に糸を張った形であり、此れも太陽観測の場をリアルに
示した文字である。古代シナでは天皇氏の12人が王位に就いたが、以後は地皇氏となり、其の後は人皇となり、やが
て皇帝を名乗る様になった。

皇帝とは天子ではないが伝統的な天子の名を外国向けには騙ったものと思われる。皇帝は太陽ではなくて白王、即ち
星を祭る王を意味する。因みに今は「天子とは天の子供であり、皇帝とは国内向けの称号である」と言う珍説が定説化
している。

天子南面の理・・・・・・・現代の日本社会は西欧の星の神を奉る北天主義であり、地図でも北が上となっていま
す。此れは北の星を神とする観念による。所が、古代世界では南天の太陽を神とし、南面する見方が主観でした。特
に天子や皇子、孔子などと呼ばれたヒジリは南天主義を採った。この為、「子」の方、つまり北に座して南面した。

大国様がネズミがいる米俵の上に立つのも、彼がネズミのように夜に寝ずの番をする闇夜の帝王と言う訳では無論な
くて、影になる北(子=北)に立って明るい南天を観測した「昼子」、大王だった事を黙示したものと言えます(「大黒柱」
を参照)。

また例えば藤原京や平城京の大極殿の内裏が北側にあり、其処から真っ直ぐ南に朱雀大路が伸びて南大門に至る配
置になっていたのは其の為でした。要するに天子は日陰者でした。さて歌謡曲に「だんな様」と言うのが有った。「大事
な大事な旦那様は、何時も光の当たる所を歩いて欲しい」と願う女房心を歌った歌でした。

だが、もしお殿様が光の下に立っていては太陽の動きが分からない。暗い所にいて明るい光を観測し、日影を追わな
ければならないのがヒジリや天子でした。でも「お殿様は日陰者」と言う、この様な常識では理解できない話を他人に説
明しても誰も納得はしないでしょう。

天主・・・・・・・・天主教(キリシタン)の神。ゼウス(デウス)。信長時代の京都には南蛮寺が建ち、キリシタン布教がな
された。信長も度々訪れた。今も京都には天主(ダイウチ)の地名が幾つも残る(06/8/6NHK総合TVより引用)。 

天守閣・・・・・・・・天主とは帝釈天、または毘沙門天の事であり、或いはキリスト教の上帝を言った。文献上の初見
は天文9年の伊丹城であり、其の後の天正4年、安土桃山時代には本格的な天主閣が信長により安土城に作られ
た。安土の天主は五層七重(外観五階、内部は七階)の豪壮な造りだった。

その下には、天皇の行幸用に惣金造りの御殿が造られ、其処には清涼殿の様式と同じ御座があった。ただ安土城は
「本能寺の変」の後に何者かによって放火され、焼失したので天守も幻となった。だが其の役割は単なる物見櫓や砦で
はなくて「御堂」と同様、天文観測の場であったろう(御堂を参照)。

であるが、当時のキリスト教(天主教)の神(エホバ)を「天主」と言ったので、天守閣も天主閣と書かれていた。そうなると
天主閣が、バテレンに西洋占星術を披露させる天文台としての目的で作られたとも推定出来る。其の天主の4階に信
長は起居した。だから天皇がその下の御殿に行幸した形跡もない。

最下層には仏舎利の宝塔が置かれ、4階までは吹き抜けだった。その上層部は道教や異国風の部屋になっていた。
つまり仏の上に信長が君臨し、其の上に天主を祭った事になる。城下には楽市楽座を置き、バテレンの修道院も置い
て、天下布武の「安土」(平安楽土)としたものの、其の夢は三年の歴史で終わった。

篆書・・・・・・シナでは殷の時代の甲骨文字の後、秦国以前にテンショ(篆書)が出来た(「甲骨文字」、「漢字」を参
照)。大篆と小篆があり、今も印章や額などに見られるが何れも書き難いため、以後は隷書・草書・楷書へと変化する。

天井川・・・・・・・・・川底の海抜が平野部(市街地)よりも高い川。川は本来、平野部の底を流れるものである。所が
川と言うものは年々土砂を流しているため其れを河原に撒き散らし、積もらせるために広い扇状地を作るものです。
つまり川床がだんだん高くなって平野部と同じレベルになるためにやがて洪水を繰り返す訳である。

洪水がまた扇状地を広げて平野を拡大します。其処で洪水防止のためには川底を絶えず浚渫しなければならない。所
がお役所はそのような目立たない仕事よりも、巨費を投じて立派な堤防を公共工事として作り続けた。この結果、市街
地よりも高い位置に堤防が伸びて、其の中をレベルアップした川が流れるようになった。

こうした天井川の傑作が甲府盆地(富士川流域)では30本の中小河川の合流する地点で川同士の立体交差により、
まるで高速道路のジャンクションみたいに釜無川に合流している姿が見られるらしい。

大阪では大和川である。川底の海抜は18mですから市街地のレベルよりも高い。従って大雨のたびに氾濫を繰り返し
て水害を及ぼしている。しかし此れをお上は「天災・水害」と言って責任回避をして来た。しかし先の理由に照らせば人
災以外の何物でもない。

またインドネシア・スマトラ大津波では高さ1.2mの津波で大災害となった。こうなると海抜ゼロmの地域は不安です。
譬え川の堤防だけを高くしても、堤防のない海岸部では津波を防げない。堤防を高くして防災対策とするよりも、川や
海面よりも常に高い所で暮らすように心掛けたいものです。 


天人相関の理・・・・・・・此の宇宙は人の為に造られた物です。神様から人類に託されたものと言い換えても良い。
見るもの聞くもの、全て人生ドラマの舞台として貸して戴いたものです。ですから一応、其の管理は任されたようなもの
であり、貴方も言わばマンションの管理人のようなものです。

従って有限である。有限の中の総和があり、総和の中で人は工夫し、やりくりして来ました。天候もまた総和の中で絶
えず変化します。自然の生理作用により、必要な程度の変化が繰り返します。宇宙も、この地球の大自然も個性的な
多数による総体として実に微妙に調和が採られています。

この世とあの世の関係も一枚の紙の表裏のように、霊的な設計図の上に現実の建物が建てられている。全体との総
和は方位の伸縮性(相似性)と波動で成り立っていて、其れが現象化すれば物質化します。此れをムスビと言い、色即
是空とも言う。全体の調和は中和作用によって調節されている。

気候の特に気温や気圧は気流によって調節されています。物理的にはそのように言いますが、現実は気象庁の計算
通りには行きません。天気は天神の気まぐれで変わるのでもなく機械の計算で変わるのでもない。ではなくて、天と地と
に相対する神と人との共鳴現象である。よって古来、此れを「天人相関」(または相通)と見た。

よって古来、天子は天神を祭って来た。だが其れを天子が怠った時、天変地異や大洪水、或いは旱魃が続いて国内
が乱れる事例が多かった。其れを見せて神が天子に反省を促した訳である。所が、それでも天下の祭り事が改まらな
いときには神が怒って「天命」を変える。こうした天異・天災を理由にシナでは度々「革命」となった。

今も人類の作る大気汚染や環境汚染に対して、天神の祓戸の神の眷属が雨嵐の現象として、常に掃き清めてくれて
いる(「五風十雨」を参照)。

けれども人々も政府も何も反省がなく、全く見当違いの方向に走って防災工事しかしないならば風雨はより強力にな
り、天変地異が更に打ち続く事となります。

一万年の実績のある天子の祭り事を「未開で野蛮」として笑い、其れよりも科学で対決しようと言うのは、実は幼稚な物
質科学の力で総和に反抗しようとする無謀な行為であり、此れを人類が更に続けても全く無意味なのです。改めるべき
は人心や無知な科学であって天神や災害ではない。

天神地祇・・・・・・・日本では八百万の神がいて、其の内、天神地(あまつ神・国津神)と言う区分をした。しかし
熟語としてあっても実態は不明であるから述べて置く。天体は丸いが、その下の地上は方形で区画した。日月星辰の
ような天神は円壇で祭り、人の先祖は方角で祭った。天神は天子が祭り、諸侯は先祖しか祭らなかった。

此れを掟としたのが天神地祇の分限である(上記の「天円地方」を参照)。また天神地祇を本来は天津神、国津神と読
んだ。其れを知らない渡来学者が勝手に天神地祇と書いて混乱させたのであり、例えば平安時代の令義解には伊勢
神宮や鴨、出雲、住吉明神を天神とし、大和系の神を全て地祇と区分するような誤解を残した。

当時の天神は菅原道真であり、それ以前は其の祖の天穂日命であり、もっと古くは高御産霊尊と決まっていたのだ。

●天神地祇の意味・・・・・天あま掴み、国掴みとは天文観測と地理の測量。それに対して八百万の神たちとは神社の本
殿と其れを取り巻く玉垣の関係、つまり暦盤であり、御手洗(ミタラシ)はその為の盥タライ盤、つまり水準器だった。天に
は太陽と月、それに12宮と12星座、地には12支、12ヶ月、12時刻、何れも方位と暦時の座標です。

そして人には「木火土金水」の五行思想があった。これ等は何のために誰が決めたか。5×12=60干支です。其処
から天文・暦法のほか+(祭壇)・田・囲形の口分田・条里制の原型となった。

★テンス・・・・・・・ラテン語のtempus、つまり時。時制。テンポに通じる。

天孫降臨・・・・・・元々は天津神の孫であるニギハヤヒの命が高天原から葛城に、次いでニニギノミコトが葦原の瑞
穂の国(高千穂とされる)に天下った故事を言う。以来此れが我国の祭り事の基本となった。つまり遷宮(遷宮を参照)
の原理となった。天皇の一代一宮制の原則、つまり新宮の方式の伝統である。

此れを元に中央集権ではなくて各時代に地方へ聖化を広めて活性化を促した。其れが幸いして結果的には大和朝廷
の領土・縄張りの拡大を成し遂げた。以来、大和朝廷は南北朝時代まで遷宮を繰り返して凡そ2000年の平和な日本の
歴史を紡いだ(其の具体例は別紙の神々の歳時記に一々列挙した)。

しかし今は其の心も原則も忘れられて公務員のカラ出張や無意味な転勤が横行し、或は公務にあった者が退職後も
地位の優位を笠に、下位の関係先に有利な条件で再就職すると言う不届きな行為、つまり天下りの誤用とすり替えに
よる悪弊が蔓延っている(天下りを参照)。

天壇・・・・・・・・・シナの明、清国時代に皇帝が天を祀り、冬至の日に五穀豊穣を祈った建物を祈穀殿と言い、其れ
は円塔または八角堂であるが、その内部は「天円地方の理」に則り、幾何学模様の作りをしており、中心から四方に対
して四季を意味する四柱を立て、更に12本の柱で支えた構造にしている。

またその外部は九の極数の階段を設けている。周囲には円環の柵列があり、その対極に向けて直線道路で繋いだ場
所には円丘にストーン・サークル状の壇も設けている。こうした遺跡が瀋陽と北京市内にも有るが、後者は世界遺産の
一つに登録された。

●伝統・・・・・・・・・系統・系列を受け伝える事。特に精神性のあるもので実績のある宗教観や民族性、及び地域的特
性を持つ家系や伝承など、良いもとして多くに支持され、今まで続けられ残された事物。其れに対して現代人は逆に舶
来品とか進化論などのイデオロギー(異教性)、或いは新製品など「新式だから良い」と誤解している。

だが新式に色々期待しても、其れはまだ何の実績もないのです。

●伝統芸能・・・・・・・・・

●伝統文化・・・・・・・・・今の文化行政は「文化」と言えば芸能だけと限定しているが、其れは変則的固定観念である。
言うまでもなく伝統文化と伝統芸能は別である。「文化財」、及び「日本文化」を参照。

天なる父・・・・・・・昔の日本人は天地は天神・地祇、陰・陽、即ち父・母と見た。早い話が天はアマ神、即ち高木で祭
る神、即ち天神、要するにお天道様だったが、キリスト教の唱える「天なる父」は、「エホバ」、または昼の太陽ではなく
て夜空で蛍火のように光る小さな星神。

天皇・・・・・・・天皇はミカド、つまり太陽の日影を観測する方であり、日知りでした。日本のミカドは武力支配の皇帝
による専制的武断政治ではなくてヒジリによる祭り事の主催者でした。従って日本の真の歴史は武力ではなく暦法の争
奪(タラシを参照)で行われた。ですから暦法には厳格でした。

例えば後堀河天皇が即位したが寛喜の大飢饉の中、貞永元(1232)年に彗星が出現した。この不吉な前兆に対して天
皇が責任を負い、同年四条天皇に譲位した(「歴代皇后全伝」歴史読本・新人物往来社より引用)。但し此れはハレー
彗星ではない。ハレー彗星の周期を76年として次に出現するのは2062年である。

其処から逆算すれば1226年に出現した。其れから6年後の彗星である。1843年に見られた69.6年周期のオリバーでも
−68年来、135年毎に来るSwift−Tuttleでもない。1846年来、74.4年毎のde Vicoでもない。1847年に出て70.5年毎
に来るBrorsen−Metcalfでもない。

1867年に出現して37.7年毎に来るStephan−Otermaでもない。1812年来70.9年毎に来るPons−Brooksでもない。
今の天文学者は気楽な稼業だが、かつての天皇は此の程度の彗星であっても予測を誤れば責任を問われた(「ミカ
ド」、「女性天皇」を参照)。また天皇家は日本神道の大元締めと思われているがそうとも言えない。

奈良の大仏を作ったのは自ら仏徒(三宝の奴)となった聖武天皇であり、以来院政時代は天皇が上皇として門跡寺院
の門主に納まり、戦後はGHQと言う、軍服を着たキリスト教の宣教師・マッカーサーによって、全てキリスト教徒に取り
巻かれた。

其の昭和天皇の命により平成天皇も青年時代にブァイニング夫人の教育でクエーカー教を信奉し、また創価学会に牛
耳られている。いや国民主権を標榜するキリスト教式憲法の下で自民党独裁政権に牛耳られている。しかしそれでも
尚、海外の元首・国王・大統領より格が上である。無論、歴代皇帝(エンペラー)よりも上である。

何故なら第一に歴史伝統の長さが桁違いであるから幼児と高齢者ほどの大差が有る。
次に、何処の馬の骨か分からない男でも選挙やクーデターで国の代表権を取れる彼らとは血筋が違う。第3点として彼
らは一時強権を持つが、形勢が悪くなれば国外逃亡し、亡命するが、歴代天皇は一人として逃亡した事がなかった。

ただ明治以降は如何わしい点があり、第一は遷宮の方式が定式から外れている。従って東京遷都は天皇の遷宮とは
言えないのである。従って以後の天皇は外国の国王並みとなった。ですから以後の昭和の敗戦の責任の取り方もなっ
ていない。以下、「天皇のロザリオ」(参考文献)から引用して述べれば、天皇はスイスに預金し、軍をけしかけた。

其の天皇の命令に従って散って往った300万の英霊に対して遂に逆の事をした。更に自らの保身の為にA級戦犯をで
っち上げ、国民にも謝らなかった。天皇は国内外で度々「遺憾に思う」と連発したが、其れは天皇の言うべき事ではなく
て、多数の英霊や国民が天皇に対して言いたい思いであろう。

彼らは、「戦争に駆り立てて300万もの国民を犠牲にするような天皇はイカン」と言うだろう。政教分離の看板をもって本
来の祭り事をせず、お飾りとかシンボルと言うような天皇なら日本ではイカンと思うに違いない。今後は是非しっかり受
け取って貰いたい。

天皇家・・・・・・・天皇家は国民等しく敬愛する所である。だが其れは明治からの精神教育の成果、及び国民の感情
的な思い込みであって表面的な事実に過ぎない。確かに天皇家は日本人の総本家である。数多の名族・名家と言えど
も其の祖先を辿れば何処かで天皇に結び付いて行くからです。

だが言うまでもなく天皇家と言う所は権力の中枢である。だから各時代、権謀術数の渦中に有る。だから諸外国では権
力を持った王権も皇室も日本の半分も永続できなかった。其れが例外的に日本で続いたのは国の支配ではなくて暦法
支配によって政治を祭り事として来た為である。

政変については卑近な例を見ても幕末の孝明天皇の兄弟が10人暗殺され、其の結果として新生・明治天皇が出来上
がった。戦後はキリスト教に支配されて来た。此のため天皇は国民を裏切り、しかも命令に従った軍人をA級戦犯とし
てGHQに売ってご自分は助かる事が出来た(大本営、「戦争責任」を参照)。

天皇号・・・・・・・日本を建国した神武天皇は始めから神武と称した訳ではない。つまり此の意味では当時、神武天皇
はいなかった。彼は当時、カムヤマトイワレ彦と呼ばれた。或は磐余宮のスメラ命と呼ばれた。或は孝徳天皇も難波長
柄豊崎のスメラミコトと言われ、死後に孝徳天皇と諡号された。以後中世・近世まで天皇名は存在しなかった。

では天皇家が断絶したのかと言えば違う。奈良の大仏を造った聖武天皇の頃から天皇は仏弟子となった。従って院に
籠ってしまわれた。例えば後白河院などのように、僧衣を着て院政を縦(ほしいまま)にしたのである。06/9/18朝日に
は、平安中期の村上天皇を最後に殆どが僧籍に入って門跡として○○院を名乗った。

其の院を明治に○○天皇と改めたに過ぎない。幕末の光格天皇の時に「○○院では庶民の戒名と違いがない」と嘆く
人もいて天皇号を復活した。「歴代全て天皇と称す」と国が決めたのは1925(大正14)年になってからであると言う。

因みに国立国会図書館資料から列記すれば、第五十七代 陽成院天皇、第六十一代 朱雀院天皇、第六十三代 冷
泉院天皇、第六十四代 円融院天皇、第六十五代 花山院天皇、第六十六代 一条院天皇、第六十七代 三条院天
皇、第六十八代 後一条院天皇、第七十代 後冷泉院天皇、第七十二代 白河院天皇、第七十三代 堀河院天皇、

第七十四代 鳥羽院天皇、第七十五代 崇徳院天皇、第七十六代 近衛院天皇、第七十七代 後白河院天皇、第七
十八代 二条院天皇、第七十九代 六条院天皇、第八十代 高倉院天皇、第八十二代 後鳥羽院天皇、第八十三代
 土御門院天皇、第八十四代 順徳院天皇、第八十六代 後堀河院天皇、第八十七代 四条院天皇、

第八十八代 後嵯峨院天皇、第八十九代 後深草院天皇、第九十代 亀山院天皇、第九十一代 後宇多院天皇、第
九十二代 伏見院天皇、第九十三代 後伏見院天皇、第九十四代 後二条院天皇、第九十五代 花園院天皇、第九
十九代 後亀山院天皇、北朝 光厳院、北朝 光明院、北朝 崇光院、北朝 後光厳院、北朝 後円融院
 
第百代 後小松院天皇、第百一代 称光院天皇、第百二代 後花園院天皇、第百三代 後土御門院天皇、第百四代
 後柏原院天皇、第百五代 後奈良院天皇、第百六代 正親町院天皇、第百七代 後陽成院天皇 深草法華堂
目次 第百八代 後水尾院天皇、第百九代 明正院天皇、第百十代 後光明院天皇、第百十一代 後西院天皇 

第百十二代 霊元院天皇、第百十三代 東山院天皇、第百十四代 中御門院天皇、第百十五代 桜町院天皇、第百
十六代 桃園院天皇、第百十七代 後桜町院天皇、第百十八代 後桃園院天皇、第百十九代 光格天皇、・・・・何れ
も院に重ねて天皇名を付け足したものである。

●天皇号(漢風諡号)は弘文天皇の曾孫の漢学者・淡海御船(722-785)が撰進して続日本紀に神武以下の漢風諡号
で記されたと言うのが通説ですが、関連次項としてhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/2663/shotoku/
tennougou.htmから引用する。・・・・天皇号が単なる模倣なら唐が天皇号をやめれば倭国もやめたはずである。

天が、『隋書』にある「阿毎(アメ)」の漢字にあたるとすれは、天は大王の姓か別称だったことになる。また「阿毎多利
思比孤」は「アメタリシヒコ」と読むとすれば、「天として足りる男子」という意味になり「天子」に匹敵する。この天に王号
をつけるさい、道教風に天皇としたとも考えられる。

そうだとすれば「天皇」号が倭国の方が先行した可能性もあるのだ。しかし倭国が先行して天皇号を使用していれば、
唐が夷狄の王号を真似るのは沽券に関わると、高宗に「天皇」号を献じることもなかったかもしれない。倭国は当初は
唐に対しては天皇号は使わなかったが、半島諸国に対して使っていたという可能性もある。

森田悌は『日本古代の政治と宗教』(雄山閣出版、一九九七年)推古朝説に立ち、天武朝以前にも使用されていた例と
して『善隣国宝記』から次の古い書状についての記事を示している。

「推古天皇十六年隋煬帝、文林郎「世清を倭国に遣しむ書に曰く、皇帝倭王に問う云々、天智天皇十年唐客郭務?来
聘し、書に曰く、大唐帝敬して日本国天皇に問う云々」 。天智天皇十年は天皇崩御の年であるが、書紀に郭務?来朝
の記事はない。

これは書紀では十年春一月十三日に「百済にある鎮将劉仁願が、李守真らを遣わして、上表文を奉った」という記事に
当る。おそらく表向きは李守真が代表だが、実は郭務?が来て、唐と新羅の関係が悪化したので、倭国と結ぼうという
重大な密命を帯びてやってきたと、森田は推理しているわけである。

そこで倭国王を「大唐帝敬して日本国天皇に問う云々」のような表現になったというのである。(『日本古代の政治と宗
教』六九〜七四頁)。森田はさらに「野中寺弥勒像銘」(「月ヨミ5」の毘沙門天を参照)をとりあげ、やはり天智朝に「天
皇」号が使用されていた例証としている。

「丙寅年四月大旧八日癸卯開記、楢寺智識之等、詣二中宮天皇大御身労坐之時一、誓三願之奉二弥勒御像一也、
友等人数一百十八、是依六道四生人等、此教可相之也」丙寅年四月大旧八日癸卯は元嘉暦で天智五年四月八日に
あたり、中宮天皇は斉明天皇を指すというのが森田の解釈である。

森田は天皇号の使用開始を推古朝に求めつつ、その正式採用を天智朝に求めている。とはいえ天智五年はまだ称制
期(即位前)なので、そんな中途半端な時期に天皇号を採用したとは考えにくいような気もする。森田の議論で興味深
いのが、天皇の読みが「てんのう」で呉音になっていることである。

七世紀には漢音で発音するようになっていたので、「てんこう」と発音すべきところである。「皇太子」「皇后」などは「こ
う」となっている。なぜ天皇だけ「のう」と呉音のままなのかというと、それは仏教用語の発音だけは呉音のままであっ
た。

それでもし通説のごとく天武朝に唐の高宗の尊号が「天皇」になったのを受けたとしたら、「テンコウ」と呼ばれていたは
ずてある。むしろ仏教がようやく興隆してきた七世紀前半の時期だというのである。

天皇制・・・・・・シナには天子の姓を易(か)え、命を革(あらた)めると言う「易姓革命」の思想があり、天子は天命によ
って王権を授かるものであり、其の天子に徳がなくなれば其の天命が他の人に下る為に王権も代わると言う。よって
元、明、清国・・・・と政権がクルクル代わった(上記の「天人相関性」を参照)。

其れに対して日本は万世一系の天皇を守って来た。此れは世界に比類ない伝統文化であり歴史的にも偉大な誇りで
す。天皇は世界に抜きん出て万世にわたって天帝の天命を受け続けて来た事になります。其れに比べれば人為的・政
治的な制度の力はヒビタルものです。

因みに天皇と皇帝は質的に同格であるのかどうか。天子・大王は太陽を祭る人であるが皇帝(エンペラー)は星祭の武
人であって実は王よりも格段に格下と見るべきである(神を参照)。

また歴史的な裏づけ(実績)から見れば、日本の天皇が2000年の歴史を刻んだのに対して例えば米国の大統領の初
代(ワシントン)就任が1789年だから、たった217年の歴史であり、格(権威)において「月とスッポン」である。

天皇の専権事項・・・・・・・治天の祭り、暦法及び新年号の決定。皇居遷宮の決定権(「一代一宮の制」、「遷宮」を参
照)。天皇に対して幕府や政府は天下の事、つまり方形に区分した領地の祭り事を仕切って人を支配し、税金を集め
たり使う存在。

天皇陵・・・・・・・天皇が大王(おおきみ)と呼ばれていた古墳時代には、その陵は巨大な前方後円墳であった(〜敏
達天皇)。詳しくは別紙の「陵資料室」を参照下さい。

7世紀になり、ヤマト王権が大陸の政治システムの影響を受けるようになると大型の方墳へと変化し(用明天皇〜推古
天皇)、大化の改新を経て律令制の導入期になると、大王陵・天皇陵には八角墳が採用されるようになる(舒明天皇、
天智天皇、天武天皇、持統天皇)。

但し以上の解釈は現在特定の「天皇陵」として治定されている事例を基にした推測である。例えば現在の伝・応神、伝・
仁徳天皇陵についても異論がある以上、時代の変遷によって陵が巨大なものから小型化したり八角になったと断定す
るには無理がある。

言うまでもなく、葬法は極めて保守的な文化であり、前例に従う事を伝統とし、それ以外のものに変更する事を避けて
来た。ただ仏教の影響によって一部の変更はあった。

奈良時代から平安時代初頭にかけての天皇陵は、持統天皇以後に火葬が導入されたこともあり、大規模な造営を行
わず山頂などに散骨する事例が見受けられるが(嵯峨天皇、淳和天皇)、墳丘を作ったと思われる事例もあり(桓武天
皇)、形態は錯綜している。

院政期の白河天皇にいたって仏式のお堂に納骨する方式が現れ、江戸時代の後水尾天皇以降は代々京都泉涌寺に
石造塔の陵墓が建立された。幕末にいたって尊皇思想が高揚すると天皇陵にも復古調が取り入れられ、孝明天皇陵
は大きな墳丘を持つ形式で築造された。

明治天皇陵では、天智天皇陵に範を取ったといわれる上円下方式が採用され、以降、今日に至っている・・・・・・以上
は、ウイキペディア・フリー百科事典http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E9%99%B5#.E5.A4.89.E9.81.B7
より引用。また別紙の「天皇陵」もご参照下さい。

電波・・・・・・・・・電気は磁気と一対の存在であり、即ち月のエネルギーである。電磁気は相互にリンクしていて電磁
波で電界を、磁力線で磁界を作っていると見て良い。線とは言っても何れも振動している波である。波となるのは電気
を三相交流モーターで発電するからです。

この場合は先ず三相交流となるが、其れを二相に変換した場合は二相の波となり、家庭用電気の60サイクルの交流
の場合は、毎秒60回もプラスとマイナスを繰り返している。

そして特に電磁波と言う場合は例えば音波や超音波以上の波を言い、ラジオやテレビの短波やFM波(超短波・極超
短波)がありますし、其の上は周波数が更に高くなって、リモコンや携帯電話に使われる。例えば携帯の27MHz(メガ
ヘルツ)と言う場合は、毎秒2700万回も振動する。

また電子レンジはレーダーと同じマイクロ波ですから周波数はGHz(ギガヘルツ)で表わされる。これは1秒間に100億
回もの振動をするので、電線の中は通れない。従って導波管(ラッパ)が使われる。そして此れ以上になると光、紫外
線、放射能を出すガンマー線と言う順番で波が小さくなり、略直線的に照射する。

テンペル・・・・・・・神殿(ユダヤ)。

天変地異・・・・・・電磁波異常は家電製品にも現れるので、テレビの画面やファックスのプラント異常となった場合は
空を見る習慣を持ちたい。例えば阪神大震災の8日前には竜巻雲が見られた。此れは普通の竜巻雲ではなく、地震雲
の一つでした。また鹿児島地震と中越地震の場合は縦雲が観測された。

此れは地殻の岩石が砕かれる際に電磁波が放出されて天空に雲を形成するからです。「天変地異」とはこのようにし
て先ず天に異常が出て、次に地に異変が出る事を言ったもの。

天変地変・・・・・・・国を動かす者たちが私利私欲を貪り、国民に不安と動揺を与えると天に変化が現れ、次に地に
変化が起こる。此れを天変地変と言う。上の者の意思がグラ付き、国民から貪欲に巻き上げている以上、地に変があ
って当たり前。

日本近海に先ず異常が起こり、大地震となり、海外では戦災があるだろう(ソロン・アサミ氏の著書から引用)。

天文学・・・・・・・古の日本の天文については別紙の「日読み暦」を参照。それに対して今の天文学は西洋占星術が
レンズを使った天文学に発展したため星の観測だけに偏っている点で先ず大いに問題がある。例えば05/7/30、
米国は「第10番目の惑星を冥王星の外側に発見」と発表した。

このように、私たちに一番身近な太陽や太陽系について、まだ殆ど分かっていない。にも拘わらず、ビッグバーンやブ
ラックホールと言う架空の観念をでっち上げ、宇宙の起源とか進化論ばかり吹聴する天文論議に終始しているのは不
真面目であるし間違っている。

レンズによって星までの天文学的な距離とか、星の質量や表面温度などを仮想計算するのが天文学と誤解している。
そうした一般人に役に立たない講釈を得意げに垂れるのが天文学であると誤解し、自己満足しているようだ。或いは
太陽が核融合反応していると言うのも事実かどうかは一切不明である。

それらを見て来たように解説しても、何れも1仮説に過ぎない。こうして星に対して飽くなき追求をするのが天文学であ
ると思っているようだが、其れが国民の日常生活に何ら役に立ってはいない。だから、どうしても続けたいなら個人的
に、国家予算を使わずポケットマネーで行うべきだろう。

所が彼らは自分の身銭ではなくて、国家予算を使い、更に其れを超えて、今では世界中のテーマとしている。世界中か
ら巨費を集めて巨大な観測所を作ろうとし、或いは衛星を飛ばそうとする。此れはキリスト教の言う、神の「空中軽挙」
を人類が自らの手で行おうとする冒険である。

そんな事に無関係な人たちまで巻き込んで行こうとするある種のイデオロギーである。事実此れまでは多数の国民で
はなくて軍事科学と人殺しの戦争に手を貸す学問だった。彼らの天文学は、この地球の天気さえ良く分かっていない事
を先ず知るべきだ。

大風呂敷(遠大な空想科学ドラマ)を広げるより、もっと地道で真面目に自分の足元から見つめて貰いたい。自分の内
心も自分の先祖の事も知らずに、大きなレンズならば広大な宇宙の真理を掴めると思っているとすれば、其れは余り
にも稚拙な空想であり滑稽ではないか。

テンポ・・・・・・・イタリアで言う時間(テンスtempus)。「調子・進行速度」。


天文・人文・地理・・・・・・・例えば、故人の命日を方位で印すために墳墓(天皇陵を参照)をその方位に設定し、また
その逆方位に宮を造って日迎えの祭りをしました。つまり命日--墓地--遷宮(別項参照)の方式が、天文--人文---地
理と言う方位の原理で一貫していた事です。

其の哲学と道理の完結によって日本では調和と義の弥栄が少なくとも2000年続いた。



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