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http://hijiri.tamajiri.com       「日知り事典」  page240.html(未定稿)


  日知り事典   地揺るぎ1

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「ちゆるぎ1」 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★

ちゆるぎ(地震)の意味・・・・・・・・・地震のこと。一部では「なへ」とも言った。「なへ」は「萎え」である。地球は生き
ており、よって時々「揺るぎや萎え」があって当たり前である。人間は此れを災害として恐れるが、自然界の本能的な働
きですから科学的に防止や予測するのは無理であり、魚介類や動植物は寧ろ大変喜ぶ。

天気と人との関係を「天人相関性」で述べたが、土地も人も大自然の一部ですから此処も相関関係にある。土地には
固有の国津神・産土神があり、また人にも多段多列の固有の血筋(円系図を参照)がある。人の場合の人生とは活躍
の舞台が主として個別の土地との縁、つまり前世や先祖のカルマによって行われる。

つまり前者(国津神)には固有の波動があり、人にも固有の波動があるが、其れが同調・共鳴関係ならば問題はない。
だが人の場合は先祖を否定して科学や経済の理屈で考えて人為的に行動するので、その土地との相性が徐々に悪く
なり、そうした住人が蔓延すれば地が穢れるので洪水・水害、ちゆるぎ(地震)となる。

特に此れは月の力であり、しかも月を神として信仰する地方や時代に地震・津波・洪水が多発する。月は変化を起こす
神であるからだ。従ってこうした月の天下とする時代や月の暦に従う地方では土地の作物も豊かになる反面、政権は
長続きせず時代は変転する。例えば旧暦が渡来した以後の日本は地震国となった。

次に五大陸七つの海のうち、地震が多いのは月神信仰地域と旧暦採用地域であり、何れも稲作など穀倉地帯であり、
農耕民族の地域となっている。人体で言うなら五体の間接部分は動かなければならない。

其れが今は陸地であろうと海洋であろうと地震多発地帯となるのであって、現在の地震学(同項を参照)やプレートテク
トニクス理論(同項を参照)で地震発生のメカニズムが分かると言うものではないのである。つまり「前文」で述べた「天
人相関の理」により地揺るぎも発生する。

国のリーダー支配の仕方で人の心が揺らげば「血揺るぎ」、其れが「地揺るぎ」となる訳です。例えば「ソロンの予言書」
でも「国政で人心が不安になり、心が揺るげば地震となる」と警告し、その後にかの阪神大震災となったと言う。其の点
で筆者は「日知り」であっても「地知り」ではないが、今の日本では余りに物理学への過信があるので一言する。

筆者が郡部から当時の大阪市内に出て街を歩いていると毎回妙に腐臭が鼻をついた。下水の匂いのようでもあった
が、友人たちに其れを言っても信じてくれなかった。その後に阪神大震災となったのである。此れも前兆現象の一つで
あったろう。

歴史的には例えば平安時代は何も平安ではなくてこの頃からM8以上の驚天動地の激震・津波が急増した時代でし
た。また日本は地震国と言われるが、実は1700〜2001年に於いて、関東大震災以上の規模のM8以上の規模の地震
が日本よりも日本以外で何度も発生している。

例えば日本13、台湾2、ヒリッピン5、マリアナ2、トンガ5、インドネシア16、パプア1、ソロモン2、カロリン諸島1、イン
ディア4、ニュージーランド5、南極北方沖1、サンタクローズ島1、択捉1、 色丹沖1、 ロシア10、キルギスタン1、 モ
ンゴリア2、バニアツ4、カザフスタン2、中国10、

そしてカナダ1、USA13、インディアン海2 、ボリビア1、プエルトリコ1、ドミニカ1、メキシコ5、エクアドル2、ペルー9、
チリ12、チリ・アルゼンチナ1、アルゼンチナ1、アフガニスタン1、カザフスタン1、イラン・パキスタン1、ミャンマー1、

インディア・ネパール1、インディア・カルカッタ1、ポルトガル1、アルジェリア5、グリース2、ニューカレドニア1、ベネズ
エラ1、ローヤルテイ1、アゾレス1、アンタクチカ1、タスマン海1、アトランティック海3・・・・(このデータは03年の理科年
表より抜粋)となっている。

日本とトンガは確かに面積が狭いが地震回数が多い事が分かる。だがインドネシアはもっと多い。さて合計161に対し
て月読み圏(オレンジ色の部分)が83あり、過半数を占めているのが分かる。

近年には例えば月の国、シナで唐山地震があった。北京週報 日本語版 - Chinaによれば、――唐山地震は1976年7
月28日午前3時42分53秒に起きた。今年は唐山大地震が30周年です。1976年7月28日に発生した唐山大地震はこれ
までの400年間の世界地震の史上でも、もっとも悲惨な1ページとされ、24万人が死亡し、16万人が重傷を負った。

唐山地震:24万人死亡の大震災から30年。中国情勢24 - Chinaによれば、24万2000人余りの死者を出した「唐山
地震」から30年目となる06/7/28日、被災地の河北省・唐山市では省主催の慰霊献花式が行われたと中国新聞社が
伝えた。

日本は地震国だと言われて来ました。確かに地震は「ちゆるぎ2-3」をご覧頂けばお分かりの様に毎日の様に起こって
います。ですが、此れは衝撃的な現象だから其のように感じるし被害も大きい。しかし日本以外では「ゆっくり地震」
ある。

時間的に引き伸ばして波を和らげるとゆっくりしたものになりますから、人畜にとって感じ難く、衝撃も被害も少ない。だ
が、地震などを感じなくても大陸は移動し、分断されて来ました。其れに気付かないだけである。

さて日本の場合、平安から現代まで巨大地震が続いているが、其れは旧暦を使った時代だからであり、西暦に変わ
ってから起こった関東大震災(M7.9で死者不明14.2万人)や阪神大震災(M7.3で死者6432名)で大きな被害を
出したのは、其処がたまたま人口密集地域だったからだ。

ですから稲作・仏教・旧暦が渡来して以来、月神信仰者が多数を占める日本人も、一生の間には此れを必ず体験する
宿命がある。特に現代のように天や神を恐れない時代は、人が驚天動地の体験や悲惨な様を味わう事で、「狎れあ
い」と驕りに走りがちな生活習慣から「祓い」によって解放され、元気に戻る事が出来る。

ですから人生の中で、誰でも1〜2度は大きなショックを受けて絶望的な体験をするものの復帰できる。従って地震体
験は決して不公平ではない。しかし被災者にとっては「どうして此処が被災するの?・・・何で私が苦しむの?」と天地を
恨む。人情として当然です。けれども自然界の生き物はこの地震でどれだけ救われるか考えて貰いたい。

地震や津波で困るのは不自然な暮らしに無反省となった人間だけです。魚は大喜びだと思うし、動物などの犠牲も殆
どないものです。例えば中越地震では鯉が数日前から池の表面に出てこなくなり、ネズミが前日に集団移動し、犬が直
前に騒ぎ出したと言うが、その後のスマトラ沖津波でも「何故か象やウサギの死骸がない」とロイター電が報じた。

またスリランカの動物公園には多数の動物がいたのに津波の後に「死骸が見つからない」と言うので不思議に思われ
ている。自然界に不必要な事象は存在しないのです。ただ同じ現象でも結果は被害の大小と言う差を作る。その差は
因果・因縁によります。例えば死去した場合は神の犠牲ですから尊い。

此れは天恵とは言えないまでも、この場合は、きっと神界で格別のご配慮がなされるだろう。次に人災の場合である。
建物の強度や老朽化、或いは欠陥住宅だった場合も含めて因果の理の範囲です。何れにせよ人災は保険が利くか、
もしくはボランティアの支援によって救われて改めて感謝の念が湧く。

或いは責任者が現実には「逃げ切る」ものの霊的に処罰される。そうした体験は本人にとっても周りの人にとっても少
なからず何らかの転機となるでしょうから、深刻に悲観する事はないのです。人は人生の上で多くの体験をするもの
の、其の殆どが孤独の体験です。其れに比べれば天災地変は多数との同調波・同時体験の共有です。

人々が同調波に心身共に連動して体験した後でお互いに「助かって良かった」と思って連帯感が生れますし、或いは何
かに感謝する事が出来ます。家族が手を取り合って其の絆を生涯大切に思うようになります。こんな事は普通では体
験できません。この場合は少からず仲間がいるので孤独感がない。

遠くからも同情と支援の手も届くので其処に救いと希望が有るでしょう。「ちゆるぎ」は地や血が揺るぐ事であり、其れは
足元から土雷(つちいかづち)や土裂神が揺り動かすと同時に、自分の心身も同時に衝撃を受ける働きですから物理
科学などでは真実の半分しか分かりません。

人が譬え、どれ程のモノカネを積み上げたとしても、たった一時の風水害で無に帰すと言う強烈な体験を持つ事によっ
て人々が学ぶ事も多かったし、地震や台風などの自然現象(自然による浄化)の後には新たな息吹があると認識した
日本人が「潔さ、忍耐、工夫、助け合い」などの美風を培って来た。

物心両面の汚れが積もり積もっても、日常生活の繰り返しの中では分からない。だから「災難は忘れた頃にやって来
る」のです。気づかない内にも汚れが積み重なり溜まって来るので其れが忘れた頃にハライ、即ち浄化現象となりま
す。

地球は生きており、そのための生理作用として地震があり、それによってまた其の地域が元気を取り戻して活性化され
る。一般の歴史書にはないが、日本のみならず世界は古来地震によって何度も「泥の海」となって滅んだ事が、竹之内
文書に記されている。とすれば特に日本の海岸部にはビルなどを建てるべきではない。

凡そ五百年に一度は、人が想像を絶する地震が繰り返す。特に温暖化により激化する。暖かいときは要注意です。近
代科学は其の一端を知るに過ぎず、見える物だけ分析しても分からないのです。

古代にも、今と同じ規模の大都市や巨大な建造物があった。地球全体が「泥の海になった」事が竹之内文書には何度
も書かれている。とすれば、古代都市がこの「ちゆるぎ」や火山噴火によって地下数十メートル下に埋まっていると推定
しても恐らく大きな間違いではない。

「ちゆるぎ」を物理的に言えば、月による暦・方位作用がマグマの活動のピークと一致したときに起こる地殻変動であ
る。火山の噴火の場合は方位関係で見なくとも事前に先ず予兆として地鳴りがあるが、地震は其れが少ないので突然
起こったように見られる。ですからプレート理論で後から理解しても予知は出来ない。

所で、科学迷信の日本では近年マイナスイオン信仰が広まったので、売れない商品には「マイナスイオン」と付けれ
ば売れ出したようであるが、マイナスイオンは世界の科学者の間では笑い話と言う「99.9%は仮説」(光文社新書・竹内
薫著)。同書は地震についても「微生物が地震を起こしている」と述べている。

其れは極論としても、今の「プレートテクトニクス理論」が万能ではないと見るべきである。流行が必ずしも真ならず。つ
まり正解ではない。其れは07/3/25日の能登半島地震を見ても分かる。此処は地震が起きないとされていた。東海地
震が警告されて30年経っても起こらず、その間に阪神大震災となった事からも分からなければならない。

要するにプレート説は人気があっても怪しいのである。或いは結果と原因を混同しているから外れる。プレートや活断
層は確かに存在する。けれども其れを原因つまり犯人にするのはどうかと思います。結果として岩盤や地殻が変動し
たのであって、其れは結果であり、現象であって犯人ではない。

原因は他にある。人心の乱れから自然の摂理で微動するのであり、時期は天体との関係で起こる。犯人は言わば人
類である。其の原因を棚上げしてプレートを犯人に仕立て挙げれば、其処までのプロセスを見逃す事になるので、問題
が見えなくなってしまうのです。だから予知も予防も出来ない。

ただ徒に観測網を増やして其の情報収集に手間取る内に、ピンボケして不明となる。如何に専門的に研究してもお役
に立てなかった。専門的かつ近視眼的であるよりも、総体的・相対的・総合的・ボーターレスに歴史的・長期的に見なけ
ればならない。しかし現代人はスピードを好む。

地震が去れば「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ように、また次のニュースや仕事や関心事に心が移ってしまう。

シナでは古来、天変地異を恐れて其の都度「天命」が替って「革命」となった。戦争や災害が打ち続けば「天人相関の
理」(別項参照)により、天帝の意志、つまり「天命」が変わるから「革命」となった為、其の都度、王朝が倒れた。だから
天子は日頃から天を祭り、天威を恐れて善政に努めた。

また30年を小変とし、100年を中変とし、500年を大変としたが、日本でも地震が起こるたびに年号を変えた。凡そ改元
が180回有った中で、その1/3は自然災害による改元と言われる。

古来「災害は忘れた頃にやって来る」と言われるが、実はこの様に、天威を恐れぬ支配者が出れば人心が汚れ、猥ら
となって天人相関の理により天変地異が多発する。人心の乱れが積み上げた汚染(罪穢れ)を打ち払う目的から天変
地異の波が大きくなり、災害をより大きくするのです。

過去の例として宝永や三陸津波地震では189年後に何れも2万人前後、その27年後の関東大震災では14万人が犠
牲となった(被災については次項を参照)。だが「地揺るぎ」の犠牲が大きいと言っても、其れだけ大掃除の働きと、大
きなエネルギーを与えてくれる現象であるから防災対策に努めても意味はなく成果もない。

地球温暖化と共に噴火と地震は多発する。南関東の地震の周期は凡そ200年であるが、関東大震災から81年たっ
た現在は静穏期を過ぎて活動期に入り、三宅島などの噴火となった。其の周期から最近は2035年までの30年間にM
8クラスの地震が70%の確率で起こると政府は予測している。

地殻のマントルの熱が海水で冷却されるが、温暖化でその効果は低下している。のみならずメタン・ハイドレートからメ
タンが発生して気化すれば激しい温度上昇を起こしたり台風の活動を助長すると言う説もある。阪神大震災の前年に
は、平年の回数を突出する38件の台風があったが、近年も台風の発生が多発している。

04年は記録的な猛暑となったが、10/22日の台風23号で既に最多の10ヶ目の上陸となった。また地殻にヒビが入れば
ラドンが大気中に放出されるので雷の発生が増える。関東大震災、阪神大震災、鳥取西部地震の何れも、其の前月
から八ヶ月前に平年の二倍の雷発生があったと言う。

地震雲の発生が地震の直前に各地で確認されたのは同様の理由による。此れも「方位の理」に当て嵌まる。▲地殻の
ストレスが地中からラドン放射線を出して鉛イオンになり、此れを核に雲が出来る。

だが国の地震予知は@地殻変動(プレート理論)A地震活動B地下水位C地磁気などが中心で、気象庁地震予知情
報課は、「地震雲に科学的な根拠はなく、占いに近い」と切り捨てる(▲以下は04/12/21毎日記事より引用)。

しかし確かに1946年の昭和南海地震ではちゆるぎの7日前から直前まで井戸水の減少、濁りが有った(海上保安庁調
べ)。既に「いなむらの火」の濱口梧陵と土佐清水の池道之助は1854(安政元)年の地震のときに井戸水が枯れた事を
知り、後者は石に刻んで其れを残していた。

井戸水の水位は降雨によって変化するので掴み難いが、海岸部での塩水と、其の上に浮かぶ淡水との境界が地面の
隆起の40倍も変化すると言われる(05/3/18、毎日新聞より)。其れは兎も角、「ちゆるぎ」で困るのは人類だけであ
り、魚介類や諸生物は少しも困らない。此れは自然界には不可欠の摂理だからです。

人類だって地揺るぎや台風で地上と海中の全てが大掃除されて、結果として次の年は豊作豊漁の形で大いに恩恵を
受けるのだから、被害ばかりを並べるのは片手落ちなのである。風水も地震も自然が作る現象ですが、其の原因は、
実は人類が個別に作るものです(天人相関の理)。

其の証拠に、同じように同時に同地域に対して一律に地震があるのに、どうして土石流・洪水・津波・半壊・倒壊・負傷・
死亡・火災・・・・などと千差万別で多種多様な被害を現出するのでしょう。此処の所をジックリ考えるべきです。地震が
広がるにも拘わらず、家が倒れる所と倒れない家があり、切れる道路と切れない道路がある意味です。

「ちゆるぎ」は、無論、天災地変であるとか、構造的な問題と見るのが一般的ですが、人の生死も災害も個別に現れの
は何故なのか。原因が天災ではなくて、個別の人災として、其の現象が複雑多様で個別に現出する訳です。自然現象
からそうした被害としないためには、自然の摂理にあった暮しを大切にしたほうが良いだろう。

だが、便利さと銭金主義の現代社会が其れを許さないと考えてしまう点を反省すべきではないか。ただ多くの人々は反
省を嫌って寧ろ勝手にも「天地を恨む」。そして予知と対策を他に求めます。問題なのは、自然の摂理とは別の生き方
を「文明」と規定し、被害があれば資金を集めてまた元通りの暮らしを続けようとする事(執念)です。

其れに便乗して学者たちも、日・月や風土には関心を持たず、方位も知らない関係機関や「専門家」達となって、地質
学や歴史学を借りて近代地震学と称し、「それで予知できる」と公言して失敗を繰り返し、巨額な予算を費やして飯にし
て来た事(利権)です。

彼等は毎度、「地震の原因は四つのプレートの歪が極限に達した時に起こる」と言うプレート境界説を繰り広げる。

それでも過去の事については一応の理屈は成り立つものの、では「何故其処に地震が起ったのか」と言う具体的な場
所や時期、或いは原因の説明にはなっていないし、今の学理で譬え一部分でも説明出来た、としても例外のほうが多
いのです。つまり天象や地象は医学と同様、真因を究明出来そうもない。故に予知や予防は無理である。

所が人々は其れに期待し頼って来た。よって其れをビジネスとし金にする側が出現するのが世の習いである。だが当
然ながら、物質科学やビジネスでは何時まで経っても「病気治しの嘘」と同様、地震対策になった事はなかった。此れを
週刊新潮は、地震学者は地震「予知幻想」で税金「3000億円」をドブに捨てた(04/11/11号)と言っている。

そうした現状から、関係者の一人が、「40年、一度も成功せず」と本音を語り、地震については「発生過程のモデルも
方程式も存在せず」、「東海地震でも失敗で不意打ちあり得る」(毎日2004/1/12、北海道大学・地震学教授・島村英紀
氏の論説)と述べたほどだ。

事実、東海地震の話は全く嘘になった。もう二十年以上、何もなかったからだ。其の間に阪神淡路大震災となった(下
記の「タイムラグ」に続く)。

この地震は「神戸株式会社」と言われた好調期のツケが回った事である。お役所は最悪の事態を考慮して住民の安全
優先の業務をすべき所である。にも拘わらず神戸市は営利企業としてやって来た。だから地震に対してなすすべがな
かった。その土地の神の意思とは違ったものが益々覆いかぶさって来ていたために排除されたのである。

だから、旧来の手法で復旧させてはならないと気づくべきである。其の後の中越地震の場合も、田中角栄時代の列島
改造論によって構築した土木工事が次々破壊された。自然界はこうして重たい外套(不自然な構築物)を脱ぎ捨てるよ
うである。

■地震は天気を一変させる・・・・・・天気は地震噴火や雷によっても急変する。此れはそれらが何れも浄化の働きと
分かれば理解し易い。浄化が何らかの形で終わった所には天気で更に浄化する意味も必要もなくなるから変わるので
す。天地の関係式に於いて地震が起こる。

満月の時に阪神大震災となり、またインド洋スマトラ沖・大津波が04/12/26日、そして07/4/2のソロモン沖地震となっ
た。スマトラの場合は月の作用で大きな津波となり、被害を大きくしました。此処で見逃してならない事は、プレートを犯
人とする今の地震学が間違いである点である。

人心の汚れが犯人であり、其れを浄化する自然の摂理が天変地異や気象です。つまり天地の関係式で地震があり天
気が変わる。地震は太陽の方位と月の作用である。よって天を知らずに地下のプレートだけを研究しても正解は出な
い。阪神の場合は1/7の方位にズレて其の方位に被害を出した。

スマトラの場合は其の時期の通り南北に動いて北に被害を及ぼした。其の地から4/2の方位、つまりソロモン諸島に今
回はタイムラグで地震を起こしました。時計周りで震源地が振り子現象として動く事実を捉える必要があるのです。


■地揺るぎの原理・タイムラグ・・・・・・・地震のタイムラグは、錘が振り子のように前後に振れてゆっくり回るよう
に時計回りで次々と起こり(移動する)、やがて減衰する事。例えば04/10/23(土)18:00頃から新潟では「中越地震」
小千谷市・長岡市・十日町市では震度6強(川口町では震度7)の揺れが相次いだ。

台風21〜23号でたっぷり水を吸った所へ地震となった。この日は満月ではなく十日月だったが、同方向に天王星が有
った。台風の次は地震と言うのでは「泣き面に蜂」である。此れだけ重なるのは此処が其れだけ汚れていたと解釈すべ
きなのか。

日本の地震予知(気象庁など)は掛け声ばかり予知予知言うだけで当たらず、起こった後に解説するだけの幼稚な「ヨ
チヨチ」の存在ですが、そんな中で、琉球大学・理学部教授の木村政昭氏は10年前から中越を囲む三火山に地震の
空白域があり、「地震の危険が有る」と指摘していたと言うから立派です。

中越地方は浅間山、焼山、白根山の三山の中にあり、地震の空白域だったが最近群発地震が出始めていたので危険
と分かったと言う。因みに次は東京が危険であり、大地震は2005±5年であると警告した。

さて今回の中越の場合はユーラシア・プレートと太平洋プレートが押し合ってこの日の方位にズレて地震となった事が
分かる。震源地の深さが20kmとされるものの、どの活断層が原因となったのかが判明していないが、地盤が弱かっ
た南北方面に震度が強く現れて被害を出した。

当日の方向性には誰も気が付かないが、震源地が仮に小千谷市として、次の10/27のam10:40に広神村などに
余震(震度6弱)が有ったのは、地震の原因が五十里(イカリ)湖の東の栗山村にあったからと分かる。そうすれば栗
山村を軸足としてタイムラグの原理で地震が時計回りで移動すると予想出来ます。 

  広神村・入広瀬村(山古志村・守門村・湯之谷村・小出町等も含める)で震源地の深さは深さ12kmと推定。
五十里(イカリ)湖は鬼怒川の上流を堰き止めた人口湖であるが、此れを「怒り」と読み、また「きぬ川」を殊更「鬼怒川」と
書いた理由が推し量れるように思う。

■内的要因が五十里(イカリ)湖の東の栗山村として、次の余震がまた有るとすれば、長岡方面へと時計回りに廻って
行くものと推定できるので注意したい。因みに外的要因としては10/23が吉林(チーリン)、羅津(ナチン)で10/末
がウラジボストク方面となる。

地球も台風も地震も生き物であり、生き物には生死の道筋があると見るべきであり、其の筋目は円暦に従って発生・
終息する。落雷の場合はプラス極とマイナス極との交尾を「稲つるび」と言うように、「地揺るぎ」の場合も陰陽両極を想
定して見たほうが理解し易いのです。

そうすると長岡市などに避難民を一極集中化すれば危険であり、寧ろ多極分散化の方が安全ではないか。因みに其
の辺りの事を10/25に太田氏に予言した後の、11/4には全く其の日の方位の三島町で震度5強の余震となった
し、続く11/6には見附市で震度4となったが、此れも暦・方位の原則にピッタリ合致する。

ただ同日、魚沼市(堀之内でも震度4があった外、11/8には守門(魚沼市)で震度5強(深さ数km)、栃尾市で震度5
の余震となり、福島県(西会津・只見)でも震度4となった。また魚沼では翌11/9の早朝にも震度4となった。全てが
栗山村を軸足に連動して暦・方位にピッタリ重なっている。

だが、此れは揺り戻しであり、歪が修まって以後は落ち着く事だろう。と筆者が予言した通り、以後収まった。

▲北海道では11/29と12/6日に釧路町と厚岸町で震度5強となったが、両者の暦・方位の軸線が北緯41東経145の釧
路南沖で交差し、其の延長線には太平洋に出る。其処10/23の中越地震の主軸であり、此処で再び交差する。

つまり両者の震源地は実は太平洋の一点に集約するので連関性があり、タイムラグで時期によってズレて行くものと
分かる。当日此処で以上のように述べたが、其の後の06/4/13には日高東部で震度4(M5.3)となった。此のラインは
奇しくも先の北緯41東経145と再び交差するポイントである。

此れで明らかなように筆者は決して出鱈目を述べてはいないのである。中越ではその後の04/12/23深夜、震度4(震
源地の深さ10km)が長岡市に有ったものの、此れは揺れ戻しで終息に近づいている訳です。

続いて05/1/9、夕方に可児市、犬山市、江南市、小牧市、名古屋市で震度4となり、更に同日夜、魚沼市(堀の内)で
震度4(深さ10km、M4.2)となった。また2/8には埼玉と栃木、特に二宮町で震度4(M4.8)となったが、震源地は茨
城県南部でした。つまり中越地震の軸の逆方位なのだ。

続いて2/16には震度5弱の地震が茨城にあって各地で怪我人が出たが此れも繋がっているのです。そして4/3の
午後、会津で震度3となった。此のようにもう終息に近づいて来ました。05/4/4、福岡と連動するように福島県沖を
震源(深さ40km)とする震度4(M5.4)の地震が茨城で観測された。

釧路市音別町で震度3・・・・・「北海道新聞」06/7/17日午前五時ごろ、道東地方で地震があり、釧路市音別町で震
度3を記録した。札幌管区気象台によると、震源地は十勝管内中部で、震源の深さは約九○キロ、地震の規模を示
す ...・・・・。
 
▲千葉の八日市場市・神栖町・多古町・旭市で05/4/11の朝07:22、震度5強の地震となった。この日の方位である
東から西に激震が走った事になるが、此れも中越→釧路→千葉と言う所へ、タイムラグで時期に応じて別の場所へ現
象が現れたものでした。つまり千葉の地震は中越とは表裏の位置関係で起こるべくして起こったのです。

所が気象庁はまた誰も興味のない「プレート説明」に終始した。今更、こんな回答を国民は求めていないのです。
さてこのタイムラグの理屈から言えば、次は東京の番だ。中越の振り子が弱まって行くので余り心配はないが、科学過
信で油断しているともう直ぐグラッ!と来て肝を潰すでしょう(4/11)。

次に6/5の昼には三条市で震度4(M3.6震源地の深さ20km)となった。ニュースでは震源地を漠然と「中越地方」
としていたが、方位で見た震源は栃尾である。また05/6/20の昼に、長岡市(4/1に合併した小国町)と柏崎市
(同、高柳町)で震度5弱となった。余震としては大きいが、この日は満月前であり、三度も連発した。

先ず日光北からまるで撞球のように千葉・北東部へ飛んでM5.6、高柳(柏崎市)でM4.9となり、其れが同角度で反
射して岐阜中西部へ跳んでM4.5となった。この時期としては東京に起こるべきだった。其れが何故か避けて通り、先
の三ヶ所で盥回りした事になり、結果として何処にも実害を及ぼさなかった。東京では誰が一体何をしたのだろうか。

しかも其の後の7/23日の午後4時に都内足立区で震度5強となったが被害を出さなかった。気象庁はまた太平洋プレ
ート説で説明したが、それでは納得できないだろう。震源が73kmと異例の深さであった。深く沈んだのは恐らくお盆行
事や寒川の浜降り祭りによって月の作用が予定(6/20)よりも一ヵ月遅れた事によるのかも知れない。

何れにせよこの日は横浜市から足立区に向けてエネルギーが走り、逆方位の茨城に突き抜けて先の中越のラインと
は笠間でクロスした。今回の地震で被害が少なかったのは良かった。だが電話は繋がらずJRは復旧まで7hを要した。

日頃「防災」で飯にしている人が多い筈の都内が皮肉にも全く裏腹に交通も通信もエレベーターも数万台が止まって何
れも機能が麻痺し、口ほどにも無い脆さを露呈した。震度情報の伝達も各地で遅れた。また続いて7/27にも茨城・
東京・横浜に震度4の余震が走った。

何れも先のラインと略同軸方向であるが、震度4が観測された地域分布は扇形だった。次に05/7/31夕方、河口湖と
笛吹で震度4と観測された。此れも無論中越のタイムラグである。次は西回りに中越に戻るだろう。と予告したが仙台
に出た。8/16日(八幡宮例祭日)正午前、宮城・川崎町で震度6強、相馬市などで5弱が観測された。

かなり広範囲に揺れたが、ゆっくりした揺れのため被害が少なくて幸いでした。M6.8(M7.2と修正)、震源地は牡鹿
半島東80km、深さ20kmとの発表があった。また気象庁は直ぐ津波警報を出したが、満月の4日前であり、また満
潮時刻とも外れていたので津波にはならず幸いでした。

彼らは「境界プレート説」で「原因は低角逆断層(想定)」と説明したが、此れも誤解である。原因は中越の関連であり、
事実として中越の軸である先の五十里湖を軸足にしてこの日の方位に当たる牡鹿半島南沖40kmに走ったために金
華山沖を囲む扇形の位置にある相馬市・鹿島町などが周辺部を揺らした事になる。

その後、06/4/22深夜には金華山沖で震度4。再び中越ラインの先の五十里湖ラインとの交点が今回の震源となった。

もう一つは新潟の十日町からこの日の逆方位に走った所に川崎町と仙台市(泉区)、東松島市、涌谷町が各々震度5
強の地揺るぎとなった。だから仙台のラインでは対極に当たる大阪でも震度2が観測され、また五十里湖のラインの先
に近い埼玉・加須市では家屋1戸が倒壊したのです。

さて仙台市泉区でスポーツ施設が壊れて被害を出したのも北上市(震度5弱)でパチンコ店の天井が落ちたのも無論
人災であるが、何れも五十里湖ラインの方位に位置していたためです。でも「こんなに地震が続くのは大地震の前兆
か」とテレビでも脅していたが左程心配する必要はない。

この辺りは既に1735から見ても1793/2/17日にはM8.4、そして1810、1835、1855、1896/6/15日にはM8.5、1897年に
は2回あった。更に1898、1900、1936、1939、1956、1962、1964と続いて2003年に2回(M6.4と7.1)があった。つまり地
震多発地帯でした。特に95年以降は余震も含めれば35回と急増している。

よって「M7.5前後の宮城沖地震が今後30年間に発生する確率は99%」と国の地震調査委員会が脅かした。だから
「大地震の前兆か」と地震学者とメディアの脅しに乗って心配する人があるが、今回の地震では14秒前に県下のある
工場では緊急地震速報が届いていた。

此れは先に走るP波を感知するシステムであるが、精度にバラつきがあり、誤作動が多いため今回は役に立たなかっ
たらしい。ただ新幹線などには採り入れて欲しいとの希望が強まるだろう。何れにせよ過去の地震歴と結び付けて警戒
する必要はあるが、被害が軽微であった以上、余震に怯える事はないのです。

▲ともあれ次はどうかと言えば、次は9/4頃に福井に回りこむ心配はある。丁度、敦賀の気比神宮の祭りの頃だから
「チャンと祭りをしていればエネルギーの中身が変わるから大丈夫だ」と8/18日に訪れた平林君に予告した。所が05
/8/21日の昼前に長岡市・小国町が震度5強、小千谷市で5弱(M5.o)と出た。

中越地震の振り子がタイムラグで元に戻って小国からこの日の方位に地震波が走った事になります。
次に06/2/1には埼玉の美里町と横浜の保土ヶ谷で震度4(M5.1)となった。震源地は千葉北西部と発表されたが実は
先の五十里湖から12月と1月末の方位に回った事が分かる。

06/2/16と2/18日には震度4(M4.6〜4.3)が岐阜県・本巣付近で続いたが、此れは新潟と群馬県境の平ヶ岳(2140m)
を軸にして其の日の方位の仙台から岐阜に地震波が走った事を意味するので、次は中越に向けて、また時計回りで
回帰すると予想できる。




・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 以上のタイムラグは円暦と地図を重ねて見れば分かります。



▲地震は突然やって来ると誰もが思っている。だがこうして見れば少なくとも一年前には予測できるとも言える。土雷や
龍たちは優しい。一度にやると其のショックが大きく、被害を大きくするので、そうしないように暫くの間、小刻みに震え
て役目を終わるのです。何れにせよ、新たな被害がなかったのは幸いでした。

因みに04/11/22、毎日新聞は「断層が交錯、歪蓄積」と報じた。東西方向から圧縮されてひずみを蓄積し、四つの断
層が中越地震を引き起こしたと推定しているだけで、震源地をまだ確定できずにいた。





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