http://hijiri.tamajiri.com 「日知り事典」 page054.html (未定稿) 日知り事典 ウ〜エヘ ●う● ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ● ■う・・・・・・・卯、東の意味。及び「下」の意味。方位では原点(天地の中間点、四方の基点)、つまり自分の定点を意味 する(「ホツマツタヘ」を参照)。 ▲ウア ▲ヴィーナス・・・・・・・・例えば彫像の「ミロのヴィーナス」は謎めいた西洋美人のシンボル。作者不明。1820年にミロ ス島のオリーブ畑で発見された。ヴィーナスとは実はゼウスを取り巻く12神の一人である。彼女の父は天空の神・ウラノ ス。母は大地の神・ガイアだったが、ウラノスが浮気をしたため、ガイアがウラノスの男根を切って海に捨てた。 其れが泡となって泡から生まれたのがヴィーナスだった。いや彼女ではなくてアフロディテ(春の女神)の事だとも言わ れる。何れにせよ、彼女はキプロス島に辿り着く。やがて其の美しさに誰もが魅せられた。其れに彼女には愛の神・エ ロス(アフロディテの子)が付き纏う。 ヴィーナスの夫は火と鍛冶の神・ウルカヌスだったが、彼女は海の神・ポセイドンにも恋した。彼女には外にもヘルメス など4人の男がいた。子供も6人いた。他に軍神アレスがいた。またジュピター(ユピテル、木星またはゼウス)との間に キューピット(クピド・恋愛の神)を生んだ。いや恋人であるアレスとの不倫の子がキューピットであるとも言う。 そして更にヴィーナスはキューピットや他の少年にも恋をした、実に多情な女神でした。因みに今の「ミロのヴィーナス」 の寸法比はダヴィンチの図に示されている縦横各々1:1.6の黄金比(別項参照)であると言われる(以上06/6/17の読 売テレビ「ルーブル美術館」より大半を引用)。 ★ウィニー・・・・・・・・ファイル交換ソフト。不特定多数が情報を交換し共有すると言うのは素晴らしい事です。其の為か 今では利用者が国内だけで100万人に広がっていると言う。ただ最近は此れによって官公庁や大企業の機密情報の 内、約20万件が流出・漏洩していた事が次々と分かって問題となった。 情報流出はウィニーの入ったパソコンがウィルスに感染した場合に発生する。誰にもバレナイと思って、只で他人の情 報を盗み撮りしていた人たちが、実は知らない間に自分の機密をこれまた只で暴露・流出していた事になるので言わ ば、「しっぺ返し」であろう。当然ながら一度流出したものは訂正も回収も出来ない。 「身から出た錆」とは言え間が抜けた話だ。 それにしても個人情報保護法が出来て、政府・自治体や大企業など、内部の秘密とか外部の関係者の個人情報に責 任を持つべき所が随分杜撰な管理をしていた事が分かった以上、「呆れた」と言うだけでは済まない。責任者は其の都 度「遺憾に思う」と弁明しているが、毎度の事ながら他人事のように「遺憾」と言えば詫びた事になるのか。 其れなら大間違いである。犯罪性、法律無視や監督責任も問い処罰すべきである。管理の問題を飛び越えて、更に自 分の悪質さを露呈しているのに謝罪もせず責任も取らずにただ「問題の再発を止める」と言明しても既に漏洩した情報 についてどうするのだろう。 流れ出した情報がどのように暴れ廻るかも分からないし、其れで迷惑を受ける被害者に対してどう補償するのか。06/5 /16には海自の情報が大量流失した。こうなると日本の国内のみならず世界の安全管理に関わる問題だ。 次に、セキュリティソフトで仮にウィニーを駆除したとしても、まだ安心できない。山田オルタナティブ・ウィルスと言うのが 出ている。このように次々と新たな問題が出るので、情報を管理する者は悪質な考えを先ず改める事だろう。其れにし ても政府が駄目だから全てが駄目になった。パソコンやインターネット(別項参照)も欠陥だらけだ。 ▲ウィン・・・・・単勝(競馬)。 ▲ウィン・ウィン・ウィン・・・・・・・・例えばNPOの客と支援・協賛企業とNPO法人が共にウィン・ウィン・ウィンと言える関 係にしたい。障害者たちも働く職場が出来て月収も3000円から3〜10万円になってウィン。NPOは株式会社ではない が、人材に賃金を払える体質にする為に儲けても良いとするのが米国のNPOの普通のパターンです。 此れからはウィン・ウィン・ウィンの時代である(06/9/30のNHK総合TVで鈴木氏)。 ▲ウエ・・・・・ ●上(字義)・・・・・・・地上に杖を立てて其の杖を「卜」の字にして「うえ」を示した文字。つまり天文観測を意味する文 字。なので下界や下っ端の預かり知らぬヒジリや神の領域であった。よって下天の地上界や地下の雑事ではなくて天 上界(形而上)の事柄を示した文字であり、神の領域なので「かみ」とも読んだ。 よってそうした経緯から今はもう天文観測しない政府や役場であってもまだ「お上」と言う人がある。尚、「卜」の字は「南 天」及び「占い」をも意味した(「なべぶた」を参照)。 ▲ウエモサ・・・・・・・・右衛門門佐。ヨモサとも読んだ。平安時代の皇居諸門守護や行幸の先駆けを司った役所・衛門 府(エジフ)の事。衛門府の長官を督(従四位下)としてエモンノカミともエジフとも柏木とも呼んだ。此処は左右に分か れていて、ヨモサに対してサモサ(左衛門門佐)があり、左右の佐とはスケ、つまり次官の事。 またヨモサ、サモサは左右のムサ(武者)の事であり、其処から「むさ苦しい」と言う形容詞になったのかも知れない。 ▲魚・・・・・・・ ▲ウォーターエネルギーシステム・・・・・・・水で発電して、電気と熱を作ることができます。 安全性にも優れているの で、設置場所を気にしません。 屋内や地下などにも設置が可能です。 水から電気と熱を作り出す過程で、化石燃料を 一切使わず、化石燃料以外のエネルギーも使用しません。 すなわち、他のエネルギー源を必要としない、独立電源として、設置場所を選ばず、インフラ整備も必要としません。 1.車や船などの移動体に搭載することができます。 2.既存の建物や家に、直ちに設置することができます。 3.災害時において、被災地に直ちに電力供給ができます。 ■WESを搭載した電気自動車の案内 ----≫ WESを搭載した電気自動車の案内 【WMV / 164MB】 ≪ ![]() http://genepax.co.jp/energy/ 株式会社ジェネパックス---大阪。 ▲ウカ・・・・・・・宇賀神。稲荷神。うかの御魂。神像は蛇の形で表され、穀物神とされている。例えば弁天様の冠はトグ ロを巻いた白蛇が飾り付けていて此れを宇賀神とする。また京都・妙心寺の開山供養の縁日には一対の紅白の捻り 飴を供えて祝う。ただ幾ら伝統とは言え、其れが宇賀神の真実とは思えない。 記紀の歴史にはない神武以前のウガヤ王朝の御魂かとも思えます。 ▼浮き船・・・・・・・船(別項参照)にも色々あるが此処ではタライを言う。タライもしくは水鉢に水を満たして釣り道具の 浮に錘を付けて浮かせる。タライではなくて水田や池でも良いが、何れも出来るだけ細長い浮が良い。織物に使う杼 (シャトル)でも良いかも知れない。 そうした浮によって水面の水平と垂直の浮によって正午の日影を捉えて暦・方位を知る方法です(日読み5の「方位の 採り方」を参照)。時期としては日影が伸びる冬至の頃が正確に分かる。但し普通の船と同様、錘や碇を付けても、風 に揺れたり流される難点がある。 ▲浮世絵・・・・・・江戸時代の日本画。今の舶来崇拝主義の日本には日本画より洋画(油絵)礼賛者が多いが、南フラ ンスのアルルに住み着いたオランダ人のゴッホでさえ日本の浮世絵を400枚も集めていた。彼は広重に魅せられ日本 に憧れ、日本画から大きな影響を受けていた。 ▲ウグイス・・・・・・・ホーホケキョ(奉、法華経)と鳴く鶯色の鳥。梅の花が咲く頃、頼みもしないのに毎年のように来てく れて日の出から日没まで、「今鳴かなければ・・・」と言うように小さな体から精一杯声を張り上げて一日中、美声を振り まいて春を告げてくれる天使のような小鳥。こうしてウグイスの囀りはセミの声にかき消される真夏まで続く。 序でですが人間界にも鶯嬢と言われる美声の持ち主がいる。ウグイスの場合は日増しに美声になるので人はその声 にうっとりします。ウグイスの顔ではなくて声にです。人間の場合でもウグイスのような美声の女性に惚れる男がいます が、妙齢の時期を過ぎるとカエルのようにゲロゲロ泣くように変化するケースがありますので念のため。 其れにウグイスの字は何故か「火の火のウの鳥」と書く。火の鳥でも雷鳥でもないと思うのですが、雷が鳴っている時で も上の空で平気で鳴くのです。 ●ウケヒ・・・・・「受け日」の事である。今は誓約と書いてウケヒと読ませる場合も有るが、本来の意味から言えば、生 半可な解釈である。受け日とは日光を戴く神事(日受け)でした。此れは鏡に水を満たして、其処に日光が入った瞬間 に、玉杯を飲み干すように一気に飲み込む事で神仏と一体化する儀礼であり日の神事でした。 この儀礼をリアルに象った字が梵字のオームであり、此れを古の諸教では阿吽とも読んだが、仏教ではナム(南無)と 読み、キリスト教ではアーメンと伝えた。何れも神仏への一体化を祈る「帰命頂礼」であり、誓約の原点でした。 ▲ウコ・・・・・・・ ▲宇佐・・・・・・・ ▲ウサギ小屋・・・・・・・諸外国では石造建物が多いのに対して日本の住居は「紙と木で出来ている」と言われた。こ のため先の大戦では焼夷弾によって大都市が焼かれて廃墟もない一面焼け野原と化した。それでも戦後の日本は不 死鳥のように復興したものの、住宅については矢張りお粗末なため、「ウサギ小屋」と風刺された。 その後に日本の大都市はコンクリートジャングルとなった。しかし阪神大震災では脆くも全壊した。さて05/12月には建 築耐震基準の偽装問題が露呈した(建設業界を参照)。関係者は答弁で責任を取った訳ではなくて盥回しで言い逃れ をしたに過ぎないが、今回の事件を切っ掛けに次々と問題の実態(官界と業界のボロ)まで露呈した。 例えば今の日本には建築士が31万人もいると分かった。人口当たり人数では英国の4倍、フランスの5倍、米国の7 倍と言う(05/12/7日の毎日S記事より)が、其の内で構造設計する人が1万人程度と言う。米国は103年、英国が14 1年、フランス86年、ドイツ79年に対して日本の住宅の寿命は30年である。 建築家が多ければ其れだけ良質の建物を造る筈であるが、偽装マンションは新築でも取り壊されてゴミとなり、建売な どは築後10年で無価値(略ゼロ査定)となる。つまり日本ではウサギ小屋を造り続けた事になる。建築家は多くても幾 世代も使える住み心地の良い家は日本にはないのです(05/12/9の毎日記事より一部引用)。 ▲ウシ・・・・・・・家畜の牛。日本の農家にとって牛は農耕で力を貸してくれる仲間だった。よって母屋の片隅で飼って 言わば家族と同居して暮して来た。また大阪の和泉地方では春と秋に牛の無病息災を祈って頭や鞍に豪華な飾りを付 けて牛祭りとして牛の神・牛滝参りをした。その様な仲間を食用として食べる事は考えなかった。 日本ではスサノヲノミコトを牛頭天皇として祭る神社が各地にあるが、其処にしても祇園の八坂神社にしても家畜の牛 とは直接関係しない。日本では牛が神や如来や菩薩になるのではない。天神様にも牛が飾られるが、其れは菅原道 真公に縁りのシンボルとか天神の眷属として置かれている。 また人の守護神として牛があるのではなくて、牛の守護神として人は大威徳明王を選んだ。この明王は五大明王の中 で西に位置して無量寿仏として六足尊とも言う。醍醐寺や唐招提寺にも祭られたが和泉市の槙尾山・施福寺、或いは 岸和田市の牛滝山・大威徳寺では部落単位で8/7(旧7/7)、つまり七夕に牽牛のように連れて行く。 此の寺か近くの塚など特定の場所に参り、また河内長野の檜尾山・観心寺では最近まで春に祭って来た。この日は農 作業を休み、牛神座、または牛神講、或いは子供の祭りとして、一日掛けてお参りに行き、或いは泥で牛の形を作って 黒石や琵琶の葉で目や耳を付け、キュウリで角を作り、ススキで尾の形にして其の前にお供えをした。 或いは牛にご馳走を与え、村人も挙って食事を楽しんだ。また岡山では部落で祭る荒神(別項参照)を牛神として荒神 の祭日である正、五、九月の28日に祝い、またこの日以外にも牛が生まれたり牛を買った時にはお参りした(民間信仰 事典より一部引用)。 所で海外では牛をトーテムとする民族が多い。遊牧民族や農耕民族であり、特にインドとインドネシアが牛を祭る。牛 は古来、水田農耕に働いて来た。よって水牛は此の地では神である。世界各地の遊牧民族にとっても牛は仲間であ り、同時に牛乳や牛肉を人に与える。だが祭るよりも戦わせた。スペインでは闘牛をするのを人の娯楽として来た。 こうしたゲーム感覚や西洋の食肉文化は昔気質の日本の常識では理解に苦しむ。肉牛の産地、岩手の前沢町では近 年、「牛の博物館」を作った。世界初の試みと言う。 ■丑・・・・・・・方位としての意味は北東北(真北から15〜45度東、一部ウシトラと重なる)、季節は1月後半から二月 初で立春までの厳寒、時刻は未明の1時頃(「聖獣」を参照)。因みに星座のおうし座は11月に南中する。 さて平成9年と21年は干支では丑年であり、丑年には其の方位に大歳神(木星)が回座すると言われるが厳密には誤 解とも言える。また丑年生まれの人は推計1109万人(総務省まとめ06/1/1現在)と最多。 所で干支の占いや12星座占いも気になるでしょうが理屈上は、人口の凡そ1/12を干支や星座の運命として一律に片 付けるのはどうかと思う。譬え、当たったとしても、其れは凡そ1000万人の平均値の一端に過ぎないのです。へ理屈 ですが・・・・ ■丑の刻参り・・・・・・・夜間、丑の刻に行うもので、執念を増幅させるのでやり方は述べない。 ■丑の日参り・・・・・・・丑の日に行う稲の育成を願う田の行事(民間信仰事典より)。 ▲・・・・・・・ ▲ヴジャヤナガル王国・・・・・・日本では種子島に鉄砲が伝わった頃の印度の14〜17cには北にムガル王国の後 のデリー・スルタン朝、南のデカン高原にはヴィジャヤ・ナガル(「勝利の町」を意味する)王国があった。 此処には今もヒンズー教のヴィルパークシャ寺院遺跡があり、勝利の家と言われる最大の建物や沐浴のための大きな 貯水池遺構がある。当時は幾つもの市場もあって封建的な中にも自治的な国であり、世界で最も裕福な国だった。長 い間のイスラム勢力の支配から脱したが、次はポルトガルの進出があり、牛やレスリングを力のシンボルとした。 アラブやペルシャの馬が毎年1.3万頭も入って来た。力の次に美が象徴として賞賛され、沢山の踊り子が集められ た。彼女たちは重さで立てないほどの宝飾品で身を飾り、9日間繰り広げられるダサラ祭りで踊った。其れはヨーロッ パの踊り子たちとは比べ物にならないほど美しかったと記録されている。 この国では力・美・富を競った。だがこの国も弱体化してポルトガルの勢力も弱まり、其れに代わってスペインが強ま り、また17cにはスペインに代わってオランダが強くなって来た。このヴジャヤナガル王国の跡は破壊されて忘れられ た(05/9/5のNHK教育TVより引用)。 ▲雨水・・・・・・・厳しい大寒が節分で終わり、翌日の立春が旧暦正月寅の月の正節で、西暦2/4頃で旧冬と新春の 境目になる。次の雨水は寅の月の中気で西暦の2/18〜19日頃。雨水が温む頃と言う意味から雨水と言う。そして 次は二月卯の月の正節、西暦3/6日頃には冬篭りしていた虫が動き出す頃と言う意味で啓蟄と言う。 ▲嘘・・・・・・・偽り。真実でない事。この嘘には色がついているようで、「白を黒とする」嘘とか、大嘘の場合には「真っ赤 な嘘」とも言うのですが・・・・、ご覧になった事アリマス? ▲ウタ・・・・・・・和歌。 ▲ウタ・・・・・・・雅楽。朝廷の式楽。俗楽とは別の伝統的な我が国の古楽。或いは平安時代から移入した朝鮮・唐・天 竺(インド)から渡来した楽舞。神楽、催馬楽、久米歌、東遊、朗詠、風俗歌、唐楽、高麗楽の類。朝廷には歌舞を教習 する役所としてウタノ司(雅楽寮)があった(広辞苑より)。「和楽器」を参照。 ▲唄・・・・・・ ▲歌・・・・・・ ■ウタキ(御嶽)・・・・・・・沖縄では首里城と共にグスクやウタキが2000年に世界遺産登録となった。グスクは城でり、 ウタキは祈りの場であり、セイファウタキ、ソノヒャンウタキなど七つのウタキが知られる。ウタキは御嶽や滝ではなく、 ニライ、カナイなど海の彼方からやって来る神に対して「歌を捧げた所」と理解した方が覚えやすい。 ▲うたせ船・・・・・・四本マストに六枚の帆を掛けた帆船。不知火の海に面する熊本・芦北町には今も25隻が漁船とし て活躍している。うたせ船による漁法は、横風を受けて網(アミ)を引くため、帆のギッチョ(左つな)を操作して操船す る。此の町では04年から鉄砲祭りを再開した(05/11/21のNHK総合TVで放映)。 ▲ウダチ(ウダツ・卯建)・・・・・・・徳島・美馬市の町並みには今も立派なウダツが瓦屋根の家並みの中に軒並み見ら れる。本来は木造家屋の泣き所、火災から家を守る防火の役目で屋根の棟に屋根より高めに防火壁として付けられ たが、今見られるものは隣家との境界の二階の軒(一階の屋根)に付けられた物が多い。 此の場合は防火よりも強い横風や冷たい風を防ぐ風よけの目的であるようだ。古来、俗に「ウダツを上げる、上げな い」とはこうした形で防火・防風の用にもなる立派な屋根飾りを付ける事、つまり人並みに一ひと角かどの物を上げたかど うかだったと言われる。漢字では「木兌」、または卯建と書く。 ▲雅楽頭(助)・・・・・・雅楽頭と書いて「うたのかみ」と読む。雅楽(ガガク)寮の長官を頭(カミ)、次官をスケと言った。 ▲唄の風俗・・・・・・「歌は世につれ世は歌につれ」とも言われる。文化文政の江戸時代以来、唄は東から西に加藤節、 助六(長唄、清元)、浪花(浄瑠璃・義太夫)、豊後節が知られ、其の姿(装束)を加藤裃(かみしも)・羽織助六・浪花股 引・豊後可愛いや丸裸と言った。豊後の出でたちは言わば悩殺的だった(06/4/3のNHKラジオ深夜便より引用)。 いや江戸が格式が高かったからではなくて江戸は寒く、西へ行くほど暖かかったからであろう。 ▲歌枕・・・・・・古歌に詠み込まれた名所、または凡そ60余国の其れらを綴った書物。和歌の手引き、或いは枕詞(別 項参照)。因みに「姉歯の松」とは宮城県の名所(天声人語)。 ★うち ★宇宙人・・・・・・・SF的な話やUFOの話題と共に語られる。例えば米国が宇宙人と取引したと囁かれており、ルーズ ベルト大統領と会った宇宙人が、宇宙人の秘密を貰う代わりにある程度の人間の誘拐を容認(密約)したと言われる。 この誘拐をアブダクションと言う。人を誘拐して何らかの人体実験をして其の間の記憶を消す。 其のときにインプラントと言う事が行われて人体にICタグのような小さな物質が埋め込まれる。消された記憶は逆行催 眠によってある程度知る事が出来る(06/4/22のabcTVより引用)。 ただ地球上にはそうした宇宙人だけではなくて、色んな宇宙人が来ていて色んな形で現れていると思われる。 ★うつ ▲うつ病・・・・・・・近代医学は外科的手法は得意ですが、精神病などは診断できても治せない。医療費と時間が掛かる だけですから期待しないほうが良い。心の問題は肉体よりも内面に有ります。宗教とか先祖に目を向ける時です。今ま ではそれを非科学的とか思って敬遠して仕事一途に頑張り過ぎた場合にこうして頭を打つ。 何れにせよ病気と言う物ではなくて先祖からの信号であると認識したほうが良い。 ▲ウツギ・・・・・・・春4月(旧暦3月)頃に卯の花を咲かせる。ウツギを空木と書くのは、芯が空洞のためである。昔は此 れを割って爪楊枝に使った。種類が多く、普通は白い花が多いがピンクや紅色の花もある。 例えばサラサ空木、箱根空木(赤-白)、バイカ空木(香りが良い)、紅空木(ピンク)、姫空木など(以上、06/6/23のNH K教育TVより一部引用)。 ▲うつ病でも薬害・・・・・・うつ病や精神障害は肉体的な問題ではなくて精神的な問題である。だが保健医療は肉体主 義であり、薬を与えれば保険点数になる仕組みである。よって医師の処方箋によってリタニンが与えられるが、此れは 覚醒剤と同様、強い依存症が出る。 つまり慢性的な副作用が高じて患者が自殺したり救急車で運ばれる事態となっている(NHKテレビ「クローズアップ現 代」2004/1/28より引用)。此れも医学の失敗例である。 ■ウテナ(台)・・・・・・・台。其れを呉漢の俗字で臺とも書く。一例として邪馬台(臺)国などと書いた。台は単なる踏み台 のような台ではない。台の字を「ム・ロ」と上下に書くのは、角度を測って方形に区画した場と黙示(会意)している。 つまり踏み台のような物ではなくて、定点観測の場であり、水準器によって厳格に区画した祭壇を意味した(「ウナテ」を 参照)。 台が物事の基本であるから其処に携わる方を尊台と言い、その場を役所とした。また台は治世の字となり、年始の字 や星の名や母胎ともなり、仏像の台座とか新興勢力の出現を「台頭」とした。或いは役所の帳簿を「台帳」と言った。要 するに物事の原点である。 ▲うと・・・・・・・ ▲ウナギ・・・・・・日本は狭いようで広い。各地にはウナギを食べないとか神として祭って来た所も有る。確かにウナギ は不思議な行動をする。例えば親になれば川を下って海の彼方の2000kmも離れたマリアナ諸島まで泳いで行って新 月の夜に大産卵をする。そして海の藻屑と消えて行くが、孵化した子供は黒潮に乗って3000kmの旅をする。 そうして日本に辿り着く。やがて川を遡り、滝に出会えば岸壁を攀じ登り、雨の後に山を流れ落ちる清水を辿って山に 登る。しかしやがて水がなくなるので次第に山を下る。水の無い山を蛇の様に這って下るのです(NHK総合TV06/10/ 22ねより引用)。 世界には18種類のウナギが知られているが、国内消費は年間約13万トン、流通量の9割が日本ウナギであり、其の 99.5%が養殖である。しかし其の元となる稚魚(シラス)の数が年々減少して悩んでいた所、此れまで謎だった日本 ウナギの産卵場を東大グループが特定した。 産卵場はグアム沖のスルガ海山の西、水深500mと判明した(06/2/23朝日新聞)。 因みに浜名湖で養殖したウナギの九割はオスである。環境で性が決まる生物は、爬虫類や魚類では珍しくない。例え ばウミガメは産卵する浜辺の温度、ペヘレイと言う淡水魚は水温によって性が左右される。 ウナギは雄雌両方の生殖腺を持つが、シラスウナギ時代はまだ性は未分化だ。其れが過密な環境で育てるとオスが 多くなり、上流に行くほどメスが多くなると言う(04/8/24毎日新聞より)。 ■ウナテ・・・・・・・高木を立てる司。言わば鳶(とび)職である。とすれば、鳶職は天子に近い存在だったかも知れな い。次に高木とは見柱の事であり、高木の神は天神であり、ウナテとは太陽観測の基本となる見柱を立てる人々であ った。其れを「雲梯」(うなて)とも書いた。 この柱は建物の棟持ち柱とは違って、雲を突くような喬木(たかぎ)であったからです。其の下が水田のように区画した 台(うてな)である。台の字を「ム・ロ」と上下に書くのは、角度を測って方形に区画した場と黙示している。つまり台は定 点観測の場であり、祭壇を意味した(「ウテナ」、「御柱」、「玉串の祭り」、「モヒトリ」を参照)。 ▲ウニ・・・・・・・ ▲宇野・・・・・・・ ▲卯の花・・・・・・・ウツギを参照。 ▲うは・・・・・・・ ▲姥捨て山・・・・・・紀州や泉州には蟻通(ありとおし)明神があるが、この神は神代の思兼命であり、姥捨て山と知恵 の神の伝承の元になっている。平安中期の「大和物語」と「今昔物語」には信濃の更科の冠着山、通称「姥捨て山」の 伝説があり、何れも親孝行の伝説でしたが、其れを元に小説「楢山節孝」が生まれたと言われる。 インドの「雑宝蔵経」やシナの「孝子伝」なども類話があるとの事だが、古今東西、お年よりは知恵の神であり文化の伝 承者であり、国の宝であった。だが他方、其れを穢れと見て嫌い、捨てようとする進化論的非情の心も月世界の人間に はあるので、此れは其れ(進化・不義理・非情)を戒める話である。 ▲うひ・・・・・・・ ▲ウフ・・・・・・・ ▲ウブ・・・・・・・初心 ▲産湯・・・・・・・ ▲うぶすな神・・・・・・産土神。村の鎮守。氏神様。天神地祇と言う場合は地祇(国津神)に当る。或は父神に対しては 地母神の位置付けになる。例えば天王寺蕪(カブラ)が信州に行って野沢菜となった。カブラにならず葉っぱだけの葉 物野菜に変化したのである。 変化させたのは種や肥料ではなくて気候風土の違いであり、人は此れを国津(産土)神の働きと言う。つまり環境であ って此処にも進化論の入る余地はないのである。 以下、06/9/1の朝日(金田久璋講師)の記事によれば、ウブは産、ス・ナは土・地であった。漢字では産土・本居と表記 する。敦賀半島の漁村ではお産の度に荒砂やワラ、ムシロ、ゴザを敷いて其の砂を「ウブスナ」と呼んだ。つまり産屋 の砂である(引用以上)。 何れにせよ人は誕生して一ヶ月で初宮参りに行き、また元服や成人式には氏神や産土神に参拝するのを習いとした。 成人して別の土地に移り住んで元気をなくした場合、こうした産土神の元に帰郷し、其の水(宮げ・宮気・土産)を摂取 すれば再び活力を得る。 ▲うへ・・・・・・・ ▲うほ・・・・・・・ ▲ウマ・・・・・・・ ●牛・・・・・・・午(ウマ)は方位の南。暦では夏至。季節では夏。正午に対する午前と午後と言うように、古来、午は方位 の南極であり、其の端を端午と書いた。時期では旧暦の五月の節句である。また午は12支と60干支に使われる。因 みに星座の午をペガサス(天馬)とすれば、9月の夕方に南天に見られる筈だ。 ▲馬・・・・・・・応神天皇の頃に船が構造船として発達したためか馬が輸入された。其れまでの日本に馬が皆無だった のではなくて、小柄な和馬や道産子馬のような馬はいただろう。北方では冬季になれば古来アムール(黒竜江)川を通 じてハバロフスクと交易出来たからである。 馬は農耕用の家畜や軍馬としての意味の外に聖獣とも見られていた。例えば天武天皇が貴船神や丹生川上の神に対 して雨乞いには黒馬、晴れ乞いには白馬を奉納して祈願した。其処から今も駒札や絵馬の風習を伝える(「聖獣」を参 照)。皇后(持統天皇)の実家も河内の馬飼氏であった。 因みに馬を駒とも言うのは中には狛(高麗)から渡来した馬を分けて呼んだものと思われる。西日本よりも東日本に駒 形、駒場、駒沢、駒ヶ根などの地名が多い。 ▲うまい・・・・・・・甘い・美味い・旨い・上手い・巧い。 ▲生まれ・・・・・・・素性。お里。出自。 ▲生まれ変わり・・・・・・・人が死後霊界に往って六道輪廻などを経てやがてまた人間として生まれ変わる事。此れ を信じる者は生まれ変わるが、此れを否定し、信じない世界では生まれ変わりが少ない。例えばユダヤ教やキリスト教 世界では霊界を否定する。 キリスト教では復活祭をするが、此れはキリストだから数日後に復活したのであって俗人は復活しないと見る。インド系 の仏教僧都も霊界をキッパリ否定する人が多い。なのでこうした世界では生まれ変わりが少なく、このためか慢性的な 少子化により人口減が止まらない。いや、例外的に人の代りに猿が人類になった例も有る。 猿の子孫と言う進化論を言ったダーウィン先生の仲間たちである。また前世の話になると其の多くが「貴方は金星から やって来た」とか、或いは「前世では外国人だった」などと言う夢のようなお告げをする霊能者がいるが、何の証拠も無 く無責任な事を言うのは気休めにはなっても嘘になり、罪悪でもある。人は縁も無く根も葉もない処には生まれない。 根や葉とは先祖や子孫であり、先祖が異質の処には生まれない。人は風俗習慣が全く異なる異文化世界に突然生ま れ出て来る必要性も理由もなく、普通は地縁・血縁を元に生まれる。同族の子孫が暮らす社会に再び生まれるので す。其れをカルマとも言う。多くは前世で遣り残した事とか、因縁(カルマ)解消のために生まれ出て来る。 よって因果律が支配するので進化論は例外的な事になる。だが其れを唯一絶対の法則のように信じきって事有る毎に 「進化幻想」を吹聴するNHKや日本の科学者たちは何かへんな猿の頭である。 ▲海・・・・・・・「海は広いな大きいな」と小学唱歌に歌われた。海は静かに子供たちを見守る母親のような存在です。で すから静かに陸地に目を光らせ、或いは優しく休みなく渚に波を送って来ます。そして時には荒々しく泣いたり、怒った り、時には大波を岸壁に打付けて見せます。だから人が下水を汚したりゴミを捨てればやがて荒れるのです。 ま、しかし海は清濁併せ呑む。而して雲(蒸留)と言う綺麗な水に変えて陸地に返してくれる。魚介類と言うお乳のような 恵みまで何時までも人に与え続けてくれます。でも其の為には厳しくなる事がある。特に必要が有れば嵐を呼んで海を 掻き混ぜ、或いは津波となって海岸部を襲うのです。 渚に打ち付ける一定の周波の波を見れば、この様に海が生きていて息づいている事を感じ取れる方も有るでしょう。日 本列島は母なる深い深い海に囲まれている。だから諸外国よりも海に親しみ、海に関する知識と経験も豊かである。 海幸・山幸彦の竜宮神話や浦島太郎の伝説まで各地にあります。 だが公式の歴史文献にはワダツミの歴史は少ない。海岸が長く広がり、山間部が多い日本であるのに、山の歴史とか 海の歴史として語り継がれたものが殆どない。ないけれども平地よりも山や海の方が多いのだから山の民と海の民の ほうが多かった。特に海は漁りと渡しが活躍して来た。 列島の内陸部は山谷ばかりで交通も運搬も無理だったからです。だから特に渡しが必要でした。牛馬や荷車のような 陸運よりも寧ろワダツミによる船便によって支えられていました。海外との交易だって陸運では出来ません。遣唐使を 運んだのも馬ではなくてワダツミでした。 ワダツミたちによって海の孤島の日本は、寧ろ世界を繋ぐ中心地として永続して来ました。其の航海安全の神として金 毘羅様や住吉3神が尊崇され、更に各地では船祭りが行われ、沖縄ではニライカナイが祝われて来た。また海は毎 年、豊かな「海の幸」(水産物)を齎し、或いは鉱物等天然資源の宝庫です。 と同時に海は人類社会の穢れを浄化し、其れを富に変えて齎してくれます。だが奪う事しか考えなかった近代科学と消 費社会の弊害から環境汚染を進めてしまった。だから嵐が増大します。 ▲梅・・・・・・梅はシナ原産と言われ、日本の山野には自生しない。つまり日本原産の梅はなく、シナから七世紀に輸入 された栽培樹木であり、先ず九州の大宰府で天平二年の歌会「梅花宴」で歌われ、其れがやがて北上して近畿は平安 京の南殿の前に右近の梅、左近の橘として植えられた、と言われている。 こうした学説が100%支持されているが、此処で異説としては、宮崎県の新富町には神武天皇聖跡として湯之宮神社 があり、其の隣接地に県下第一を誇る天然記念物の「座論梅」がある。此の元木は神武天皇がご休憩の時に梅の枝 を突き立てたものが芽を吹いたと言われる(「日本建国神代史」大野七三著・批評社)。 また奄美大島など暖地の海岸に自生する車輪梅がある。此れは梅花に似た花を付けるが梅ではない。ただ、此れが 古来、特産の大島紬を染めるのに使われて来た。何れにせよ、日本列島には其れまで何も無かった。人も文物も「梅 も菊も、全てシナから渡来した」と言うような舶来崇拝の渡来史観は無知による誤解である。 梅の開花は早春に九州から天満宮の1/25~2/25の梅花祭に間に合うように北上する。ただ06年は寒さが続いたため 凡そ3週間遅れた。尚、「桜伐る馬鹿、梅伐らぬ馬鹿」との俗諺がある。桜は幹からでも枝からでも新芽に花を咲かせ るが、梅は昨年の新芽に花を咲かせるので其のコツを弁えて剪定するように、との教えであろう。 06年は梅花が2〜3週間遅れた。其れに反比例するように桜の開花が早かった。だが古来、梅花と桜花が並んで見ら れる年は火事が多いとされて来たので念のためご用心を。 ▲裏切り・・・・・・・人の背後から斬り付ける事。もしくは同様の卑劣な行為。男同士では強い相手とまともに戦っては弱 い方が負けると思って、相手が背中を見せた時に斬り付けるケース。次は男女関係では男が常に裏切りのレッテルを 貼られる。夫婦の場合で浮気をするのが男の甲斐性だった時代は、男が常に裏切り者だった。 でも其れは、世間の常識だから「裏切り者」ではなくて「当たり前」で通った。しかし今のご時勢で同様の事をすれば「裏 切り者」となじられる。此れも男女平等の手前、仕方がないとしても、例えば、ご夫人と出合った場合の紳士の嗜みとし ては、男から何かを褒めるとか、無理してもお茶や食事に誘わなければならない。でも彼女は決まって袖にします。 でも其れで終わらない。彼女は何れ井戸端会議で、「それ良いねってあの人が褒めたわ」と言いふらし、或いは横から 「私だってお茶を飲みに行こうって誘われたのよ」と、競うようにあの人を話題にして盛り上がるのです。きっと言い触ら したくてムズムズしていたのですね。でも此れ、「裏切り」ではないのでしょうか。紳士諸君は、ご用心を。 ■占い・・・・・・シナの殷墟からは古来、無数の甲骨文字が出土して来たが、其れは殆ど占いに使われたものでし た。また日本の相撲も垂仁天皇時代に占いとして始まったと言われる。或いは神功皇后が当時、色々な占いをした が、其れらが所願成就となった事を良く知っている日本女性の占い信仰は今も健在です。 神功皇后伝説の一つが鮎の字でした。アユを今も「占いの魚」と書くのは彼女が起源です。他方、「占いは迷信」として 切り捨てようとするのが科学的観念を信奉する男性や拝金主義の世間の通念です。 でも其れは一部の、例えば西洋式唯物学者、或いは多くの宗教の中の一部であるキリスト教圏の観念や意見であり、 従って偏見なのですが、今はすっかり科学万能信仰と物質科学迷信・医学迷信が一世を風靡しています。だから此処 では反論して見たい。先ず其の歴史では、日本やシナの歴史が西欧よりも古く、易八卦の歴史でも数千年と古い事。 日本でも古来、神事として鹿占・亀卜があり、粥占、相撲、闘鶏で神意を伺って来た。鹿や亀甲で卜占したから甲骨文 字が出来て漢字に発展したのであって、「卜や占」と言う文字の起源と同じくらい、「占い」の起源もまた古い訳です。 日本では先の神功皇后の三韓征伐に当たり、魚で占った古事の外、陵を造るときや遷宮の前には必ず其の時期や場 所について先ず占定が行われて来た。このため、例えば今ある古墳を築造方位で見れば、実に正確な天文測量によ って築いていた事が判明する。こうした由来から、今でも神社では御神籤(おみくじ)を売っている。 それらを「古いから非科学的だ」と断定するのは簡単だが拙速ではないかと。大体、西洋占星術を下地に今のキリスト 教や近代天文学が育ったのですから、彼らが占いを否定、もしくは非科学とするのは勝手とは言え自己矛盾である。 其れこそ本質を見ない偏見、もしくは非科学的で無知な感情論である。 占いが悠久の歴史的実績を持つ老学者とすれば、近代科学はまだ200年程度の幼稚な存在に過ぎません。またこの 世の原理から見ても、凡そ此の世は精神と物質の両立で成り立っています。とすれば物質的側面だけを見て判断して 其れを「科学的」と称して見ても寧ろ「非科学的」です。 占いは歴史的事実として古くから自然の理法・原理を知り、其れに基づいて生きた人類の知恵や経験則、もしくは統計 学である。其の点で今の科学は歴史的実績にも乏しい。にも拘わらず物質だけで見て、占いを非科学と断定するのは 偏見であると言うのです。この世は物心両面が複雑に絡み合っている。地球も人間も生き物である。 つまりアナログですから其れを機械的・数値的に分類・分析してデジタル式や何かに換算しても真実は分からない。其 れを科学的と言っても始まらないのです。地震予知や天気予報が人工衛星やスパコンを使っても当たらないのは其の ためです。其の点で「占い」は目に見える現象と見えない事象(精神面)を扱う、言わば哲学・形而上学でもある。 其れに対して近代科学は見える物だけを無機的・機械的に扱う形而下の唯物史観の所見であるため、実際の所、科 学は占いよりも判断能力の限界が有り、劣っている。例えば、下駄をひっくり返しても50%は当たるのに、天気予報は 特に週間予報では30%しか当たらない。 天気が前日から急変するのは例外でしかないから前日と同じ事を繰り返していれば半分は当る筈なので、50%プラス 科学の力25%を加味出来れば少なくとも75%は当たると思われるが、現実には30%以下なのです。特に3ケ月予報 などは暖冬と予報したのが05/12月から酷寒となった。 こうなるとゼロを通り越して逆目に出た訳だが、こんな出鱈目なご託宣が一度や二度ではないのだから酷いものだ。其 れに比べてどんな下手な占いでも下駄をひっくり返しても分かる通り、確率上50%は的中する。ただ街角の大道占い 師の場合は、前日と同じ繰り返しが利かない。 初対面の客が多ければ50%を維持するのにも努力や経験が要るだろう。 さて科学の難点は更に「易」、即ち流動性に欠ける点である。この世の天象・事象は、易(日々変化)し、またその下の 天下は人文・地理が複雑に絡み合い、更に人口増加と共に多忙となっています。 連日、メディアで報道される事件・事故も無数にある。其れらを単細胞的で無機的な科学的仮説や雑識で処理・判断す るのは手に余るし、実際、正解と言える答えを科学では出せなかった。戦争があれば株価に、或いは環境破壊に繋が ると心配しても科学は答えを出せない。天気予報も人口動態や経済予測にしても動きの読み違えが多すぎた。 特に個人の問題では科学は及ばない。個人にとっては他人の動向、或いは自分の運命や健康を気にしても、こうした 相対関係については在来の科学は全く手に負えない訳ですから何も答えを出せません。ただ一般論とか平均値を言う だけです。だから今の世間はストレス社会を現出しています。よってそうした悩みを占いに求めるのは当然である。 そして第三として、占いが、方位と言う基準に照らす哲理で判断するのに対して、近代の唯物科学や医学は、方向音痴 の数式と物質主義の論理で見るため、如何に多くの矛盾を出したかは「自明の理」である。しかも戦争や環境破壊は 科学が解決したのではなくて寧ろ原水爆などを見れば分かる通り、加害者か実行犯に近い側にあるのです。 此れは進歩ではなくて生半可な誤解から弊害を生み出した証左と言える。ですから寧ろ、「占い」の方が実績があるし 安全かつ合理的・自然科学的だと言う事から、古来、「占い」の役割が万人の支持を得て来たのでしょう(「表象」を参 照)。但し、何かを占う場合にも、本人の方位と言う基準なしに諸現象を見ては、意味を誤解し、戸惑う事になる。 其処で昔から天地の理や、方位、及び本人の位置付けから、今の結果を見せた事象のデータ処理をして原因の追求・ 精査・推断と判断をする。例えば鹿占・亀卜では八角火鉢に並べて八方と対比して判断したものであって、ただ骨を焦 がしてひび割れを見たって求める答えの何も分かりはしない。 また四柱推命は五行の理から四方に四本の柱を立て、其の中心から見て推命・判断するものでしたし、家相や八卦は 八方との対比で推断するものでした。占いにも色々あって問題はありますが、近代科学はもっと問題です。 大体、西洋天文学は遊牧や海賊の占星術から発展したものだ。其処から今の西暦(カトリック)が派生した。無論、其 れ以外にもキリスト教と言う宗教が基本にある。其れを隠して無数の雑多な知識や学理まで貼り付けて近代文明を装 っている。だが多くの知識を寄せ集めても、政治的に弄くられて判断基準が曖昧模糊としたものとなった。 ですから、実に多くの矛盾と問題を生み、其れを糊塗して「科学万能」を装っている訳です。例えば病人が出た場合、明 治までの日本では湯治や加持祈祷で治して来た。今は其れに代って西洋医学があるが、病気治しが下手です(「病因」 を参照)。でも医学では無理でも其れを占いや気功で治したり加持祈祷で治す事も出来る。 だが愚かなる今の日本人は其れを讃えるのではなくて詐欺師と言い、更に医師法・薬事法違反で処罰してしまう。此れ では健全な自由も文化も育たない。西洋医学も日本人も一神教的・独善・独占の聖域を作り上げて、其れを「進歩」と 言ってますが、実際はただ利権にしているのです。 だから科学の発達が最早頂点に達したと言われる今、「科学では答えが出せない」事を知り、或いは科学に見切りをつ けた多くの人たちが「見えない世界、精神世界」に対して、或いは占いに答えを求めているのでしょう。 だから占いは複雑怪奇な問題からアレかコレかと迷っては駄目であって、単純明快に一刀両断で占定を下す占者が 一番素晴らしく思われ信頼される。序に余談ながら「正しい占い」などは流行らない。西埜先生のお話によれば、女性 客は相談相手になって欲しいらしい、と言う。とすれば科学的とか正しい真実などは問題外となる。 彼女たちはバケツ一杯ほども悩みや愚痴を抱えてやって来ます。全部吐き出せば楽になって問題解決となる。聞いて 貰いたいから態々来るのであって、正しい占断を押し付けられて楽になるのではない。正しい道なら此処に来なくても お巡りさんにでも聞けば足りる事です。正しい倫理や道徳などは知りたくもないしポリ公などは見たくもない。 迷走してブチ当たり、道を外してどうしようもなくなった時に、其れを分かってくれて「其れで良いのですよ」とだけ言って くれる人を探しに来たのかも知れません。お客の心理はそうした所に何度も通わせる。だがバケツ一杯吐き出したもの をどうするか。 先ず聞いてしまった事の責任、其の秘密を守る道義的責任感が有るかどうかをお客から実は先に疑われ、判定される 側に立つ事を弁えて慎重に対処する事が安心感に変える術であろう。次に占者にとって注意すべき点は、術者が客の 問題を引き受けてしまう点にある。早い話が自ら感染して客の煩いを取り除く事が多くなる。 このため次第に心身共に疲労困憊するので祓い屋(別項参照)となり哀れな最後を遂げる心配があるので、其れを避 けるためには客には己の先祖を知らしめ、また術者自身も修祓に努める事である。また最後に博打にも触れて置く。 丁半博打は確かに一か八かを決めるのには手っ取り早い。 其処で下駄を放るとか前を走る車のナンバーからでも、何でも占い、何でも賭け事にする輩が多い。また例えば100万 円の大穴を当てる馬券の番号を占い師が事前に当てれば流行るに決まっているが、余分の謝礼は望めないからアホ らしい。大体、利害が絡む博打は占いとは別である。何れにせよ博打打の話に乗ってはならない。 単に隣人にとって迷惑な社会悪に過ぎないので「良いカモ」にならないよう、ご用心を。 ◆裏鬼門・・・・・・・本来、方位に吉凶はなく中性である。だが北東の隅には「大和朝廷に祭ろわぬ鬼がいる」として都の 北東の方位を鬼門とか蝦夷と見立てて恐れたのが立春に行う節分行事である。その対極が裏鬼門であり、西日本で あり、河内や四国に当る。此処は南西方位であり、時期では立秋。 此処には多くの場合、火の神である愛宕の神が祭られ、もしくは寺院を建てて明王を祀った。だが此れも多くは政治的 な喧伝、または方位を誤解させる脅迫的迷信である(「鬼門」を参照)。 ◆裏日本・・・・・・・「表日本」を参照。ただ日中貿易で今の観念が反転するかも知れない。例えば鳥取県青谷遺跡は弥 生時代の幕開けとなった当時の言わば表玄関だった。 ★ウラン・・・・・・・原子番号92、原子量238.03、天然には238U、235U、234Uとして99.276:0.72:0.0057%の比率で存在 する。銀白色。反応性が強く、粉末の物は空気に触れて自然発火(爆発)し、水を分解してしまう。原子炉の核燃料や 原爆となる放射性物質。天然ウランよりも235Uの含有を高めた物を濃縮ウラン、低くなった物を劣化ウランと言う。 天然にある物質中で一番重く、8種類の同位元素があるが、中でも精製したU235などは中性子の吸収率が効率的で あるから臨界点を得易いので原爆の材料に適している。235Uと233Uは核燃料として使われるが、233Uは原子炉で 232Th(トリウム)の転換によって作られる。鉱脈はペグマタイトや砂岩である。 最近、オーストラリアが世界一のウラン埋蔵国である事が判明した。其れに対して中国が急接近し始めた。中国は軍 拡を進めており、またエネルギー需要がこれから4倍になる見通しからエネルギー不足が心配だからである。 ただオーストラリアで鉱脈があるノーザン・テリトリー地区は、アボリジニの伝統文化にとって大切な地域であり、其処が 荒れる事を懸念する声や、中国の軍事利用に協力する道を選ぶのに反対する声も上がっている(理化学事典、及び 05/9/1のNHK・ラジオ深夜便から一部借用)。 ★ウラン型原爆・・・・・・・濃縮ウランを塊として2つ並べ、両者をTNT爆薬によって瞬時に圧着させて爆発させる物。た だ最低の量として臨界量が必要となる。臨界量とは其の衝撃で飛び出す中性子が、濃縮ウランの内部で繰り返し連鎖 反応を起こし続けられる量で、TNT換算150〜225キロトンになる。つまり欠点としては大型になる点である。 此れを爆縮と言う。爆縮は連鎖反応を維持する為に少なくとも1秒/100万の爆発維持制御を要する。此れが広島型原 爆であるが、材料さえあれば意外に簡単に作れるので各国に核開発が広がった。 パキスタンからはカーン博士が90年代初めに北朝鮮に遠心分離機などを送った。02年に北朝鮮も高濃縮ウランによる 核開発計画を認めた。06/10/9の核実験は4キロトンであるため、ウラン型原爆としては偽装説が多数となった。しかし 旧ソ連にはウランは幾らでもあった。 小型化出来るのはプルトニウム型(別項参照)である。放射能を参照。 ▲雨量・・・・・・降水量。年間降水量とか1時間降水量として発表される。予報官は台風の時など毎回大袈裟に何百ミ リもの降水量を予報して警戒を呼び掛けるが、実際の1日降水量は1968/9/26に和歌山の尾鷲に降った806m mが最大で、1時間単位では1944年10/17に清水市で降った150mmが最大である。 大阪の年間降水量は約1300mm。とすれば一日平均3.58mmである。従って譬え3mm降っても平均値以下です から雨天と評価する訳には行きません。よって別紙の「天気カレンダー」の場合は、晴と雨の予測と其の結果の評価基 準についても4mm以下の日を○(晴曇)とし、5mm以上の降雨が有った日を●(雨)としてカウントします。 ▲盂蘭盆会・・・・・・盆を参照。 ▲ウルク遺跡・・・・・・世界最古と言われるシュメールの中心都市。紀元前五千年頃からの遺跡で、楔形文字で書かれ た粘土板も出土している。チグリス川とユーフラテス川に挟まれたイラク南部には六千年前の「太陽の神殿」や「月の神 殿」跡が今も残る。月の女神を守護神として四千年ほど栄えたがイスラムの進出前後に朽ちた。 ▲漆(ウルシ)・・・・・・漆は縄文時代から日本の日用品であり伝統工芸であった。其れが世界的に有名となった事から ジパングの語源になったとも言われる。ウルシはシナにも有るが、年中湿気の高い日本でこそ美しく丈夫で長持ち、高 品質のものが作られ、使われ続けた。 其の点で欧米のペンキはウルシの代用品であり、化繊は絹の代用品であり、プラスチックも樹脂の代用品ですから本 物から遠い。何れにせよ、小物食器の漆器では古来、根来の朱塗りが有名だった。だが秀吉の根来攻めによって輪 島や会津に移った。 以来、輪島は黒漆で独特の風合いを出し、また全国の業務用の漆器の80%が福井・鯖江市で作られていると言わ れ、其れに海南市の黒江地区も此れまで頑張って来ました。その他に漆は家具や仏壇にも使われて来た。もっと大 物・建築用になると需要は少ないものの、今も頑張っている処が有ります。 また漆は古来白髪染めとして使われたが、人が此の漆にカブレルケースが多い。しかし漆に代わる化学薬品が今尚出 現しないのですから科学の力は未熟です。 ▲運動神経・・・・・・反射神経を参照。 ▲鱗・・・・・・魚のウロコは扇形をしていますが年齢によって年輪を作る。三歳なら三輪の縞模様を見せます。でも其れ はマグロのような大きな魚でないと見分けが付かない。所で龍の場合はどうなのでしょうね。 ▲浮気・・・・・・心が浮ついて変わり易い事。または性分(浮気性)。其れを詩的に古来、「女心と秋の空」と端的に表現し た。浮気する側は楽しい。けれどもされる側から見れば愛別離苦(別項参照)の悲しみを味わいますから、「絶対に許さ ない」と怒ります。浮気くらいなら、まぁいいと思うのですが、本気になるから怒られるのですね? なので最近は「不倫」と言います。台所には包丁がありますから旦那は用心すべきです。包丁を毎日使い慣れているの は女房なのですから、男の腕力などでは其れに対抗しても無理なのです。女性を敵にすれば怖いですよ。へらへらした って却って逆上されて、血を見ますから、覚悟して下さいね。 で、「地獄へまっしぐら」したくなかったら・・・「竜宮城」と言うのです。別項参照。 ◆★ ●え●・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ■ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●■▲◆★ ◆え(エ)・・・・・・カタカナの「エ」の場合は江戸の江の略字とされる。しかし工事の「工」であったとすれば天地を繋ぐ見 柱を象った古字であったとも考えられます。江戸の江にしても、海の入り口を示す。何れも、ある方向を含む意味があ る。次に平仮名の「え」は漢字の「衣」の草書体と言われるが、「元・立」を崩した字でもある。 つまり「エ」も「え」も漢字のみの解釈ではなくて、日本の古字とも考えられ、特に方位を含む指事文字と考える事が出 来ます。「元」も、手前を意味する。従って語尾に「え」を付けても「入り江」とか「ヒシャクの柄」と言うように、あるものか ら手前の位置を示す言葉となります。 また「恵え方」とか「行ゆく方え」の「え」のように、ある一定の方位に動く意味から、「え」が「之」の字になり、或いは志の字 となり、もしくは「しんにゅう」に変化して国字の辷込辻となり、或いは道となった。 そして辺迄巡迅近迎、辿返迪述迫迚逆送、退追逃迷速通途連這逝、週逍進逢運途、逗過逵遇遂達、遅遍遊遥違、進 遠過運遣遁遡、遭適遙遺遵遙遵、遷選還避などの会意形声の文字ともなっている。何れにせよ、「え」の変化が矢張り 一定の「方位」を前提とした「動き」を示す字となります。 また古い金石文には建立、または「建之」の字が書き添えられている。此れは立を崩せば之の字になったと解釈する 事も出来るが、そもそも「建つ・立つ」を重ねて書く意味があったろうか。其の点からすれば「立と之」とは同義であった とも考えられる。何れも天と言う方位に向ける行為、もしくは横への動きの意味があった(「鍋蓋」を参照)。 ▲えい・・・・・ |